Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

新アジア仏教史1 インドⅠ 仏教出現の背景

片岡啓「宗教の起源と展開」

『新アジア仏教史1 インドⅠ 仏教出現の背景』

佼成出版社
4,200 円 (税込)
A5判・上製 416頁
平成22年4月30日発刊
ISBN 978-4-333-02429-2


ずいぶんと昔に入稿した覚えがありますが,ようやく出版されました.

この手のものは時間がかかります.

拙稿のさわりは以下.




インダス文明やリグヴェーダから始めるのが「教科書的」な思想史の描き方であろう.

ここでは逆に,展開後の形から始めたい.

紀元後九世紀のカシミールの学匠バッタ・ジャヤンタ(後八四〇~九〇〇頃)の目で見た当時の宗教事情である.

ジャヤンタはアタルヴァヴェーダを伝承する祭官の家系に生まれる.

複数あるアタルヴァヴェーダ諸学派の中でもパイッパラーダ派に属したと思われる.

戯曲『聖典騒動』(アーガマダンバラ),論理学・認識論の大著『論理の花房』(ニヤーヤマンジャリー)ほかの著作を残している.

五代前にベンガルからカシミールに移住したことが,息子のアビナンダの記述から判明する.

ジャヤンタの記述によれば,その当時,ヴィシュヌ信仰のパンチャラートラ派(或いはパーンチャラートラともいう)は,王妃スガンダーデーヴィーや諸大臣など政権中枢部も取り込み勢力を保っていた.

「ヴィシュヌ教」というと,シヴァ教と並んでヒンドゥー教の中心的な位置にあり,当然ヴェーダの伝統に則ったものであろうと我々は思いがちであるが,パンチャラートラ派は「非ヴェーダ的」な宗派である.

同派はヴィシュヌが説いた聖典を信奉する一派であり,ヴェーダを信奉する正統派(vaidika)とは明確に区別されていた.

「ごきげんよう」とバラモン出身でもないのにバラモン出身者の振りをしてバラモンの集会に座り,また抑揚を伴ったヴェーダの賛歌に似せてパンチャラートラ派の聖典を唱えるのを見て,バラモン正統派は不快を覚えたようである.

またバラモン正統派と親和的に描かれるシヴァ派の中にも,「シヴァの教え」の名の下に,飲酒や性交を含むいかがわしい修行をする(正統派から見て)「不良」の苦行者が少なくなかった.

カーパーリカ(髑髏派)に代表される屍林・火葬場の宗教である.

四種姓(ヴァルナ)と四住期(アーシュラマ)を軸とするヴェーダ伝統が衰えるのを目の当たりにして,宗教の浄化を目指して立ち上がったヴェーダ聖典解釈学者が戯曲『聖典騒動』の主人公である.




4200円というと,価格破壊のデフレ進行の中では,なかなか安くはありませんが,この『新アジア仏教史』,メジャーな図書館は購入すべきシリーズでしょう.(大学図書館は言わずもがな,県立図書館レベルならば,当然,いれるべきでしょう.)

拙稿の他,本号には,古井さんの最新の歴史叙述もあり,さらに,石井先生のネパール仏教史解説もあり,えらく勉強になります.

隣には永ノ尾先生の儀礼解説もついており,久々に,儀礼大好き「永ノ尾」節に触れました.

厭世の解脱ばかりがインドの宗教じゃないよ,というわけです.
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  1. 2010/04/30(金) 19:37:22|
  2. 未分類

Genesis and Development of Tantrism: how to order from abroad


Tantra283.jpg


永ノ尾信悟(編)
『タントラの形成と展開
Genesis and Development of Tantrism』
東京・山喜房仏書林,2009年.
ISBN 978-4-7963-0188-6.
価格18,000円+税.(英語)


Genesis and Development of Tantrism. (in English)
Einoo, Shingo (ed.):
Tokyo: Sankibo Press




I was asked several times about how to order this book from abroad.

Indeed, generally speaking, it seems difficult to get Japanese books from abroad.

Most Japanese bookstores have only Japanese web page and, even when they can export to abroad, their main customers are Japanese living abroad. So they have only Japanese page for order.


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Makiko Kiyomoto
Book Export II
Japan Publications Trading Co., Ltd.
1-2-1, Sarugaku-Cho, Chiyoda-Ku
Tokyo 101-0064
Fax: +81 3-3292-0410
E-mail: kiyomoto[at]jptco.co.jp
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For example, to Canada, they charge 2,000 yen for postage in addition to the book price 18,000. (So total 20,000)
  1. 2010/04/22(木) 08:25:49|
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ジャヤンタの主宰神論証

片岡啓2010a

ジャヤンタの主宰神論証──Nyayamanjari「主宰神論証」定説部の和訳── 『哲学年報』(九州大学文学部)69, 17-69.

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list of works here



本稿は先に出版した『論理の花房』(Nyāyamañjarī)「主宰神論証」章の校訂本Kataoka [2005]: Critical Edition of the Īśvarasiddhi Section of Bhaṭṭa Jayanta’s Nyāyamañjarīに対応する和訳である.前稿の片岡[2009a]:「神を否定する方法:Nyāyamañjarī「主宰神論証」前主張部の読解」では敵説,具体的には聖典解釈学者クマーリラや仏教論理学者ダルマキールティなどに跡付けられる前主張部の和訳を行った.本稿の和訳は,続く定説部に対応するものである.ここで著者のバッタ・ジャヤンタ(Bhaṭṭa Jayanta: 後840-900頃)は,主宰神を認める論理学ニヤーヤの立場から神の存在論証を行う.まず『論理の花房』における主宰神論の位置付けを確認しておきたい.

カシミールの学匠ジャヤンタの主著『論理の花房』は全十二日課より構成される .項目の提示(uddeśa)・提示項目の定義的特質(lakṣaṇa)・定義的特質の検討(parīkṣā)という機能的側面から見たスートラの三分類のうち,「いっぽう私は定義スートラのみを注釈しよう」(NM I 30: asmābhis tu lakṣaṇasūtrāṇy eva vyākhyāsyante)とジャヤンタが冒頭に宣言するように,『論理の花房』が直接に注釈する『ニヤーヤ・スートラ』は,定義スートラに限定される.日課(āhnika),スートラ番号(1.1.1等) ,マイソール版の巻・頁数(I 1等)との対応は以下のようになる.

第1日課 序 I 1
1.1.1 十六句義の提示 I 12
1.1.3 認識手段の一般定義と四区分 I 31
第2日課 1.1.4 知覚定義 I 171
1.1.5 推論定義 I 282
1.1.6 類比定義 I 373
第3日課 1.1.7 証言定義 I 396
第4日課   ヴェーダ I 573
第5日課   語意論・文意論 II 3
第6日課   文意論 II 143
第7日課 1.1.9 認識対象の一般定義と十一区分 II 263
1.1.10 アートマン II 278
第8日課 1.1.11-21身体~苦 II 360
第9日課 1.1.22 解脱 II 430
第10日課 1.1.23-39 疑惑~結論nigamana II 522
第11日課 1.1.40-1.2.17反実仮想tarka~詭弁chala II 584
第12日課 1.2.18誤った論難jāti II 645
5.1.1-43 誤った論難の二十四区分 II 646
1.2.19-20 敗北の立場 II 677
5.2.1-24 敗北の立場の二十二区分 II 679

主宰神論は第三日課,すなわち,証言定義スートラにたいする注釈の中で展開される.「信頼できる人の言葉が証言である」(Nyāyasūtra 1.1.7: āptopadeśaḥ śabdaḥ)という定義スートラの字句注釈を展開した後,引き続いてジャヤンタは関連する議論を展開する.主宰神論証を含む第三日課の内容は以下のように整理できる.

証言定義スートラの字句注釈  I 396
証言が推論に還元されない別個の認識手段であること I 401
証言が「対象に触れない」ことの否定 I 412
真の自律性・他律性 I 419
錯誤 I 451
言葉の他律的真 I 481
主宰神論証 I 484
    前主張 (I 484.2-491.16)
    定説 (I 491.19-512.22)
音の無常性論証 I 513

主宰神論証の前主張と定説とは,マイソール版のI 484.2-491.16, 491.19-512.22にあたる.では何故,主宰神が「証言」(信頼できる人の言葉)にたいする注釈の中で論じられるのか.まず次のジャヤンタの言葉が主宰神論証の位置付けを物語る.

また相互依存[の過失がある]と[§2.4で]語られていた――[信頼できる]人[の一種である神]が語ったのでヴェーダは正しい認識の手段であり,ヴェーダが正しい認識の手段であることから,[ヴェーダに説かれる]人(=神)が証明される,と.それも正しくない.既に[主宰神論証§3.9.1.1において相互依存の過失は]排斥したからである.推論に基づいて[大地などの]作者が論証された上で,ヴェーダの諸文が彼についての[我々の]理解を補強すると[我々は]考えているのであって,作者の理解は聖典だけに依拠するわけではない.また既に以前にも[主宰神論証において],大地などという結果によって作者の推論されることを[私は]述べた .

ここから分かるように,まず,聖典ヴェーダと独立して,大地などの結果から世界の創造主である主宰神が推論により論証される.したがって全知者である主宰神の存在をヴェーダの記述のみに基づいて理解する必要はない.ヴェーダにおける創造主の記述は,神の性格に色付けを与えるものではあるが,その存在を本質的に裏付けるものではない(§3.9.1.1.).
次に,このようにして推論された大地等の作者である主宰神が,ヴェーダの作者と同定される.そのことをジャヤンタは続いて次のように述べる.

【問】大地などという結果を創り出したのと同じ作者が,ヴェーダの創作を創り出したのか.
【答】その通りだ,と答えよう.
【問】その根拠は何か.
【答】と,もしいうならば,
答える.生類が業果を受けるための拠り所であるこのような多様な世界を,非全知者は決して創造し得ない.その[生類の]業と果の関係を知る者である同じ彼が,それ(業と果の関係)を教示するヴェーダを著したのである.したがって,他の者が想定されることはない.また一つのものだけで目的が達せられたならば,第二のものをどうして想定しようか.というのも複数のものを想定する理由は何もないからである .

この多様な世界は,生類のいちいちの業に応じた果報享受の場としての役割を果たしている.業果の適切な配当を監督するのが創造主たる主宰神である.したがって創造主たる彼は全知者でなければならない.すなわち,瓶等とは異質の結果である大地や山等の作者として推論される者は,陶工を始めとして我々凡人とは全く異質の全知者である.いっぽうヴェーダにも作者はいるはずである.すなわち「ヴェーダの創作は作者を前提とする.創作だから.世俗の創作と同じように」(NM I 573.7—8: vaidikyo racanāḥ kartṛpūrvikāḥ, racanātvāt, laukikaracanāvat)と推論される.いまヴェーダは業と果報の関係を教示する.例えば祭式と天界との関係を教示してくれる.このような知識は通常の知覚をもってしては不可能であり,全知者にのみ可能である.したがって異質なヴェーダの作者として異質な全知者を想定しなければならない.ところで,すでに全知者としては大地などの創造主たる主宰神が想定済みである.したがって,彼をヴェーダ作者にあてれば,別個に全知者を想定する必要はなくなる.

大地等――(推論)→ 全知者たる作者
                ‖(同定)
ヴェーダ――(推論)→全知者たる作者

 このような理解は,ジャヤンタ一流のスートラ解釈に適用される.ジャヤンタは,スートラのāpta(直訳すると「[対象に]到達した人」)を注釈する中で,ヴァーツャーヤナの挙げるāptaの三条件を列挙する(NM I 399.20-400.12).

1. 対象を知覚などで正しく認識した人
2. その通りに教示しようという欲求に突き動かされた(部分的)離欲者
3. 説示能力のある人

これがスートラの第一解釈(バーシャ説)にあたる.第二解釈では,この三条件をまとめて「過失の消滅」(doṣakṣaya)とする.すなわち,言葉の偽(ひいては聞き手の認識の偽)を引き起こす過失(doṣa)を持たない人がāptaであるというのである.言い換えれば,第一解釈は「美質(guṇa)を持つ人」という肯定的側面から,第二解釈は「過失を持たない人」という否定的側面からāptaを捉えたものと見なしうる.最後に第三解釈としてジャヤンタは次のように述べる.

あるいは,[ニヤーヤ・スートラという]論書は,ヴェーダが正しい認識の手段であることの論証を目的としているのだから,それ(ヴェーダ)の著者であるāptaとしての主宰神について,これ(スートラ1.1.7)は,文字通りの定義である.彼(主宰神)はダルマを目の当たりにした人に他ならない.というのもダルマは主宰神の知覚対象だからである .

「文字通りの」(yathāśrutam eva)とジャヤンタが述べるように,証言定義スートラは,ヴァーツャーヤナ流に直訳すると「到達した人(=ダルマを目の当たりにしたなどの三条件を満たす人)の教示が[正しい]言葉である」となる.証言定義を世俗言明にも通じる一般定義とする第一解釈・第二解釈では,āptaを第二義的に解釈する必要が生じる.ヴァーツャーヤナの言うsākṣātkṛtadharmāを,ダルマに限らず広く「対象」を「目の当たりにした」すなわち「正しく認識した」と解釈し直さねばならないのである(NM I 400.1-4).しかし証言定義をヴェーダの真を論証するものと解釈するならば,āptaはヴァーツャーヤナの言うように「ダルマを目の当たりにした人」すなわちダルマを直接知覚した主宰神と受け取ることができる.また,慈悲深く完全な離欲者であり,また,ヴェーダの教示者である主宰神は,第二・第三の条件も満たす(NM I 401.5-6).
 このようなスートラ解釈は,ジャヤンタのニヤーヤ観に基づくものである.片岡[2007b][2008]からも確認できるように,ジャヤンタはヴェーダを中心としてバラモン教学の十四学処(vidyāsthāna)を配置し,仏教徒などの反ヴェーダのセクトからヴェーダの権威を守る一種のボディーガードとして論証学であるニヤーヤを位置づける.この論証の核にあたるものとして,証言定義スートラは再解釈可能なのである.ヴェーダが正しい認識手段であるのは,最高のāptaである主宰神によってそれが著されたからである.
 
 和訳にあたっては,本文理解に直接に関わる情報のみ注に記した.クマーリラやダルマキールティを念頭に置いたジャヤンタの議論について,思想史的観点から詳述することは避けた.了とせられたい.なお校訂本において取り上げなかったNyāyavārttikaについては補足的に関連個所を注記で示した.本文解釈にあたっては,2004年夏,ポーランドのザコパネで行ったサンスクリット合宿の集中読書会にて友人諸氏からの助言を得た.記して感謝する.主催の労を取ったMonika Nowakowska(ワルシャワ大学)に特段の謝意を表する.


科文
3 主宰神論証
3.1 理由は不成立ではない
3.1.1 結果性は不成立ではない
3.1.1.1 チャールヴァーカの見解
3.1.1.2 ミーマーンサカの見解
3.1.1.3 仏教徒の見解
3.1.1.4 総括
3.1.2 形状に限定されていることは不成立ではない
3.1.2.1 形状の違い
3.1.2.2 反論の排斥
3.1.2.3 共通性
3.1.2.4 言葉だけが共通なわけではない
3.1.2.5 全面的に相似なわけではない
3.2 理由は不定ではない
3.2.1 木などの作者は見られ得ないものなので把捉されない
3.2.2 見られ得ない作者を想定することの適切さ
3.2.3 論者の意のままに主題に含めるわけではない
3.2.3.1 主題の否定とそれへの回答
3.2.3.2 主題の述定
3.2.3.3 異類例の可能性が疑われるものに理由があること
3.2.4 大地などによる逸脱はない
3.2.4.1 遍充把握の様相
3.2.4.2 実在のあり方からすると異類例となるということはない
3.2.4.3 まとめ
3.3 理由は特殊について矛盾していることはない
3.4 理由は〈時機を過ぎて示されたもの〉ではない
3.5 理由は〈敵が存在するもの〉ではない
3.6 理由は〈引き起こさないもの〉ではない
3.7 まとめ
3.8 他の推論の紹介
3.9 特殊の理解
3.9.1 その認識根拠
3.9.1.1 聖典に基づく
3.9.1.2 否定的にのみ随伴する理由に基づく
3.9.1.3 主題の属性であることに基づく
3.9.2 主宰神の認識
3.9.2.1 全知者性
3.9.2.2 認識の常住性
3.9.2.3 認識が単一であること
3.9.2.4 認識が知覚であること
3.9.3 他の性質を持つこと
3.9.4 主宰神の欲求
3.9.5 まとめ
3.10 主宰神の身体の考察
3.11 主宰神が運動を持たないこと
3.12 創造の目的
3.13 遊戯を目的とすること
3.14 主宰神が慈悲深いこと
3.15 業の考察
3.16 業の監督者
3.17 創造・帰滅の想定は適切である
3.18 業の必要性
3.19 主宰神性は失われない
3.20 まとめ

  1. 2010/04/21(水) 20:09:04|
  2. 未分類

進学生歓迎の宴@マイティガル

ShingakuseiKangei3

恒例の進学生歓迎会が,マイティガルにて行われました.

今年は大人数で,クマールさんも,椅子の配置に一苦労.

なんとか収まりました.

モモ
セクワ
フライドエッグ
カレー6種類(野菜,ダル,豆,マトン,キーマ,チキン)
ころころマトン(新メニュー)
デザート
イーラムティー

クマールさん,ユミさんには,いつもながら大変お世話になりました.

山口さんも少し遅れて参加.

楽しい会となりました.

モンゴル人留学生は,久々に,マトンを堪能.

クマールさん入魂の新メニュー「ころころマトン」も好評でした.

今回は,なぜかバナナモヒ(ラッシー)が人気.

そして気づけば3時間半も滞在となりました.

いつもながらマイティガルは居心地抜群です.

全員腹いっぱい.

余ったカレーは持ち帰りのパックに.

一人暮らしの学生がめざとく強奪していきました.

maitighar5
  1. 2010/04/18(日) 01:00:16|
  2. 未分類

30ドルでジャイナ文献図書館

本日受領.

インドのジャイナ電子図書館プロジェクトより,DVD4枚入りボックスと,カタログが届きました.

払い込みはPaypalで30ドル.

Paypalなので安心です.

なお,普通なら確認メールが受け取り側からあってもよさそうなものです.

が,発送側からは何もないのでやきもきしていました.

しかし,発注後2週間もせずに,無事に到着.

受注・代金受領後,すぐに発送してくれたようです.

カタログも立派なものです.

買わない方がおかしいでしょう.


インド古典研究において,資料蒐集の面倒くささは言うまでもありません.

「読もう」と思った時に手元にも図書館にもなかったりしますから,あらかじめ,いろいろと買っておく必要があります.

というわけで,インド旅行の際に,デリー大の裏手の本屋街に行ったり,あるいは,ベナレスに行っても,ガートではなくチョークの本屋街のほうへ行き,あれこれとめぼしいものを買っておくことになります.

「今すぐ必要な本」だけでなく,「今後ひょっとしたら読むことになりそうな本」まで買い漁り.

屋根裏の隅から隅までくまなく探索して,掘り出し物を見つけます.

そして一度に何箱も発送.

日本の業者に発注しても,「インドの本屋→インドの仲介業者→ナガラ図書→本人」というようなわけで,手にする時には数か月や半年も後.

熱意も冷めています.

学期初めに注文して,学期終わりに届けばラッキーなほうです.

まして,インドの本屋に直接発注となると,送金も発送も,信頼が置けません.

さらにいえば,購入可能ならばまだまし.

昔に出た本など,とうの昔に絶版,入手不可です.

結局,あちこちの図書館から借り出してコピー,製本ということになります.

金はいくらあっても足りません.


今後のジャイナ研究は,このような煩わしさから,まずは解放されます.

基本典籍が手元にあるというのは楽です.

すぐには変わらないでしょうが,今後,数十年,百年と見た時,研究状況に大きな変化をもたらすことでしょう.

学生が簡単に始められる研究,最初の敷居の低い研究分野,というのは凄いことです.

これだけ資料があれば,アルダマーガディーもグジャラーティーも勉強する気になるというものです.

日本人のジャイナ教研究者も,欧米と比べて圧倒的に資料の貧困な大学図書館という不利から解放されます.


カタログには,ジャンブーヴィジャヤジーへの称賛と,突然の死を悼む文章が載っています.

その中には,


Similarly, Hiroko from Japan's Hiroshima University studied Jain and Buddha religions and Sanskrit from the Muni. She also undertook a pilgrimage to Shetrunjay along with her parents from Japan.


との記載も.

松岡さんも,こんなところに載るとは思わなかったでしょう.
  1. 2010/04/11(日) 10:24:49|
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新入生オリ

本日は,新一年生の入学式,文学部オリ,その後,興味ある研究室への訪問

いわゆる「研究室訪問」の日でした

2年次での各専攻に分かれての進学の際の参考となる貴重な機会です

隣の英文研究室は例年通り,偉い賑わいようです

そして,英文の前には,英文からの出客を逃すまじと,中文の上級生が網を張って待っています

印哲は例年通り,静かな出だし

途中,哲学研究室の院生が一人,状況偵察にやってきて,しばし談笑

その後,印哲の研究室スタッフは,お香でも焚いて,ロールケーキでも食べながら,まったりとウェイティング

インドの空港の白タクよろしく客引きをする他研究室をしり目に,ゆっくりと待つこと15分

一年生男子二人が中をのぞきに来てくれました

お寺さんの御子息でした

ゆっくりと色々と話すことができるのも,印哲ならでは

他研究室では,早々に次の学生がやってくるので追いつかないでしょう

立派な器に抹茶を勧めながら,話は様々な方向へ

いろいろと話を聞くと,やはり,伊都に教養キャンパスが移ったせいでしょうか,

伊都と箱崎の両方に通える姪浜に住む学生が多いようです

その後も,仏教・インドに興味ありの一年生が,入れ替わり話を聞きに来てくれました

茶道部OGは,熱心に茶道部にも勧誘
  1. 2010/04/08(木) 00:12:18|
  2. 未分類

Bye Bye Yokohama City University!

吉岡直人
「さらば,公立大学法人横浜市立大学――『改革』という名の大学破壊――」
(著者より直接購入可能)

書評に「一気に読んだ」というのがありましたが,同感.

一気に読みました.

なんであれ情熱のこもった文章というのは読ませます.

内容については,直接読まれるのが一番でしょう.
  1. 2010/04/06(火) 01:38:02|
  2. 未分類

Vallabhadevaさんもお怒り

詩聖カーリダーサの有名な『雲の使い』.

毘沙門天(多聞天)の手下の夜叉が仕事のへまからチトラクータに左遷されて,遠距離の妻を思って雲にメッセージを託します.

http://en.wikipedia.org/wiki/Chitrakuta

一番古い註釈にヴァッラバデーヴァによるものがあります.

注釈者はカシミール出身.10世紀前半頃.

幸い,Hultzschによる優れたエディションがあり,ストレス・フリーで読みとおせます.

カーリダーサの詩節の第二番目に異読があります.

まず,ヴァッラバデーヴァさんは,

「アーシャーダ月の終わりの日に(praśamadivase)」

という読みを念頭に置いています.

いっぽう異読に

「アーシャーダ月の始まりの日に(prathamadivase)」

というものがあります.

この異読にヴァッラバデーヴァさんも気が付いていたようで,次のようにコメントしています.


いっぽう或る者達は,śaとthaとが文字が似ていることから,誤って,[praśama(終わり)を]prathama(始まり)だと言っている.

そして,何とかかんとかして,その意味で理解している.

しかし,雨季が始まっているのだから,[アーシャーダ月の]最初の日というのは,全く矛盾している.

kecit tu śakārathakārayor lipisārūpyamohāt prathama ity ūcuḥ kathaṃ kathamapi caitam evārthaṃ pratipannāḥ. varṣākālasya prastutatvād ādidinam ity etat tv atīva viruddham.



praśamaと読むか,あるいは,prathamaと読むかという違いです.

アーシャーダ月(6~7月)の終わりなのか,始まりなのか,という意味の違いになります.

カーリダーサの文脈上,雲がやってきているのですから,雨期が始まっていることが必要です.

つまるところ,ヴァッラバデーヴァの言い分は,

「アーシャーダ月の始まり,つまり,6月15日頃には,まだ雨季が始まっていないのだから,「始まり」という読みが正しいわけがないではないか」

というものです.

モンスーン地図を見ると,カシミールは確かに遅いようです.

http://www.mapsofindia.com/maps/india/southwestmonsoon.htm

しかし,ウッジャインや舞台のチトラクータあたりは,ちょうど雨季の始まりになっていますから,「始まり」でも問題なさそうです.

まして,南インドとなると,6月頭から始まっています.

prathamaと取りたくなるわけです.

ヴァッラバデーヴァさんも,地方差までは考えなかったようです.
  1. 2010/04/04(日) 12:05:12|
  2. 未分類

進学生オリ

本日は,研究室に新しい進学生(2年生)を迎えてのオリでした.

学部生,院生,研究生も全員そろい,初顔合わせ.

単位,授業,大学生活,図書,研究などなど,研究室所属に関しての諸注意.

サークル,バイト,音楽などなど,話は多岐にわたりました.

もてなしには,茶道部OGによる点茶も.(わざわざ道具も持参で.)

もっとも重要な新歓コンパ@ネパール料理の日程も無事決定.

その後,そのまま大名のインド料理屋へと流れました.

進学生は幸い,チリーフード・ノープロブレムでした.

(キャナルのコーヒヌールに既に行ったことがある進学生というのも珍しい.)

今後の成長が楽しみです.

Miyajidake09
(海岸まで一直線に伸びる宮地嶽神社の参道)
  1. 2010/04/02(金) 23:37:10|
  2. 未分類

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