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Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

仏教論理学者ダルマキールティの恋愛詩(サンスクリットのカーヴィヤ)



「インディアン・ローズウッド(紫檀の一種)は木の一種だ」

「煙があるから火があるはずだ」

と,同一性(tadatmya)や因果関係(karyakaranabhava)という「本質的な結びつき」(svabhavapratibandha)に基づく推論(anumana)に忙しい仏教論理学・認識論.

その大成者として有名なお坊様がダルマキールティ.

漢訳では法称.

後7世紀前半頃の活躍です.

インドに残る詞華集には,ダルマキールティ(Dharmakirti)の名で,幾つかの詩が残っています.

チベット仏教で「ツェマ」(Skt. プラマーナ)と言えば論理学のこと.

その最終的に行き着くところはダルマキールティの論理学です.

まさか,こんな詩を残しているとは,両手を撃って論争練習に明け暮れるツェマの学僧も思いもよらないことでしょう.

しかし,恋愛詩にしても,ちゃんと論証式っぽくなっているところは流石です.

理由の一つ一つも仏教臭くて笑えます.

(サンスクリット原文の書式はTeX方式です.)


alam aticapalatv\=at svapnam\=ayopamatv\=at

pari\d{n}ativirasatv\=at sa\d{m}gamena priy\=ay\=a\d{h}/

iti yadi \'satak\d{r}tvas tattvam \=alokay\=amas

tad api na hari\d{n}\=ak\d{s}\={\i}\d{m} vismaraty antar\=atm\=a//


もうたくさんだ

うつろいやすいがゆえに 夢・幻の如きであるがゆえに

転じて味を失い[苦くなる]がゆえに 

愛しい女[と]の交わりは

と たとえ 何百回と 真実をかえりみても

それでも 鹿の目をした女を 私の心は 忘れない


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  1. 2006/12/23(土) 11:15:28|
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