Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

Chihaya Park

Chihaya97

陽気のなかでの満開です

が,あいにく肌寒いまま

にもかかわらず,がんばって花見をしている集団もちらほら

すみに一台バーベキュー台

夜つかうための準備でしょうか

新しい炭を入れて放置してあるものがありました
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  1. 2010/03/30(火) 00:35:04|
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A petrified wood in Najima

Najima72
  1. 2010/03/27(土) 22:32:41|
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Najima Sarasvati Temple

NajimaShrine5
  1. 2010/03/27(土) 22:04:12|
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graduation

graduate2010.jpg

国際センターでの卒業式

その後,箱崎の生協で文学部のパーティー

その後,各研究室にて証書授与


国際センターから着物で移動では大変です

朝から何も食べずに,ようやく生協で3時頃に立食にありつけるという感じです

今年の生協立食は,着物に配慮した食べやすいもので,例年の男性目線の立食メニューとは一味違うものでした

この点は好評

空模様はあいにくで,曇ったりぱらついたりですが,桜は7分咲き

集合の写真撮影には十分でした

graduation2010-2.jpg

今年度の卒業生は大学院に進学が決まっていますので,四月以降も引き続き研究室所属です

四月からは更に新規メンバーも加わり,研究室も一層賑やかになりそうです
  1. 2010/03/25(木) 19:10:59|
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udo cape

udocape
  1. 2010/03/22(月) 20:12:07|
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Toddy

PhotoByDDSG
photo by DDSG

  1. 2010/03/22(月) 15:04:53|
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高樹のぶ子と浸るインド!

第9回SIA-DAY
高樹のぶ子と浸るインド!
混沌と不条理
――ヒンドゥー社会の生命・子供・女たち
I部:カーストと文学
II部:結婚と家庭と子供(おやつSIA)
III部:無力な神々

アクロス福岡・円形ホールで,偉く金のかかった講演会でした.

照明,音響はもちろん,舞台装飾もプロ(三宅玲子さん).

インドの植物にインドの神像群,それに大型の水差しのようなオブジェ.

そして,朗読にはRKBからアナウンサー男女二人.

日頃,おんぼろ校舎にエアコンも無いオフィス,新しい校舎といえば安っぽいプレハブ,そして,講義といえば,飛行機が通るたびに声が聞こえない身としては,こんなところにかける金が九大にあるのに,まずは,びっくりです.

あるところにはあるもんです.

スタッフも,やたら,大人数で,ご丁寧にビデオまで回していました.

これから何に使おうというのでしょうか?

休憩時間のおやつは,菓子とサモサ.

それにチャイ.

しかし,チャイが冷たいのにはびっくり.

考えたものです.

おやつのコーディネートは,高樹のぶ子さんの妹さんでした.

1000円の参加料で,資料として渡されたのは,今回の関連の文章がのる『新潮』2010.4月号.

Rajendra Yadavさんの「仔犬」の和訳(高橋明先生和訳).

それに高樹さんの「ニーム」.

まず,サリー姿の高樹さんが登場.

導入としてインドについての紹介.

いろいろと「どうか」と思うような間違いが多々あって,一般人の犯しやすい間違いを再確認しました.

最初は区別されていたヒンディーとヒンドゥーも,最後は一緒になって,何回も「ヒンドゥー語」を繰り返してられました.

たしかに,慣れてないと分かりにくいものなのでしょう.

インドの本屋さんに入った時の写真を紹介.

英文学,ヒンディー文学などなど.

で,ヒンディー文学の時に紹介された写真,デーヴァナーガリー文字の天地が思いっきり逆でした.

デーヴァナーガリーだと線が上にありますから,たしかに逆にしたほうが,日本人としては安定を感じるのでしょう.

ヒンディー文学をもちあげたまでは結構でしたが,南インドのテルグには大した文学がないような理解をされていました.

テルグ主義者が聞いたら激昂するでしょう.

また,当然といえば当然ですが,インドの統計に10年ごとの国勢調査Censusがあることまではご存じなかったようです.

「何に基づいた数字かは分かりませんが」ということで,全部が全部いい加減なものなのだろう,というような理解でした.

インドを旅行したあとでは,たしかに,全部全部いい加減だと思うのかもしれません.


「オートリキシャーですが,初乗り20ルピーです」

と紹介されたのはよかったのですが,映っている写真は,思いっきり,サイクル・リキシャーでした.

S.N. Bazarの写真,そして,ターバンの話,シク教(「シーク派」と言われていましたが...)の話などなど.

女性が額につける印ですが,なんとびっくり,「ヒンディー」だそうです.(正しくはビンディー)

お寺のサルの神様を写真で見せたまではよかったのですが,名前はご存じなかったようです.

ついでに,舞台装飾の神様についても,誰も教えなかったようで,「踊りの神様です」などという適当なものでした.

唯一,ガネーシャだけは言及されていました.

神様の同定というのは,日頃の何気ない習慣で何気なく覚えるものですから,外国人にとっては確かに面倒くさいものです.

日本に来た外国人からしたら,神社も寺も一緒くたなのと似た感覚なのでしょう.

「まあ,何かのヒンドゥーの神様だろう」というようなことになるのは仕方ありません.

あと,タージマハルの川,「ヤナム川」だそうです.(正しくはヤムナー)

たしかに,容易に音韻交代しそうな並びです.

続いて,ヤーダヴさんとの対談のビデオと「仔犬」の朗読.

もう80歳を越したとはいえ,ばりばりと仕事をする眼光鋭いヤーダヴさんのインタヴュー.

聞き手としては力量が問われるところです.

が,あまり噛み合わないままの感じが否めませんでした.

ヤーダヴさんがアグラ出身ということで,「アグラ→タージマハル→イスラム」という連想から,彼の作品との連関があるのかを聞こうとされていましたが,ヤーダヴさんの返答は,「イスラム」を全く無視したものでした.

いっぽうの「仔犬」の朗読は,さすがプロのアナウンサー,そして照明に時々の効果音.

集中して聴けました.

1950年ころの作品だそう――ヤーダヴさん本人も知らない――ですが,問題の本質をつく迫力ある内容でした.

円形ホールは,そもそも,講演用というよりは,舞台で何かを見るような桟敷感覚のいすですから,どうにも,尻が落ち着きません.

あとは,結婚,カースト,ダウリー,代理母,孤児院の問題.

参考文献も大体想像はつきました.

ともあれ,これを聞くと,インドに否定的なイメージしか持てないような問題群ばかりの内容でした.

最後は「これが正しいのか間違っているのか,どう受け止めるかはあなた次第です」

という締め方でした.

この後に続く講義も受けると大学院の単位として認定されるとのこと.

次回の9月のSIAはバリについてだそうです.

いろいろと勉強になる講演でした.

会場は満員,大盛況.

講演会としては大成功といってよいでしょう.
  1. 2010/03/13(土) 19:56:04|
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ダルマキールティの結語

ダルマキールティのPVSVといえば,泣く子も黙る強烈な書物です.

『プラマーナ・ヴァールティカ』(PV)は韻文ですが,それの一部に自註(SV)を残しています.

というわけで,『プラマーナ・ヴァールティカ自註』(Pramana-varttika-svavrtti)と呼ばれています.

が,実際には,フラウワルナーが言うように,どうやら,最初にPVSVを書いて,後に,韻文でPVの他の章を書いたようです.

PVSV (PV Iと自註)
PV II, III, IV

ともあれ,若かりしダルマキールティの強烈な自我意識のほとばしる書物です.

尾崎豊のような若さと青臭さ,自負と自信,そして権威への敵意に満ち満ちています.

言いたいことが,文章からはみ出たような文体です.

ある一つの思想を,記憶に残る,覚えやすくキャッチーな詩にまとめる熟練のクマーリラの技巧に比べれば,ダルマキールティの詩は決して覚えやすいものではありません.

むかし,カルカッタに旅行にいったとき,PVSVだけを持って行きました.

毎朝,註釈(PSVST)もなしに,PVSVを裸で読むうちに,次第次第に彼の言いたいことがわかってきました.

さいわい,インドの文献にしては珍しく,校訂もかなり精確なもので信頼できるものです.

ひとまず,テクスト問題を措いておいて読めるというのは実にありがたいことです.

Gnoliに感謝です.(そして,草稿をチェックしたであろうジャンブーヴィジャヤ師にも.)

しかし,最初の数行を理解するのには,えらく時間がかかったのを覚えています.

とりあえず,先を読んで,何度も前に帰って,ようやく理解できました.

決して分かりやすく書かれた散文ではありません.

この点でも,配慮の行きとどいたクマーリラとは全く異なります.

しかし,当然ですが,ちゃんと読めば単独でも分かるように書かれています.

このPVSVの最後は,

以上が,ノータリンな馬鹿さ加減の五つの証拠だ


で締めくくられています.

よっぽどバラモンが憎かったのでしょう.

つまり「このバーカ!」で終わりです.

ザ・スターリンもびっくりのケツまくりの派手な捨て台詞です.

現代にいれば,過激なパンクかラッパーになったことでしょう.

僧院にいたでしょうが,宿坊での相部屋はお断りしたい方です.
  1. 2010/03/11(木) 08:00:58|
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ジャヤンタのスタイル

論書の面白いスタイルという点では,誰もジャヤンタには遠く及びません.

ジャヤンタは,ちょいちょい気の利いたジョークをいれてきます.

難しい議論の合間に,急に討論風になったり,さらには,詩的な表現に遊んだりと,変幻自在です.

いったい,この聖典解釈学者ときたら,自律的真を渇望して,自分の妻まで家から追い出そうとしているのかい?そんなことしても,そりゃ成就しないよ.だって認識は正しかったり正しくなかったりするのが見られるんだから.


『宗教の空騒ぎ』という戯曲も著わしたジャヤンタですから,この手のセリフはお手の物です.

Shikanoshima5.jpg
  1. 2010/03/11(木) 07:44:26|
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ジネーンドラブッディのお仕事

ディグナーガに『プラマーナ・サムッチャヤ』という書物があります.

『認識手段の集成』というタイトルの独立の書です.

韻文と散文とからなります.

100年も後にダルマキールティはこれに註釈を著しました.

『プラマーナ・ヴァールティカ』(認識手段評釈)です.

なんと韻文です.

ややこしいことに,さらに100年の後,ジネーンドラブッディが註釈を著しました.

それはディグナーガにたいしてです.

こちらは散文の註釈.

というわけで,ディグナーガの『プラマーナ・サムッチャヤ』には二つの註釈があることになります.

ダルマキールティによる韻文の註釈と,ジネーンドラブッディによる散文の註釈とです.

ディグナーガ:Pramanasamuccaya
ダルマキールティ:Pramanavarttika ad PS
ジネーンドラブッディ:Pramanasamuccayatika ad PS

前者が,韻文であることからも推測できるように,達意的な註釈であるのにたいして,後者は真面目に一句一句取り上げた逐語的な註釈です.

で,ジネーンドラブッディが素直にディグナーガを註釈しているかというと,決してそうではありません.

ジネーンドラブッディは,既に権威の確立しているダルマキールティの理解を,丁寧にディグナーガの中に読み込もうとします.

ダルマキールティがぱっぱっと済ませた大胆な理解を,いちいち原文の中に読み込んでいくという骨折りな作業をジネーンドラブッディは引き受けたわけです.

まったくご苦労なことです.

二人の天才の間に挟まれて大変です.

しかも,両者の意見が異なるのだから,こっちの顔も立て,あっちの顔も立てとストレスがたまったことでしょう.

二人の意見が相当に乖離する時,そしてそれが顕在化しそうになる時,ジネーンドラブッディは一所懸命に註釈します.

「言い訳するほどウソがばれる」というのは,今も昔も,真実の様です.

彼が沢山注釈する時ほど,ディグナーガはそうは言っていないと推測できます.

ダルマキールティの意図を汲んでディグナーガを解釈し,それをディグナーガの原文から引き出すために,色々な解釈の工夫を凝らす――これがジネーンドラブッディの仕事です.


ディグナーガ――→ダルマキールティ
           ↑
   ジネーンドラブッディ


という構図です.

ジネーンドラブッディは,えらく真面目な文法教師といった風で,冗談も飛ばしません.

引例がエロかったり,また,相手を口汚く罵るダルマキールティとはえらい違いです.
  1. 2010/03/11(木) 07:34:46|
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註釈依存症の誤謬

インド哲学文献のスタイルは,基本的に「註釈」というものです.

ある文献Aが成立すると,次に,それが権威化され,その注釈Bが著されます.

さらに,その注釈Bが権威化され,Bへの注釈Cが著されます.

以下同様.

つまり,A→B→C→…というように,どんどん註釈が書き連ねられていきます.

したがって,Aで述べられた一行が,Bでは数ページになり,Cでは何百ページになることもあります.

どんどん膨れ上がっていきます.

もちろん,Aにはなかった新規内容がBに盛り込まれ,さらにBになかった内容がCに盛り込まれていきます.

時代に合わせてアップデートしていくのです.

これは,或る学問分野の成長として当然のことです.

しかし,もちろん,伝統主義者の彼ら自身は,「全てAにある」と言います.

そして,時には無理にAを解釈します.

本意とは明らかに異なるアクロバティックな解釈もやってのけます.

しかし,いずれにせよ,「Aにある」という権威付けは,非常に大事なことなのです.

インド哲学文献を読んでいて,最もややこしいのは,BがAをどのように解釈しているのか,あるいは,CがBをどのように解釈しているのか,という字句注釈の問題です.

Cが独立に議論を展開している場合は,Bを考慮することなくCの議論を追って行けばいいのですから,楽な話です.

しかし,Bの原文に注意しながら,しかも,その本意とのずれを意識しながら,Cの戦略を読み取ることは,骨折りな作業です.

というのも,同時にBとCと二人の意図を頭に入れなければならないからです.

しかも,Cが意図的にBを捻じ曲げて読もうとしている可能性を常に疑わねばなりません.

註釈というのは,決して,素直な註釈とは限らないのです.

インド哲学者達は,考証学者ではありません.

彼らは,自らの主張を正当化するために註釈を行っているのです.

その背景にあるのは,時代によって様々ですが,玄奘が描くような討論です.

他学派や,学派内の他者から,自論を守るために,自らの主張をBやAに跡付けながら,主張する必要があるのです.

AやBを素直に注釈することは彼らの主眼ではありません.

AやBの「現代的意義」こそが彼らの主要関心事なのです.

このような一種の「政治的意図」を無視して註釈文献を依用することは許されないでしょう.

「インド哲学文献には註釈がつきもの」ということは,しかしながら,ある弊害をもたらします.

それは,註釈文献にしたがって元の本を読んでしまうということです.

Bがこう言ってるからAの意図はこうだ,Cがこう言ってるからBの意図はこうだ,という論法です.

これが方法論として誤りであることは言うまでもありません.

我々は常に,C自身の意図とB自身の意図,そして,B自身の意図とA自身の意図とを分けて考える必要があります.

純朴にCの解釈を信じるならば,それは,テクストの背景を無視することになり,ひいては,思想史の発展を無視することになるでしょう.

というのも,註釈を素直に信じるならば,Cの思想は既にAに用意されていることになるのですから.

しかし,註釈文献に頼らずに原文を読むというのは,困難な作業です.

その作業を可能にするためには,まず,何を判断基準とすべきか,優劣をつけねばなりません.

まず第一の判断基準は,原文そのものにあります.

そのテクスト内の他の用例が最も信頼すべき証拠となるでしょう.

また同じ著者の別のテクストも参照する必要があります.

つまり,その著者の思想を探るには,その著者が言ってることが証拠となります.

これが第一の証拠です.

次に証拠として挙げるべきは,その著者が読んでいたであろう先行文献です.

その人の教養・知識背景に迫るわけです.

このことは思い誤っている研究者が多いかもしれません.

というのも,先行文献を飛び越して,註釈文献を証拠として挙げることが往々にしてあるからです.

しかし,証拠としては,註釈文献の価値は,先行文献より下がります.

先行文献そして同時代文献,その後に,註釈文献を挙げるべきなのです.

註釈文献がなぜ大事でないのでしょうか.

それは,著者とは関係がないからです.

著者が註釈を読んでいたでしょうか?

註釈文献はあくまでも後代のものです.

100年後,200年後の人が註釈しているものです.

それを真っ先に証拠として持ち出すことの不用意さは言うまでもありません.

註釈は,あくまでも,著者自身の用例,先行・同時代文献の用例を探査した後に挙げられるべき証拠なのです.


実際に問題なのは,註釈なしに原文を読む自信がないことでしょう.

裸の原文と取り組む覚悟と準備のある人がどれほどいるのでしょうか?

コーヒーを飲みながら新聞を読むのにいちいち註釈は必要としないでしょう.

同じように,サンスクリット文献も,まずは裸で取り組む必要があります.

註釈は二の次です.

しかし,現実には,何の手がかりもない文献に取り組む人は稀の様です.

たとえば,ジュニャーナシュリーミトラの著作集は,チベット訳も註釈も何もありません.

結果として,これに裸で取り組む研究は,なかなか現れてきません.

チベット訳も註釈もない,そんなテクストに取り組む研究者は,そんなに多くなかったということでしょう.

サンスクリット原文を読まずに現代の二次研究ばっかりひっくり返して同じことを何度も取り上げるのは,いわずもがな.

しかし,註釈にべったりの態度も,同じ誤謬に陥っていることは案外見落としがちです.

一次資料に立ち戻るというのは,さほど厳しいことだといえます.
  1. 2010/03/11(木) 06:03:08|
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ダルマキールティの家より盗みしもの

【プラバーカラ】[銀の]想起と[貝の]現経験との区別を理解しないことで人は行動を起こすのだと述べたではないか.

【ジャヤンタ】聞き及んでおるぞ,汝がダルマキールティの家より盗んだと,「知覚対象と分別対象とをごっちゃにして人が行動を起こす」と.しかも,[わざわざ]盗んだにしても,これは少しもお前の役に立っておらぬわ.


nanu smaraṇānubhavayor vivekam apratipadyamānaḥ pravartata ity uktam|
śrutam idaṃ yad atrabhavadbhir dharmakīrtigṛhād āhṛtam
“dṛśyavikalpyāv arthāv ekīkṛtya pravartate'' iti|
kiṃ ca cauryam apīdaṃ na kathaṃcana svārthaṃ puṣṇāti|
  1. 2010/03/10(水) 06:58:27|
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Madhyamakahṛdayakārikā V 20-26

『中観心論』(MHK)といえば,学部時代は,さぞかし(中身も,手に入れるのも)難しい本であろうと思っていました.

江島先生が難しい顔をしながら「MHKが...リントナーが...」と,今はない本郷の庄屋でレモンサワーを片手に熱く語られていたのを思いおこします.

まだ学部時代ですが,一緒に北京までMHKの写本を見に行ったこともありました.

あのころは,ゴーカレーのトランスクリプトを一部の先生が所持されていたようですが,貴重なもので,とても私のような下々の者が手にできるような物ではありませんでした.(その後,1994年に名古屋からゴーカレーのノートは出版されました.Sambhasa 15)

北京で見た写本現物も,えらくありがたげに図書館長に見せられたのを思い出します.

さっと見せて,さっと仕舞われてしまいました.

長年夢見た写本現物を目の前に,江島先生が興奮しすぎて,トランスクリプトに欠落する一葉の有無を確認するのを忘れてしまったのを,そして,その興奮具合を北京のホテルや夜行列車で酒を片手に熱く語られていたのを思い出します.

そんな貴重だったMHKのサンスクリット原典も,いまや,インド・アディヤル図書館からの出版で,160ルピー(400円)で手に入る時代です(2001年出版).

コーヒー片手に,染みでもつけながら,気軽に片手で読めるサイズの本です.(むしろコーヒーの方が高い.)

時代は変わるものです.

とはいえ,元の写本が一本ですから,テクストの状態は完全にはまだまだ程遠いものです.

が,チベット訳を介しての隔靴掻痒の昔の推測読みとは比べ物にならない精度で,バーヴィヴェーカの思想を探ることが可能となっています.

山口益,梶山雄一といった日本の仏教学を代表する碩学が取り組んできたMHKですが,資料状況は昔から一変しています.

いまいちど,新たに取り組む必要があります.

「仏教のサンスクリット原典は研究し尽くされているのだろう」といった閉塞感は,現在の状況では,全くあてはまりません.

これまでの思想史の常識は,これから,どんどん裏切られていくことでしょう.

これから仏教を始めようという学生には,実に挑戦のしがいのある分野です.




MHK V 20-26は,外界対象の存在を認めない唯識説を批判したものではありえず,外界対象を認める経量部説を批判したものではないでしょうか?

その根拠となるのは次の諸点です.


1. MHK V 20-26でバーヴィヴェーカが批判する学説においては,〈対象の現れを持つこと〉(viṣayābhāsatā)が認識手段(pramāṇa)と考えられています.

ディグナーガのPS(V) I 9において〈対象の現れを持つこと〉を認識手段とする学説として考えられているのは,経量部説であって唯識説ではありません.


2.〈対象の現れを持つこと〉は,外界対象の形象と,内的形象とが相似していることをもって,すなわち,外と内の相似性をもって認識手段,すなわち,外界対象が認識されていることの根拠とするものです.

したがって,外界を認めない唯識説において〈対象の現れを持つこと〉を認識手段として立てることに意味はありません.

実際,ディグナーガがPS(V) I 9において唯識説における認識手段として立てるのは〈把握主体の形象〉(grāhakākāra)であって,〈対象の現れを持つこと〉ではないのです.

3. MHK V 20-26でバーヴィヴェーカが批判する学説が提出する喩例はいずれも,外界の形象と内的形象との相似性を訴えるものばかりです.

水晶とその傍に置かれた物という比喩も然り,また,原像と反射像の比喩も然りです.

すなわち,外界対象の形象とそれに即応した認識内の映像という関係を訴えるものばかりです.

水晶の傍に置かれた赤い花の赤色が水晶の中に入り込むように,また,顔の原像が鏡に反射像として入り込むように,外界対象の形象は認識の中に入り込みます.

これらの喩例は,唯識説の主張を裏付けるものとしては意味をなしていません.

4. MHK V 20-26でバーヴィヴェーカが批判する学説を唯識説(瑜伽行派)とする従来の解釈は以上の難点を抱えています.

まず「〈対象の現れを持つこと〉を認識手段とする」という説を唯識説の中に見出す必要があるでしょう.

また,水晶の比喩や,反射像の比喩が,外界対象を認めない唯識説を支持する比喩として用いられる先行例を見つけ出す必要があるでしょう.

いずれにも困難を伴うのではないでしょうか.

経量部説として解釈する場合には,これらの難点は自ずと解消します.




MHK Vは全体として瑜伽行派を批判する章であることは明らかです.

したがって,なぜ,突然にMHK V 20–26において経量部説を批判する必要があるのか,考えておくことは必要でしょう.

MHK V 17-19で批判されるのは夢の比喩を用いる唯識説です.

『シャバラ註』に引かれるVṛttikāra註でいうところのnirālambanaすなわち「認識が所縁を持たないこと」への批判です.

私の主張する所が正しければ,MHK V 20-26は,唯識説ではなく,ディグナーガが認める経量部説です.

唯識説が批判されたことを受けて対論者は,いったんここで,経量部説を提示してきたと考えられます.

そこで,もしバーヴィヴェーカが経量部説を受け入れるならば,唯識への移行がスムーズに可能となるからです.

すなわち,唯識が否定されたのを受けて,ひとまず,対論者は経量部説を提示してきたと考えられます.

これをバーヴィヴェーカは否定します.

すなわち,認識それ自体と,その対象としての内的な形象を立てる経量部的な考えを予め排除しておくことで,同じ内的構造を持つ「把握主体と把握対象」を立てる唯識への逃げ道を塞いでおいたと考えられるのです.

このように考えれば,ここで,バーヴィヴェーカがディグナーガの経量部説を否定することに何の不思議もないのです.

「経量部→唯識」へのスムーズな移行の構造を考えれば,バーヴィヴェーカが経量部説を封じておくことに何の疑問もありません.

「バーヴァヴィヴェーカの思想は,たとえ瑜伽行派の解釈する二分説・自己認識にたいする批判を含む点で典型的な経量部思想ではないとしても,全体としてまさしく経量部的であるといえる」(梶山1982)という発言については,まだまだ再考の余地があるでしょう.


Cf. 梶山雄一1982:中観思想の歴史と文献,『講座・大乗仏教7――中観思想』1--83.

斎藤明2008:バヴィア作『論理炎論』の識二分説批判,多田孝正博士古稀記念論集『仏教と文化』141-156

斎藤明2008:バーヴィヴェーカの識二分説批判,印仏研56-2, 134-140
  1. 2010/03/06(土) 15:34:14|
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学問における他者への無関心

大学は,昔に比べると,忙しくなったそうです.

いまや,助教授(=准教授)といえども,いろいろな委員会に入って事務書類をあれこれと作成するのが当たり前の世の中です.

わたしも,大学に勤めた当初から(というより既に辞令交付前から),委員会がめでたく内定していたものです.

今日も今日で,授業評価アンケート集計結果の分析・報告書類作成などという有難いお仕事があります.

それが当たり前なのだろうと考えていました.

しかし,昔を知る先生の話を聞くと,どうも事情は違うようです.

むかしは,教授が雑務を引き受けるので,助教授はどうぞ研究してください,という美風があった由.

しかし,そんな美風を保てないほどに,報告書類の量が劇的に増加してしまったようです.

教授も紳士気取りではいられないということです.

当然,みなで仕事を分担ということになります.

「説明責任」なる概念が共有される中,役所的な書類作成を第一と考える社会になったのだから致し方ありません.

日本は,むかしのインドへと逆戻りするのでしょうか?

そのうち,上司のサインを求めて奔走したり,部署間をたらいまわしにする役所大学ができるのでしょうか.




「大学の先生が忙しくなった」ということを,ひとまず事実として認めておきましょう.

このことが,いかなる変化をもたらしたのでしょうか.

教育にも様々な影響はあるでしょうが,ここでは研究に話を限ります.

研究というのは,もちろんですが,時間があってこそ可能なものです.

時間が確保されなければ,頭を使うことはできません.

細切れの時間の中で,高尚な哲学について考えることなど不可能です.

忙しい中で,古の大家が時間をかけて書いた大著に向き合えるでしょうか?

長い時間の間,多くの人に読まれ註釈されてきた古典に向き合えるでしょうか?

しかし,ひとまず,真摯な研究者としては,このような時間を何とか確保するでしょう.

つまり,自分の研究の時間を確保します.

これは,限られた時間のやりくりの中での当然の取捨選択です.

では「自分の研究時間の確保」は何をもたらすでしょうか.

その一つに「他人の研究への無関心」があるのではないか,というのが私の考えるところです.

学会にいっても,どうも,他人の研究発表を理解している風がないのです.

あるいは,他人への関心が薄れてしまっている気配すらあります.

なんのための学会なのでしょうか?

むかしは,どうも,事情が違ったようです.

大家と呼ばれる先生は,うるさく若手に意見したようです.

「こんな発表じゃだめだ」というような突っ込みが,直接あるいは間接に若手に来ることもあったとのこと.

しかし,いまや,そのようなことも稀でしょう.

なにしろ大家の先生は,地位に応じて大学の事務で忙しいのですから,見知らぬよその大学の若手の研究にまで首を突っ込む暇などありません.

時間に余裕のある人がいないことは,このように,学会における他人の研究,分野の違う人の研究への無関心をもたらす,ということは想像に難くありません.

シミレーションでもそうなりますが,現実にそうです.

ダルマキールティは,わざわざ「他者の存在を論証」する必要がありましたが,いまや,そんな論証が必要とされているかのようです.

各自が自分に閉じた中で,どうして学会が成立するのでしょうか?

他者への無関心は,学会にも見られるというのが私の観察です.

もちろん,忙しい現状の中で,自分の研究を犠牲にして他人の研究ばかりを批判するということになれば,ナーガールジュナよろしく帰謬論者の評論家にならざるをえないでしょうが.

余裕のないところに高尚な文化など生まれようもありません.
  1. 2010/03/06(土) 08:07:13|
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印哲披露宴

Hirouen1


司会「では,祝辞を頂戴いたします」

A「世親に倶舎論という書物がございまして.....

「....破我品という章がございまして,アートマンの否定を....

「ヴァイシェーシカ学派では,基体と属性.....

「たとえば壺と,壺の色が...

B「ニヤーヤ学派では,プラーマーニヤ....

「目の前にある水の認識が本当に正しいのか....

  .............

名大,東大,早稲田,京大と,学会かと思うような豪華な先生方からの挨拶でした.

披露宴で「破我品」という単語を耳にするとは思いませんでした.

幸い,フロアからsvabhāvapratibandhaやcircularityについて質問があがることはありませんでした.

「質問は後ほど」の慣例に沿い,近くの二次会・三次会会場にて,新郎への挨拶もそっちのけで,討議が行われました.

熱い討議に,各テーブルを回っていた新郎が声をかけるのをためらったそうです.

楽しい宴でした.
  1. 2010/03/02(火) 19:45:43|
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