Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

TSR註 & KKD

写本から直接に読んで理解.

フランチェスコの持ってきたトゥッチ写本もあわせて.

一本はヴィクラマシーラで書かれたと奥書にあります.

800年以上も前に書かれたものということになります.

二日も朝晩と続いて,さすがに目が痛くなりました.

会の終了と同時に雨が降り始めました.
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  1. 2010/07/24(土) 18:33:05|
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MMK 52

昨日に引き続きMMK

かなり際どい成就法の連続です

ヤクシニー(夜叉女)の成就法

秘法で呼び寄せると,母親になったり,妻になったり,姉妹になったりと,いろいろと便利なヤクシニーです

特別な油を用意しておくと,寝てる間にマッサージしてくれるヤクシニーまで登場

しかも,毎晩毎晩,高価なものを置いていってくれるとのこと

Warburg 505

きょうは,湿気が高く,気温もあったので,部屋の中は不快

なんとポンディと一度しか違わないそうです

しかし,こちらは風も吹かず,扇風機もなく,みんなグロッキー気味

調子が悪い人は早退も

しかし研究会は容赦なくテクストを進めていきます

ようやくの昼休みも,ケータリングが来たのは遅れに遅れて一時間遅れの2時

さすが学食メンザのケータリングです

頼りになりません

しかし内容は好評でした

Warburg 565

最後に発表二つ.

さすがに疲れたので,さっさと帰り,そこからソームデーヴと歩いてアナトリア料理

若者の多いBartelsstrasseです.

通りでは,ロミオとジュリエット風のパフォーマンス

下から男がバルコニーの女性に叫んでます
  1. 2010/07/22(木) 05:22:49|
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Streekbruecke

Warburg 293
Warburg 272

昼食後の空き時間,図書館近辺を散策

図書館の前を流れる水路,橋の袂の乗り場は水質調査ゼミでしょうか,先生らしき人が学生に説明中
  1. 2010/07/20(火) 18:56:26|
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Warburg Haus

Warburg 155Warburg 003

移動はU1で,シュテファンスあるいはハラーシュトラッセからKellinghusenstrasseへ.

Warburg 379

朝の9:30から夜は6:30まで,みっちりと性交儀礼に肉食のオンパレードのBY文献研究でした.

浄が不浄,不浄が浄の,価値観の逆転したタントラワールド.

サンスクリットはもちろん,アイシャの連続.

非正規の形をどこまで直すのか,直さないのか,校訂者は大変です.
  1. 2010/07/19(月) 22:02:33|
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トライアスロンとシュラーガームーブ

Hamburg2010 352

アルスター湖・市庁舎周辺ではトライアスロン

Hamburg2010 625

港方面ではSchlagermoveの乱痴気騒ぎ

ビールの冠はもちろん,ビール瓶の破片があちこちに散らばっています

飲みすぎでしょうか,テントで介抱されている人も

異常な混雑のせいで,ランドゥングスブリュッケにつくのに電車も遅延し,えらく手間取りました

Hamburg2010 782

夜は張本さんの案内でポルトガル料理屋へ

どこも混んでいて断られてばかりでしたが,なんとか入り込めました.

なぜか話題はステマ(写本の系統図・樹形図)の有効性について.




ニーラージャンと少し早めに失礼させていただき,S1→S21で帰る予定が,S21がなかなか来ません.

どうも止まっているようです.

しかたなくU1でシュテファンスプラッツ(ダムトア)へ.
  1. 2010/07/18(日) 07:13:46|
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グヒヤとムカ

Hamburg2010 291

西側と東側とに瓜二つの校舎

事情により日によって,あるいは午前と午後とで,東から西へ,西から東へと移動.

中のつくりまで全く同じなので,何も変わりません.

Hamburg2010 281

ティーブレイクは,ゆっくりと30分

案外,というか当然に,重要な時間です.

Hamburg2010 256

昼はレバノン風ベジタリアン.

ケータリングしたまでは良かったのですが,皿を忘れてました.

というわけで,皿の到着まで30分ほど待つことに.

Hamburg2010 298

発表はニーラージャン,チャバ・キシュ,久間さん.

ニーラージャンはグヒヤとムカの前後関係.

チャバは,BYにおけるデーヴァアーガーラ.

久間さんは今後の研究プロジェクトについて.

Hamburg2010 325

10時くらいまで明るいような夜長の夜ですが,夜は,ドミニクや宮崎さんとともにトルコ料理屋

中東つながりで,昼ランチと若干かぶりましたが,気にせず乾杯

しかし,どの店も繁盛しています.

遅れてきた若手グループは入れず,近くのアフガン「ヒンドークシュ」へ.

元気な張本さんは,老人組終了後も,若手に合流.




本日到着のソームデーヴにピーターもようやく参加.

ピーターはフライトキャンセルで二日遅れ.大変だったそうです.

ソームデーヴは空港に誰も来ておらず(というかいつ着くかという連絡をしていないので当然ですが),迷子になりかけた,というか,なったそうです.




フライト・キャンセルといえば,むかし,霧のデリー空港で,機内で夕飯まで食べた後,計5時間ほどウェイティング.

結局飛ばず,機外に出て,航空会社の用意したホテルに入れたのが夜の1時.

そして,またまた早朝に出立という経験があります.

ファイブスターホテルですが,なぜか会計係が一人.

こちらは飛行機客が100人以上.

早朝のホテルで,まさか,会計(飛行機会社持ちなので会計も何もないのですが)だけで1時間以上も立たされるとは思いませんでした.

こういうときに限って,というか案の定,前のインド人客は,いろいろともめて,時間がかかります.

「室内バーのスナックは料金がかかりますので」

と会計係に言われた途端に,かばんの中からスナック袋をごっそりと戻していました.

その他,飲んでもいない瓶ビール代金を請求されてもめてる旅行者などなど.

朝から大変です.




ちなみにDは,インドから出るのに,毎日毎日キャンセル続きで,結局,6日間も,来る日も来る日も次の便を待ったことがあるそうです.

火山も噴火せずに,その壮大なスケールはさすがです.
  1. 2010/07/17(土) 04:53:07|
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リンガの設置

Hamburg2010 222

ドミニクによる講演「ニシュヴァーサグヒヤにおけるプラティシュター」

ニシュヴァーサグヒヤにおけるリンガ設置の記述を,リンガ設置の歴史全体からどう位置づけるか,という話です.

頻繁に引かれていたのが,こちらの研究

Shingo Einoo and Jun Takashima eds., From Material to Deity: Indian Rituals of Consecration, (Japanese Studies on South Asia), 4, 2005, New Delhi, Manohar

あとは,もちろん,マダム・ブルネーのソーマシャンブ研究.

珍しいリンガのスライドも色々と見せてもらいました.

本堂の背後のソーマースカンダのパネルと,リンガ本体だけが残ったパッラヴァ朝期のリンガは,畑のど真ん中にぽつんと残ったもの.

向きはちゃんと北にプラナーラ(リンガの排水口)が向かっています.

祠堂があったはずですが,跡形も無くなくなっています.

Hamburg2010 214

ちなみに,リンガの形も時代により色々と変化してきますが,ニシュヴァーサグヒヤでは,先っぽは,明確に鶏卵形かパラソル型と書かれています.

つまり丸みを帯びています.

後代の平板型とは異なります.
  1. 2010/07/16(金) 18:52:10|
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アルスター

Hamburg2010 142

チベット関係のレキシコンのワークショップの打ち上げも兼ねて,大学傍のアルスターでバーベキュー.

犬の糞が無造作にあちこちに転がる中,グリル持ち込み.

張本さんも大活躍です.

ところどころに,炭ではげた芝が.

日本なら「犬の糞もちかえり」「バーベキュー禁止」となるところでしょうが,全然平気なようです.

ウィーンからはアンの姿も.

最新アカデミー事情を伺いました.

ついこの前,京都で会ったばかりのアンヤの姿も.

京都が別世界の夢のように思えるそうです.

たしかに,京都とハンブルクとでは偉い風景の違いです.

フランチェスコからは,翌日,イタリアから持ってきた一冊をいただくことに.

Hamburg2010 116

以前に加納さんからいただいた論考が収録されているものです.
  1. 2010/07/15(木) 05:59:13|
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Hindukusch, Hamburg

Hamburg2010 023
Hamburg2010 032
Bolaniで,こちらは6ユーロ.アフガン風のカリカリお好み焼き.

Hamburg2010 038
Hamburg2010 040
  1. 2010/07/15(木) 05:43:53|
  2. 未分類

ハンブルク大学

福岡はあいにくの大雨.

朝も荷物の出し入れが大変でした.

が,空港が近くて助かりました.

日ごろ,校舎の真上を腹を見せながら飛んでいく飛行機の騒音で授業の声が聞こえなくなるのが気にならなくなるほど迷惑を蒙っている非想非非想処の身としては,これくらいの見返りはあってもいいでしょう.




ポンディシェリ組によれば,出発したタミルナードゥも大雨で大変だったとのこと.

道中,大雨にもかかわらず,ワイパーが折れたそうです.

5人を乗せた車は,視界ゼロの中,決死の覚悟で走行.

ドライバーは何も見えないので,前のバスにくっついて,なんとか空港までたどり着いたそうです.

ポンディシェリからチェンナイ空港まで,大概なんらかのトラブルはあって,時間通りにつくほうがラッキーなほうですが,今回は,さすがに生きた心地がしなかったそうです.

交通事故で渋滞,意味なく渋滞,要人警備のための渋滞などなど,ともかくも空港までは安心できません.

ドライバーが優秀で機転が利かないと無理です.(しかし,大概,なんとか空港に間に合うのも,またインドという感じもします.)




こちらは,さすがルフトハンザ,連絡よく接続.

エ○イ○ディ○のような地獄の接続とは偉い違いです.(むかし,ボンベイ空港で3時間くらい,蒸し風呂状態で真っ暗の中,立たされたまま待たされたのを思い出しました.どうやれば,あのようなサーヴィス?が提供できるのか,その境界は実に不可思議です.)

フランクフルトの空港で,ペットボトルの水もあっさりとポイされたので,ハンブルクのホテルに着くと,疲れと同時に喉も渇きました.

近くのコンビニを求めて歩いていると,ムリガトリシュナーの幻覚でしょうか,蛇縄か,真珠母貝か,どこかで見た後姿が.(認識1)

近づいてみると,まさしく張本さんでした.(認識2)

その時点で認識の正しさを確信することにより,無限後退が避けられました.(Cf. クマーリラSV)

張本さんと,その他ポンディ組と一緒に,ベジレストランの位置確認.

しばらく歩いてGopalamに到達.

6年前にオープンしたそうです.

ハリヤナ出身.

店主はサティヤナーラーヤン(母語テルグ)とヒンディーで会話.

サティヤナーラーヤンはシャルマ(母語マライヤラム)とタミルで会話.

シャルマはドミニクと英語で会話.

ドミニクは店主とドイツ語で会話.

言語がちゃんぽんで訳わからなくなってました.

「シャルフ?カーラム?ホット?」

と,「辛いのでいいか」というのに,適当に全部単語ならべる状態に.

シャルマと店主の交渉で,込み込みの特別メニューのセット料金で7ユーロ.

量は多すぎるほど多すぎました.

オニオンもなしのピュアベジです.

腹いっぱいです.

シャルマは,明日からも使うつもりなので,あれこれと注文つけて交渉していました.
  1. 2010/07/14(水) 18:20:32|
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ラトナキールティによる主宰神論批判

ニヤーヤ学派といえば,後代は,世界創造の主宰神を認めるバラモン正統派のチャンピオンです.

ウダヤナの仏教批判・主宰神論証は特に有名です.

主宰神論というジャンルでは,特に,ミーマーンサーと仏教が世界創造の神を否定,たいして,ニヤーヤは神を論証,という対立構造を取ります.


主宰神否定:仏教,ミーマーンサー

主宰神肯定:ニヤーヤ



面白いことに,バラモン正統派のど真ん中,聖典解釈学のミーマーンサーは,世界を創造したような神を認めません.

日頃は対立するクマーリラとダルマキールティも,この点では意見が一致します.

クラッサー教授の論文によれば,ダルマキールティは,クマーリラの議論を暗に前提とし,援用しているとのことです.

主宰神の存在を否定する明確な立場をミーマーンサーで打ち出したのはクマーリラです.

以後,クマーリラの議論は,ほとんどどこにでも顔を出すようになります.

クマーリラの影響力の強さがうかがえます.

近現代インドのシャンカラ僧院の影響力・政治力のせいでしょうか,シャンカラが「最大の哲学者」として持ちあげられることがありますが,「哲学」という意味でいえば,クマーリラのほうが全然上だというのが筆者の感想です.(ちなみに,シャンカラは,クマーリラを前提としています.)

シャンカラの原文を読むとき,哲学というよりも,出家遊行の坊さん学者の神学・解釈学といった体で,「哲学」を期待すると,ちょっと違うような気がします.(例えば「認識は真である」「偽である」といった「真理論」をクマーリラは正面から取り上げますが,シャンカラが正面から取り上げることはありません.)

8世紀のインド哲学を概観したシャーンタラクシタ&カマラシーラ子弟の『真理綱要』および註を見ても,クマーリラの影響力が圧倒的なのがうかがわれます.(真理綱要にはシャンカラのシャの字も出てきません.年代的なせいなのか,マイナーなせいなのか,おそらく両方でしょう.)

すくなくとも,後8世紀のインドにおいて,まだいなかったか,マイナーだったか,ということです.(ちなみに,シャンカラの年代論は色々ありますが,最新のものは8世紀後半に置いています.)

時代はかわって,ラトナキールティの活躍した紀元後1000年頃.

それまでの主宰神論証・批判がまとめられています.

ニヤーヤの言い分は,大体,こうです.


山というのは作られたものである結果,いわば作品だ.だから,それを作った者,しかも,その作り方をちゃんと知っている何らかの作者がいるはずだ.ちょうど,壺といった作品の背後に,作り方を知っている壺作りの職人がいるのと同じようなものだ.山の作り方を知っている者,それが神だ.



しかし,そもそも山は作られたもの,結果,作品なのでしょうか?

壺が作られたもの,というのは見るからに分かります.

しかし,山が作られた,というのは相当の違和感です.

この違和感は,ダルマキールティが表明したものです.

これにたいして,ニヤーヤ学派からは,次のように言えるでしょう.


部分からなるものは全て作られたもの,結果である.だから山も結果だ!



なんとなく,違和感を残しながらも,「まあ,そうか」と納得させられそうな議論です.

富士山のきれいな形を見れば,神のような優れた存在を想像するのも悪くありません.

しかし,あんまり格好の良くない山はどうでしょうか?世界を創造するなら,もうちょっとましに作ってよ,という気持ちにもなります.(悪しき世界をなぜ神が作ったのか,という議論は,神学ならばどこでも問題になるでしょう.クマーリラにも見られます.)

しかし,うまくできた地球環境ということで考えれば,誰かの作品といって,とりあえずはいいのかもしれません.

しかし,この「誰か」が問題です.

誰かがいる,それは神だ,とは一直線にはいきません.

誰かがいる,ということは,実は仏教でも認めています.

我々一般の凡俗,衆生です.

衆生の業があわさって,この環境世界を作り上げているのです.

世界を作りなおしたのも,いったん破壊するのも,我々の業です.(現代社会では,まさに,我々の業=行為が,そのままに世界を破壊しつつあります.)

というわけで,作者となる誰かがいる,といえば,別にそれは神である必要はありません.

われわれ衆生自身が世界の再創造者・破壊者なのだ,といってしまえば,それで問題は解決です.

わざわざ神などを立てる必要はありません.

ニヤーヤは何と答えるでしょう.

上の論証に戻ると,山は結果たる作品ですから,その作者は作り方に通じてなければなりません.

現実に,それぞれの衆生にふさわしい環境世界が作り上げられています.

悪人には地獄,善人は天国というわけです.

そのような手配師が必要です.

監督です.

それぞれの衆生の業に通じた者が必要となります.

それは我々のような愚かな衆生自身ではありえません.

神のような超越者しか監督たりえません.

すべての業を見通せる特別な者,それが環境世界の作者,すなわち,神というわけです.


全知でない者は,[善業・悪業といった]目に見えないものなどの個々のディテールについての知識を欠いているのだから,監督たりえない.したがって,[作者がいるにしても具体的にどういう者かということになれば]全知であるという限定を認めざるを得なくなる.



単なる作者でなくして,「全知」という限定つきの作者が,この世界の創造主というわけです.

ちゃんと作った場合には確かに意図された作品ということで,まともな作者が想定されます.

しかし,知識も意図も何もない人が,結果を作り出すこともあります.

幼児の粘土遊びはどうでしょうか?

そこには何の知識も意図もありません.しかし,立派に「結果」ができあがります.

この世界はひょっとしたら,「全知なる神」によって作られたのではなく,「幼児のように無知な神」によって作られたのかもしれません.

赤ん坊の格好をしたヴィシュヌ=クリシュナが,戯れにこの世界を作った図などを勝手に想像してもいいかもしれません.

複雑に出来上がった世界ですが,案外,無計画かつランダムに作られたのかもしれません.

神は無知だった,というわけです.

そのような議論は,既に,ヴァーチャスパティの中に見られます.

ラトナキールティは,ご丁寧に,ヴァーチャスパティの『ニヤーヤ・カニカー』から引用しています.
  1. 2010/07/10(土) 07:11:20|
  2. 未分類

coming soon: South Asian Classical Studies, 5, 2010

SOUTH ASIAN CLASSICAL STUDIES

No. 5

CONTENTS

The Tibetan Shes rab sdong bu and its Indian Sources (II)
Michael HAHN 1

A Study of the Avadānakalpalatā and the Avadānamālās (1)
– Avadānas of Vidura, Kaineyaka and Śreṣṭhipretībhūta –
OKANO Kiyoshi 51

Bhāviveka’s Refutation of Yogācāra Theory:
asallakṣaṇānupraveśopāya and utpattiniḥsvabhāva
TAMURA Masaki 129

Cacā Songs – Oral Tradition in the Kathmandu Valley
KITADA Makoto 161

Early Yogācāra and Solipsism – On the Example of Dreaming
MINAMOTO Juko 177

On the Doctrine of the Three Self-natures in the Mahāyānasaṃgraha
KITANO Shintaro 195

Sanskrit text of the Tantravārttika, Adhyāya 1, Pāda 3,
Adhikaraṇa 7–8, Collated with six Manuscripts HARIKAI Kunio 223

Theories of apoha by Dignāga, Dharmakīrti and Dharmottara
KATAOKA Kei 251

Bhaṭṭa Jayanta’s Refutation of the Yogācāra Buddhist
Doctrine of Vijñānavāda: Annotated Translation and Analysis
Alex WATSON and Kei KATAOKA 285

KYUSHU UNIVERSITY
DEPARTMENT OF INDOLOGY

  1. 2010/07/02(金) 00:41:28|
  2. 未分類

soon appear: 南アジア古典学 第5号(2010年)

ISSN 1881-2074
南 ア ジ ア 古 典 学
2010第5号
目 次

The Tibetan Shes rab sdong bu and its Indian Sources (II)
Michael HAHN 1-50

KalpalatāとAvadānamālāの研究(1)
—Vidura, Kaineyaka, Śreṣṭhipretībhūtaの説話—
岡野  潔 51-127

バーヴィヴェーカによる瑜伽行派学説批判
—入無相方便説批判及び生無自性説批判を中心に—
田村 昌己 129-160

千年前の歌声(続)~カトマンドゥ盆地のチャチャー歌
北田  信 161-176

初期唯識思想と独我論――夢の喩例について――
源  重浩 177-194

『摂大乗論』の唯識三性説
北野 新太郎 195-222

Sanskrit text of the Tantravārttika, Adhyāya 1, Pāda 3,
Adhikaraṇa 7–8, Collated with six Manuscripts
HARIKAI Kunio 223-249

三つのアポーハ説――ダルモッタラに至るモデルの変遷――
片岡  啓 251-284

Bhaṭṭa Jayanta’s Refutation of the Yogācāra Buddhist
Doctrine of Vijñānavāda: Annotated Translation and Analysis
Alex WATSON and Kei KATAOKA 285-352

九 州 大 学 大 学 院 人 文 科 学 府 ・ 文 学 部
イ ン ド 哲 学 史 研 究 室

  1. 2010/07/02(金) 00:37:06|
  2. 未分類

第21回西日本インド学仏教学会学術大会(九州大学箱崎キャンパス)

第21回西日本インド学仏教学会学術大会

日時 2010年7月31日(土)13:00- 

会場 九州大学箱崎キャンパス国際ホール

7月31日(土)
13:00-13:40 (発表20分、質疑応答20分)
金菱哲宏
「ヨーガバーシュヤと唯識三十頌」
京都大学大学院

13:40-14:20
田村昌己
「バーヴィヴェーカの世俗観ー自性と言葉ー」
広島大学大学院 

14:20-15:00
北野新太郎
「『大乗荘厳経論』の唯識三性説」
九州大学非常勤講師

15:00-15:20 Tea Break

15:20-16:00
鈴木隆泰
「『法華経』「方便品」の構成と解釈」
山口県立大学大学院 国際文化学研究科教授

16:00-16:40
Deniyaye Pannaloka
"On the Lhasa Manuscript of the Satasahasrika Prajnaparamita"
Kyushu University

16:40-17:20
Madhumita Chattopadhyay
"Vedanta as interpreted by a Contemporary Indian Thinker"
Prof. Jadavpur University
  1. 2010/07/02(金) 00:25:32|
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