Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

Rahul Acharya Japan Tour 2011, Fukuoka

His Divine Dance
2011年度(第22回)福岡アジアマンス登録事業

出演:ラーフル・アーチャーリヤ
篠原英子

2011年9月3日(土)
18:00開場
19:00開演
福岡アジア美術館あじびホール
福岡市博多区下川端町3-1
博多リバレイン8F
092-263-1100

前売 2500円
当日 3000円

問い合わせ:
スタジオ・マーOdissiインド舞踊教室
南インドレストラン・あんまー内
092-210-0108
090-8402-6722

前売り券取扱:
メガチケットアートリエ 092-281-0103
南インドレストラン・あんまー 092-210-0108


企画Swastikaの公演記事はこちら


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  1. 2011/07/31(日) 22:40:10|
  2. 未分類

訃報

原田さんのお父様が亡くなられたとの由.

通夜:8月1日(月)19:00
葬儀:8月2日(火)12:00[出棺13:30]

場所:福岡市西区小田2857大静寺(だいじょうじ)

最寄り駅は今宿だそうですが,バスも無く,駅からタクシーでは2500円ほど片道かかり,しかも帰りの足が無くなるので,自家用車がどうしても必要になるとのことです.
 
葬儀社 牛原公善社 (電話322-4444;住所 福岡県糸島市前原西1丁目5-14)が献花・供物手配
  1. 2011/07/31(日) 20:37:18|
  2. 未分類

第22回西日本印仏学会(広大)

今年は12人の発表.

しかも一人あたりは30分(20分発表+10分質疑).

というわけで,ほとんどノンストップに近い形で12時から6時過ぎまで.

「いつものように1時半くらいからだろう」と思っていた岡崎さんは思いっきり遅刻していました.

用心して今年は8:30に博多発.



資料はいつものように事前にPDFで配布.

移動の車内で予習できるのは助かります.

分野も様々です.

ミーマーンサー研究者として特に関心があったのは,

「単語の意味を理解させるのはスポータか音素か?」
「同時に存在しえない音列は意味を理解させることができるのか」

という問題を扱った斉藤さん(京大)の発表,

および,

「音はどのようにして聞かれるのか」
「音源から耳までやってくるのか,あるいは,音源まで耳(聴覚器官)が伸展するのか」
「音源から耳までどうやって音が到達するのか」

など,当時の諸理論をあつかった志田さん(京大)の発表です.

いずれもクマーリラの『シュローカヴァールッティカ』を資料に含んでいます.

志田さんの「外送・内送」という切り口は(インド哲学研究者にとっては)新鮮でした.

「追い風だと遠くの音まで聞こえる」という現象をどのように説明するのか.

知覚一般や視覚に関しては沢山の先行研究がありますが,聴覚理論の研究はほとんど進んでいません.

志田さんによる『シュローカヴァールティカ』「音常住性論」の解読が待たれます.

微細な写本情報も盛り沢山.

さすがでした.


発表者は,主催校の広大,共催校の九大,そして常連となっている京大組,それにチベット関連で大谷.

フロアからは,沖先生が,いつもながら,的確なコメントをされていました.

狩野先生も神戸から参加.

山口県立からは可愛い生徒を引き連れての鈴木さん.


しかしお腹が減りました.

総会で会計報告を終えると懇親会会場へと移動.

今年は座敷ではなく椅子席での宴会.


会食しながらの各自の挨拶.

トップバッターは九大から松岡君.

そして続くは柳田君に酒井君.

いずれも「彼女ネタ」で盛り上がりました.

広大2年の石垣D妹も元気に挨拶.

最後には小川先生が熱弁を奮われて一次会は終了.


二次会はいつものように部屋飲み.

小川先生は志田さんを叱咤激励.

岡野先生は松本さんを叱咤激励.

喜怒哀楽サンミシュリタな飲み会でした.

野村さんとも久々の再開.

Hiroshima09523982
  1. 2011/07/31(日) 19:39:50|
  2. 未分類

Published: South Asian Classical Studies 6, 2011

SACS6-2011.jpg
SACS6-2011E.jpg

SOUTH ASIAN CLASSICAL STUDIES
No. 6

CONTENTS

An Annotated Translation of Pramāṇasamuccayaṭīkā ad I 8cd–10
KATAOKA Kei 1-50

An Annotated Japanese Translation of Ratnakīrti's Citrādvaitaprakāśavāda (I)
MORIYAMA Shinya 51-92

Bhāviveka's Criticism of the Yogācāra's View of Emptiness (śūnyatā)
TAMURA Masaki 93-117

Śāntarakṣita's `Fundamental Proof' of vijñaptimātratā
MATSUOKA Hiroko 119-138

Metaphorical Expressions of Clouds in the Meghadūta
KAWAMURA Yuto 139-164

A Study of the Avadānakalpalatā and the Avadānamālās (2)
– Avadānas of Śakracyavana, Mahendrasena and Pretikā –
OKANO Kiyoshi 165-266

Sanskrit text of the Tantravārttika, Adhyāya 1, Pāda 3, Adhikaraṇa 9,
Vyākaraṇa Adhikaraṇa, Collated with five Manuscripts
HARIKAI Kunio 267-304

The Tibetan Shes rab sdong bu and its Indian Sources (III)
Michael HAHN 305-378


KYUSHU UNIVERSITY
DEPARTMENT OF INDOLOGY



多くの方の協力のもと,今年も無事に発刊することができました.

広島大学で行われた西日本インド学仏教学会第22回学術大会においては多数の方に購入していただきました.

ありがとうございます.

北大の『印度哲学仏教学』の休刊,

龍大の『インド学チベット学研究』の紙媒体での発刊停止(予定),

紙媒体での雑誌を続けるのは容易ではありません.

労力と金が大きな問題となります.

『南アジア古典学』は装丁も編集も不細工です.

しかし「無理せず続けること」を第一の目標に今後とも続けていきます.

次号も,いつもと同じく3月末締め切りです.

投稿規定については巻末の「投稿要領」をご覧ください.
  1. 2011/07/31(日) 18:27:08|
  2. 未分類

西日本インド学仏教学会第22回大会

白石浜 012


西日本インド学仏教学会第22回学術大会プログラム

[発表会場] 広島大学 東広島キャンパス 文学部大会議室(1階) 東広島市鏡山1-2-3
[日時] 2011年7月30日(土)11:30受付開始 12:00発表開始


[研究発表](持ち時間30分:発表20分,質疑10分)

(1) 川村悠人(広島大学大学院)12:00-12:30
「Bhaṭṭikāvyaで例証されるkāraka関連規則」

(2) 青原彰子(広島大学大学院)12:30-13:00
「『サムスクチェンモ』における九住心」

(3) 渡邊温子(大谷大学大学院)13:00-13:30
「チベット仏教における師弟関係ーマルパとミラレーパの関係からー」

(4) 楊暁華(九州大学大学院)13:30-14:00
「Medegdekün-i belgetey-e geyigülügči ner-e-tü šastirの仏教用語について」

(5) 石田 勝世(九州大学大学院)14:00-14:30
「統計解析によるテキスト系統樹の作成-蔵訳『般若心経』を中心として-」

(6) 片山由美(広島大学大学院)14:30-15:00
「インド仏教における『法華経』の成立と展開—「方便品」「比喩品」における仏説の再解釈の構造—」

[休憩15分]

(7) 斉藤 茜(京都大学大学院)15:15-15:45
「スポータ理論のakrama / yaugapadyaと音素論のkrama / yaugapadyaの対立」

(8) 志田泰盛(京都大学) 15:45-16:15
「聴覚の内送・外送をめぐる問題」

(9) 松岡寛子(広島大学大学院)16:15-16:45
「シャーンタラクシタによる〈唯識性〉の第二論証―『タットヴァ・サングラハ』第1988-96偈を中心に―」

(10) 北野新太郎(九州大学)16:45-17:15
「『唯識三十頌』 第17偈に関する問題点─ Madhyāntavibhāgaṭīkāにおけるabhūtaparikalpaの語義解釈をめぐって ─」

(11) 源 重浩(九州大学)17:15-17:45
「ダルマキールティのSantānāntarasiddhi—初期唯識思想と独我論—」

(12) 原戸眞視 17:45-18:15
「四諦は釈迦の悟り」
  1. 2011/07/29(金) 06:48:07|
  2. 未分類

石垣D

NHKスペシャル 「幻の霧 ~摩周湖 神秘の夏~」
7月31日(日) 午後9時00分~9時49分 総合テレビ
http://www.nhk.or.jp/special/onair/110731.htm>l

・さわやか自然百景 「北海道 落石岬の霧」(仮)
8月14日(日) 午前7時45分~7時59分 総合テレビ
(近畿各県、鳥取、香川、徳島、九州各県、沖縄は、午前8:10~8:24)
http://www.nhk.or.jp/sawayaka/index.html

白石浜 016
  1. 2011/07/28(木) 21:36:42|
  2. 未分類

Kumarila's Slokavarttika, codana

「ヴェーダ教令章」が扱うのは,宗教権威の問題であり,聖典の正しさ,宗教の正しさという,宗派・宗学の根本に関わる問題である.

特に仏教との対立が顕著である.

作者なきヴェーダがいかに正しいのか,そして,全知者とされる仏陀の説く仏説(経)がいかにして間違っているのか.

それを立証するバラモン教学の試みが本章に結実している.

その際にクマーリラは真偽とは何か,全知はありえるのか,善悪とは何か,という一般的な視角から論じ直している.

その一般性により彼の議論は,バラモン教のドグマティックな教学に終わることなく,普遍的な哲学・神学議論へと昇華している.

クマーリラの議論は,真理論,全知者論,殺生論というインド哲学固有の論題を彼以降の論者に設定することになる.

議論場の整備・提供である.

こうして彼の議論は,彼に続く後代の学派内外の論者が避けて通れないものとして受け継がれていくことになる.

クマーリラの影響の大きさは例えば,100年後に著された哲学綱要書『真理綱要』にも明らかである.

仏教徒シャーンタラクシタ(後725--788)は,インド哲学全体を論題に沿って俯瞰しながら,サーンキヤ学派,ニヤーヤ学派,ヴァイシェーシカ学派などの所説を引用し,それを論破する.

その中でも断トツに引用されるのがミーマーンサー学派のクマーリラである.

特に最後の大きな二章「真理論」「全知者論」は,主にクマーリラ批判に割かれている.

クマーリラが当時の仏教徒にとって最大の論敵として意識されていたことが分かる.

のみならず,そのような精緻な議論の枠組み自体をクマーリラが設定したと我々は看做しうる.

紀元後八世紀の『真理綱要』を見る限り,当時の「最大のインド哲学者」がクマーリラであったと言って間違いではない.
  1. 2011/07/24(日) 11:59:32|
  2. 未分類

『クマーリラの思想:真理・全知・殺生』

Kei Kataoka.
Kumārila on Truth, Omniscience, and Killing.
2 parts.
Vienna: Verlag der Österreichischen Akademie der Wissenschaften, 2011.


本書の構成

本書は紀元後7世紀前半頃に活躍した聖典解釈学者クマーリラの主著『ミーマーンサー・シュローカ・ヴァールッティカ』(頌評釈:根本経典に対する頌形式の詩節による復註)の中でも,スートラ1.1.2に対する註釈である「ヴェーダ教令章」の文献研究である.

本書は二部より構成される.

第一部が校訂本.

第二部が英訳である.

校訂には先行7刊本および5写本を使用すると共に,註釈書や後代の文献からの引用を傍証としている.

イントロダクションには『シュローカ・ヴァールッティカ』のテクスト批判に必要な情報をまとめている.

第二部ではイントロダクションにおいて先行研究を概観するとともに,クマーリラの思想史上の位置付けについて詳細に論じている.

特に年代決定において重要となる仏教論理学者ダルマキールティとの関係について詳しく論じた.

これは内容的には全知者論と関わる.

クマーリラの散逸した著作『ブリハット・ティーカー』の問題についても詳しく論じている.

またクマーリラの真理論についても別個に論じた.

さらに本文の内容を概観する要約も付すとともに,本文の構成を詳細に分析した科文(synopsis)も付している.

英訳にあたっては内容理解に資する詳細な脚注を付している.末尾に文献表と索引を完備する.
  1. 2011/07/23(土) 10:22:16|
  2. 未分類

Kei Kataoka: Kumarila on Truth, Omniscience, and Killing

Kataoka2011c1.jpg
Kataoka2011c2.jpg


http://verlag.oeaw.ac.at/products/Sachgebiete/Asienforschung/Kumarila-on-Truth-Omniscience-and-Killing.html?language=en

KATAOKA Kei
Kumarila on Truth, Omniscience, and Killing.

Part 1: A Critical Edition of Mimamasa-Slokavarttika ad 1.1.2 (Codanasutra).
Part 2: An Annotated Translation of Mimamsa-Slokavarttika ad 1.1.2 (Codanasutra)

2011,
Part 1: 97 S.,
Part 2: 627 S.,
24x15 cm, broschiert1


Serial: Sitzungsberichte der philosophisch-historischen Klasse 814
Serial: Beiträge zur Kultur- und Geistesgeschichte Asiens 68
ISBN13: 978-3-7001-7001-3
Price:
€ 85,00


The present volumes present a critical edition and an annotated translation of the codanāsūtra section of Kumārila's Mīmāṃsā -Ślokavārttika, which is a sub-commentary on Jaiminisūtra 1.1.2.

Kumārila is commonly regarded as having been one of the most brilliant brahmanical philosophers of the Classical Period in India, a thinker whose ideas influenced almost all later brahmanical thought.

Of his works, the Ślokavārttika is possibly the most important.

Defending the authoritativeness of the Vedic scripture, in the codanāsūtra section Kumārila discusses theories concerning truth, omniscience, and ritual killing.

This section is a rich source of brahmanical thought on philosophical, religious and ethical questions during Kumārila's lifetime and before.

The new edition, the first serious attempt at a text-critical study of the Ślokavārttika, is based on seven published editions and five manuscripts, as well as readings suggested in commentaries on the text, testimonia of other authors, and parallel passages in Kumārila's other writings.

The volumes also include an introduction containing a survey of the conducted research, an investigation into the dates of Kumārila's floruit, his relationship with Dharmakirti and the problem of the Bṛhaṭṭikā, as well as an analysis of Kumārila's theory of truth.

A separate synopsis and summary provide an overview of Kumārila's discussions.

Detailed annotations present the background of the views expressed in the verses of the text, together with detailed analyses of Kumārila's ideas.

Together, these two volumes provide an extremely valuable contribution to the field of Indian philosophical studies.



amazon.de
  1. 2011/07/19(火) 19:56:15|
  2. 未分類

Biriyani Lunch at Amma, Fukuoka

ビリヤーニーと言えば,〈作り置き〉でないと,味がしみ込んでおらず,どうにも旨くないものです

インドの高級ホテルで「どれどれ」と注文したりしても,大急ぎで作るのでしょう,粉がかかったような浅い味でがっかりします

やはり街中の食堂,お昼時のよく炊きこまれたビリヤーニーに勝るものはありません

Adyarの角のビリヤーニー屋さんには,よくお世話になりました

エッグ・ビリヤーニーが好みでした

ごはんの山の中から卵をほじりだす発見の愉しみがあります



amma3842389

西新(厳密には城西)の南インド料理あんまー

週末のランチメニューに,ビリヤーニーを始めるとのこと

これまで夜に,しかも事前注文するしかなかった数多い隠れビリヤーニーファンには朗報です

ランチプレートは,いろいろついて1000円を切ります

チキンビリヤーニー,エッグビリヤーニー,野菜ビリヤーニーの三種

そのうちマトンもやりたいとコックのViraさん


amma04298023891

こちらは,いつも変わらず美味しい,しかも,行くたびごとに変化に富んだベジミールス
  1. 2011/07/18(月) 20:05:23|
  2. 未分類

第44回南アジア研究集会

南アジア研究集会 104

丸十旅館

歴史は100年だそうです

いまのビルは築30年ほど

南アジア研究集会 114

目の前は「ワイキキビーチ」


南アジア研究集会 157

泳いだ学生によると「においがとれない」のだそうです

海岸沿いには,ホテルが並びます

防波堤には多くの釣り人



南アジア研究集会 214


南アジア研究集会 018

全体にコメントする田辺さん

南アジア研究集会 239

パソコンの準備をする飯塚さんと,手伝う名和さん

窓の向こうは漁港です
  1. 2011/07/18(月) 19:07:39|
  2. 未分類

さくら邸訪問

Sakura048204

帰国中OGとともに,育児に忙しいさくら宅を訪問

駅近で至極便利な場所でした
  1. 2011/07/09(土) 15:19:11|
  2. 未分類

Kei Kataoka: Manu and the Buddha for Kumārila and Dharmakīrti

Finally the proceedings of the last Dharmakirti Conference came out.





Kei Kataoka 2011
Manu and the Buddha for Kumārila and Dharmakīrti

In:
Helmut Krasser, Horst Lasic, Eli Franco, Birgit Kellner (eds),
Religion and Logic in Buddhist Philosophical Analysis.
Proceedings of the Fourth International Dharmakīrti Conference.
Vienna, August 23–27, 2005.
Wien 2011,
pp. 255–269.


dharmakirticonference-1.jpg






Piotr Balcerowicz, Dharmakīrti’s criticism of the Jaina doctrine of multiplexity of reality (anekāntavāda) . . . . 1
Junjie Chu, Sanskrit fragments of Dharmakīrti’s Santānāntarasiddhi . . . . . . . . . 33
Vincent Eltschinger, Studies on Dharmakīrti’s religious philosophy (3): Compassion and its
role in the general structure of PV 2 . . . . . . . . . 43
Koji Ezaki, Can we say that everything is ineffable? Udayana’s refutation of the theory of
apoha . . . . . . . . . 73
Eli Franco, Perception of yogis – Some epistemological and metaphysical considerations . . . . . . . . . 81
Toru Funayama, Kamalaśīla’s view on yogic perception and the bodhisattva paths . . . . . . . . . 99
Brendan S. Gillon, Dharmakīrti on inference from effect. A discussion of verse 12 and the
Svavṛtti of the Svārthānumāna chapter of the Pramāṇavārttika . . . . . . . . . . . . 113
Klaus Glashoff, Problems of transcribing avinābhāva into predicate logic . . . . . . . . . . 131
Keijin Hayashi, Prajñākaragupta’s interpretation of mental perception . . . . . . . . . . . . 139
Yoshichika Honda, Bhoja and Dharmakīrti . . . . . . . . . . . . 151
Pascale Hugon, Phya pa Chos kyi seng ge’s views on perception . . . . . . .. . . 159
Masahiro Inami, Nondual cognition . . . . . . . . . . . . . . . . . 177
Hisataka Ishida, On the classification of anyāpoha . . . . . . . . . . . . . . . . . 197
Takashi Iwata, Compassion in Buddhist logic – Dharmakīrti’s view of compassion as interpreted
by Prajñākaragupta . . . . . . . . . . . . 211
Kyō Kanō, Dichotomy, antarvyāpti, and dṛṣṭānta . . . . . . . . . . . . 231
Kei Kataoka, Manu and the Buddha for Kumārila and Dharmakīrti . . . . . . .. . . . . . . 255
Shoryu Katsura, From Abhidharma to Dharmakīrti – With a special reference to the concept
of svabhāva . . . . . . . . . 271
Yohei Kawajiri, A critique of the Buddhist theory of adhyavasāya in the Pratyabhijñā school . . . . . . 281
Birgit Kellner, Dharmakīrti’s criticism of external realism and the sliding scale of analysis . . . . . . . . 291
Hisayasu Kobayashi, On the development of the argument to prove vijñaptimātratā . . . . . . . . . 299
Taiken Kyuma, On the (im)perceptibility of external objects in Dharmakīrti’s epistemology . . . . . . . 309
Lawrence McCrea, Prajñākaragupta on the pramāṇas and their objects . . . . . . . . .. . 319
Shinya Moriyama, pramāṇapariśuddhasakalatattvajña, sarvajña and sarvasarvajña . . . . . . . . . . . . . . . 329
Yasutaka Muroya, Bhāsarvajña’s Interpretation of bhāva eva nāśaḥ and a related chronological
problem . . . . . . . . . . . . . . 341
Hiroshi Nemoto, The proof of impermanence in the dGe lugs pa’s pramāṇa theory . . . . . . . . 363
Miyako Notake, The concept of samayābhoga in the refutation of the existence of universals . . . . . . . 375
Hideyo Ogawa, On the term anupalabdhi . . . . . . . . . . . . 395
Masamichi Sakai, Śākyabuddhi and Dharmottara on the inference of momentariness based on
the absence of external causes of destruction . . . . . . . . . . . . . . 407
Kiyokuni Shiga, antarvyāpti and bahirvyāpti re-examined . . . . . . . . . . . . . . 423
John Taber, Did Dharmakīrti think the Buddha had desires? . . . .. . . . . . . . . . 437
Tom J.F. Tillemans, Dignāga, Bhāviveka and Dharmakīrti on apoha . . . . . . . . . . . .449
Toshikazu Watanabe, Dharmakīrti’s intention to quote Pramāṇasamuccaya III 12 . . . . . . . . . . . 459
Jeson Woo, Vācaspatimiśra and Jñānaśrīmitra on the object of yogipratyakṣa . . . . . . . . . . 469
Zhihua Yao, Non-cognition and the third pramāṇa . . . . . . . . . . . . 477
Chizuko Yoshimizu, What makes all the produced impermanent? Proof of impermanence and
theory of causality . . . . . . . . . . . . 491
Kiyotaka Yoshimizu, Reconsidering the fragment of the Bṛhaṭṭīkā on restriction (niyama) . . . . . . . . . 507
  1. 2011/07/09(土) 12:01:45|
  2. 未分類

fothcoming: 『南アジア古典学』第6号(2011年7月)

南 ア ジ ア 古 典 学

2011

第6号

目 次


Pramāṇasamuccayaṭīkā ad I 8cd–10和訳
片岡  啓 1-50


ラトナキールティ著『多様不二照明論』和訳研究(上)
護山 真也 51-92


バーヴィヴェーカの瑜伽行派空性理解批判
田村 昌己 93-117


シャーンタラクシタの唯識論証
—『タットヴァ・サングラハ』第2078偈再考 —
松岡 寛子 119-138


Meghadūtaにおける雲に関する比喩表現
川村 悠人 139-164


KalpalatāとAvadānamālāの研究(2)
— Śakracyavana, Mahendrasena, Pretikāの説話 —
岡野  潔 165-266


Sanskrit text of the Tantravārttika, Adhyāya 1, Pāda 3, Adhikaraṇa 9,
Vyākaraṇa Adhikaraṇa, Collated with five Manuscripts
HARIKAI Kunio 267-304


The Tibetan Shes rab sdong bu and its Indian Sources (III)
Michael HAHN 305-378



九 州 大 学 大 学 院 人 文 科 学 府 ・ 文 学 部
イ ン ド 哲 学 史 研 究 室

  1. 2011/07/08(金) 18:22:06|
  2. 未分類

received: Tantric traditions

Dominic Goodall and Harunaga Isaacson:

‘Tantric Traditions’. In:

Jessica Frazier (ed.):

The Continuum Companion to Hindu Studies.

London/New York: Continuum, 20⒒

pp. 122-137, 189-191 (notes),361-400 (bibliography, joint for the whole volume).

  1. 2011/07/08(金) 18:20:24|
  2. 未分類

インド思想史学会第18回学術大会

インド思想史学会
第18回学術大会:

2011年12月17日(土)  京都大学 楽友会館
  1. 2011/07/07(木) 20:44:31|
  2. 未分類

第22回西日本インド学仏教学会学術大会

西日本インド学仏教学会

第22回学術大会




日:2011年7月30日(土)
時:13:00発表開始

発表会場:
広島大学文学部大会議室(1階)
東広島市鏡山1-2-3(東広島キャンパスです.広島市の千田キャンパスではありません.)
  1. 2011/07/03(日) 20:27:55|
  2. 未分類

九州大学文学部 連続講義:人文学II「生と死の探求」(10月から開講)

生と死の探求


1. 10 月5 日  全員初回ガイダンス
2. 10 月12日  円谷裕二 生と死の哲学
3. 10 月19日  宮島 磨 親鸞における生死
4. 10 月26日  片岡 啓 インド人が見た生と死
5. 11 月 2日  柴田 篤 古代中国人の死生観
6. 11 月 9日  後小路雅弘 描かれた死─アジア美術
7. 11 月16日 京谷啓徳 キリスト教美術における死と生
8. 11 月30日 辻田淳一郎 墓地と社会関係
9. 12 月 7日  清水和裕 イスラーム社会における生と死
10. 12 月14日 静永 健 竹取物語「月の顔見るは忌むこと」考
11. 12 月21日 鵜飼信光 ジョージ・マクドナルドの幻想と死生観
12. 1 月11日  高野泰志 戦争と死
13. 1 月18日  小黒康正 ドイツ文学におけるエロスとタナトス
14. 1 月25日  関 一敏 生命の海へ
15. 2 月1 日  飯嶋秀治 永遠のいのち

  1. 2011/07/03(日) 00:38:14|
  2. 未分類

新アジア仏教史(佼成出版)

編集者から連絡があり

新アジア仏教史,増刷

とのこと

インド学関係は買う人は限られていますが,さすが仏教関係はすそ野が広い
  1. 2011/07/02(土) 20:40:48|
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Moriyama-san's blog

http://www.shinshu-u.ac.jp/faculty/arts/prof/moriyama_1/2011/06/41638.html

http://www.shinshu-u.ac.jp/faculty/arts/prof/moriyama_1/2011/06/41642.html
  1. 2011/07/02(土) 19:08:00|
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アレックス

watson-038354

ケルナー教授のアーカーラ部会

発表はアレックス

いつもながら明快な発表でした

集中して聞けました

私が目を閉じて聞いていたのでアレックスは

「退屈で寝ているんだろうか」

と思って,発表中に少しへこんだそうです

ちゃんと聞いていました
  1. 2011/07/02(土) 14:39:22|
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スタンフォード→台北

shimoda0489281

スタンフォードで発表し,その足で台北へ

大活躍の下田先生
  1. 2011/07/02(土) 14:28:01|
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質疑応答

iabs094204

発表持ち時間は一人30分

大体,25分くらいで終えて,5分が質疑応答

朝から晩までびっしりですから,時間は厳格に守られます

しかしランチタイム前などは,少し鷹揚に

質疑応答も長くなります

クラッサー教授の発表

フランコ教授の質問に始まり,ジョナサン教授,そこから入り乱れて皆がやがやと

一番にぎやかな質疑応答タイムでした

画面左は最終日も近くなって,ようやく姿を見せたギロン先生

その昔,広大でのダルマキールティ学会で発表されたときは,昼食後の発表だったためでしょうか,楊枝を口にはさんだまま,プロジェクターで颯爽と発表されていたのが記憶に残っています

パワーポイントがない学会というのは,現在からは想像できません
  1. 2011/07/02(土) 14:25:11|
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ダルマキールティのイーシュヴァラセーナ批判

iabs-choi03894

Choiさん

The purpose of discussing vyatireka: Dharmakirti's criticism of Isvarasena

という魅力的なタイトルです

初めてでしたが,話すと,なんと,福田さんの学生でした
  1. 2011/07/02(土) 14:15:38|
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パトリック

patrick

ウィーンの期待の若手,パトリック

パソコンとプロジェクタの具合を確認中

なぜか根本さんが資料配り係に

その手前は江崎さん

さらに手前は村上先生
  1. 2011/07/02(土) 14:06:48|
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parartha-anumana

katsura04582

大御所,桂先生の発表

内容はプロジェクト経過報告

これまでのディグナーガ理解をくつがえすパッセージを見つけたそうです
  1. 2011/07/02(土) 12:57:24|
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phalani santi

phala0385
  1. 2011/07/02(土) 12:47:53|
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カフェテリア方式

kamo30382
kamo03454

皿をもって通りを大移動

このシステムを納得して理解するのに,しばらく時間を要しました

ちなみに,持ち帰りの人は,持ち帰り専用レジがあり,そこで,皿の料理を袋に詰め直してもらいます

通常の食事客は,テーブルでの会計になります
  1. 2011/07/02(土) 12:42:03|
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獅子林餅舗

taiwan09282
mochi2300
mochi03893
mochi309563
shishirin3094
  1. 2011/07/02(土) 12:36:56|
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taiwan038402
  1. 2011/07/02(土) 12:29:22|
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