Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

斉藤さん送別会



研究室、昨日はもつ鍋に焼き鳥、本日は鶏鍋に鳥刺し。

いずれもインドでは食べられませんから。

佐藤くんからの餞別は天井桟敷の生ワイン。

「アニーのお気に入り」で売っているもの。

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  1. 2018/05/23(水) 00:50:44|
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Haru Coffee, Kiyokawa, etc.




目下開店準備,内装工事中の南インド料理屋ワナッカム.

福岡のサウスサイド・ダウンタウン,地元民ご用達ディープゾーンの清川エリアにあります.

知る人ぞ知る「そらや」の近くといえば分かりよいでしょうか.

隣が,おばあちゃんの小料理屋「みち」.

その隣が開店したばかりのHaru Coffee.

写真一枚目はラテ.

店主自らてがけた内装が素敵です.

名前はサンセルコ裏のHaru Cafeと紛らわしいですが,無関係.

欧風カレーは高砂「豆の木」.

とけたオニオンの甘いこと.

食後にコーヒー.

欧風カレーを頂くのは,本郷のプティフ以来でしょうか.

さらに下のカプチーノは千早バスキングコーヒー.
  1. 2018/05/21(月) 07:29:42|
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Sohfukuji zen temple, Chiyo, Fukuoka



京都のお寺はどこも観光で人がいっぱいで大変でしょうが,ここは,まったく観光と関係なし.

普通のお寺です.

入っていっても特に観光用に見るべきものが公開されているわけでもありません.

専門僧堂ですから当然です.

入口付近に甘味屋があるくらい.

ちかくには,洒落た今風のカフェもあります.
  1. 2018/05/20(日) 18:39:53|
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Katsuma beach, Shikanoshima island, Fukuoka











7・28(土)が西日本印仏研@九大.

箱崎キャンパスで開催できるのも,今回が最後になります.

宿泊は,ここ勝間海岸の浜幸家の予定です.

昨今は,授業期間が長くなり,さらに,夏の間も色々と行事が入っていますので,皆が揃うというのも,なかなか難しくなってきました.

学部・大学院などの複数入試,AOを始めとしたさまざまな形態の入試,春に加えてある(外国人留学生向けの)秋入学,さらには,オープンキャンパスや高校訪問などなど.

役所的仕事量不可逆的増加の法則により,研究時間が減るのは当然.(やはり,どこかで,以前のものを整理する,ということは必要です.)

週末といえども,なにか入ったりしています.

皆で集まって学会をやるというのも,むかしはkaamya的だったのが,いまは,nitya的になって,院生の業績を積むためには必須です.

ゆっくりと時間をかけて質疑応答というのが理想なのでしょうが,応募者多数のため,2-3人というわけにはいきません.

休憩時間もそこそこに,詰め込めるだけ詰め込むしかありません.

せっかく発表したいという希望者がいるのに切るくらいなら,そのほうがましです.

学会の変質も時代の変化.
  1. 2018/05/20(日) 18:36:11|
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Marhaba and Oras









スリランカプレートのオーラス.

蒸し上がりに少々お時間がかかりますが,やはり美味しいランプライス.

今回は,魚ではなくチキンでした.

マルハバは,ビリヤニとチキンカラヒ.

好天に恵まれ,しかも,気温はそれほど高くないという絶好の行楽日和で,すごい人出です.

マルハバは,早々に完売.

ほかにも,蚤の市常連の養生カレー(from 熊本)も,行列が絶えない様子でした.

はかま姿の宮司さんが一眼で店舗の様子を撮っているのは,どこかにアップするためでしょうか?
  1. 2018/05/20(日) 18:31:25|
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Mr. Takata at the flea market in Rastrapala temple



大人気のスパイス教室.

自分で配合して,ミキサーにかけて,ガラムマサラを作ります.

300円で高田さん,大丈夫でしょうか?

子供さん達は夢中の様子.

やはり,自分で作る,という楽しみは,誰でも同じです.

フリーペーパーの冊子Love Spiceでは,砂の岬,カラピンチャに続いて,高田さんが水野さんと対談.
  1. 2018/05/20(日) 18:27:47|
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2003・5・31 東文研

京大 238

京大から東大に移動.

東文研で講演するハル.

京大 276

懇親会にて,主催の永ノ尾先生が挨拶.
  1. 2018/05/19(土) 10:57:12|
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2003/5/24 京大

HelmutKrasserKyoto0948353.jpg
京大 130
京大 118

ヘルムートとハルが京大に呼ばれていた時期.

加納君が若い.

苫米地さんは,ローザンヌを終えて,京都に潜伏中だった時期でしょうか.
  1. 2018/05/19(土) 10:55:37|
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2006/8/7 Pondy

Pondy1 024


アーンジャネーヤシャルマ,ドミニク,シャルマ,パスカル,ウィンチェンゾ,チャバの姿が見えます.

ゲストの先生をアーンジャネーヤが紹介してるところ.
  1. 2018/05/19(土) 10:35:53|
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2013・1・11 Siem Reap

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ドミニク主催のシエムリアップの回.

日本人は,横地,片岡,斉藤,置田.

写真を見ていると、途中の日には、結構休んでいる人がいる様子。

写ってない人が。

斉藤さんも横地さんも、途中でダウンしていました。
  1. 2018/05/19(土) 10:28:37|
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2011・8・10 Jawa

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耕作可能な土地が全て有効に利用されているのでスペースを見つけるのに結構苦労しました.

碑文中心なので,ブータサンキヤーも登場.
  1. 2018/05/19(土) 10:21:26|
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2011・8・11 Jawa

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アルロー主催のジャワでの合宿.

日本人は,横地,張本,片岡,斉藤,置田.

斉藤さんは合宿初参加.まだ京大の修士だったはず.

めずらしくウィーンからパトリックも参加.

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たばこ園の中に埋もれたリンガヨーニのヨーニ.

その他、火山灰に埋もれた寺院発掘現場も訪問。
  1. 2018/05/19(土) 10:12:21|
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2004/9/14 Vienna

Siraishi 018

京大との交換で来ていた白石君の送別会.

チベトロギーのテラスにて.

ウニさんが料理を準備.

Siraishi 014
  1. 2018/05/19(土) 09:55:41|
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2004/8/14 and 2005/2/18 Schoenbrun

Kei 007
Shoenbrunn 104
  1. 2018/05/19(土) 09:48:02|
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2004・11・25 Wien

WienHill 005

IKGAが,まだ,ヴェルヴェデーレの東側にあったとき.今の前の前の前です。

ローザンヌから移籍の苫米地さん.

シュタインケルナー教授に,ホルストとヘルムート.

ちょうど,渡辺君と江崎君が遊びに来たときなので,珍しく研究所での研究会風景を撮影.

日常では写真を撮らないので,意外に,研究所の写真は残ってません.
  1. 2018/05/19(土) 09:38:45|
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2002/6/25 Wien

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護山を大学に訪ねた時.

旧AKHの大学キャンパス,チベトロギー研究所にあるこの部屋の感じ,いまと全く変わりません.
  1. 2018/05/19(土) 09:24:41|
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2002/7/14 Transylvania

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天気が崩れると結構寒かったので宿舎から持ってきた毛布をドミニクがかぶっています.

日本人は,横地,種村,片岡,藤井が参加.

藤井君はちょうどハンブルク遊学中.
  1. 2018/05/19(土) 09:08:16|
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2004/7/12-23 Poland

TIISR 789

Third International Intensive Summer Sanskrit Retreat in Murzasichle, Poland, organized by Monika.

2004年,ウィーンにいたので,そこからポーランド,ワルシャワに入り,さらに移動.

日本人は志田君と私のみ.

この回は,少数精鋭でした.

TIISR 604
  1. 2018/05/19(土) 09:01:26|
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2002・7・12 Farewell Party for Haru, Hamburg

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When Haru was leaving for Penn.
Diwakar, Ashok, and Kengo were also in Hamburg.
  1. 2018/05/19(土) 08:46:05|
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The 16th Haruyoshi festival in front of Hotel New Ohtani





第16回を迎えた春吉の春好夜市.

むかしは春吉の酒屋の倉庫でこじんまりとやっていましたが,規模が拡大して,いまは,ニューオータニ前の広いスペースに,さらに,信号を渡った九電前にも出店群.

演奏の写真は,ハリケーン湯川さん.

そのほか,中村吉利&Instant Grooveやジャスティン小川さん率いるD'junkoなど,地元の常連バンドが祭りを盛り上げます.

その小川さん(バー・ユラユラ)と組んでカレーを出すのが,元スパイスロードの高田さん.

今回は,ジャスティン&高田の二色カレー.

お祭りスパイスカレーも1000円台に突入する世知「辛い」時代ですが,良心的お値段お値打ちの600円で提供.
  1. 2018/05/18(金) 19:42:26|
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BSH カナセット





シンプルなダールとチキンのカナセット.

見えてませんが,器の背後にムラコアチャール.

居ぬき前のバーの重厚な感じが残っていた改装前のバジェコから,2月末の改装を経て,明るく軽い感じのカウンター仕上がりになっています.

メインのシェフ(日本語は駄目ですが英語は得意)は日曜がお休み.

彼の作るシンプルなダールは最高です.

隣の幼稚園がなくなり更地になっているので,住吉神社からでもバジェコの建物が視界に入ります.


  1. 2018/05/17(木) 19:07:02|
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Marhaba, Fukuoka





KBCの生放送にジャマールさんと息子のハリス君が出たのが15日,火曜日の朝.

段取りと指示の多さにジャマールさんも緊張の様子でした.

ジャマールさんがチキンカラヒ調理を実演,無理やりの三分間クッキング.

隣ではハリス君がローティーを広げて,フライパンで焼きます.

テレビ出演で客は増えるでしょうか?

週末は蚤の市出店で,ただでさえ忙しい上に,ラマダーンも始まりますから,大丈夫でしょうか?

ザエカとマルハバのおかげで,福岡ではすっかりビリヤニも市民権を得ました.

チキンカラヒも,ジャマールさんのおかげで,市民権を獲得しつつあります.
  1. 2018/05/16(水) 21:33:37|
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BSH











ネパール人,若い人が多いからでしょうか,新しくできた店には,バー形式の内装が目立ちます.

写真は改装を終えたバジェコの三階.

以前とは逆サイドにステージが設置され,やたらとでかいスピーカーも備えられています.

着席可能数は少なくなりましたが,ソファーも設置され居心地良さげです.
  1. 2018/05/16(水) 18:41:34|
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インド哲学とは

「インド哲学」というのは,あくまでも,古典を中心とする世界であって,ギリシャ哲学と同じです.

古典の研究が中心となります.

もちろん,ソクラテスやプラトンがそうであったように,内容を捉えるには,自分で考える必要があるのは言うまでもありません.

しかし,ソクラテスが言ったことを捉えるのにギリシャ語を学ぶ必要があるように,インドの昔の哲学者・思想家・宗教家が言ったことを自分で直接に捉えるには,サンスクリットを学ぶしかありません.

ギリシャ哲学ならば,ヨーロッパにおける長い古典研究のおかげで,様々なものが準備されていますし,研究もはるかにすすんでいますので,英訳でも,また,場合によっては,欧米の解釈に基づいた日本語訳でも,内容を正しくとらえることはできるでしょう.

しかし、残念ながら,サンスクリットの哲学文献の場合,英語で内容を捉えることや日本語で内容をつかむことは,多くの場合、ほぼ不可能です.

そこまで用意されていないからです.

たとえあったとしても,大概のものが,英訳で読んでも,混乱するだけです.

この現状がかわることは,我々が生きている間に大幅に変わることはないでしょう.

ヨーロッパの古典研究の何百年後を行くのが,インドの古典研究の現状です.

そこを無視して,「西洋哲学のように日本語で哲学したい」といっても,むなしいだけです.

まずもって,こちらがサンスクリットを読むしかありません.

自分が動かず相手が動くことを期待しても仕方ありません.

現実はそのようにはなっていないので.

インド哲学・インド仏教学において,心ある研究者が,常に,文献学を志向してきたというのは,このような現状を正しくとらえてきたからです.

調子よくインド「哲学」を唱道する人も,もちろん,たくさんいたことでしょう.

生きた哲学をしなければ意味がないと.

現実問題に対処できない哲学は哲学ではないと.

戦時に向けた勇ましい哲学や宗教を説いた人も仏教哲学者にはいたことでしょう.

いまでは,そのような人の言ったことを目にすることはありません.

50年100年たっても古びないのは,山口益のように,文献に根差した研究者の研究です.

原典に近いところで仕事した人の研究は,古びることがありません.

たくさんの研究者がいたでしょうが,我々は,アビダルマといえば,まず,桜部先生の仕事を参照するでしょう.

地味な研究が一番長持ちしますし,使えます.

服部先生の最初の論文が案外に哲学的なのには驚かされます.

さすが京都学派の京大.

しかし,その後の軌跡が物語るのは,文献学中心ということです.

チベット語テクストを校訂してみたり,和訳を出してみたり.

また,テクストに即した内容解明のための諸論文.

我々が現在実践しているのは,そのような論文の書き方であって,たとえば,かつての宮本正尊のような大上段のスタイルで,きれいに自分の頭で仏教の教理をまとめているような人は,いまでは稀です.

どこにネタ元があるのか分からないような頭のよいまとめよりも,できるだけ原典に即した地道な解明のほうが,後に続く研究者にとっては有意義です.

自分の理解した自分なりの哲学を開陳するのも結構ですが,時代は,そのようなものを必要とはしていません.

我々が必要としているのは,まずもって原典の正しい解釈です.

それには,様々な作業が必要となります.

原典の校訂というのは,膨大な時間が割かれる作業です.

和訳も同じ.

上村先生は,毎日こつこつと欠かさず和訳作業を続けておられました.

そのようにしてはじめて,膨大な和訳は完遂できます.

頭が切れて飽きっぽいタイプよりも,地味に毎日こつこつとできるタイプのほうが,サンスクリットの文献学には向いています.

龍樹の中論は,おおくの学者が和訳を出してきましたが,サンスクリット的にまともなのは,最近でた桂・五島訳がはじめてです.

あとは,どうにもこうにも,疑問符がつく箇所があちらこちらに.

サンスクリットの句切りからしてまともにできていない研究本まであります.

かつての和訳を読んでそこから深く考えれば考えるほど,混乱を招くだけです.

100人100様の龍樹解釈が許されてきたのも,そのようなカオスが原因です.

超メジャーなテクストにしてこのていたらく.

ほかのテクストについては言うまでもないでしょう.

インド仏教研究においては,やはり,松田先生や加納君のように写本にぴったりと寄り添うか,またまた,辛島先生のように原典にぴったりと身を寄せて語義をいちいち明らかにしていくなど,文献に即した地味な作業が最も必要ですし,有意義と思われます.現状では。

インド哲学も同様.

近現代のインド人研究者が適当に近場の系統の近い写本に基づいてぱっぱと校訂した怪しいテクストをもとに研究を進めていくと,足元をすくわれかねません.(そのようなテクストがあればまだいいですが,実は多くは,前に出たテクストのコピーだったりします.つまり,最初の校訂本しか,実は,まともな校訂本でない,ということが多数.)

なぜなら,作者は,実際にはそのようなことを言ってない場合があるからです.

原典校訂は欠かせません.

インド哲学を研究しようという人は,もちろん,「哲学」や「思想」がやりたくてきた人が多数なので,どうしても,原典校訂や和訳を避けがちです.

そんな面倒なことはやりたくない,と.

しかし,そんなことではいつまでたっても,我々は前進できません.

仏教論理学でいえば,ダルマキールティ研究者はたくさんいますが,たとえば,最も重要なPVSVの全和訳すら,いまだにありません.

なぜでしょう?

難しいからです.一朝一夕に和訳できるものではありません。

ジュニャーナシュリーも,刊本はかなり昔に出ていますが,その割に,和訳は進んでいません.

一人が出せば,ほかの人も,それに基づいてよりよい解釈を提示できるでしょうが,そのような大元すら築かれていない状態です.

また、JNAは、読めばわかりますが写本で直すべき箇所がそこかしこに。

不用心に取り組むと落とし穴にはまります。

和訳を出すというのは,実は,大変な作業で,どうしても,途中途中で自分の無知をさらすことになりますから,怖くてだれも、おいそれとはできないわけです.

タットヴァサングラハパンジカーという,これまたメジャーなテクストで,比較的昔に出版された本も,和訳が公刊されている章というのは限られています.

結構昔に科研のAあたりでTSを集中的にやった形跡はありますが、成果として残り公開されているのは、ごくごく一部。

沢山の人が束になったからといって、パッと和訳ができるわけではないということでしょう。

分からないところが,どうしても出てきますから,和訳というのは大変です.

そんな恥をさらす大変な作業で,しかも,「論文」より格下の「単に和訳しただけ」の成果とみなされるくらいなら,格好良く論文を書いたほうがましです.

そうすれば,自分がわかる資料範囲だけを使って書いていればいいからです.

逃げ.

自分の得意な曲やフレーズだけを歌ったり弾いている間は技術に進歩はないでしょう.同じことです.

ようやく最近になって,志賀君や石村君が,TSP校訂・和訳に本格的に取り組む作業を始めました.

これからやろうという人は,その作業の大変さにおそらく驚かされるでしょう.

また,必要とされるサンスクリット読解能力も高いものが求められます.

彼らにしてようやく可能なのであって,そうそう簡単にほかの人がまねできるレベル、仕事量ではありません.

冷静な現状把握と地道な努力が必要とされます.

高いビルを建てようとすれば,地下を掘って,土台を固める必要が出てきます.

足元を固めないことには高みは目指せません.

自分だけタコに載って一人空中から景色を眺めることができたとしても,それは「大きな乗り物」にはなりえません.
  1. 2018/05/16(水) 08:08:55|
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インドで学ぶべきは

さて,インド留学.

はっきりいって,大変です.

欧米への留学に比べると,苦労は,100倍,汗も100倍.

物理的に身体を動かさないとどうしようもないできごとが多発します.

まず,ヴィザを取る段階で苦労することになります.

わたしも,留学前に,現地の大学まで,入学許可を取りに行くはめになりました.

幸い,学長が理解があったので,特別に許可を出してくれましたが.

もちろん,その前に手紙を送っていたのですが,それに返事がないのは当たり前.

仕方ないので,直接に訪ねて行ったという次第.

いまは,メールがあるから,まだ捕まりやすいとはいえ,はたして,学長のような忙しい人が,メールに返信してくれるかどうかはきわめて怪しいでしょう.

K君も,奨学金の期限ぎりぎりになって,ようやくヴィザを得て,出発していたのを思い出します.

行く前からインドの役所仕事に悩まされるのです.何か月も待たされるのは当たり前.

逆に,イギリスに行ったときは,あまりにもスムーズでびっくりでした.

大学の事務がしっかりとしているので,何の苦労もありませんでした.

カレッジにつくと,自分の部屋までちゃんと用意されていて,しかも,食器や調理器具まで貸してくれました.

到着して当日に勉強できましたし,ダイニングは快適ですし,至れり尽くせり.

いっぽうインド.

後輩のM君がデリー大についたら,交換留学条件の部屋そのものが何も用意されていない,という事態が(当然のように)発生.
部屋を確保するのにえらく苦労していたのを思い出します.

最終的には,インド人もだれも住んでなかった(というか住めない)ようなトイレ横の湿った臭い部屋が供与されることになって決着.(全然問題解決になってませんが.)

しかたないので,デリーは荷物置き場にして,プーナ大学に出かけたりして,時間を過ごしていたようです.

さて,生活の大変さは,言わずもがな.

今回は,何を習うか,という話題.

インド人に習うなら,相手の得意なものを習うべきです.

実際には,これは,あらゆる先生に当てはまることですが,インドの場合,特にそれが顕著です.

相手の知らないテクスト,つまり,自分のテクストを持って行って,「これ読んでください」というのは,的外れとなることが多いです.

よっぽど凄い先生なら別ですが,普通,伝統的学者は,自分の習ってきたものを教えるのは好みますが,自分の範囲外のものを教えるのは快く思いません.

彼の分からないことがあると,彼の権威が失われるからです.

インドのパンディットは,当然ですが,仏教に関しては疎いです.

したがって,仏教のテクストをもっていって読んでもらう,というのは,かなり的外れな行為です.(ジャンブーヴィジャヤジーのような大先生は例外の例外です.)

習うなら,向こうが得意な分野にすべきです.

あるいは,自分の読みたいテクストを読める先生を探すべきです.

まあ,それが難しいのですが.

東大,前田先生のおかげでデリー大との交換がありましたが,留学した諸先輩の話しを聞く限り,先生に教えてもらうということはなく,大概みなさん,自分で勉強するしかないような感じでした.

英語ミディアムで教える先生のレベルは,パンディットとは比ぶべくもありません.

(インドでは,モダンスカラーとトラディショナルスカラーという対比で表現されます.)

私がM君を訪ねて遊びに行った時も,学生諸氏は,いつも暇そうでした.

大学の屋上でいつもチャイを飲んで談話している,という感じです.ゆったりリラックスするには良いところですが.

つまり,まともに読んでくれるような先生はいない,というのが現実です.

環境的には,サンスクリットを習うところではありません.

じっくり習える環境を整えるというのは,なかなか難しいです.

留学といっても,中身はいろいろ.

そういえば,文科省の派遣をとって留学してみたものの,仏教を読んでもらうというのは困難で,結局途中で切り上げて帰ってきた後輩がいました.

生活も大変なうえに,学ぶことも多くないと来れば,さっさと帰国したほうが得策です.

仏教に関しては,概して,インドで学ぶ意味は余りありません.

サルナートあたりの優れた学者に習うならば,また,話しは別ですが.

普通は,仏教を学ぼうと思ってインド留学するのは的外れ,ということです.

さて,インドに(そして世界の多くに)よく見られる役所体質について.

役所というのは,権力です.

したがって,そこで働いていれば,権力の行使をしたくなるものです.

権力の行使とは,人の意に従わずに自分の意志で自由に決める,ということです.

結果として,何とか嫌がらせの方向に持っていくということが,権力の行使の最たるもの,ということになります.

自分の自由意志の行使の結果,相手が困っているのを見ることで,自分の権力が確認できます.

論理的に書類の不備を見つけて突き返す,これが,暇な役人の発想です.

自分がいかに権力を持っているかを誇示すること,そして,確認すること,それがお役所的発想です.

相手の期待を打ち砕くことが仕事なわけです.

すんなりと相手の意にしたがっては,権力者・主宰者,つまり,行為主体たりえなくなってしまいます.

自由意志の行使こそが,彼らの目指すところです.

もちろん,権力構造にはヒエラルキーがありますから,上下関係ですべてが決まります.

上>下

です.したがって,庶民のお願いははねつけるが,上司の命令には唯々諾々.

結果として,庶民は,役人の上の人に相談することで,何とか話を通してもらう,ということにならざるを得ません.

話しが進まないときは上司を見つける.

ティルパティについてステートバンクに銀行口座を開こうと思って,窓口に行きましたが,「学生はダメ」ということで,門前払い.

どうしようもないので,学長に相談.

すぐに銀行の偉い手を紹介してもらい,彼のところにいくと,すんなり口座開設.

あるいは,蛇の道は蛇.

だれのところに行けば話しが通じるのか,そういうことに通じる現地人の助力がないと,外国人には不可能なこと,というのは多くあります.(日本もオーストリアも同じです.)

ポンディでも銀行口座の開設が必要になりましたが,その時は,研究所の小間使いさんにお願いして手伝ってもらうと,あっというまに,できました.

銀行内での動きは俊敏で,あっという間に書類にサインを取り付けていました.

ウィーンでは,クラッサーにヴィザ関係で動いてもらいましたが,役所とのやり取りは機微ひとつ.

うまいこと,問題解決してもらいました.

あれは,自分では無理です.

方便に巧み(ウパーヤカウシャラ)といわれるものです.

幸い,九大は,留学生の受け入れ態勢が万全で,ヴィザ関係もサポートセンターがすべてぬかりなく準備してくれます.

ティルパティのサンスクリット大が,いつか,そんな風になることはあるんでしょうか?

大学のどこに聞いても,まず,滞在許可の役所がどこにあるのかも,だれも知りませんでしたし.

チットゥール県の中心であるチットゥールのSP警察が役所に相当する,というのが正解でした.

ティルパティからバスで3時間.

泊りがけで行きました.

田舎の町なので,インド人向けの安宿しかないですし,巨大な門前町のティルパティと違って,飯屋も貧相なところしかなかったです.

二度と行きたくないところでしたが,インド滞在中,結局,何度も行くことになりました.

警察署長,デリーに出張やら,州の首相に同行やらで出張ばかりで,会える機会がなかなかないですから.

そして,彼のサインがないとダメというのが書類.

パンディットに習う時間,プライスレス.

役所で待たされる時間,エンドレス.

朝から晩まで待っても何も起きない,ということはよくあります.

「きょうは,署長,こなかったね.また明日」ということです.

役所的なところはどこもそうです.

写本図書館も同じ.

上のサインがないと動かないので,同じ苦労をすることになります.

まあ,待っている間にテクストが読めますから,こちらも,気長に待ちます.

インドで暮らすと,メンタル重力10倍で暮らすようなものです.

忍耐力は鍛えられます.

忍辱波羅蜜多は完成しまくりで,到彼岸は余裕,おつりで還相回向までもできるでしょう.

インド旅行をしている限りでは,役所仕事をする必要はないですから,ただただ楽しんでいればいいかもしれませんし,必要事項が先に進まなくとも焦る必要はないですが,いったん住むとなると,あるいは,何らかの仕事・目標をやり遂げないといけないとなると,そういう不快な経験は不可避となります.

旅行者の印象と,住んだ人の印象が根本的に異なってくるというのは当然です.
  1. 2018/05/15(火) 07:17:49|
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インド留学の長所短所

インド留学のいい点は、暇なので多く読めるということです。

二次文献に恵まれない分、一次資料に集中できます。

ただただテクストを読むしかありませんから。

週一の日本の授業でサンスクリット本をまるまる読み切ることは稀でしょうが、インドなら、毎日パンディットと読めば、割に早く終えることができます。

あとは、他にやることもなく、自分の時間も多いので、あれこれと文献が読めます。

暑いと出かけるよりも家にいた方が快適です。

外に出るのは基本、食べるため。

図書館は貧弱なので、資料は自分で持っておくに越したことはありませんが、昨今は、internet archivesに大概のテクストが揃っていますから、不自由はないでしょう。

さて、短所。

まず、視野が狭くなりがちということ。

これは、研究史という観点で。

バンディットは、ジャーナルなどの二次文献は読みません。

彼らが知っているのは、原典の世界と先生から習ったコメントの世界で、世界で、特に、欧米で行われている議論はフォローしていませんし、そのようなものに、それほどの価値も認めていないし、興味もないし、そもそも、英語を読まない人が大半です。

結果として、テクストを読むにはいいが、いざ研究論文を書く、ということになると、インド留学だけでは不十分ということになります。

研究は研究で、また別途、身につける必要があります。

論文のスタイルやビブリオの決まりごとと同じで、研究社会の慣習というものがありますから、そこに、自分を寄せていくしかありません。

正しいとか正しくないとか関係ありません。

現実に研究の世界がそうなっているのだから、我流でやっても意味がない、ということです。

インドに長くいると、パンディット的主義主張が伝染してきて、どうしても、欧米人学者なにするものぞ、というナショナリスティックな視点を持ちがちです。

しかし、視野の相対化という点からいえば、それぞれの良いところをバランスよく取り入れて、バランスよく出力していく必要があります。

立ち位置がはっきりしない日本人ですが、それぞれの良いところを見ていくべきでしょう。

インドのパンディットのすごさを知る者としては、やはり、インドで学ぶ意味を認めざるを得ません。

生活は大変ですし、時間的ロス、体力とヤル気のロス、病気や事故の危険などなど、リスクも高くコスパも悪いですが、「命をかける」価値はあります。

そもそも、良いパンディットにつけること自体が僥倖です。

多くの人は、良い先生につくことすらなく、虚しく帰国することになります。

そもそも、サンスクリット会話、聞き取りができないことには、まったく意味がありませんから。

英語を母語としない二人の会話で、サンスクリットの細かいひだまで拾いきれるとは、とても、思えません。

相手のサンスクリットを聞き取れるように、まずは、こちらが身を寄せていくべきです。

残念ながら多くの日本人留学生は、ここでつまずいているか、あるいは、誤った理解をして、英語でやろうとしてしまいます。

英語人なら、相手の下手な英語からでも、相手の言いたいことをつかめるかもしれませんが、非英語人の我々は、そこまでは無理でしょう。

南であればサンスクリットミディアムで、北であればヒンディーで、まずは、その程度の準備をする必要があります。

ベナレスに留学していた佐藤さんは、ヒンディーで習っていました。

私はずっと、サンスクリット。

言語構造から言っても、サンスクリットを英語変換して、さらに日本語にするのは、情報のロスが大きすぎます。

語順がまるで違うからです。

サンスクリットからダイレクトに日本語が一番。

ヒンディーは、日本語と似ているので、ヒンディーを通すとナチュラルに日本語変換可能です。

情報の毀損が起こりません。

もちろん、単語はそのままなので、単語の意味という点では、英訳も大いに役立つのですが、一番大事な構文という文意の単位において、英語化は問題を抱えています。

日本人にとっては、サンスクリットをわざわざ英語を通して学ぶ意味はありません。

テクストを読む、という点に関しては、インド流を学ぶべきです。

日本語に近いという点で、ヒンディーを学んでおく利点は大いにあります。

言語感覚が身につきますから。

いつまでたっても、サンスクリットを英語的にあるいはドイツ語的に訳している時代ではありません。

サンスクリットをダイレクトに理解すべきです。

漢文を通して多くを学んできたのが、英語ドイツ語やチベット語を通してとなりましたが、今は日本語人研究者のサンスクリットレベルも昔とは段違いに上がっていますから、ダイレクトにサンスクリットに接するに、しくはなし。

和訳を見ると、すぐにその人のレベルがわかってしまいます。

サンスクリットを日本語にする場合には、日本語は語順が柔軟なので、前からそのまま訳していけば、それで大概いけます。

詩などを読むときは、語順でなぞときになっていたりしますから、前から訳していかないと、何が面白いのかわからなくなってしまいます。

一般から特殊へ、何だろう何だろう、と思っていると、最後に種明かしで疑問が氷解する、というような仕組みが、往々にして詩にはあります。

英訳するように後ろからひっくり返してしまうと、楽しさが失われてしまいます。

同じことは論書にも言えます。

書いた人の頭に沿って理解していくべきです。

同格の形容句も、場合によっては、理由句かもしれません。

「XであるY」ばかりとは限りません。

たとえtvaatやtvenaがなくとも、「XなのでYである」という場合もあります。

これは感覚です。

そして、詩のコメンタリーなどを読むと、実際、注釈者がそのように説明していたりします。

インド的な感覚では、ここは、hetugarbhitaなvisesanaに読むべき、という感覚は、語順をいつまでも無視していては身につきません。

頭から楽しんでその感覚を身につけていく必要があります。

たとえ南に行くにしても、インド行く前にヒンディーくらいはやっておくほうがいいでしょう。

写本を取るのに、北インドだと便利さが違うというのもあります。

欧米一辺倒の日本人インド学者というのも多くいて、我々の先生世代の優秀な方々は多くそうなのですが、これは、時代的な制約が大きいでしょう。

いまや、インドには簡単にいけますから、理想的には両方を学ぶべきです。

先生の先生の世代に当たる梶山、服部、大地原の三聖人は、インド留学組です。

文部省のアジア派遣留学制度さまさまです。

戸崎先生もです。

その次の世代が欧米中心。

これは、単純に時代でしょう。

我々はいずれにも手軽にいける時代に生きていますから、両方行っておくに越したことはありません。

シャーストラをやろうという人は、カルドナやサンダーソンのように、バランスよく伝統にも通じた学者を手本にするべきでしょう。

欧米一辺倒の日本人インド学者というのも妙ですし、また、インド万歳の日本人研究者というのも滑稽です。

研究者たるもの、バランスよく俯瞰できる位置に立つべきです。













  1. 2018/05/13(日) 10:17:16|
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ナビさんカレー490円



斉藤さんが毎日食べていたと言われるナビさんのカレー。

勉強以外のことで頭使いたくないそうです。

おかげで、昼に行くと研究室がカレー臭。

このカレーは良くて、ネパール料理はダメという基準が分かりません。



ナングロのカレーセット650円。ご飯とルーはおかわり自由ですが、最初からこのご飯の盛りですから、私には不要。

ネパール人の若人たちは(tu)、必ずと言っていいほどお代わりしています。

私も20代の時には、2杯も3杯も食べてましたが、今は無理。

年相応。

人間の欲望にはきりがないとは言いますが、一回に食べられる量には限りがあります。

本郷の正門前の宮本で、魚定食のご飯、青野と三杯お代わりしてたのを思い出しました。
  1. 2018/05/12(土) 10:59:29|
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Udayanaの難しさ

志田くんと以来でしょうか、久々にウダヤナを読みました。

もっと難しいかと思いきや、注釈が各種整備されているおかげで、まあまあ、それほど迷うことなく読解できました。

校訂は、ヴィーララーガヴァアーチャーリア。

ティルパティから1941年に出ています。

素晴らしい区切りかた。

さすがとしか言いようがありません。

すごいパンディットの校訂本は安心感が違います。

もちろん、プレスのせいで、ちょいちょい誤植や印刷不鮮明な箇所はありますが、それは師のせいではありません。

ウダヤナ、難しい内容をさらっと一行で表現します。

それが難しいと思わせる原因です。

普通なら難しい内容を小見出し的に言った後に説明文がつくのですが、ウダヤナでは時々、説明もなしに小見出しが続きます。

したがって、その議論の「お約束のパターン」に習熟していない場合は、置いてけぼりになります。

注釈が長くなって当然です。

ぎゅっと凝縮した小見出しの連続、と言えば伝わるでしょうか。

ウダヤナは、さすが、頭いいので、要所をぎゅっと掴んでます。

しかも簡潔。

後代に流行して当然。

しかも、ウダヤナ、以前の議論にも習熟。

誰が言ったか、ということに拘泥することなく、議論の本質だけを取り出して、まな板の上に載せます。

哲学哲学してる人のスタイルです。

しかし、ドライな論理の連続なので、息つく暇がありません。

ドライロジックの見本のような人がウダヤナです。

緩急つけて丁寧に説明し、さらに、スタイルにもこだわるジャヤンタとは正反対。




  1. 2018/05/12(土) 10:23:16|
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dvitaya



日本人の工夫。

2種盛り。

三色弁当と同根の発想でしょうか。

二者択一のヴィカルパよりは、並存のサムウッチャヤ。

デザート3種盛りも同じ。

あれかこれかではなく、あれもこれも。

食に対して保守的ではなく、新し物好き、新規趣向というのは、我々の特徴かもしれません。

好奇心旺盛。

これが度を過ぎると、こじらせた人になって、うまいかどうかよりも、珍しいかどうか、という基準に移行していくことになります。

南のミールスは、基本は、バナナのうえにばらばらと別々にあるので、意識の上では、小皿に分けるのを省略した形とみなすべきであって、5種盛り、というよりは、複数の主従の小皿料理を、皿をなくす形で並べた、というべきでしょうか。洗うの面倒ですからね。清潔ですし。また、ホテルのように、カトリを分けて出す場合もありますし。

2種盛りのAとBとは主従の関係になく、主が2つ並立しているのが特徴です。

本来両立しない2つを一緒にしたのが2種盛りでしょう。

ごはんとラーメンの両立や、お好み焼き定食も似た感じでしょう。

こちらは、好奇心というよりは、単に腹が空いてるという切実さが増してますが。



ピザのハーフアンドハーフも同根ということになります。

ビールの場合は混じるので、ちょっと違いますが。

  1. 2018/05/12(土) 08:30:04|
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Varaahii





バラヒ。

ヴァラーヒー(雌猪)ときくと、Vajravaraahiiのエリザベスの博論である研究書を思い出します。

ウィズダムから出たので、結構売れたそうで、第2刷が出たそうです。

仏教のほうが、読者の裾野は広いですね、やはり。

日本で初めて食べたネパール人の若者も大好きチーズナンに、さらに、明太子。

ご当地系ナン(?)というくくりになるでしょうか。

「めんたいあるけん、はかたたい」

かどうかは定かではありませんが、ありといえばありです。

焼き立ては普通に美味しいです。

スープモモは、汁サラサラ。

バジェコから移籍して来た笑顔のおっちゃんは、以前からそうですが、厨房でウロウロしてるだけ。

ほとんど役立ってませんが、それでもコックは気にすることなく、テキパキと働いてます。

1人で釜で焼きながら、1人でガスで調理して、1人で盛り付けています。

おっちゃんの出番なし。

日本人だと、同僚が使えないと切れるでしょうが、ここでは、普通に共存。

こういう意識の持ち方は、勤勉で平等主義(「俺が忙しくしてるのだからお前も働け」)の日本人の頭には端から無い気がします。

ちなみに、バジェコも、働かない(使えない)店員がうろうろしていて、コックに「水」と言われて初めて気がつくような感じの人もいます。

人件費が安い国では、まだまだ、ぼーっと、突っ立ってるだけでも許される、というのが経済的側面からの説明になるでしょうか。

メンタル的には、寛容、余裕、人のことは気にしない、喋り相手がいたほうがいい、ということになるでしょうか。

実際、南アジア人が1人で厨房で働くパターンはホームシックになって帰国してしまうので、人件費がかかっても、複数にしたほうが、長い目ではお得な気がします。

孤独からのホームシック事例は、結構あります。

オートリキシャに子供を詰め込めるだけ詰め込んだり、スズキの軽にこれまた詰め込めるだけ詰め込んで遠足に行ったりするのが好きなくらいに人との距離が近い国の人だと、突然に喋り相手もいない状態では病むのも当然です。

スカイプのおかげで、ましにはなりましたが。

猪といえば、最近、伊都キャンパスに猪が出て来て騒ぎになっていました。

眞鍋くんも写真に収めてました。

なんと、外部者が餌付けしていたそうで、それで、キャンパス内まで出て来るようになったとのこと。

図書館本バラバラ殺本事件は起こるは、猪は出るは、伊都も大変そうです。

窃盗に裁断は、モラルの低下もありますが、郊外移転がもたらしたメンタルへの悪影響とする見方は、聞きませんが、可能性はあるでしょう。

人に揉まれてこそ社会性は育つのであって、ぽつんと1人でいて部屋に篭りきりでは社会性を育む機会もありません。

学生向けの座学倫理教育を提案するくらいなら、人の集う場所を構築する方がいい気がします。

あるいは、そんなに座学の倫理教育が好きなら、オ○○タ騒動の後に導入された研究者向けe-learningのウェブ講習を導入すれば、学生全員が受講できたかどうかもすぐに分かりますし、よっぽど便利でしょう。

「対策をやりました」の言い訳程度にはなるでしょう。

「図書館の本を盗んでもいいか」「yes or no」、

「図書館の本を裁断してもいい」「yes or no」という感じになるでしょうか。

風刺画みたいですが。



移転は8月。

すでに箱崎の文系図書館はクローズ。

半年間本が使えません。

廊下からは、

「はい、集合」

というような、引越しの業者さんがバイトに指示出しする声が聞こえてきます。

暑い暑い8月に引越し作業とかすると、どうなるのでしょうか。

幸い、梱包まで含めて業者がしてくれるとのことですが。

文系の人は自室の本が常識はずれに多い先生が多いので、引越しバイトは大変でしょう。割りに合わないと思います。
  1. 2018/05/12(土) 08:26:53|
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