Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

How to read?

Nyāyamañjarī II 38.2-3 (Mysore edition):

katham etad itīdaṃ ca ye vā paryanuyuṃjate/

idam apy aparaṃ, hanta! tena paryanuyujyatām//

The present reading does not make sense.

How to read?

(My solution is given below) [How to read?]の続きを読む
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  1. 2010/02/22(月) 23:53:34|
  2. 未分類

Today on the Katsuma beach, Shikanoshima, Fukuoka-city

KatsumaBeach3.jpg


That Katsuma, the northwest edge of Shikanoshima, used to be an important port is indicated by several names of the area which have "ura".

It seems that the port was buried by sand coming down from the hill behind.

The Okitsugu shrine is located on the very small island in the end.
  1. 2010/02/20(土) 19:58:15|
  2. 未分類

シンシャパー

「これは木である.シンシャパーなので」(vṛkṣo ayaṃ śiṃśapātvāt)と聞いただけで,自性因にうんざりの推論アレルギーの人は「またか」と思うかもしれません.

ダルマキールティに出てくる木の例としておなじみのシンシャパー.

牛や壺とならんで,単語の意味としての普遍・共通性を論じる場面で登場します.

牛は,垂肉・こぶ・尻尾・蹄など,部分に特徴があります.

壺は,ぽっこりと膨らんだお腹の形状もあるでしょうし,また,水運びなど,明確な目的を持っています.割れると消滅するという無常性の点でも便利といえます.

木は,下位の分類が簡単に挙げられる点で便利です.(牛もシャーバレーヤやバーフレーヤなどが挙げられますが.)

具体例としてあげられるのがシンシャパーというわけです.

これはディグナーガに遡るようです.

それ以前だと,語意論の文脈で決して一般的な例というわけではありません.

パーニニには確かに既にシンシャパーへの言及があります.

しかし,木というと,一般的なのは,プラクシャ,ニヤグローダ,カディラ,ダヴァ,パラーシャなどです.

パタンジャリの『大注解』や,ハルトリハリの『文と単語』などが挙げられます.

ヴァーツヤーヤナの『論理学経註釈』を挙げてもいいでしょう.

バラモン文化になじんだ身であれば,祭具の木材として用いられるパラーシャやカディラが,やはり,木として挙げやすい例となります.

ディグナーガの意図がどこにあったかはわかりませんが,ともあれ,インド哲学の語意論史的に眺めれば,少し浮き出た例であることは確かです.

このシンシャパー,Dalbergia Sissoo,つまり,インディアン・ローズウッドです.

高級家具やギターの木材としておなじみ,バラ香のする木材です.

チャラカサンヒターには,植物の髄から作る酒の材料としても挙げられています.

西岡直樹さんの『インド花綴り』(p. 200)によれば,薬の材料にもなるようです.

産地はインド南部.

仏教のパトロンには街の商工が多かったでしょうから,それも考えれば,高級家具・装飾具材として有用なインディアン・ローズウッドが真っ先に挙げられるのも納得のいく気がします.




ポーランドであったインド論理学関係の国際学会でのこと.

ワルシャワを桂先生と歩いていると,アメリカの若手研究者が,向こうから歩いてきました.

テクストデータが入ったパーム片手に「シンシャパー」がどうのこうのと,背の高いギロンさんと議論していました.

一緒に座ることに.

ワルシャワっ子も,まさか,日曜の真昼間からカフェでシンシャパーが論じられるとは思わなかったでしょう.

ちなみに豪快なギロンさん,昼食後の学会でOHP片手に発表ですが,その口に爪楊枝はさまったまま発表しているのを見たことがあります.(もちろん,ジーンズです.)

インド関係学会のコードの緩さは,国際会議では相当です.

壇上で挨拶している「偉い先生」が,ジーンズにTシャツということも,よくあります.

そもそも,インドにいけばサンダル(チャッパル)生活が基本ですから,それも当然です.

わたしも,2年間,サンダルしか履いたことがありませんでした.


京都での世界サンスクリット学会でのこと.

オーストラリアからの先生は,なんと,足元がクロックスでした.

「いやー,家から出てきたら,これだった.これしか持ってきてないよ」とのこと.

そのまま,国際学会が終わった後,京大の哲学でも小さな発表.

当然,クロックスで,学生と質疑応答していました.




ちなみに漢訳では申恕(波),尸舍(婆).

0099_,02,0108a28(01):汝等當行共至申恕林。爾時世尊。與諸大衆。到申恕林。
0099_,02,0108a29(02):坐樹下。爾時世尊。手把樹葉。告諸比丘。
0099_,02,0108b01(01):此手中葉爲多耶。大林樹葉爲多。比丘白佛。

と仏伝にあります.釈尊もなかなか頓知の効いた人です.
  1. 2010/02/20(土) 10:34:59|
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イスラムでカレー

Islam1
Islam2
Islam3

文学部棟に立ち込めるカレー臭

イスラム研究室でした
  1. 2010/02/18(木) 23:42:44|
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ランギーラー

ティルパティについて,しばらくしてからのこと.

どうも,よく耳にする音楽があります.

友達に聞くと,

「ランギーラー」

だそうです.

ウルミラのヒット作です.

ちょうどヒットし始め,ロングランが始まったころでした.

街は,A.R.Rahmanの曲で満たされることに.

しかし,その頻度が半端でありません.

好きなのはわかりますが,毎日毎日,しかも,ずっと同じ曲が町中いたるところで途切れることなく流れています.

結局,ロングランもあり,そのあと1年ほどずっと耳にすることに.
  1. 2010/02/17(水) 00:23:25|
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ピアノ

日本であれば,ホテルのロビーにグランドピアノなどがあれば,BGMとして流すライブ演奏は相当うまいものばかりです.

プロやセミプロ,音大卒など,相当に修養を積んだ人でしょう.

ところかわって,マドラス.

カイザー髭も立派な門番もいる高級なアイスクリーム屋.

天井も高く,日本のホテルにまけないほど,作りは豪華です.

ボーイも,安食堂とは大違い.

気取ったこぎれいな格好をしています.

さらにきどってグランドピアノまで置いてあります.

そして,生演奏.

しかし,日本の小学生もびっくりの下手さ.

ムード音楽的なものを,リズムよれよれで弾いていました.
  1. 2010/02/17(水) 00:13:34|
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ライブ

祭りとなると,賑やかなものです.

たまに住宅街のど真ん中にステージをもうけて,映画音楽のライブをやったりしていました.

で,それが,爆音も爆音.

しかも,夜通しやっています.

住宅街のまん真ん中です.

寝られたものではありません.

一晩中,強制的に聞かされることに.

映画音楽は,嫌というほど,耳に残っています.

映画音楽ならまだしも,ひどいのは,近くのアイヤッパー寺院のテープ音楽です.

日曜ともなると,朝から晩まで,ずっとアイヤッパーソングによる洗脳です.

しかも,テープの延々繰り返し.

カーヴィヤやパーニニではなく,アイヤッパーソングだけが頭に残っています.


ところかわってポンディシェリのホテル・レストラン.

たるいクラシックともフュージョンともつかない音楽が流れています.

久々に訪ねたとき,どうも,聞き覚えがあるので,友人に尋ねました.

「このCD聞いたことがあるけど?」

「初めて来たときから同じだよ」

とのこと.

ポンディでは結構高級な老舗ホテルですが,そこは,そのCD一枚を,少なくともこの15年以上,ずーっと流しているのだそうです.
  1. 2010/02/16(火) 23:56:28|
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ファイブスター

マドラスで習っていたころのこと.

先生から

「エーカハ,アメリカタハ アーガタヴァーン」

という話で,どうやら,インド哲学研究者が来て,先生に別時間で学んでいるとのこと.

「ジョーン・ローバート ナーマ.ギャーヤテー ヴァー?」

なるほど,ジョン・ロバートという名だということがわかりました.

しかし,ミーマーンサーでジョン・ロバート?

聞いたことがないので,

「ナ ギャーヤテー」

などと会話しながら,それはそのまま.

後日,余所であったのは,ジョン・テイバー教授でした.

夏休みでサンスクリットを読みに来ていたというわけでした.

私の先生とは別に,若手との読書会もあるというので,時間の都合もあり,そちらに参加させてもらうことに.

そのときの成果が,現在出ているSV知覚章の研究です.

10年くらいかかったということになります.

一つの成果をまとめるには,時間のかかるものです.

ジョンは「じゃあ,うちのホテルに飲みに来ないか?ビールおごるよ.」

ということで,彼が泊っていたファイブスターにお誘い.

こちらは学生の身分でしたからファイブスターなどは滅多に行きません.

敷居の高さは相当でした.

なにしろ,ちょいとビールで100ルピー,200ルピーの世界ですから,日頃10ルピー,20ルピーの定食に慣れた身分としては,意味不明な世界です.

とはいえ,猛暑の極み,どうしようもなくなると,ACを求めて,たまーに行ったことがあります.

最後の切り札的な暑さ対策です.

ACの効いたプールサイドのレストランでビールとは極楽です.

ジョンのお誘いをありがたく受けることに.

後日,味をしめて同じファイブスターへと行きました.

今度は生バンドが演奏しています.

しかし,その編成が意外でした.

ギター二台はいいとして,あと一台のベースは,ベースギターというよりは,ただの「箱」でした.

箱に紐を一本上に張っただけのもので,紐の強度を手で調節しながら,箱の上に足を載せて,器用に音階を取っています.

でっかい糸電話を足で踏んづけながら掻きならすようなものです.

それをベースとして箱の共鳴で弾いていました.

ギターも,絶対にチューニングの合わない相当に安そうなインド製のギターでしたが,にもかかわらず,二人とも相当なうまさでした.

職人魂を見ました.
  1. 2010/02/16(火) 23:38:41|
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大学寮

プーナから吉田さんが来ていました.

ヴィシシュタ・アドヴァイタなら,やはり,タミルナードはマドラスでしょ,というわけで,しばらくマドラス大のヴィシシュタ・アドヴァイタ学科で勉強することにしたとのこと.

しばらく滞在することになりました.

同じヴィシシュタ・アドヴァイタの三上さんも後輩ができて上機嫌です.

たまに私もマドラス大まで出かけました.

時々,三上さんは,にたにたと上機嫌で,

「今晩あたり,一緒に夜たべますか」

と誘ってくれます.

勉強が終わったころ,バスでマリナビーチ前のキャンパスまで行きます.

吉田さんは,しばらく大学女子寮にいました.

あるとき,ひどい風邪を引いたそうです.

すると,よってたかって,

「この塗り薬がいい」

「いや,こっちがいいわ」

といって,さんざんいろんな「家庭の医学」を試されて,治る暇もなかったそうです.

しばらくしてから,女子寮を出たとのこと.

Mathもそうでしたが,大学寮も大変です.

すくなくとも落ち着いて勉強するところではありません.

オーム,シャーンティ,シャーンティ.


後輩がデリー大学に留学したときのこと.

交換留学なので国際学生会館の部屋がついています.

しかし,寮にそうそう空きがあるわけでもありません.

あてがわれたのは,誰もすめないから住んでない,便所の隣のかぐわしき部屋でした.

いろんなところを見ましたが,さすがにこれはひどい.

しばらくすると,後輩は,プーナへと居場所をかえて,快適に過ごしていました.


ティルパティにも,大学寮がありました.

Mathの人に聞いても

「大変だからやめとけ」

というくらいで,確かにうるさそうです.

4人くらいの合部屋でした.

訪ねて行くと,ケロシンで調理しています.

本当は,寮内は,ケロシン禁止なのですが,みんな使っています.

寮の食事は食べないという人もたくさんいるようです.

天井のあちこちには黒いすすがついています.
  1. 2010/02/14(日) 14:21:40|
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三上さん

所を変えて,マドラスで習い始めたころのこと.

留学先輩の三上さんの部屋にお世話になっていました.

小さな二部屋ですが,勉強部屋のほうに,マットを敷いてもらって寝起きしていました.

毎日毎日,朝,昼,晩と,近所の安いインド定食屋でした.

朝60円,昼60円,夜60円,みたいな生活でした.

昼のミールスに,オプション10円のヨーグルトをつけたりすると,結構,贅沢な気持ちになります.

前払いのチケットも,ヨーグルトは別売です.

「ウィズ,カードcurd」といって付けてもらいます.

そんなインド料理にも飽きてくると,ときどき,顔を見合わせて

「そろそろ,中華でも行きますか?」

ということになります.

二人して,お出かけです.

日中の気が遠くなるような暑さも鎮まって,海から心地よい風がくるころ,三上さんのバイクで二ケツ.

ウッドランドの近くにあったショーグンや,ヌンガンバッカンまで行ったものです.

美味しい中華料理屋があるらしい,という話になると,結構出かけて行っては

「うーん,いいんだけど,やっぱりインディアンチャイニーズ」

「カルカッタは,本物の中華なんだけどなー」

などと論評しながら,中華を満喫.


ときどき,三上さんが,近所の酒屋でビールを買ってきてくれることもありました.

「どうですか?飲みます?」

などと言いながら,にたにたとビール両手に上機嫌の三上さんです.

頭の痛くなるインドビールですから,飲み足りないくらいの量で充分です.


しかし,たまに停電でビールの冷えていないことがあります.

酒屋の冷蔵庫がぬるくなっているのです.

もちろん,普段ならちゃんと瓶を握って,温度をチェックしてから購入です.

しかし,疲れているときは,たまにその瓶温度チェックを忘れてしまいます.

「ちきしょー,やられたー」

酒屋から戻った三上さんが叫んでいます.

半ぬるのビールです.

40度の日中を堪えた夜の楽しみが台無しというわけです.

ぬるーくなったビールに文句をいいながら,扇風機の下,腰巻ルンギーに上半身裸で二人飲んでいたのを思い出します.
  1. 2010/02/14(日) 12:46:20|
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シャトーブリアン

アーンドラは当時,ドライ州でした.

酒が禁止.

売ってないのです.

街に酒屋がありません.

というわけで,州境には検問があって,密輸チェックです.

当然,国道のタミルナードゥ側の酒屋は大もうけ.

好きな人はそこまで行って飲むのだそうです.

どうやら,選挙対策だそうです.

「わたしが買ったらドライ州にしまーす」

と公約すると,奥様票が期待できるのだそうです.

飲んだくれの亭主,というのはどこでも厄介なものです.

というわけで,そんな知事さんが当選すると,任期の5年間は完全にドライ.

街中の酒屋さんは,一斉にパン屋さんに鞍替えします.

忙しいことです.

しかし,ティルパティはそもそも聖地なので,酒という雰囲気でもありません.

観光客用の街中のレストランも,ベジタリアンばかりです.

一軒だけ,バスセンターの前に,ちょいと小汚いノンベジ・レストランがあっただけです.

あとは,たいてい看板に「純粋菜食」と謳っています.

ヴィシュヌ派のMathなので,当然,昼も夜も食事は菜食.

サンスクリットの学生ですから,当然,まわりもみんな菜食.

学長も

「ベジタリアンか?」

と聞いてきます.

当然

「いまはベジタリアンだ」

と答えます.

それしか食うものがないのだから,当然です.

**********

ティルパティで数カ月したころ,上村先生がマドラスに来られました.

マドラスまで出てこないか,とのお誘い.

ティルパティも,結構な喧噪なのですが,しょせんは目抜き通り一本未舗装の田舎の門前町.

マドラスの都会とは違います.

「喧噪の都会」に行くのには,びびるようになっていました.

ティルパティの田舎者根性がすっかり身についてきたようです.

東京から来たのですが,おかしな話です.

これは誰でも共通のようで,マドラスの人も,デリーに出かけるとなると

「デリーは都会だから気をつけろ」

と周りに言われ,緊張を覚えるそうです.

デリーの南インド料理屋に行くと,タミル人旅行者が集っているのを目にします.

「停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく」のは,別に,日本だけではありません.

ヘルムートが笑いながら言っていましたが

「スペインのリゾートまで行ってウィーンからの観光客はウィーン料理食っている」

のだそうです.

食事は基本です.

基本を変えるのは,なかなか難しいものです.

さいわい,南インドは米食,それに,野菜たっぷりのカレーです.

なんの支障もなく慣れました.

生野菜がないだけで,あとは平気です.

インドで生の野菜など,腹の虫が出そうで食べれません.

**********

で,上村先生に会いに,マドラスまで出かけて,サベーラホテル.

老舗です.

上村先生の留学当時からあるとのことです.

となりのウッドランドでミールス.

アーンドラの塩辛い味とは偉い違いで,上品です.

しかし,マドラスの海岸近くの水道水のまずさには閉口です.

飲めたものではありません.

しかし飲んでいました.

夜は,サベーラのノンベジへ.

上村先生がシャトーブリアンを注文.

「栄養が足りてないでしょう,なんでも食べなさい」

とのありがたいお言葉.

シャトーブリアンが何なのか大して知りませんでしたが,ともかく,でっかい牛肉のようです.

というわけで,先生にならって一番高いシャトーブリアンを注文.

「師にしたがうべきである」というのがインドの法典の教えです.

しかし,実際のところ,肉を食いたいという気持ちはゼロでした.

数か月もすると,完全に体質は変わるもののようです.

人間の欲求もいい加減なものです.

菜食主義者に「肉が食いたいでしょう」と質問するのはナンセンスです.

自然と肉は食いたくなくなるものです.

むしろ,混じっていると臭く感じます.

肉のにおいはすぐにわかります.


ともあれ,数か月ぶりに,肉なるものを頬張りました.

その晩,激しく腹を壊しました.

肉の鮮度のせいではありません.

肉を受け付けない腹になっていたようです.


同じことは,一年後もありました.

久々に日本に帰ってカツオの刺身・たたきを食べました.

牛肉よりもさらに激しく壊しました.

やはり生はいけません.
  1. 2010/02/14(日) 12:22:36|
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入学許可

文部省(文科省)のアジア派遣というのは,結構な昔から続いている制度です.

「縦社会」「横社会」の中根先生をはじめ,戦後日本のインド研究者の多くがお世話になってきた,ありがたーい制度です.

大先輩の戸崎先生も,上村先生も,これでインド留学です.(他も多数)

**********

さて,文部省の面接も通って,ようやくインド留学の経済面を確保.

ヴィザを取らないといけません.

日本の国費留学とはいえ,インドから見れば別に国費留学でもなんでもありません.

インドの国費留学は,「インド国費の留学生」だけだからです.

というわけで,日本の文部省から貰おうとどうしようが,別に,インドのヴィザが取りやすくなるわけでもありません.

ちゃんと自分で書類を用意して,インド大使館にいかないといけません.


いろいろと調べると,どうやら,大学の入学許可なるものが必要とのこと.

どうすれば,とれるのでしょうか.

ティルパティの学長あてに「入学許可をおくってください」と手紙を送ります.

しかし,何カ月たってもなしのつぶてです.

しかたないので,夏休みに直接でかけることにしました.

ティルパティまで出かけて,学長に会って話をします.

そのまま,指導教官にもなっていただくことに.

実際のところ

「いやー,来年あたりに,ぼちぼちどうしようか考えようと思っていたところだ」

とのこと.

直接でかけて助かりました.

学長のサインをもって,次は事務局長の副学長のところに.

彼自身は,留学生受け入れにはそれほど気のりしないような感じでしたが,ともあれ,秘書に命令して,かたかたと書類をつくってくれました.

事務局長のサインで出来上がり.

あっさりと,かたがつきました.

日本に帰ってインド大使館に提出.

書類は完璧です.

数日でヴィザができあがり.

にしても,ヴィザひとつのためにインドまで出向いてサインをもらわないといけません.

留学するのも一苦労です.

(しかし,留学してからの方がはるかに大きな苦労です.)
  1. 2010/02/14(日) 11:46:31|
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風邪とお医者様

ティルパティについて,しばらく,疲れもたまってきたのでしょうか,ひどい風邪を引いてしまいました.

旅行の時だと,インドの強烈な薬(抗生物質)なぞを飲めば,一発回復するのですが,今度のはなかなか回復しません.

しばらく寝込んでいました.

ふだんは引っ切りなしに外人を見にやってくるMath内の友人も,こっちがバテているとつまらないのか,誰もきてくれません.

人間,病人には薄情なものです.

弱ったら終わりです.


しかし,親切な人もいるものです.

UP州から来ていた友人の一人が,

「病院いくぞー」

といって,無理やり連れて行ってくれました.

町医者とはいえ,待合室は結構な込み具合です.

死にそうになりながら,それでも1時間ほど待って診察.

街中では見かけないインテリの紳士です.

インドの医者のレベルの高さに感心しました.

「お医者さん」「お医者様」というのは,こういうことなのでしょう.

「これを飲みなさい」と,薬を処方してもらって帰ります.

帰りに,

「君は留学生なんだから,治療費はいらないから」

ということで,無料にしてもらいました.

日本円にすれば,たかだか100円ほどのことですが,インドでは30ルピー.

馬鹿にはできません.

ありがたく好意を受けました.
  1. 2010/02/14(日) 11:23:55|
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停電

マドラス旅行でのこと.

イスラム地区の老舗ホテルの屋上は高く,近隣を一望できました.

夕暮れの風を浴びるには絶好の場所です.

薄暗がりの中,海とは逆方向に沈んでいく夕陽を見るのは気持ちいいものです.

日も沈んで暗くなったとき,街中の明かりが一斉に消えました.

停電です.

インドでは日常茶飯なので,別に驚きもしません.

しかし,ぱっと一斉に街の明かりが消えていく様子は,おもちゃの街でも俯瞰するような気持ちでした.

中には,ついている所もあります.

病院地区なのでしょう.

高級な地区は停電しないようです.


***********


タミルナードゥは,まだまだよいほうです.

アーンドラは,経済的には遅れていました.

ましてティルパティは,門前町とはいえ,ただの田舎町です.

毎日毎日,停電でした.

だいたい,朝の8時から10時,そして,昼の2時から4時,そして,夜の7時から9時,というようなスケジュールでした.

朝はさっさとシャワーを浴びて,用を足しておかないと,タンクの水が切れていたりするから用心です.

ちゃんと,タンクに水があるのを確認して,バケツに水をためてからトイレに入らねばなりません.

停電の間はタンクに水が供給されないからです.

***********

ちなみに,シャワー,というか朝シャンは,水オンリーです.

最初は,これになれるのが大変でした.

毎日,たいがい最高気温が30度を超えるとはいえ,朝は少し涼しい時もあります.

寒い思いをしながら,えいやっと,水シャワーです.

風邪を引いた時はさすがに辛いので,温水をつくります.

旅行用に携帯する湯沸かし器みたいなやつの大きいものです.

プラスチックの持ち手から,鉄が伸びていて,それをコップの中の水に入れると,鉄の発熱によって沸騰するという原始的な仕組みの湯沸かしです.

巨大な電極という感じです.

ドゥベーに相談して,相場の値段を聞いてから,近くの雑貨屋さんから買ってきました.

当然,しばらくは,Mathの中の人気者で,みんな,風邪をひくと,それを借りに来ていました.

しかし,巨大バケツの水をお湯にするには,やはり時間がかかります.

30分も前から,電極を突っ込んであっためていました.

***********

停電は計画停電です.

ちゃんと決まった時間に消えて,決まった時間に回復します.

そのころは,まだ,パソコンも持っていなかったので別に困りません.

停電になると,暗闇の中でぺちゃぺちゃ会話するのは,むしろ,楽しいものです.

誰かは,ここぞとばかりに,非常用の蛍光灯を持ち出してきます.

しかも,なぜかわかりませんが,ラジカセ機能のついた非常用蛍光灯です.

グロテスクにもほどがあります.

「これは日本製だ」

とかいって,さも自慢げです.

ラジカセに,でっかい非常用蛍光灯,しかも,蛍光灯の腕がぐるぐる回ります.

そんな不格好なものを日本が作るわけないだろうと思って国籍をチェックです.

中国製でした.

しかし,まあ,せっかく自慢しているのですから,

「そうみたいだ」

と答えておくことにします.


ある日のこと,ショーレイがテレビでやるというので,みんな大騒ぎです.

宣伝カーまで出て,「夜の7時から放送しまーす」と流しています.

せっかくなので,上の階のオーナー家族の部屋で見ることにします.

この日は停電もなく無事に見れました.

しかし,前半がおわったところの中休み(インターミッション)で,テレビ宣伝が流れ始めたころ,突然,停電.

まさか,前半だけ見せて,後半は停電で見れないのでしょうか.

しかし,みんな,涼しい顔です.

「大丈夫,大丈夫」

といって,チャイを飲んだりしています.

10分もしたころ,おそらく宣伝が終わったころでしょう,何事もなかったかのように電気も回復.

どうも,ショーレイの放映にあわせて,停電の時間を調整していたようです.

宣伝の間だけ停電.

なんだ,やればできるんじゃん,という感じです.
  1. 2010/02/14(日) 11:12:29|
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クルター

クルターというと,裾がながーく伸びている,インド風のシャツです.

前は全開せず,上にボタンが三つほどあるだけです.

イメージとしては,タリバンが着てそうな服です.

アフガンやパキスタンからの映像だと,長身のひげをはやしたお兄さん,おじさんたちが,裾の長いクルターを着ています.

インドだとカシミールやパンジャーブとか,西北インドという感じです.

もちろん,こんな服は,南インドの学生はきていません.

全開できる普通のYシャツにズボン,これが基本です.

たまーに着ている真面目な学生のものも,薄手の寝間着風,若干,聖者風のもので,そこまで裾は長くないものです.

いかにもインド!という感じのカーディー生地のものではありません.

しかし,まあ,せっかくインドにきたのだから,場所外れであっても,カーディー地のクルターを持ちたいというのが日本人の人情です.

インド人の友達は「そんなもん着て何がいいの」という眼でした.


************


日本に帰って相当してからのことです.

桂先生・藤永さんと一緒に,学生も数人,ビハールの田舎にジャンブヴィジャヤジーに会いに行きました.

東京ではクルターを着る機会はあまりないので,インドでは,普通のシャツと日替わりで着ていました.

日本のシャツは,生地目が細かすぎて,回転の速い洗濯には不向きだというのもあります.

すぐに乾かないのです.

インドなら,生地のあらいシャツが即効乾くので,旅行には便利です.

なにより,扇風機の風で,すーすーします.

ジャイナの聖地,ホテルについて数日,広大の学生がそわそわしています.

聞くと,

「そんな風なクルターが欲しいので,近くのテイラーで注文してきた」

とのこと.

よく注文できたなーと,まずは,コミュニケーション能力に感心.

値段も妥当です.

ぼられたことはなさそうです.

「ちゃんとクルターって注文したか」

「はい,大丈夫です」

数日して彼らが着ているものを見ました.

きらきら光沢のある茶地のもの.

カーディーではありませんが,遠目,カーディーに近そうな色あいです.

普通のYシャツには不向きな感じです.

しかし,彼らが着ていたのは,クルターではなく立派なYシャツでした.

二人とももくろみが外れた表情です.

あきらかに色のおかしいYシャツを無理やり着ています.

やはり,注文内容がうまく通じていなかったようです.

きっと,

「アイワントゥ,インディアンシャーツ,オケー?」

「オッケー,オッケー,ノープロブレム!」

というようなやりとりがあったのでしょう.

シャツといえば当然Yシャツ.

クルターなぞ注文するひとがいるわけもありません.

立派な光沢のYシャツでした.

彼らは日本でも着ているのでしょうか.

すくなくとも学会では見かけません.

きっと目立つと思います.
  1. 2010/02/14(日) 07:08:06|
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洗濯屋と仕立屋

インドに着いて数日.

そろそろ洗濯をしないと,持ってきた衣服も尽きてしまいます.

手洗いできるシャツ類はいいのですが,さて,ズボンはどうしようか.

洗濯屋ならいくらでもいます.

Mathにも少年が出入りしていました.

ひとつ試しに,洗濯屋を使おうと聞いてみました.

値段もたいしたことありません.

日本から持ってきたズボンをあずけました.

2日後,戻ってきた紺のズボンは,あっちこっち色落ちして,悲惨なことに.

どちらかというと迷彩服に近いほどです.

しかも,きれいになるどころか,むしろ,全体に薄汚れています.

「どうなってるんだ.色落ちしてるじゃないか.なんとかしろ」

と少年にいいますが,

「じゃあ,お父さんに言うから」

とのこと.どうせ,らちがあかないし,このズボンがどうなるわけでもありません.

まして,洗濯屋のお父さんが日本で7000円するズボンを弁償できるわけもありませんし,するわけもありません.

言ってはみたものの,もちろん,最初から諦めています.

とりあえず言うだけ言って,次策を練るしかありません.

ドゥベーに聞いて,服を作ることにしました.

まずは上着です.

生地屋にいって布を2m買います.

長そでサイズです.

「半そでなら1.5mだぞ」と言われましたが,べつにケチるほどでもありません.

つぎに,その2mをもって仕立屋にいきます.

ドゥベーお薦めの,街で一番の仕立屋です.

たしかに繁盛しています.

一週間後の約束.

受け取りの時.ドゥベーに受け取りに行ってもらいました.

帰ってきたドゥベーが大騒ぎしています.

おとなしいドゥベーにしては珍しいことです.

聞くと,仕立屋でもめたとのこと.

「前払いで払ったはずなのに,払ってないと言われた」とのことです.

そこで大喧嘩になったそうです.

引換券には,払ったか払ってないか,書いてなかったようです.

わたしも,まだ領収書関係の意識が薄かったので,「払ったら証拠を貰う」という習慣がなかったのもあります.

払ったとは思いますが,たしかに,証拠がなければもめます.

「素晴らしい仕立屋だと思ってたのに,こんなひどい所だと思わなかったぞ」

と怒鳴ったそうです.

すると,さすがに仕立屋もプライドがあったのでしょうか,

「なら持ってけー」

とたたきつけたそうです.

通りは,想像できるように,暇な物見でいっぱいだったとのこと.

ドゥベーは,そのまま叩きつけられた服を持って帰ってきてくれた,というわけです.

ともあれ,結果オーライで,服はゲットしました.

ドゥベーには悪いことをしました.

そのとき作ったシャツは,たしかに上出来でした.

毎日毎日着ては洗濯,着ては洗濯をくりかえしましたが,全然,問題ありません.

ボタンも落ちません.

縫製もほつれてきませんでした.

結局,留学後も,インドにいくときは,長い間,そのシャツにお世話になっていました.

仕立てはいいところに限ります.
  1. 2010/02/14(日) 06:32:46|
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Sukhendra Kumar Dubee


Mathには沢山の学生がお世話になっていました.

ほとんどがサンスクリット大学の学生です.

雑魚寝の二部屋が,学生の部屋.

川の字になってござを敷いて寝ます.

うちの部屋も,他に4人ほど.

外国からの新客というわけで,盛り上がりに盛り上がり,隣の部屋からもひっきりなしに来ては,いろいろ聞いてきます.

2週間もして体がもたなくなったので,部屋を移してもらいました.

特別扱いですが,さすがに,5人で川の字,石敷の上にござで雑魚寝で2週間は無理でした.

すぐに仲良くなったスッケーンドラ・クマール・ドゥベーは,とても親切な学生仲間でした.

MP州の出身.

ここのMathは,ほとんどがオリッサ出身です.

やかましいほどに元気な人ばかりです.

MP出身のドゥベーは,すこしおとなしく,日本人の基準からすれば「まとも」でした.

とても歌(インドクラシックの宗教歌)が好きで,Mathにやってくる遠方からの観光客で,歌ができる人がいるたびに,曲を習っていました.

ときどき,そうやって仕入れた古典の新曲を聞かせてくれます.

いまはどうしているでしょうか?

むかし,バンガロールであった世界サンスクリット会議でばったり再会したのを思い出します.
  1. 2010/02/14(日) 06:12:20|
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チットゥールのエスピー

インドの不便なところは,大概,深夜に到着するということです.

夜の10時もすぎて到着して,やれパスポートチェックだ,やれ税関だ,やれ両替だ,などとしていると11時も12時も過ぎてしまいます.

それに荷物もなかなか出てきません.

しかし,気を抜くわけにはいきません.

空港の外は鵜の目鷹の目で観光客を狙っているドライバー,それに,よく分からない人たちがうじゃうじゃいます.

成田を出てマドラス空港について,タクシーをチャーター.

そのままティルパティに向かいました.

バックパックならば,いったんマドラスに泊まって翌朝電車,というところでしょうが,さすがに2年間の留学です.

バックパックというわけにはいきません.

スーツケース.

いちいちマドラスに出て,ホテル,そこからリキシャーに乗っけて駅,さらに,ティルパティ,というのは考えただけで汗をかきます.

空港のタクシーは高めとはいえ,ティルパティまで1万円ほどです.

そのまま乗りました.

目指すMathには早朝に到着.

門番を起こして開けてもらいます.

さて,到着して数日,そろそろ住民登録をしなければなりません.

パスポートのヴィザをよくよく見てみると,2週間以内にせよ,とのこと.

しかし,「せよ」はいいものの,「どこで」が書いてありません.

日本だと住民登録,まあ,市役所あたりだろう,と想像できます.

というわけで,周りのインド人学生に「市役所はどこだ」と聞いてみます.

「そんなもんないなー」「しらんなー」

との返事.

市役所がないとは,どういうことでしょうか.

ティルパティの管理は,門前町よろしく,ティルパティ・ティルマラ・デーヴァスターナムという社務所みたいなところが仕切ってるようです.

しかし,さすがにこれは違うだろうとは素人にも分かります.

というわけで,学生は諦めて,とりあえず,街の中でそれらしき建物がないか探します.

しかし,一向に市役所らしきものは見当たりません.

街の真ん中にありそうなものですが.

「2週間以内」と書いてありますから,どうしても終わらせないといけません.

さすがに書面上で無資格になるとヤバイということは,インドにいたことがあれば分かります.

仕方ないので,同じ公務員であろう警察官に聞いてみました.

交通整理のおまわりさんです.

しかし,下っ端では全く話が通じません.

「そこの事務所で聞け」とのこと.

というわけで,近くの交番のような事務所へ.

もう少し上級そうな警官がいます.

「この住民登録というのは,どこでやるんですかね?」

「俺たちは交通警察だから,ここじゃないけど.たぶん,エスピーだろう」

「エスピーって何ですか?」

「スーパーインテンダントポリースだ」

「はあ.で,どこにあるのですか」

「チットゥールだ.そこで聞け」

なるほど.どうやら,チットゥールにエスピーなる警察オフィスがあるらしい,ということが判明しました.

そこが市役所的なところなのでしょう.

ティルパティ市内のどこにあるのでしょうか.

「で,チットゥールには,どう行けばいいのですか?」

「バスだ.そこのティルパティのバスセンターから出てるから」

「何時間ですか」

「3時間くらいだ」

なんと,そのチットゥールの役所に行くのにバスで3時間かかるらしいです.

3時間というと,ティルパティからマドラスまで行けてしまいます.

なんとも遠い道のりです.

しかたありません,翌朝一番,「チットゥール」と書いてあるローカルバスに乗り込み,「チットゥール」なる所に向かいました.

着いたのは,ティルパティと大して変わらない田舎街でした.

当日に帰るのも大変そうなので,ひとまずホテル.

南インドのホテルは24時間制なので,今日,時間のかかるであろう事務仕事を終えて明日に戻るには,ちょうどです.

ホテルのおじさんに「エスピーはどこだ?」

「遠くないよ.歩くにはちょい遠いけど,リキシャーならすぐだ」

とのこと.リキシャーで向かいます.

10分もしないうちに到着.

門番に事情を話し中へ.

リキシャーにも待っていてもらいます.

中の事務所へ.まずは事務所内の下っ端に聞きます.

「えーっと,この住民登録なるものをしたいのですが」

「おー,そうかそうか,ここだ.入れ」

次に事務所に座って,中間管理職らしいおじさんに聞きます.

「えーっと,住民登録をしたいのですが」

「そうかそうか.きょうはエスピーがいないから明日の朝にこい」

どうやら,サインのできる所長が不在のようです.

というわけで,翌朝10時にでかけて,無事,顔も知的な若い所長のサインをゲット.

ことなきを得ました.

聞くと,デリー大学の出身でした.
  1. 2010/02/14(日) 05:53:13|
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インド国ティルパティ市の日本人留学生

「インド留学」というと,大概,留学仲間というものがいるのが普通のようです.

デリー留学時代の仲間,プーナ留学時代の仲間が,そのまま,分野を越えて日本に帰って交流していたりするのを見かけます.

インド哲学の人もいれば,音楽,政治,経済など多彩な「インド研究者」が集う訳です.

異国の地,ましてインドですから,繋がりが濃くなるのは当然でしょう.

「インドでの留学」という性格もあるでしょう,自由時間は多いはずで,一緒に過ごす時間も当然ながくなります.

あるいは,現地の駐在員と知り合いになることもあるでしょう.

今でこそ,都会には日本人も増え,逆に,研究者の卵とビジネスマンとの付き合いも薄くなったでしょうが,昔は,もう少し濃かったようです.

で,私の場合ですが,留学したティルパティのサンスクリット大学には,日本人はおろか,外国人留学生もいませんでした.

「この大学には外国人留学生はいないのですか?」と聞いたところ,「むかしに,そういえば,ブータンから一人来ていたなぁ」との返答.

どうも,外国人二人目だったようです.

ティルパティは,そもそもインド人ばかりがお参りするディープな門前町なので,外国人観光客の姿もほとんどといっていいほど見掛けません.

留学中,ついに日本人を街で見かけることはありませんでした.(街といっても,一本の未舗装の目抜き通りだけですが.)

それに西洋人の姿を街で見かけることも,ほとんどといっていいほど,ありません.

寄宿していたMathの学生が「日本人がいたぞー」と教えてくれたのですが,出ていくと,ドイツ人らしき3人組でした.

そんなティルパティの駅で日本人らしき人を見かけたことがあります.

ネパール人やチベット人よりも全然,日本人顔です.

「おー」と思って近づいて行くと,向こうも「おー」と思って笑顔で近づいてきます.

韓国・中国の可能性もあるでしょうから,ひとまず英語.

しかし,いずれでもありませんでした.

ナーガランドでした.

聞けば,隣のSV大学の学生です.

遠く東インドから学びに来ているのでした.

他にも数人,仲間がいるとのことでした.

しかし,本当に日本人顔なのにはびっくりです.
  1. 2010/02/14(日) 05:21:48|
  2. 未分類

転載:「第9回SIA-DAY 高樹のぶ子と浸るインド!」開催


以下転載

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「第9回SIA-DAY 高樹のぶ子と浸るインド!」開催
    ~混沌と不条理-ヒンドゥー社会の生命・子供・女たち~

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 九州大学アジア総合政策センターでは、芥川賞作家で本センター特任教授の
高樹のぶ子氏によるマルチイベントSoaked in Asia(SIA=サイア)の第9回目
として「高樹のぶ子と浸るインド!」を開催いたします。
 今回のインド編では、今なお根強く階級差の在るヒンドゥー社会を、根源的
に告発するリベラル派作家ヤーダブ氏が、対談映像で登場します。
 現在参加申し込み受付中です。ご関心のある方は、ぜひお申し込み下さい。

(内容)
「第9回SIA-DAY 高樹のぶ子と浸るインド!」
日 時: 2010年3月13日(土)13時30分~16時30分(13時開場)
会 場: アクロス福岡・円形ホール(福岡市中央区天神1-1-1)
テーマ: 混沌と不条理-ヒンドゥー社会の生命・子供・女たち
I部:カーストと文学
II部:結婚と家庭と子供
(休憩:おやつSIA)
III部:無力な神々
     
テキスト代:1000円(おやつSIA代含む) *当日、受付にてお支払いください。
(テキスト=当日朗読する2つの短編を掲載した『新潮』4月号)

↓詳細はこちらからもご覧になれます↓
http://asia.kyushu-u.ac.jp/home/sia/kiroku/09/poster.pdf

●ラージェンドラ・ヤーダヴさんについて
北インドのアグラに生まれ、アグラ大学を卒業。
ヒンディー語を母語として1950年代より小説を発表。
社会価値の変容や古い信仰や伝統がもたらす葛藤を描いてきた。
デリー在住で文芸雑誌「白鳥」を発行し、
若い作家の育成にも努めるインド文学の重鎮。


●お申込み方法【ご注意ください】
*件名に「SIAインド編参加希望」と書いて、
1)氏名(ふりがな)、 2)年齢、 3)職業(九大生の場合は学部と学年)、
4)連絡先(住所、FAX/E-mail)を明記してFAXかE-mailでお申し込みください。
※ご夫婦やグループでのお申し込みは、その旨書き添えてください。
※会場の都合上、参加人数が限定されます。抽選の結果はFAXかE-mailでお知らせ
 いたしますので、どちらかを必ずご記入ください。
※申し込み後の確認のメールはいたしません。3月4日~3月8日の間に、
 抽選の結果を通知いたします。
※3月8日までに通知が届かない場合は下記の問い合わせ先にご連絡ください。


○締 切: 3月3日(水)必着
----------------------------------------------------------------
        九州大学アジア総合政策センター
【申込み先】FAX:092-642-4435 E-mail:siaday@isc.kyushu-u.ac.jp
【問合せ先】TEL:092-642-4433 http://asia.kyushu-u.ac.jp
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  1. 2010/02/05(金) 20:23:50|
  2. 未分類

ジャイナの食い残し:クマーリラの別・非別論

個物としての牛と,全ての牛に共通する普遍である牛性との関係は何なのでしょうか?

論理学ニヤーヤ・自然哲学ヴァイシェーシカでは,個物と普遍とを「全く別」と考え,しかしながら,両者は分かちがたく結びついているので,結合ではなく,内属という関係を考え,「牛性が牛に内属している」と考えます.

聖典解釈学者クマーリラは,個物と普遍の関係について,内属という関係ではなく,別・非別という関係を立てています.

別と考えても都合が悪かろう,かといって,非別というわけにもいかない,ということです.

牛と牛性とは,別でありかつ非別であるとするのです.(同じことは,牛と白や,牛と進行などにも当てはまります.)

論理学者ジャヤンタは,仏教徒の口を借りながら,次のように論評します.

一者の多様性を矛盾なしと自ら語る者により,私の批判表明の饒舌が取り除かれた.


牛が牛性と別でありかつ非別であるという明らかに矛盾したこと,自家撞着を語る者にたいしては,わざわざ非難するお喋りの手間が省けたというわけです.

ジャヤンタの皮肉はさらに続きます.

同じものが共通性であり,それがそのまま特殊,

同じものが単一で,それがそのまま別,

同じものが常住で,それがそのまま無常,

同じものが存在し,それがそのまま存在しないというのは,

ジャイナの食い残しが語られている.


周知のように,ジャイナは,不定主義を取ります.

「(ある観点からは)Aであり(別の観点からは)Aでない」という相対主義の立場です.

クマーリラの言ってることは「ジャイナの食い残し」だというわけです.
  1. 2010/02/05(金) 08:00:05|
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