Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

Ratnakirti's Santanantaradusana

RNA1 136.22-26, RNA2 146.29-33: tasmād icchācittamātrasya svaparasantānasādhāraṇasya dṛśyatayā saṃbhāvayitum aśakyatvād vyāhārādyutpādāt (vyāhārādyutpādāt] corr. by Kajiyama [1999:28, n.27]; vyavahārādyutpādāt RNA1, vyahārādyutpādāt RNA2) prāg anupalambhe 'py abhāvāsiddhau ('py abhāvāsiddhau] em. by Kataoka; 'py abhāvasiddhau RNA1, RNA2) na tadabhāvaprayukto vyāhārādyabhāvaḥ pratīyata iti kathaṃ kāraṇatvasiddhir yataḥ kāryahetudvāreṇānumīyeta. icchācittaviśeṣas tu svasantānabhāvī na (na] RNA1, RNA2; omits Kajiyama [1999:29, n.28]) bhavaty evānumātur dṛśyaḥ.
梶山 [1999:28]: (146,29)それゆえに、自分および他人の心に共通する欲求心一般というものは見られ得るものとして想定することができないのであるから、言語活動などの生じる以前には認識もされないのであるし、存在もしないことになるのである。したがって、それが存在しない時にはその無存在と結びついた言語活動なども存在しないことが知られるのである。したがって、[欲求心一般が言語活動などの]原因であることがいかにして証明されようか。もしそう[証明されるの]であれば、[言語活動などという]結果の原因であるという仕方で[欲求心が]推理されるであろうが。 (146,32)けれど特定の欲求心(icchācittaviśeṣas tu)というものは、自分の心流に存在するもの(svasantānabhāvin)であって、推理する人にとって見られるもののことである。
梶山[1999]の和訳には幾つかの問題があります.
na tadabhāvaprayukto vyāhārādyabhāvaḥ pratīyata iti それが存在しない時にはその無存在と結びついた言語活動なども存在しないことが知られるのである。
これは次のように訳すべきでしょう.
発話などの非存在は,それ(自他相続共通の欲求心一般)の非存在によって引き起こされたものとは理解されないので,
まず,prayuktaというのは「引き起こされる」という意味合いです. またna ... pratIyateと繋がるべきでしょう. したがって,発話等の非存在がそれの非存在によって引き起こされたものとは理解されない,という意味になります. 欲求心一般と発話等の現れの間にある因果関係(欲求心一般⇒発話等の現れ)を確定するためには,ダルマキールティが言うように,知覚・無知覚が必要となります. すなわち,火がないときに煙がない,という非存在の状況を確認し,そのうえで,火があるときに煙もあるという肯定的随伴関係を確認しなければなりません. 火の非存在の確認が必要です.これは当然,ダルマキールティの認識論によれば,知覚可能なものの無把捉によって可能となります. すなわち,火は,知覚可能なものであるからこそ,その非存在が確認可能となるのです. いま,自他共通の欲求心一般なるものは,知覚可能なものとは考えられません. したがって,欲求心一般は,知覚不可能なものであり,その非存在を確定することは不可能となります. すなわち,見えないからといって無いとは言えないのです. 見えなくても,欲求心はそこにあるかもしれません. 結果として,欲求心と発話等の現れについて,否定的随伴関係を確定することは不可能となります.
確定不可能:~欲求心一般→~発話等(の現れ)
このことを述べているのが問題の箇所です. すなわち,「それの非存在によって引き起こされたものとして,発話等の非存在が理解されることはない」という箇所です. では,その直前の箇所はどうでしょうか. 梶山[1999]の念頭に置くテクストは以下のものです.
vyāhārādyutpādāt (vyāhārādyutpādāt] corr. by Kajiyama [1999:28, n.27]; vyavahārādyutpādāt RNA1, vyahārādyutpādāt RNA2) prāg anupalambhe 'py abhāvasiddhau 言語活動などの生じる以前には認識もされないのであるし、存在もしないことになるのである。したがって、それが存在しない時には
梶山は,-siddhauについて,まずabhāvasiddhiを訳出して,後から繰り返してlocativeのニュアンスを拾っています.その点は問題ありません. しかし,api周辺は問題です. このテクストを直訳するならば,次のようになるはずです.
言語活動などの生じる以前には,認識されなくとも,存在しないことになるのである。したがって、それが存在しない時には
これでは意味が通じません. ここで欲しい意味は,「欲求心一般は,本性的に知覚不可能である以上,認識されなくても存在する可能性がある」という内容だからです. 原文にあるapiを生かすならば,そのような意味しかありえません. したがって,ここは,テクストを訂正する必要があります.
vyāhārādyutpādāt prāg anupalambhe 'py abhāvāsiddhau
欲求心一般は,
発話などの[現れの]生起の前に,知覚されなくても非存在が成立しないので,
となります. 引用の最後の一文はどうでしょうか. 梶山の念頭に置くテクストは以下の通りです.(梶山訳を下におきます.)
icchācittaviśeṣas tu svasantānabhāvī na bhavaty evānumātur dṛśyaḥ. けれど特定の欲求心というものは、自分の心流に存在するものであって、推理する人にとって見られるもののことである。
ここで梶山はテクストを訂正し,naを不要としています. しかしnaは本当に不要でしょうか. 梶山[1999:21]は同じ箇所を解説して次のように述べています.
特定の欲求心というものは、自分の心流に存在するもので、推理する人にとって見られるものである。しかし他人の心に属する欲求心についてはそうはいえない。
果たして,「特定の欲求心」というのは,推理する人にとって見られるものなのでしょうか? ラトナキールティは,この文脈において,まず,自他の相続に共通するものとしての欲求心一般と,自分の相続にある欲求心一般とを区別しています. 自分の相続にある欲求心一般とは,因果関係把握時の欲求心と,推論時の欲求心との区別を問わない欲求心一般のことを指しています. これは,因果関係把握の際の「特定の欲求心」と対立するものです.
自他相続共通の欲求心一般 自相続の上の欲求心一般 自相続の上の(因果関係把握時の)特定の欲求心
この三つを区別する必要があります. 梶山の和訳・解説は,後二者の区別がなされていないようです. 特に,最後の分類について理解が曖昧だといえます. ラトナキールティは次のように述べます.
tasmād anumātṛpuruṣasaṃbandhitvam anapāsya vijñānasya svalakṣaṇādibhedanirāsapara eva mātraśabdo yuktaḥ 梶山[1999:28]:そういうわけで、推理する人との結合を無視しないで,知識のそれぞれの特徴などの違いを除外するだけが目的である場合にのみ,一般(mātra)[=のみ]という語が用いられるのである。
この箇所の意図は次のようになるでしょう.
それゆえ,推論者との関係を捨て去ることなく,認識について,固有相などの特殊性の排除を主眼とするものが「一般」という語であるとするのが正しい.
すなわち,欲求心一般という場合の一般とは,自他相続に共通という意味で「一般」なのではなく,自分の相続の上であれば,どのような欲求心であってもよいということになります. それと対立するものとして特定の欲求心があります. 自他相続共通の欲求心一般,自身の相続の上の欲求心一般,自身の相続の上の特定の欲求心(特に因果関係把握時の欲求心)というように,順に,範囲は狭まっていきます. このように考えると,因果関係把握時の特定の欲求心というものが,いま推論しようとする者にとっては知覚不可能であることが分かります. 昨日の欲求心は,今日,いまここで推論しようとしている人にとっては過去のものであり,知覚不可能なものです. したがって,問題の箇所は,原文通り,naを必要とすることになります.
icchācittaviśeṣas tu svasantānabhāvī na bhavaty evānumātur dṛśyaḥ. いっぽう自相続にある[因果関係把握時点での]特定の欲求心は,[推論時の]推論者にとり,知覚可能なものではありえない.
Conclusion: Kajiyama's emendation, i.e. omission of na in RNA1 139.26 and RNA2 146.32, is not necessary. One should read as given in the published editions RNA1 and RNA2. anupalambhe 'py abhāvasiddhau (RNA1 139.24; RNA2 146.30-31) should be emended to anupalambhe 'py abhāvāsiddhau. RNA1: Ratnakirtinibandhavali 1957 RNA2: Ratnakirtinibandhavali 1975 梶山雄一[1999]「他人は存在するか 付:ラトナキールティ『他人の心流の論破』試訳」,『創価大学・国際仏教学高等研究所・年報』,3,3-35.
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  1. 2009/05/29(金) 19:52:27|
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  1. 2009/05/24(日) 17:57:43|
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第70回言語学研究会

日時:2009年5月23日(土)14:00-17:00 講師:傍士元 (Hoji, Hajime)先生(南カリフォルニア大学) 題目:A Foundation of Generative Grammar as an Empirical Science Toward A Scientific Study of the Language Faculty: a proposal and implications
  1. 2009/05/24(日) 07:55:16|
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文学部就任講義

平成21年度「文学部就任講義」 日時:平成21年5月20日(水)     16:00~17:00 場所:箱崎文系地区講義棟 301番教室  (箱崎キャンパス:福岡市東区箱崎6-19-1) 文学部では,その年に新たに着任した教員による「文学部就任講義」を例年開催してまいりました。本年4月着任の 青木博史 准教授(国語学・国文学)の就任講義を,上記の日程で開催いたします。  貴重な機会ですので,ふるってご参加ください。学内外のどなたでも参加できます。  青木博史 准教授(国語学・国文学) 「日本語文法史の構築をめざして」 対  象 大学生,大学院,教職員,一般市民。 定員・料金等 100名,無料。 申込方法等 事前申込不要。 お問合せ先 九州大学貝塚地区事務部教務課学生第一係(文学部担当) TEL:092-642-2355 関連 ホームページ http://www.lit.kyushu-u.ac.jp/news/news090416_01.html
  1. 2009/05/09(土) 07:51:18|
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Cafe Purana


熊本 502.jpg It looks old enough.
  1. 2009/05/01(金) 22:08:11|
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Manga exhibition at Contemporary Art Museum Kumamoto


熊本 1101.jpg Inoue Takehiko's `The Last Manga Exhibition' attracts many young people to the museum.
  1. 2009/05/01(金) 21:52:46|
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Cafe de Shinran


熊本 395.jpg Just in front of the Kumamoto Castle, there is Cafe de Shinran.

熊本 388.jpg

熊本 389.jpg The theme to be discussed is `what is there after death?'
  1. 2009/05/01(金) 20:19:14|
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Srilanka Kumamoto


熊本 054.jpg There are at least two Srilankan restaurants in Fukuoka city, i.e. Tunapaha and Nuwaraeliya, both run by the same owner. I came across one in Kumamoto which is `anvarthena' named `Srilanaka Kumamoto'. No ambiguity!

熊本 059.jpg

熊本 056.jpg

熊本-0550.jpg But it is written here as `Sri Lanka Kagoshima'. It seems that Srilanka Kumamoto is a branch of Srilanka Kagoshima.

熊本 1109.jpg
  1. 2009/05/01(金) 19:50:55|
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