Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

Lecture by Prof. John Taber at Ryukoku Uni.

Kyoto2011J 007Ryukoku University

瀟洒な本館のある龍谷大宮キャンパスにて

やはり,顔のあるキャンパスというのは違います

Kyoto2011J 008Ryukoku, Omiya Campus

桂先生主宰のジネーンドラ研究会

場所は清風館

キャンパスの中をいくら探しまわっても,その「しょうふうかん」が見つかりません

ちょうど運よく桂先生とテイバー教授が通りかかりました

ウィーンから帰国の石田君も合流

建物は道を挟んで向こう側にありました

Kyoto2011J 013Lecture by Prof. J. Taber

研究会に引き続き,テイバー教授の講演会

関西一円から多くの先生方が見えられていました

さらに南は九州,北は東北

珍しいミーマーンサーの講演会ということで,3人もミーマーンサー研究者が集合

滅多にないことです

テイバー教授の結論は「ダルマキールティの批判もミーマーンサーの本質は突いていない」ということでした

5時から始まった講演も,質疑を挟んで7時まで

色々な質問が出ました

結局のところ,最後のポイントは,ダルマキールティが指摘するように「目に見えないようなことを説くヴェーダ聖典について,或る特定の解釈(ミーマーンサー学派が認める解釈)が正しいということが,どうして人間に分かるのか?」というものでした

テイバー教授の答えは,「ミーマーンサーの用意する様々なメソッドによれば,ヴェーダ解釈の専門家には可能である」というもの

桂先生の最後の(にこにこしながらの)コメントは「25歳からダルマキールティやってる者としては,そう簡単には納得できない」というようなものでした

会の終了後は,近くの「麒麟亭」にて夕食

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  1. 2011/01/16(日) 19:50:14|
  2. 未分類

received: Muroya Yasutaka "A Study on the Marginalia in Some Nyāyamañjarī Manuscripts"

Yasutaka Muroya
2010
A Study on the Marginalia in Some Nyāyamañjarī Manuscripts: The Reconstruction of a Lost Portion of the Nyāyamañjarīgranthibhaṅga*
Wiener Zeitschrift für die Kunde Südasiens /
Vienna Journal of South Asian Studies,
Bd. LII–LIII/2009-2010,
213-267
  1. 2011/01/13(木) 22:24:15|
  2. 未分類

received: Som Dev Vasudeva: "Hambamitthu: Patanjalayoga is Nonsense"

Som Dev Vasudeva
Hambamitthu: Patanjalayoga is Nonsense
Journal of Indian Philosophy
2011
  1. 2011/01/13(木) 22:21:03|
  2. 未分類

Published: 認識手段と結果との対象の相違

片岡啓
2010d
「認識手段と結果との対象の相違――クマーリラとダルマキールティ――」,
『印度学仏教学研究』59-1, 418(115)-412(121).

download here




認識手段と結果との対象の相違
――クマーリラとダルマキールティ――

片岡 啓

問題の所在  「唯識のみならず経量部の立場においても自己認識が結果(量果)と考えられる」とする従来の解釈にたいして,筆者は前稿において,ディグナーガのPS(V)本文の素直な解釈としては,そのように考える必要が必ずしもないことを論じた.前稿の主張は二つである.ディグナーガ自身の説としては,経量部に二説を立てる必要がないこと,および,PS I 9abを,唯識と経量部2に共通する立場とみなす必要がないことである.I 9aにおける「あるいはここで自己認識が結果である」(svasaṃvittiḥ phalaṃ vātra)の「あるいは」の対比は,経量部と唯識の対立と単純に考えたほうがよいというのが前稿の主張であった.


 ダルマキールティに依拠する従来の解釈によれば,自己認識を結果とするI 9abは,唯識と経量部2に共通する立場であり,PS I 9cdは,経量部2の認識手段設定にたいする但し書きと解釈される.すなわち,唯識の立場では把握主体の形象が認識手段,自己認識が結果とされる(PS I 10)のにたいして,I 9cdで明らかにされるように,経量部2は同じく自己認識を結果としながらも,認識手段に関しては唯識と異なり〈対象の現れを持つこと〉が認識手段として立てられる,というのである.

 PS I 9の解釈が複雑すぎるのは明らかである.ディグナーガは本来,経量部説として自己認識を結果とする立場を想定しておらず,ダルマキールティに至ってそのような解釈が導入されたというのが筆者の予想である.このような予想を裏付けるものとして,クマーリラによる批判という契機を本稿では考えてみたい.

PS, ŚV, PVの対応  PSとPVの対応については,戸崎[1979:35][1985:2]に明らかにされている.これにŚV pratyakṣa章におけるクマーリラのディグナーガ批判を重ね合わせてみる. クマーリラの批判には,PS詩節との密接な対応が見て取れる.

PS I 8cd: savyāpārapratītatvāt pramāṇaṃ phalam eva sat → ŚV 74–78: viṣayaikatvam icchaṃs tu yaḥ pramāṇaṃ phalaṃ vadet/ sādhyasādhanayor bhedo laukikas tena bādhitaḥ// … 「いっぽう[認識手段と結果との]対象が同一であることを望んで,認識手段を結果[に他ならない]と言うなら,彼は,世間が認める実現対象・実現手段の区別を否定してしまったことになる.」(以下説明が続く)

PS I 9ab: svasaṃvittiḥ phalaṃ vātra tadrūpo hy arthaniścayaḥ → ŚV 79ab: svasaṃvittiphalatvaṃ tu tanniṣedhān na yujyate 「いっぽう自己認識が結果であることは,それ(自己認識)を[後からśūnya章で ]否定するのでありえない.」

PS I 9cd: viṣayābhāsataivāsya pramāṇaṃ tena mīyate → ŚV 79cd: pramāṇe viṣayākāre bhinnārthatvān na mucyate 「対象の形象が認識手段であるならば,異なる対象を持つ[という過失]から逃れ[られ]ない.」

PS I 10: yadābhāsaṃ prameyaṃ tat pramāṇaphalate punaḥ/ grāhakākārasaṃvittyos trayaṃ nātaḥ pṛthak kṛtam// → ŚV 80–83: svākāraś ca svasaṃvittiṃ muktvā nānyaḥ pratīyate/ prāmāṇyaṃ yasya kalpyeta svasaṃvittiphalaṃ prati// … 「また自己認識という結果にたいする認識手段と[君が]想定する[認識]それ自身の形象は,自己認識とは別に理解されることがない.」(以下理由説明が続く)


 PS I 8cdにおいてディグナーガが(経量部の立場から)「認識手段と結果の非別体説」を唱えたのに対して,ŚV 74–78においてクマーリラはそのような非常識な説を斥ける.PS I 9abの「結果=自己認識」とする(唯識の)立場にたいしては,続くŚV 79abにおいて,自己認識そのものが認められないことをもってクマーリラは答える.さらにPS I 9cdにおいてディグナーガが(経量部の立場から)「対象の現れを持つことが認識手段である」としたのにたいして,クマーリラはŚV 79cdにおいて,その場合,認識手段と結果との対象が異なることになると批判する.さらに,PS I 10において(唯識の立場から)把握主体の形象を認識手段とする見解にたいして,クマーリラは,そのようなものが自己認識と別に認められないこと,言い換えれば,認識手段と結果とが同一となってしまうことを指摘する.

ŚV pratyakṣa 79解釈の問題  ディグナーガは経量部に二説を認めていないとする筆者の解釈では以下のように説明できる.「いっぽう外界のものに他ならない対象が認識対象である場合」(PSV 4.8: yadā tu bāhya evārthaḥ prameyaḥ)と述べる時,ディグナーガは外界対象認識が結果であることを前提としている.PS(V) ad I 9dにおいてディグナーガが「XやYという形で――白・黒などとして――対象の形象が認識内に入り込むと,その同じXやYという形で,その対象が認識されるからである」 と述べているのは,外的形象と内的形象とが相似しているので,たとえ内に入った形象しか直接には対象としていなくても,認識結果の対象は外界対象だと主張できるとの考えからである .認識手段と結果の対象はともに外界対象となりうる.ここでyathā yathā ... tattadrūpaḥとして「外的形象=内的形象」とディグナーガが内外の相似を主張しているのは,内外のズレを意識的に埋めようとした発言だと解釈できる.しかしクマーリラから見た場合,〈対象の形象を持つこと〉(あるいは対象の形象)が認識手段なので,認識手段が直接に接するのは外界対象であるとしても,認識結果が直接に扱うのは内的な形象でしかない.したがってディグナーガ自身の主張とは異なり,認識手段と結果とは異なる対象に向かうことになる.認識結果が直接に扱えるのは認識内に「入った」内的な形象である.ディグナーガの無理な主張をクマーリラは否定したことになる.


 これに対して,PS I 9abを唯識・経量部2に共通する「結果=自己認識」の立場とし,PS I 9cdを経量部2の「認識手段=対象の形象を持つこと」の但し書きだとする従来の解釈の場合はどうであろうか.上で筆者は,PS I 9abとI 9cdそれぞれに,ŚV 79abと79cdとが対応すると考えた.すなわち79abは唯識批判(特に唯識の自己認識を批判するもの)であり,79cdは経量部批判であると考えた.しかし,従来の解釈は異なる.ŚV諸注釈(ウンベーカ注,スチャリタ注,パールタサーラティ注,いずれもダルマキールティ以後)の理解にしたがって,ŚV 79abと79cdとは一体であり,合わせて経量部2を批判していると解釈されてきたのである.

 このことは戸崎[1992:304]のŚV科文からも明らかである .すなわち,ŚV 79全体を戸崎[1992]は,「結果=自己認識」とする経量部説を批判するものと理解している.これはŚV注釈に沿ったものである.Hattori [1968:106], Taber [2005:81], 戸崎[1992:308],Moriyama [2008:207]の解釈も同様である .クマーリラが批判するのは,認識手段と結果の対象の相違である.Hattori [1968:106]は以下のようにポイントを説明する.

If it is held that pramāṇa is viṣayākāra while phala is sva-saṁvitti, then it would follow that pramāṇa and phala take different things for their respective objects (bhinnârtha): the former would take an external thing for its object, whereas the latter would take the cognition. (Hattori [1968:106],太字強調は筆者)

 Hattori [1968:106],Taber [2005:81]のいずれも,対象形象を認識手段,自己認識を結果とする場合には,両者の対象にズレが生じてしまうことをクマーリラが批判していると解釈している.認識手段の対象は外的であり,結果の対象は内的となるのである.このように,ŚV 79ab-cdは併せて経量部2への批判となるとするのである.


 しかし,この解釈には明らかに問題がある.認識手段と結果とが同じ対象を扱わなければならないことはディグナーガ自身重々承知していた.そのディグナーガが何のためらいもなく認識手段と結果の対象が外と内で異なることを公言したことになる.はなから敵に弱みを見せるような真似を,自説を擁護し他説を批判するに巧みなディグナーガがしただろうか.筆者のように経量部1の立場で結果を外界対象認識と解釈する場合には,「外界対象=内的対象」と弁明するディグナーガの言い訳は理解できる.しかし経量部2の立場で結果を内的対象認識と解釈する場合,ディグナーガ自身が認識手段と結果との対象に内外のズレがあることを最初から強調していたことになり,その明らかな過失をクマーリラがいとも容易に指摘したということになる.自己認識を結果(PS I 9a),〈対象の現われを持つこと〉を認識手段(PS I 9c)と宣言することは,対象の相違を自ら宣言することに他ならない.クマーリラがいとも簡単に指摘できるほど,ディグナーガは対象の相違に関して無自覚だったのだろうか .

ダルマキールティによるPSの再解釈  この問題は,PS I 9を経量部2の立場からと解釈する後代の理解に起因する.筆者の解釈によれば,PS I 9cdは,対象の現われを持つことを認識手段,外界対象の認識を結果とする本来の経量部説(経量部1)を説いたものである .むしろ外界対象認識を結果とする説を暗黙の前提としている.ディグナーガは,外界対象という原因に従った形で(hetvanurūpam)認識が生じるのだから,「外的対象=内的対象」ということで満足していたと思われる.これにたいしてクマーリラは,そうすると,認識手段と結果の対象が外的対象と内的対象で異なることになってしまうと批判したのである.ここで初めて,経量部の有形象認識論が抱える本質的な問題が明らかとなる.クマーリラの批判を受けてダルマキールティは,(二つのレベルを設けることで)認識手段と結果の対象を同じものにするべく努力したと考えられる.
 クマーリラの指摘の通り,経量部においても内的対象が対象であり,その意味では自己認識が結果であるといえる.ただしこの立場は,ジネーンドラブッディが明言するように ,勝義的な立場においてである.転義的用法では,自己認識の結果 である外界対象の確定が結果である .


「対象の確立はそれ(自己認識)を本質とするので,[本当は]自己認識であっても対象認識だと認められたのである」(PV III 349cd)と述べてダルマキールティは,経量部2の立てる結果としての自己認識を対象認識と呼びうることを説明する(自己認識≒対象認識).ジネーンドラブッディの転義的用法の説明は,ダルマキールティが説明しなかった対象確定と自己認識(≒対象認識)の因果関係を敷衍したものである([自己認識≒対象認識]→対象確定).これにより,勝義において認識(認識手段=結果)の対象は内的であるが,転義的用法によれば認識手段と結果との対象は外的となり,クマーリラの指摘したズレが解決されることになる.ジネーンドラブッディは,PV III 346を踏まえながら,転義的用法において問題が解決されることを詳しく説明する.

PSṬ 72.6–9: 外界対象に対しては認識が〈対象の現われを持つこと〉のみが認識手段となるのであって,〈自らを現われとすること〉ではない.というのも,外界対象にたいして,それ(自らを現れとすること)は,[認識を]実現する手段たりえないからである.なぜたりえないかというと,他のものを対象としているからである(←PV III 346c: aparārthatvāt) .すなわち,把握主体の形象は,[認識]それ自体を対象とする以上,どうして外界対象を認識する手段であろうか.というのも,他を対象とするものが,それとは別のものを認識する手段となるのはおかしいからである.

 ダルマキールティは,転義・勝義という用語自体は使わないものの,内容的にはそれに相当する二つの立場(348cd–350a, 350bcd)を認め,ジネーンドラブッディと同じく「それゆえ対象の相違もない」(PV III 350a: tasmād viṣayabhedo ’pi na)と明言する.ダルマキールティにおける二つの立場の導入が,認識手段と結果との対象のズレの解消にあったことは明白である.

結語  以上から次のような歴史的経緯が想定できる.有形象認識論が抱える本来的な内的構造にもかかわらず,ディグナーガは「いっぽう外界のものに他ならない対象が認識対象である場合」(PSV 4.8: yadā tu bāhya evārthaḥ prameyaḥ)と述べて外界対象認識を結果と認め,結果である認識の内的対象は外界対象に等しいと考えていた(前掲PSV 4.13–14).その問題をクマーリラは指摘した.結果としてダルマキールティは,経量部においても「[外界]対象それ自体が見られない」(PV III 348b: arthātmā na dṛśyate)ことを認め,唯識説を転用しながら自己認識が結果であるとし,経量部の第二説として提示した.同時に「本性を考察する場合には」(PV III 350c: svabhāvacintāyām)として(いわゆる勝義的立場として)自己認識を結果とする立場を安全圏に置いた上で,それとは別に外界対象認識・外界対象確定を結果とする立場を立てることでディグナーガを再解釈し,クマーリラの批判を回避した.
  1. 2011/01/08(土) 21:18:52|
  2. 未分類

Published: A Critical Edition of Bhatta Jayanta's Nyayamanjari

Kei KATAOKA
2010e
A Critical Edition of Bhatta Jayanta's Nyayamanjari: Jayanta's View on jati and apoha.
『東洋文化研究所紀要』(The Memoirs of Institute for Advanced Studies on Asia)158, 220(61)-168(113).

Download here
  1. 2011/01/08(土) 21:11:22|
  2. 未分類

テイバー教授の講演会(龍谷)

RINDASユニット1第7回伝統思想研究会

RINDAS Research Unit1 the 7th Seminar



日時:2011年1月14日 17:00~19:00

場所:龍谷大学大宮キャンパス西黌2階大会議室 

Great Meeting Room, 2F, Nishiko-building, Omiya Campus, Ryukoku University

http://www.ryukoku.ac.jp/omiya.html



報告者:Professor John TABER(New Mexico University)

報告題目:Dharmakirti and the Mimamsakas in Conflict

Pramanavarttika (svavrtti) 1.311-340

ファシリテーター:桂紹隆(龍谷大学文学部教授)

               KATSURA Syoryu (Professor, Ryukoku University)

【一般公開】【予約不要】

  1. 2011/01/07(金) 00:07:49|
  2. 未分類

五十のアオカケス

Kei KATAOKA 2010:
A Critical Edition of Bhatta Jayanta's Nyayamanjari: Jayanta's View on jati and apoha. 『東洋文化研究所紀要』(The Memoirs of Institute for Advanced Studies on Asia)158, 220(61)-168(113).

紀元後9世紀後半に北西インドのカシミールで活躍したバッタ・ジャヤンタ

その主著『論理の花房』

失われたニヤーヤの古い学説のみならず,他学派の見解も多く記し,資料としても重要な論書です

最大の魅力は,ジャヤンタその人の魅力にあります

文体は華麗,内容も豊富

論書というと,ドライな議論に終始しがちですが,ジャヤンタは読者を飽きさせません

既に多くの校訂出版があります

しかし残念なことに,まだまだ改善の余地があります

テクスト校訂です

インドで出版されるほとんどの校訂本は,西洋古典で見られるような異読を全く記していません

あったとしても,気まぐれ程度に記すだけで,ある読みについて,実際に写本にはどう記してあったのか,常に疑問がつきまといます

つまり,まともな校訂本が,ほとんど無い,というのがインド哲学文献のさみしい状況です

したがって,「インド哲学しよう」と思っても,専門家であれば,まず,足元を固める必要があります

つまり写本を見直す必要があります

そして,後に続く人のことを考えれば,体系的にその記録を残す必要があります

つまり校訂本です

自利利他円満は菩薩行でしょうが,校訂本は,まさに,身も心も――特に目に悪い――ぼろ雑巾になるしんどい作業です

校訂本の必要性を認めておきながら,校訂本を実際に作る人が少ないのは,ある意味,当然です




さて,件の『論理の花房』

校訂をしていると,たまに難所にぶつかります

次のはどうでしょうか

最初に出た刊本Vには次のようにあります


V 314.9-10: na cāśeṣeṇa pañcāśad bhavitum arhati


後から出た刊本のS, S2, M, G, Nも同じ読みです

異読は報告されていません

M本の校訂者であり,優れたパンディットであるK.S. Varadācāryaも,彼の註釈では何もコメントしていません

N本の校訂者であり,グジャラーティー訳者であるNagin Shahさんが補足とともに訳出しています(N 187.3-8)

「五十という数は[五十の牛個物の一つ一つには]全体としては存在し得ない」
(`pacās' saṃkhyā [pacās govyaktimāṃthī pratyekmāṃ] saṃpūrṇpaṇe hovī ghaṭṭī nathī)

彼のノートによれば,「五十という数は,牛個物には存在しないが,牛の集合に五十という言葉を適用する」という意味だそうです
(pacās saṃkhyā govyaktimāṃ na hovā chatāṃ gosamudāyamāṃ āpṇe `pacās' saṃkhyāvācak śabdno vyavahār karīe chīe)

シャーさんは次のようにサンスクリットを解釈したことになります

[その全体には五十という数を我々は適用するが,五十の牛の各々には]五十は (pañcāśad) 全体としては (aśeṣeṇa)存在し得ない (na ... bhavitum arhati)

彼の解釈は果たして正しいのでしょうか?

また読みは正しいのでしょうか?

写本をチェックしてみましょう

A1: na cāṣeṇa pañcāśad bhavitum arhati
K1: na cāśena pañcaṣad bhavitum arhati
Z1: na cāśeṣeṇa pañcāśad bhavitum arhati

Z1はcāśeṣeṇaと読んでいます

これは校訂本と同様です

A1はcāṣeṇa,そして,K1はcāśena

どれを採用すべきでしょうか?

その前に,パラレルな表現がNyāyamañjarīの別の個所にあります

NM II 636.14: na hi cākṣuṣeṇa paṃcāśad bhavitum arhati

ここでは,驚くべきことにcākṣuṣeṇaとあります

そして,全ての先行刊本が同じ読みです

一つの写本であるGOML R3583 (SR1712) f.120r4――私がC1と名付けるもの――は次のように読んでいます

C1: na hi cāṣeṇa pañcāṣad bhavitum arhati (corresponding to NM II 636.14)

ここから何が分かるでしょうか?

まず,caを切り離すべきではない,ということです

hiがあるので,caは接続詞ではありえません

cāṣeṇaは一語として扱うべきでしょう

先行刊本のca+aśeṣeṇaという読みは疑わしくなってきます

結局,元の読みとしては,次の読みがもっともらしいと考えられます

A1: na cāṣeṇa pañcāśad bhavitum arhati

しかも,平行句には,内容理解の助けになるジャヤンタの説明文が付いています

NM II 636.13-14: na ca tatsāmānyāt atrāpi tathā'stv iti vaktavyam

Xと似ているからといってYにも同様に当てはまるとは言えない,というのが趣旨です

類似性の拡大解釈は駄目だ,というわけです

この意味を,どうすれば,na cāṣeṇa pañcāśad bhavitum arhatiあるいはそれに類した文から導けるのでしょうか?

いったい,アオカケス(cāṣa)が何の関係があるのでしょうか?

ハルナガ・アイザクソンが貴重な情報をくれました

Bhaṭṭa RuyyakaのAlaṃkārasarvasvaです(Somdev Vasudevaにも文献コピーでお世話になりました)

Alaṃkārasarvasva (S.S.Janaki ed.) 227.8:
na hi cāṣeṇa pañcāśatsiddhiḥ

Vidyācakravartinは次のようにコメントしています

Vidyācakravartin's Saṃjīvanī 227.17-228.11:
atropahāsāyāha---na hi cāṣeṇeti. cāṣāṇāṃ samūhaḥ cāṣam iti sthitau pañcāśacchabdaḥ (de?) śaṣayor abhedāśrayaṇā(ṇe?) py avyutpannapratīteyaṃ cāṣaśrutiḥ. na khalu tannibandhanā pañcāśadrūpasamūhasiddhiḥ.

註釈にはテクスト問題がありますが,大体の意味は分かります

ジャーナキーさんは次のように説明しています

S.S.Janaki's note on p. 227 on this passage:
If ‘śa’ and ‘ṣa’ are interchangeable and ‘Pañcāśat’ could be also ‘Pañcāṣat’, the word would contain a sound-group Cāṣa, common with the Cāṣa meaning a group of Cāṣa-birds; however it would be ridiculous to suggest that ‘Pañcāśat’ is derivable from ‘Cāṣa’: This is what Vidyācakravartin’s comments probably mean.

つまりこういうことです

1. cāṣa と pañcāśad は同じ cāṣa (=cāśa)という音を有する
2. pañcāśad は五十という数を意味する
3. だからcāṣa達, つまりアオカケスの群れ (cāṣāṇāṃ samūhaḥ)は五十である

これはジャヤンタの説明に合致します

ジャヤンタは「それと似ていることから今の場合もそうだとすること」(tatsāmānyāt atrāpi tathāstv iti)と説明していました

アオカケスの群れは五十羽いる,なぜならばcāṣa(アオカケス)はpañcāśad(五十)と音が似ているから

というわけです

しかし,もちろん自明なように,チャーシャという音が単に似ているからといって,アオカケスが五十であるとは言えません

チャーシャという音が同じだからといって,アオカケスが五十羽いるとは言えないのです

na hi cāṣeṇa pañcāśad bhavitum arhati.




テクスト校訂に必要なもの

先行刊本を多数チェックするだけでは決して分からないことがあります

そして,写本をチェックするだけで,簡単に答えが見つかるわけでもありません

同じ著作のパラレルな個所の発見は非常に重要です

さらに,別の著作でのパラレルな表現が助けとなります

いずれにせよ,テクストを直すのに一番大切なのは「頭を使う」ということです
  1. 2011/01/03(月) 11:03:04|
  2. 未分類

Hyder Bangla curry, Kego, Fukuoka city

今春開業のJR博多シティー

九大ビジネススクールも9階でやるそうです

ビルのテナントにはインド料理屋が入るという話でしたが

どこが入るのかと思いきや

パチャールさんのスラージでした

3月3日の開業に向けスタッフ募集中

それはさておき,警固の筑女傍

Haidal 009

バングラカレーのハイダル

Haidal 006

  1. 2011/01/02(日) 20:17:52|
  2. 未分類

received: 京大インド学じゃーなるNo. 0

KIJ0.jpg
12頁のパンフレット

京大印哲院生によるインド学紹介パンフです

もとは中学生向けのポスターセッション――2010年6月25日ー26日に行われたジュニアキャンパスで展示――をまとめなおしたもの

ジュニアキャンパスでの宣伝文句は以下

インドは哲学大国

エキゾチックな印象とは裏腹に、古来より高度な哲
学や理念を完成させてきたインド。それらは近年の
急速な経済成長の中にあっても生き続けています。
主要なテーマや学派の思想に触れて「考え」ていた
だくとともに、その研究法である「文献学」もご紹
介します



パンフはインド思想史学会の懇親会で頂戴しました

池端編集長の漫画が光っています

ネット上で公開していないのが残念

エキゾチックなばかりがインドじゃない!
ヨーガの哲学&インド文献研究の手法を
京大インド学研究室学生がマンガで紹介!!



と表紙に謳っています

次号が出るかどうか不明だそうですが,

是非,ベジタリアン必携の京都ベジマップ(国際サンスクリット学会で配布)は公開してほしいものです

本冊子への意見は

poppin.indology[at]gmail.com
  1. 2011/01/02(日) 11:56:26|
  2. 未分類

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