Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

新刊:片岡啓『ミーマーンサー研究序説』(九州大学出版会)

KeiKataoka2011.jpg

著者: 片岡 啓
タイトル: ミーマーンサー研究序説
出版社: 九州大学出版会
定価: 9,870円 (内消費税 470円)
ISBN: 978-4-7985-0037-9
発行年月日: 2011年1月5日
B5判 上製  330頁

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  1. 2010/12/26(日) 21:04:42|
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Kei Kataoka: An Introduction to the Study of Mīmāṃsā (Kyushu University Press)

Kei_Kataoka2011.jpg

Author: Kei KATAOKA (Associate Professor, Indology, Kyushu University)
Title: An Introduction to the Study of Mīmāṃsā
(Mīmāṃsā Kenkyū Josetsu)
Publisher: Kyushu University Press
Language: Japanese
Price: 9870yen (Tax included)
ISBN: 978-4-7985-0037-9
Size B5, Hard Cover
Date: 2011/1/5

Publisher's Homepage

For oders from abroad, directly inquire the publisher: sales@kup.or.jp, or buy at amazon.co.jp




Table of Contents:

Preface
1 Introduction
  1.1 Survey of research: Mīmāṃsā Theory of karman
  1.2 Śabara's chronology
  1.3 Previous studies on Śabara
  1.4 Kumārila's chronology
  1.5 Previous studies on Kumārila
  1.6 The aim of the present study
2 Study of Intellectual History
  2.1 Bādari's theory of karman
  2.2 Jaimini's theory of karman
  2.3 Dharma-abhivyakti-vāda
  2.4 Śabara's theory of bhāvanā
  2.5 Kumārila's theory of bhāvanā
  2.6 Conclusion: Development of the notion of karman in the Mīmāṃsā tradition
3 Appendices
  3.1 An analysis of the structure of Śābara's commentary ad 2.1.1-4
  3.2 An analysis of the structure of Kumārila's subcommentary ad 2.1.1-4
  3.3 Chronology of Mīmāṃsā authors

Abbreviations and Bibliography

Index




Based on his text-critical study, The Theory of Ritual Action in Mīmāṃsā (Koten Indo no Saishiki Koiron), a critical edition and an annotated Japanese translation of Śābarabhāṣya and Tantravārttika ad 2.1.1-4 (bhāvanā) published in 2004 from Sankibo Press, the present author traces the history of bhāvanā-theory in the Mīmāṃsā tradition.

In the introduction, he gives a detailed survey of research concerning Mīmāṃsā in general and the Mīmāṃsā theory of action in particular. This is the first systematical attempt to review previous studies of Mīmāṃsā. He also discusses the chronology of Śabara and Kumārila in detail. The issues of the Vṛttikāra, Kumārila's relationship with Dharmakirti, and Kumārila’s lost work Bṛhaṭṭīkā are also examined thoroughly, together with a due attention to previous studies, e.g. by G. Jha, Kuppuswami Sastri, K.S. Ramaswami Sastri, Frauwallner, Taber, Steinkellner, Kellner and Krasser.

The main part of the book consists of tracing the history of the theory of action (karman) in the Mīmāṃsā tradition from Bādari to Kumārila. The theory of bhāvanā by Śabara and Kumārila has a long prehistory. The present author reconstructs the old theories by Bādari and Jaimini on the basis of a careful examination of the Jaimini-sūtra and Śabara’s commentary. He also tries to fill the historical gap (or missing link) between Jaimini and Śabara by putting together relevant fragments collected from sources inside and outside the Mīmāṃsā school and reconstructs the old theory which he calls the “dharma-abhivyakti-vāda.” This section is followed by a careful study of the bhāvanā theories by Śabara and Kumārila.

The appendices contain detailed analyses of the structure of the main sources, i.e. Śābarabhāṣya and Tantravārttika ad 2.1.1-4. The last appendix gives a tentative list of chronology of Mīmāṃsā authors.
  1. 2010/12/26(日) 21:02:20|
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インド思想史学会


Hit2010-1

京大年末恒例のイベント,インド思想史学会

今年はクリスマスの日

今回も本邦のインド学の進展ぶりを実感させる多方面の発表でした

詩論,語意論,ヴェーダ,音楽,医学

恐ろしく広範囲でした

当然,分野毎に質問者も異なります

Hit2010-2


発表30分,質問20分と,理想的な時間配分

質問時間も十分あった感じです

それでも,白熱した質疑が続き,質問時間をオーバーする発表が続きました

例年の京大会館がなくなったため,今年はリッチに時計台内の会議室

国際サンスクリット学会で使った会場です

ですが,来年からは,身の丈に合わせグレードを下げて,楽友会館だそうです

風情があるところだとのこと

集まった面々は,関西はもちろん,北海道,東北,東京,そして広島,九州と多彩でした

遠くハンブルクからは張本さんの姿も

Hit2010-3

懇親会は目の前のカンフォーラ

服部先生による乾杯の音頭

来年の開催予定日は12月17日(土)
  1. 2010/12/26(日) 21:01:12|
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received: インド学チベット学研究14

インド学チベット学研究
Journal of Indian and Tibetan Studies
第14号
2010年
インド哲学研究会
http://www.jits-ryukoku.net/

内藤昭文
『大乗荘厳経論』第IX章における「法界清浄の六義」理解――bauddhadhatuとdharmadhatuの意図する構造――1

那須円照
『婆沙論』第75巻「虚空と空界」及び『倶舎論』II.55c-dに対する衆賢註「三つの無為,虚空,非択滅」――Oouis de La Vallee Poussinによって翻訳され註釈されたアビダルマ文献:涅槃と無為一般に関わる諸テクストIIの和訳研究――21

那須良彦
倶舎論根品と不相応行論――世親本論と諸註釈の和訳研究(4)――48

五島清隆
チベット訳『梵天所問経』――和訳と訳注(2)――89

岡崎康浩
サンギータラトナーカラ第1章氏訳・その3――126

Vincent Eltschinger, Isabelle Ratie
Dharmakirti against the pudgala---185

Mark Siderits, Shoryu Katsura
Mulamadhyamakakarika XXII-XXVII---216




インド思想史学会の会場にて頂戴しました.

古い号はネット上(http://www.jits-ryukoku.net/)でPDFがダウンロード可能となっています.

桂先生の編集後記によれば「このような形で本誌を刊行するのは次号(第15号)が最後になることと思います」とのこと.

どこもそうですが,このような雑誌を続けていくのは経済的に大変なことです.
  1. 2010/12/26(日) 17:20:24|
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received: 種村隆元「密教の出現と展開」

種村隆元「密教の出現と展開」
pp. 210-262
新アジア仏教史 02 インドII
仏教の形成と展開(2010/10/30)
奈良康明・下田正弘(編)
佼成出版社
  1. 2010/12/25(土) 06:50:31|
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received: Buddhist Philosophy of Language in India


Lawrence J. McCrea & Parimal G. Patil
Buddhist Philosophy of Language in India
Jnanasrimitra on Exclusion
New York: Columbia University Press, 2010

当然のことながら,出版後すぐに自前で注文しました.

読み始めたまさにその直後,著者から献呈本を頂戴しました.

まとまったイントロに,的確な科段,読みやすい英訳と内容理解に資する訳注,それに,英訳からの参照に便利な原典.

ジュニャーナシュリーによる「他者の排除」論の研究.

軽いだけに常に携帯して勉強するにはもってこいです.

西蔵訳が存在しないことから,ジュニャーナシュリーの原典翻訳は,訳者のサンスクリット能力が試されます.

50年前(1959年)に出版されたにもかかわらず,いまだジュニャーナシュリーの翻訳が少ないのは,裸の勝負を挑まれることになる仏教学者の恐怖によるものなのでしょう.

読みやすい英訳を参照しながらテクストを読み進めると,難解に見えたジュニャーナシュリーの文章も,意外にすいすいと頭に入ります.

サンスクリット・テクストは,基本的にタクル本を継承したもので,写本情報を網羅したものではありません.

早急な成果を求められる北米では(時間がかかる割に成果の地味な校訂本が評価されずそれゆえ流行らないのは)致し方のないところです.


suzukake-6

  1. 2010/12/21(火) 07:00:48|
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emendation to JNA

suzukake-5


JNA 220.10:
na tu tat sāmānyam eva tāsām, buddhyākāratvenānyatrānugamāt

>>> na tu tat sāmānyam eva tāsām, buddhyākāratvenānyatrānanugamāt

(Consequently I would like to emend the text given in McCrea and Patil 2010:117)

The translation by McCrea and Patil 2010:79 (and also 23):
``But that image itself is not a universal belonging to those particulars because it recurs elsewhere as a mental image."

I would like to suggest: "... because it does not recur..."

This emendation is supported by Dharmakirti's PVSV 40.6: tasya teṣv abhāvāt.

For Dharmakirti's intention, see Kataoka 2010: "Mittsu no Apoha-setsu" in South Asian Classical Studies, Vol. 5.
  1. 2010/12/19(日) 11:29:17|
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received: ベンヤミン:コレクション5 思考のスペクトル

ベンヤミン・コレクション5
思考のスペクトル
浅井健二郎編訳
ちくま学芸文庫
1600円+税

  1. 2010/12/16(木) 19:02:52|
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新刊:水島司『インド・から』

インド・から

インドに実際に暮らしてみると,とにかくも,理由のわからないこと,背景の不明なことが多すぎます.

周囲の人に聞いても関心がないか,知らないか,いずれかでしょう.

その一つ一つについて調べようと思うと,日本事情についてだとありそうな便利なガイド本も研究書も当然ありません.

つまり,疑問の一つ一つが,結局,自分で一次資料から歴史をひも解いて丁寧に調べざるを得ないというようなことになります.

専門外の人には到底不可能ということです.

さらに悪いことに,日本語の旅行ガイド本は,歴史・文化にあまりこだわらない,という事情があります.

ディテールが薄っぺら過ぎるのです.

読者もそこまで求めていないのでしょう.

歴史的経緯も神話も,インド人ガイドが知っていそうな通り一遍の知識だけで,突っ込んだ情報は何も提供してくれません.(つまらない情報だけは,結構,オタク的に突っ込んでいたりするのですが.)

現地に行っても,既に頭に情報がインプットされている専門家でもない限り,結局,見ただけで何も背景について学べない,ということになります.

そうしたイライラ感は日本語で書かれた薄っぺらなインド本を読むたびに,つきまとってきたものです.




タイトルからして軽いエッセイを予感させる水島先生の本.

颯爽とカッコ良い先生のことです.

個人的な思い出とか,インドでの笑える苦労話とかが,洒脱に書かれているものと期待して読み始めました.

しかし,軽いどころか,これまでの長い調査に裏打ちされた確実な情報に満ち満ちた本でした.

インド情報に関しては,「確実」ということはなかなか難しいのですが,さすが歴史家,一つ一つが丁寧に検討されています.

一つ一つの現代の事象について,的確に背景を説明し,歴史的事情を遡って解明してくれています.

軽い旅行記かと思って読み始めたら,その落差に驚くでしょう.

歴史家の凄さを思い知らされました.

現代の状況について,これほどクリアーに説明してくれるガイド本は初めてです.

そして写真の豊富さ.

主な舞台が南インドということもあり,私も,いろいろと見知った風景もあります.

ロックフォートのティルッチー,

あのタミルの田舎都市の背景に,こんなにも様々な事情があり,歴史の堆積があるのかと,目を見開かせられました.

さらにインド文化の伝播ということで,東南アジアまで話は広がっていきます.

インド社会相手にこのように根の張った頑丈な考察をするには,相当の労力が必要なことでしょう.

村民へのインタヴュー,土地台帳の検討など,水島先生の話の端々からも,背後にある丹念な仕事がうかがえます.

そんな苦労はみじんも感じさせない筆致の軽さは流石です.

自分が知りたいと思ったことは,結局,(汗をかいて)自分で調べるしかない,ということを改めて確認させられました.

インドについて,いろいろと断片的にあった情報を一気につなげてくれます.

山川出版のメジャーな出版の割に2800円は高いように思われましたが,しかし,写真だけでも十分にその価値ありです.

ちょうど,最近あった研究会で,郊外型の学校が増えている,あるいは成立することについて疑問に思っていたところなのですが,その解も,さらっと,見事に与えてくれていました(126頁).

いやはや,凄い本です.
  1. 2010/12/14(火) 18:54:08|
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南アジア学会九州支部・研究例会

アンマー12 031

福大セミナーハウスでの研究例会は,いつになく大人数

その後,懇親会は,場所を移動して西新アンマー

最後にニラさんが踊ってくれました

残念ながらコックさんは明日から交替とのこと
  1. 2010/12/11(土) 23:03:33|
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印哲忘年カレーatポルポル

porpor5

年明け早々には提出しなければならない卒論,修論

その追い込み時期ということもあり,忘年会はやらないことが多かった気がしますが,

今年はやってみました.

場所は北天神のポルポル

スリランカ料理です

デニアエさんの知り合いです.

今回は,魚は駄目という中国人留学生にも配慮して,魚は抜きにしてもらいました

さらに,なぜか辛いのが苦手,という人が多くなったメンバーに配慮してかどうか,以前より,激辛チキンカレーは,相当,マイルドに

それでも2年生は異様に汗をかいていました

大連出身の劉さん(辛いの苦手)も「辛かった」のだそうです

さらなる修習が求められます

刻みサラダ
スパイシーな揚げたカシューナッツ
揚げた春巻き
ビーフン
ライス
カレー三種(豆,芋,鶏)
紅茶

という豪華メニューを用意してもらいました

食事のみ1500円(per person)

激安でした

OGからは特別参加でお腹の大きいさくら

8か月とのこと

残念ながらデニアエさんは,風邪をこじらせて欠席でした

  1. 2010/12/10(金) 18:59:51|
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Correction to Dignaga's Philosophy of Language

Ole Holten Pind (2009)
Dignāga's Philosophy of Language - Dignāga on anyāpoha.
Dissertation, Universität Wien.

The dissertation is avalable online:

http://othes.univie.ac.at/8283/

My corrections:

p. 12,

the fifth chapter of PSV V > the fifth chapter of PSV

especialy > especially

p. 25
Viśālamālavatī > Viśālāmalavatī (twice), p. 29 again

p. 36
maitihyam > m aitihyam

p. 50, section 6.13
adarśanamātrena > adarśanamātreṇa
svārthābhdhānam > svārthābhidhānam

p. 53
6.18
numnam > numānam

p. 55

''exclusion > ``exclusion
''what > ``what


n. 88
apogohagirā > agopohagirā


p. 59
'avṛkṣo > `avṛkṣo


p. 61
sāmkhya > sāṃkhya

p. 80
(sakṛt] > (sakṛt)

p. 81
(*jātiḥ] > (*jātiḥ)

p. 82
bhedarūpena > bhedarūpeṇa

p. 85
[example) > [example]

p. 96
svāśrayasaṃsthānebhir > svāśrayasaṃsthānair

p. 97
hi > hy

p. 100

There is > (verse indent) There is

p. 101
svabhāvike > svābhāvike

p. 105
pāratantryena > pāratantryeṇa

p. 115
hndred > hundred

p. 161
upadhānāvaśaat > upādhānavaśaat???

p. 190
n. 194
papattāv v > papattau v
dayoḥ ca > dayoś ca

p. 191
n. 196
``'Own > ```Own
'lotus' > `lotus'
'blue' > `blue'

n. [79]
apohaya > apohya

bheda > bhedaṃ ???

p. 192
apy > 'py
apy > 'py
pratibhāti iti > pratibhātiiti
bhāva sāmā > bhāvasāmā

nuyatam > nuyātam ???
arthāmtarād > arthāntarād

n. 200
kākanīlayanam > kākanilayanam???


p. 193
Ūrdhva > ūrdhva (small)

n. 202
kākanīlayana > kākanilayana

n. 206
vat dva > vad dva

p. 218
n. 165
Sāmā > sāmā (small)

p. 219
n. 329
vyahār > vyāhār ???

p. 220
n. 173
svabhedeṣu > svabhedeṣv

p. 226
n. 356
vyabhicarinos > vyabhicāriṇos

p. 227
n. 184
'ayam > `ayam

p. 228
n. 363
kimiti > kim iti

p. 257
n. 427
dṛṣṭa ''ityādi > dṛṣṭa'' ityādi (the place of space after dṛṣṭa)

p. 259
PṬS > PSṬ

p. 263
n. 436
sāmānādhikaraṇā > sāmānādhikaraṇyā

p. 270
ityapoha > ity apoha

p. 273
vināśyād > vināśād

p. 276
n. 243
śeṣāvarṇā > śeṣā varṇā
n. 467 again

p. 284
n. 266
śabda-syā> śabdasyā

p. 286
n. 506
Āthā > arthā

p. 296
n. 280
`sty > 'sty

p. A2
naivasya > naivāsya

p. A4
§14
tadvāṃs ca > tadvāṃś ca

§19
sadguṇaṃ,, > sadguṇaṃ,

A8
§29
śabdavyāparaḥ > śabdavyāpāraḥ

A9
§34
kasyāpi > kasyāpy

A10
§38
avirodhād > avirodhān

A11
§40
paharitvād > pahāritvād

'ayaṃ > `ayaṃ

A12
pratipādayati > pratipādayan???

A15
caiketva > caikatva???

§53
cākṣuṣā > cakṣuṣā

svabhāvikatvam > svābhāvikatvam

A16
na rasādiṣu. > na rasādiṣu. ...

§55
bhidhānāṃ > bhidhānaṃ

§56
śaravā > śarāvaa

A17

tadmātra > tanmātra

śaravā > “sarāvā

A18
śravaṇavād > śravaṇād

A19
sāṃkhyā > saṃkhyā

ity uktam>. > ity uktam>. ...

A20
`< asyā > `< asyā

A22
'< asya > `< asya

A 24
dvau vyāparau > dvau vyāpārau

Karṇakagomi > Karṇakagomin???

`vyatirekavān > 'vyatirekavān (twice)
`nanvayo > 'nanvayo

A25
been i circulation > been ??? circulation



  1. 2010/12/05(日) 16:14:18|
  2. 未分類

フラウワルナーの『仏教哲学』

オリジナルのドイツ語版は初版が1956年

そして,2010年,ようやく英訳が出版されました.

英訳版の「はしがき」をシュタインケルナー教授が書いています.

そこで簡単に触れられているのは,フラウワルナーとナチの関係の問題です.

どうして,フラウワルナーほどの大学者が,「血統」などという馬鹿げた概念を使ってインド哲学史を眺めたのか.

さらに,どうして,その悪影響が,この『仏教哲学』には見られないのか.

答えは簡単,とシュタインケルナー教授.

要するに,でっかいことを言うときは時局に影響された馬鹿げた概念を使ったが,一次資料に基づいた個別の厳密な研究においては,その悪影響はなかった,ということです.

While in the distinct individual results of his philological and interpretational work Frauwallner produced untainted presentations of the sources, it was when he ventured into the wide-ranging comprehensive historical summary of the cultural phenomenon of Indian philosophical thought and its development that he fell back on such meta-conceptions from his socio-political environment and his own convictions. (Preface to Erich Frauwallner's The Philosophy of Buddhism (Die Philosophie des Buddhismus), Translated by Gelong Lodrö Sangpo with the assistance of Jigme Sheldrön under the supervision of Professor Ernst Steinkellner. Delhi: Motilal Banarsidass Publishers, p. xvi.)



時代の要請に応えたり,時局に応じてでっかい事を言うのは,その場は人目を引くでしょうし,貢献もしているように感じるものですが,結局,すぐに古びて時代遅れになるだけでなく,後々は明らかに間違いとして批判されることになります.

ある特定の時代に属す以上,時代を超えた普遍的な視野など個人は持ち得ないでしょうが,その中でも時代を超えて残るものは,やはり,一次資料に基づいた堅実な研究ということになります.

フラウワルナーの生涯についても,シュタインケルナー教授が簡単に触れています.

1898年12月28日生まれ

現代の,特にヨーロッパのサンスクリット学者には多いケースですが,フラウワルナーの場合も,最初はギリシャ・ラテンの古典学からです.

1922年からウィーンの中等学校で古典語を教えていたとのこと.

凄いのは,インド学・インド哲学に関して特に師匠がいないことです.

独学です.古典学のメソッドの凄みが分かります.

ついでに,チベット語も,(後々習得する)漢文も日本語も独学です.

三島も理解不能な宇井の著作を,フラウワルナーは独学で読んでいたのでしょう.全く驚きです.

1928年には,インド学の教授資格を獲得.

1939年にはインド・イラン学の教授に任命.

1945年6月6日に政治的関与のかどで大学から解雇.

1948年終わりには早期退職.中等学校の年金だけ.

この時代が一番苦しかったようです.

ただの在野の研究者でほぼ無収入,そして,妻と三人の子供.

この時に『インド哲学史』第一巻に注力.

1952年,ウィーン大学に復帰.

1955年に教授任命.

1960年3月21日に,創設されたインド学研究所の教授に任命.

1963年に退職.

1974年7月5日没.

年齢で見ると,50歳あたりでリストラ・無収入ということになります.

一番苦しい時ほど逆に凄みのある研究が生まれる,という一例です.

『織田仏教大辞典』の織田得能を思い出しました.

Frauwallner5

写真は,ウィーン大学の壁に掛けてあった写真を撮影したもの.
  1. 2010/12/05(日) 08:36:23|
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