Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

パンディット・サバー:サンスクリット学者の集会

パンディットとは,日本で言えば,国学者や漢学者でしょうか.

伝統的なサンスクリットの学者さんのことです.

伝統的な格好をしているので,洋服姿の「モダン・スカラー」とは一目で区別がつきます.

英語ではなく,サンスクリット語で押し通すタイプの伝統的な学習法で鍛えられた人

それがパンディットです.

たいがい,幼少期から,ヴェーダ聖典を学んで,どこかの宗教に属し,伝統的な教育を受けています.

もちろん,近代教育に沿って,大学も出ていますが,その教養の多くは,親戚筋や,宗派筋を通じた伝統的な教育によって身につけられたものです.

モダンスカラーとの実力の差は段違いです.

残念ながら,伝統的なパンディットは,現地で教えるのみで,出版ということは基本的にしないので,海外にいると,その凄さは全く耳に入ってきません.(したがって,英語の書物の稚拙さのみでインド人学者の実力を侮るのは早計です.)

誰が凄いかは,現地の情報で知るしかありません.

その凄さはライブで分かります.

そのライブにあたるのが,パンディット・サバーです.

学者の集会.

伝統的なサンスクリット学者は,もちろん,(通じる同士であれば)日常からサンスクリット語です.

授業もサンスクリット・ミディアム.

というわけで,伝統的な意味での学会にあたるパンディット集会も,サンスクリット語での応酬となります.

まずは議長が本日のお題を,簡単に説明します.

日本の学会でいうところの「パネル」,議長の議題説明みたいなものです.

次に,第一の立場,例えば,ニヤーヤ学派を担当した人(パネリスト1)が,伝統的な立場をお題に沿って解説.

わたしが或る時見たときのお題は,「シャーブダボーダ」いわゆる「文意理解」についてでした.

一人がニヤーヤを担当.

解説.

古い簡単な定義から初めて,最後は,ナヴィヤニヤーヤに至るまで,ぺらぺらとサンスクリットを並べ立てて解説します.

会場も温まった頃,次の話者(パネリスト2)に交代.

二番手は,バッタ派担当の人が,バッタ派ミーマーンサーから見た「文意論」について解説します.

ここらへんは,ほぼ定型が決まっています.

みんな,「ふむふむ」という具合で,既知の物を確認するという感じです.

応用のインプロヴィゼーションに入るまでは,いわば,型の見せ合いといった風情があります.

それはそれで楽しいものです.

議題に疎い間は,そこが一番学ぶところの多い個所になります.

1番手から4番手あたりまで回した後,アドリブ的な議論に入ります.

後代のナヴィヤニヤーヤあたりに入ってくると,結構,入り組んできて,パネリストも必死度がアップしてきます.

長い長いコンパウンドを駆使するナヴィヤの用語を持ちだして来たはいいものの,時には言い間違う時もあります.

ミーマーンサー担当のヴェンカタラーマン教授が言い間違ったようです.

すかさず議長のタタアーチャーリヤ教授が訂正.

さすがです.

よく,あの長い複雑なコンパウンドを,瞬時に間違いと判断できるものです.

円周率の数字の羅列を聞いて,間髪いれずに間違いを指摘するような感じ,といえばいいでしょうか.

分かる人にはわかるものです.

パンディット・サバーは,サンスクリット語での応酬.

インドといえども,もちろん,高度なサバ―に耐えきれるだけの学力ある人は少なくなっています.

勢い,パンディットサバ―に呼ばれる学者も固定しがちです.

タタアーチャーリヤ先生は,間違いなく,タミルのパンディットの中でも最高峰ですし,実際,そのように評価されています.

師の専門は,ナヴィヤニヤーヤあたりから,ヴィシシュタアドヴァイタ,そして,ナヴィヤでも扱うことのあるプラバーカラ派のミーマーンサー.

しかし,ばりばりのミーマーンサーとなると,タタアーチャーリヤ先生でも,やはり手に負えません.

そこは,ミーマーンサーの専門家であるヴェンカタラーマン教授.

パンディットサバ―でも,ミーマーンサー担当で,よく呼ばれていました.

そんな評判を聞いて,後に,私も,直談判してマンツーマンで教えてもらうことになります.

その当時,タミルで「ミーマーンサー学者」といえば,やはり,ヴェンカタラーマン教授という評判が高かったのを覚えています.

実際,ミーマーンサーを担当出来る人はなかなかいないので,パンディットサバ―でも,担当者を見つけるのが大変のようでした.

ティルパティで行われたパンディットサバ―では,ニヤーヤ学者や文法学者,それにヴェーダーンタ学者はいるけど,結局,ミーマーンサーを担当する人が誰もいませんでした.

仕方ないので,主催者であるティルパティのデーヴァナータン講師が担当.

あとからデーヴァナータン先生と雑談していると,

「いやー,誰もミーマーンサーがいないから,僕が担当するしかなかったよ,まいったよ」

と話されていました.

とはいえ,さすが,そこは,ティルパティ若手ナンバーワンのデーヴァナータン先生,そつなく難なくこなされていました.

パンディットと呼ばれる人の教養の広さと,その知識の安定度には驚かされるばかりです.

件のデーヴァナータン先生,若いだけに色々と雑用を押し付けられていたようです.

面倒な大会を幾つも組織されていました.

或る時は,全インドからサンスクリット学者を呼んでティルパティで学会でした.

となると,大会参加者の関心は,「土産」です.

ティルパティに行くとなると,親戚一同からプラサーダをお土産に期待されます.

ティルマラの黄金寺院(ヴェンカテーシュヴァラ)の「神様のお下がり」のスウィーツのことです.

神に供えたスウィーツ.

それを下げたものがプラサーダ.

みな,そのスウィーツを有難く頂戴して,地元に帰って,家族に配るのが,いわば,ティルマラ参りのパターンとなっています.

ティルパティで学会,というわけで,学会参加者からは,「ティルマラにお参りする暇がないのだから,大学のほうで,プラサーダを用意してくれ」という(無理な)リクエストが(結構数多く)寄せられたそうです.

そもそも,インドの学会は,ランチまでセットになってることが多いものです.

しかし,手土産のスウィーツまで要求とは,厚かましいにもほどがあります.

まあ,無理難題のリクエストを押し付けてくるのは(インド人は)皆同じとはいえ,これには,デーヴァナータン先生も参ったようでした.

結局,用意できず,参加者の一部からは,ぶーぶー文句を垂れられたようです.

とくに,遠路はるばる来た北インドの学者からは,文句が多かったようです.

南にいるとよくわかりますが,北インドと南インドでは明らかに違いがあります.

南インドと北インドのサンスクリット学者の違いも如実です.

実力もありますが,品も一目瞭然.

学会途中の休憩に,煙草をすぱすぱ吸いに行くUPのサンスクリット学者には,さすがに私も目を丸くしました.

学者たるもの,知識だけでなく,やはり,風格や品格も問われます.
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  1. 2013/01/27(日) 23:05:05|
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カイラーサ山を揺らすラーヴァナ

AngkorWat 506
AngkorWat 500
AngkorWat 503

アンコールワット,回廊の南西角(西端の北向きの壁)

こちらのシヴァは,パールヴァティーは伴っていないようです.

バンテアイ・スレイのラーヴァナに比べると,必死さが不足しています.

顔が上を向いていないのが気に入りません.

もうちょっと真剣に上を向いて山を持ちあげてほしいものです.

足腰も,これでは,持ちあがる気配が全くしません.
  1. 2013/01/27(日) 17:26:33|
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住民登録の労苦

インドのヴィザも無事に取得.

晴れて留学のインド渡航.

成田空港には,久間氏や藤井君もかけつけてくれました.

95年のことです.

久間氏と眼鏡を交換して写っている写真が残っています.


インド入国.

ヴィザには

「入国後二週間以内に住民登録すること」

と書いてあります.

最初の一週間は,様々な用事で忙殺され,顧みる暇が全くなかったのですが,「二週間以内」と書いてあるからには,インドのことです,本当に二週間以内に登録しないと,結構大変なことになるのでしょう.

しばらく経ってから,その登録とやらをするために動き始めました.

プーナやマドラスとか,外国人の多い都市では,それ専門の窓口があって,しかも,外国人の知り合いに聞けば,

「あー,あそこに行けばいいよ」

と教えてくれるでしょう.

しかし,ティルパティは地方都市.

しかも,外国人の先達は誰もいません.

学内のインド人の友人に聞いても,もちろん,誰も分かりません.

「いや,市役所的なところって,ティルパティではどこなの?」

と聞いても,誰も知りません.

たしかに,ティルパティには「市役所」にあたるような建物が全く見当たりませんでした.

不思議なことに,市内の何処にも,それらしき公共施設がないのです.

教授にも相談.

「ティルパティ市のことは,TTD(ティルパティ・ティルマラ・デーヴァスターナム)がやってるからな」

とのこと.

TTDとは,南インド最大と言われるティルマラの黄金寺院の宗務庁のようなところです.

社務所のでっかい版です.

何しろ莫大な寄付金が入り,インドでも指折りの金持ち寺のティルマラ寺院です.

門前町の整備など,すべて,この宗務庁であるTTDが取り仕切っています.

サイババの財団がプッタパルティの町全体を管理しているのと似たようなものです.

しかし,いくら,町の(半)公的機関だからといって,住民登録までやっているわけがないことは,素人にも想像がつきます.

というわけで,2~3日,周囲の皆に尋ねてみたものの,この「住民登録」とやらを,どこでやればいいのか,全く分からないままでした.

仕方ないので,町の一角にある交通警察の派出所に行って,

「レジデンシャル・パーミット,ホエアー」

と繰り返します.

下っ端の警官は英語が理解できません.

すこしましな上官が出てきて,2~3人で相談.

頼りがいのある警官が

「SPだ」

と教えてくれます.

「えっ,エスピー?」

既知のように言われてしまいましたが,SPの意味が分かりません.

しつこく食い下がると,すごい巻き舌で

「スーパルインテンダントポリース」

と言っています.

どうやら,スーパーインテンダントポリスという警察の部署があるようです.

「で,それはどこですか?」

と更に食い下がると

「チットゥール,チットゥール!」

とのこと.

どうやら,チットゥールというところに,そのエスピーとやらがあるようです.

何しろ,巻き舌で明瞭ではないので,ライトダウンしてもらいます.

「スーパーインテンダントポリス,チットゥール,バス停からリキシャー」

住所は分からずじまいでしたが,ともかくも,チットゥールに行って,リキシャーに「エスピー」と言えば,絶対に通じるようです.

役所的な機能を果たすのが警察とは想像がつきませんでした.

ともあれ,チットゥールに行けばなんとかなるだろうということが分かりました.

「で,チットゥールって,どこですか?どうやって行くんですか?」

「ここからバスで3時間だよ」

「えーっ」

まさか,住民登録のために,バスに揺られて三時間とは想像を超えていました.

しかし,仕方ありません.

翌日は早目に出て,砂埃が舞い上がるティルパティのバススタンドから「チットゥール,チットゥール」と車掌が叫んでいる路線バスに乗り込みます.

もちろん,こっちも間違えるわけにはいきませんから,「チットゥール?チットゥール?」と凄い剣幕で念押しししてから乗り込みます.

アーンドラプラデーシュの路線バスは,ぼろぼろです.

タミルナードゥと比べるべくもないおんぼろ具合です.

これは道も同じ.

タミルからアーンドラに入った途端,道ががたがたとなっています.

金のないところは,どこも道がしょぼい.

しかし,タミルとはまた一風違った田舎の風景は,なかなか楽しいものです.

滑降したら気持ちよさそうな断崖絶壁の山が,ぽこっ,ぽこっと,そこここに立っています.

そんな田舎の景色を楽しみながら,そして,若干熱くなってきた正午前に,チットゥールに到着.

すごい腹の減り具合です.

まずはホテルに宿泊の準備.

そして昼飯.

それから,リキシャーに「エスピー」と叫ぶと,首を横に振って(=インドではイエスの意味),そのまま7分ほどでエスピー前に.

門前で待って置くようにリキシャーに言ってから,中に入ります.

パスポートのヴィザを見せて,係官に説明.

「オッケー」とのこと.

どうやら,ここで本当に合っていたようです.

ほっとしました.

しかし,今日は,署長がもう帰ってしまったから,あす朝にまた来いとのこと.

お安いご用です.

ホテルに帰って一泊.

翌朝,エスピーを再訪.

すごく若い,いかにも高級官僚という感じの,物分かりの良い署長と雑談してから,許可の印鑑とサインを貰います.

一件落着.

住民登録するのに,往復六時間,一泊二日の仕事でした.

ティルパティは,県庁所在地でもなんでもなく,チットゥール県にあるので,チットゥールが中心ということを知りました.(規模的には,チットゥールのほうが,はるかに田舎という感じです.)

にしても,警察で住民登録というのは,全く予想だにしませんでした.

「住民登録せよ」はいいのですが,どこで登録するかも教えてほしいものです.

「暗中模索」という言葉がぴったりです.
  1. 2013/01/27(日) 16:11:26|
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意外に卑怯なヒーロー:背後から射るラーマ

BanteaySrei 469
BanteaySrei 471


武人の風上にも置けない,とはこのことでしょうか.

なんと,背後から矢を射ているではありませんか.

狩猟採集民族ですら,このような狩猟方法は「卑怯」な方法として許されないのが普通です.

まして,武人.

武士道に則れば,当然,正面から正々堂々と矢を射るべきです.

しかも,相手は戦闘中の二匹の猿.

猿王のヴァーリン,そして,兄に追放された弟のスグリーヴァ.

ラーマは,シーター奪回のため,スグリーヴァの猿の軍団を味方につける必要がありました.

そこで,兄弟喧嘩に加勢.

二人の戦闘シーンにおいて,ヴァーリンを背後から射ます.

スグリーヴァは,めでたく,猿の王様になります.

ヴァーリン「背後から射るとは卑怯だぞ」

ラーマ「おまえとか,所詮,猿やからな」

相手が猿なら何しても許されるというのが,ラーマの理屈のようです.
  1. 2013/01/27(日) 14:10:14|
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シヴァの踊り:ターンダヴァ

BanteaySrei 600

tāṇḍavaというと,音からして,タンタン・ダヴァダヴァ踊ってそうな感じです.

シヴァ神のターンダヴァ.

BanteaySrei 602

物質とエネルギーがひとつだとすれば,この宇宙全体はエネルギーの塊です.

そのエネルギー,躍動感を表すのが,このシヴァの踊りです.

BanteaySrei 607

三歩で宇宙をまたぎ越すというヴィシュヌの三歩もスケールのでかい話ですが,踊り一つで宇宙全体のエネルギーを表すというのも,なんとも壮大な話です.

さすがシヴァ神です.

BanteaySrei 605

右下には,ミュージシャンのドラム担当が見えます.

BanteaySrei 604

左下は,髑髏を手にしているので,チャームンダーのようです.

解説書にあるKareikkalammeyarとの同定では,手に持つ球状物の説明が付きません.
  1. 2013/01/27(日) 14:01:51|
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ラーヴァナによるシーターの誘拐

BanteaySrei 124
BanteaySrei 126

「あの鹿をとってきてちょうだい」

シーター誘拐の罠とも知らずに,シーターは,ラーマにお願いします.

シーターを置いて鹿を追うラーマ.

シーターを一人森の中に置いておくわけにはいかないので,弟のラクシュマナにシーターを守るように言いつけてから出ていきます.

残されたシーターと,シーターを守るラクシュマナ.

しかし,向こうから,ラーマの助けを求める声が.

罠とも知らずに,シーターは,ラクシュマナに兄を助けに行くように命じます.

しぶしぶ出かけるラクシュマナ.

その隙に,バラモンに化けたラーヴァナが,シーターをまんまと誘拐.

空中を飛んでランカー島へ.

何も知らずに鹿(実はラーヴァナの手下の悪魔)を追っていた二人.

帰ってきてみると,シーターがいません.

そこから,シーター捜索の旅が始まります.

しかし,この図を見ると,上を見上げる二人は,ラーヴァナの誘拐に気が付いている風でもあります.

クメールヴァージョンは,少し違うのでしょうか.

下にはぴょんぴょんとあちこち走りまわっている鹿が見えます.
  1. 2013/01/27(日) 13:44:08|
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インドでインド哲学を習う

インドで(いい)先生を探すのは大変です.

インド哲学の話.

サンスクリット語の文献をマンツーマンで読んで貰う――それが理想の形です.

しかし,そこに辿りつくまでは,(外国人は特に)相当に苦労することになります.


「ティルパティにタタアーチャーリヤという凄い先生がいる」と聞いたのが,確か,93年でした.

修士一年の終わりに南インドを旅行した際に,ティルパティにも足を延ばして,早速その「タタアーチャーリヤ先生」に会ってきました.

いずれ留学したいので教えていただけますか,という挨拶をするためです.

その当時,先生はサンスクリットカレッジの学長.

とはいえ,事務ばかりをしているような学長ではなく,朝から晩まで授業をしているタイプの先生です.

その時も,学内にある学長用の家で,幾人かの学生に囲まれて,サンスクリット文献を教えているところでした.

学内をうろうろしている時に出会ったミシュラ君に連れられて,おずおずと学長に挨拶.

これこれこういうわけで留学をいずれしたいのですが,教えていただけますか,と英語でお願い.

それをミシュラ君がサンスクリット語で言いなおしてくれます.

学長は,サンスクリット語しか喋らないので,「エーヴァン,エーヴァン....アーガッチャトゥ」(よしよし,…来なさい)などと仰っていたように思います.(その当時は,サンスクリットの聞き取りは当然できませんので,ここらへんは推測.)

ともあれ,これで一安心です.

学長の許可を(口頭ですが)いただいたので,目的は果たしました.

ミシュラ君の泊っているヴィシュヌ派のマトゥ(僧院・宗教宿泊施設)にお世話になり,食事も御馳走になりました.



修士論文を終えて,95年.

派遣留学の奨学金にも受かり,実際的な渡航準備を開始.

まずは留学ヴィザが必要です.

あれこれと本当に七面倒くさい様々な書類が必要なのですが,その中に,大学の入学許可証というのがあります.

この入学許可というのは,留学ヴィザを取る時の最大の難関です.

なにしろ,インドの大学は,事務が遅い.

というか,基本的に,仕事をしている形跡がありません.

直接に事務に行っても,書類を一つ貰うのに相当苦労するようなところです.

ましてティルパティは地方都市.

いかにものインド時間で,誰も,急いで仕事をしたりなど,絶対にしないところです.

書類ファイルも,「緊急」「普通」と二つに分けられていて,緊急のほうだけを片付けて,普通のほうは,催促があるまで永遠にしない,というのが仕事の流儀.

そんなところですから,海外にいながら,手紙でやりとり,など無理も無理.

用心して,それ以前から手紙を大学に送っていましたが,もちろん,なしのつぶて.

幾度か出しても何も返事がありません.

もちろん,予想はしていました.

現地に知り合いがいて,その人が動いてくれるというようなことがない限り,何も動かないでしょう.

仕方ないので,留学前に,入学許可証を貰いに,自分で直接ティルパティへ.

95年の初夏でした.

行ってみると,なんと,タタアーチャーリヤ先生は,既に退官.

ポンディシェリに移られたとのこと.

「えーっ」です.

現在の学長は,ラグナータアーチャーリヤ先生.

ともあれ,留学のためには入学許可証が必要です.

ラグナータアーチャーリヤ先生に事情を話し,留学したいこと,入学許可証が必要なこと,などなどの仔細を伝えました.

「手紙は受け取っていた.どうしようかと考えていたところだった.そんな急ぎだとは思わなかったからな.」

とのこと.

幸いなことに,ラグナータアーチャーリヤ先生は,留学を快諾.

「気さく」からは程遠い気難しい先生ですが,私とは不思議と気の合う方でした.

「ミーマーンサーを習うなら,是非,きなさい」

と快く受け入れてくれた上に,先生みずから指導教官になることも了承.

すぐに入学許可証を出してくれました.

副学長で事務担当のクリシュナムアーチャーリヤ先生は,「そんなに簡単に受け入れていいのか」という風で,若干渋い顔をされていました.

が,学長決定なので,従うしかありません.

秘書に早速タイプさせて,書類を作成してくれました.

上からの圧力があると,インドでも仕事は早いものです.

学長決定により,許可証発行まで,あっという間でした.


いっぽう,件のタタアーチャーリヤ先生が移られたポンディシェリの研究所は,フランスの研究所です.

というわけで,そちらの所長にも会って,タタアーチャーリヤ先生から習う許可を貰わないといけません.

こちらも,留学前の入学許可証取得の際に,足を延ばして面会.

フランス人の所長は,その日は機嫌がよかったのでしょう,快諾.

ほっとしたのを覚えています.


日本に帰り,東京のインド大使館に書類を提出.

全て書類も揃っているので,無事にヴィザが発給されて,留学したのが10月1日.

なんとか予定通りに留学できました.

しかし,肝心のタタアーチャーリヤ先生は,ティルパティを退官後,ポンディシェリに移られています.

すぐにでも習いたかったのですが,ラグナータアーチャーリヤ先生と相談.

最初はまず,サンスクリット語の会話・聞き取りに集中するために,ティルパティに滞在.

タタアーチャーリヤ先生は,英語を全く喋らず,サンスクリットのみです.

まずは,自分自身の聞き取り能力を高めておく必要があります.

5ヶ月間,学生に交じって,日常会話を習得.

ヒンディー語と英語に,サンスクリット語を交えながら会話しているうちに,サンスクリットは,ほぼ聞き取りできるようになりました.(同時に現地のテルグ語もちょろちょろやりましたが,ものになりませんでした.)

たまに大学で開かれたサンスクリット語の問答集会(パンディット・サバー――ナチュラルスピードで,サンスクリット語文献の哲学的な内容について討論するもの)も,ほぼフォローできるようになっていました.


地方都市のティルパティは,外国人にはいろいろと難しいところがあります.

ティルパティのサンスクリットカレッジも,創立以来,外国人を受け入れたのは,私が二人目だったそうです.(一人目はブータン人だったとのこと.)

5か月間,日本人はおろか,外国人を目にしたことがないところでした.

5ヶ月を過ごして,ポンディシェリに移動.

当初の予定通り,サンスクリット語の原典を教えていただくことになりました.

留学した先輩の話を聞くにつれ,留学して5カ月で学習環境を整備,というのは上出来のようです.

1年間の交換留学だと,帰る間際にようやく本当に勉強できる環境が整う,というような感じだとのこと.

そういえば,二年の予定でインドに行ったはいいけど,先生は見つからない,まったく勉強にならない,というわけで,早々にリタイアして帰国した後輩がいました.

幸い,私の場合は,二年ですから,まだ19カ月残っています.


5ヶ月間,つまり,留学期間の四分の一近くを環境整備だけに費やしてしまいましたが,インドの場合,いったん習い出すとスピードが違います.

というのも,週に一回の日本とは違って,毎日教えるのが普通だからです.

ポンディシェリは,フランス流なので,週末はお休みにしていましたが,それでも,週に五日~六日となると,結構なスピードで読み進めていくことができます.

ここに至るまでが大変ですが,いったんこの環境を作ってしまえば,あとは楽ちんです.

日本の大学で一学期かけて読むところを,二週間くらいで終えてしまいます.

苦労した甲斐があるというものです.(もちろん,その「苦労」が,人にはお薦めできないくらいの半端ない苦労なわけですが.)

あの時の入学許可証は,まだ大事に取ってあります.
  1. 2013/01/27(日) 10:35:52|
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生と死の探求(九州大学出版会)

目次は以下の通り

生と死の探求(片岡啓)i-vii

序 生と死へのまなざし
 生と死の哲学――ハイデガーとメルロ=ポンティをめぐって――(円谷裕二)3-20

第I部 アジアにおける生と死
 古代中国人の死生観――『論語』と『荘子』を中心にして――(柴田 篤)23-37
 生老病死の苦海から――インド思想が導くもの――(片岡 啓)39-54
 イスラーム社会における生と死(清水和裕)55-70


第II部 具象化された生と死
 描かれた死――アジアの美術(後小路雅弘)73-85
 ルネサンス絵画にみるキリスト教の死生観――聖人崇敬との関わりから――(京谷啓徳)87-104
 墓地と社会関係(辻田淳一郎)105-118


第III部 文学における生と死
 竹取物語「月の顔見るは忌むこと」考(静永 健)121-135
 命を与えることの重み――『フランケンシュタイン』における生と死――(鵜飼信光)137-149
 アーネスト・ヘミングウェイの描く戦争と死(高野泰志)151-168
 トーマス・マン『魔の山』 ――エロスとタナトスの密閉空間――(小黒康正)169-179

結 生と死を超えて
 生命の海へ(関 一敏)183-192
 永遠のいのち(飯嶋秀治)193-208


九州大学文学部人文学入門2
生と死の探求
2013年2月4日
編者:片岡啓,清水和裕,飯嶋秀治
(財)九州大学出版会
http://www.kup.or.jp/
ISBN978-4-7985-0092-8

定価:2000円(税別)



p. 201, l. 17
体積>堆積
  1. 2013/01/27(日) 08:00:14|
  2. 未分類

kasmiṃścic chiśiradine

MiyajidakeJinja 019
MiyajidakeJinja 006
MiyajidakeJinja 005
MiyajidakeJinja 001
  1. 2013/01/26(土) 18:38:47|
  2. 未分類

新刊:『生と死の探求』

生と死の探求


生と死の探求
片岡啓・清水和裕・飯嶋秀治[編]
九州大学文学部人文学入門2
九州大学出版会
2000円(税別)

「生まれ,死ぬ」という普遍的な問題に対して,

文学部の教員が,各分野それぞれの視点から,大学生に分かりやすく説く.

2011年度に150人以上の聴講学生を集めて行われた人気の授業を踏まえ,

さらに内容を充実させて教科書として出版.

東アジア・南アジア・西アジアという地域の視点から,

また,新旧の美術作品や墓という具象物から,

また,洋の東西の文学から,

生死がどのように捉えられてきたのかを明らかにする.

序と結では,哲学・宗教学の視点から,問題を全体的・普遍的に見直す.

生と死という時代のテーマを正面から見据えた九州大学文学部の教科書.
  1. 2013/01/26(土) 09:47:58|
  2. 未分類

upari kiṃ kurvāṇaḥ?

PalmTree09352
PalmTree430928423
  1. 2013/01/23(水) 22:37:28|
  2. 未分類

JS 11.2.1

新月満月祭は,新月日と満月日のそれぞれ三つ,合計6つの祭式から構成されます.

アーグネーヤ祭,アグニーショーミーヤ祭などが,この六つの主祭を構成します.

pradhanaと呼ばれます.

それぞれ,「アグニへの,8かわらけのものは,新月日に,満月日に…」という発生規定文により命令されます.

主祭の根本的な命令文です.

utpattividhiあるいはcodanavidhiと呼ばれるものです.

主祭の規定文です.

いっぽう,新月満月祭の従属要素である構成要素を規定する文には

「平らな所で祭る」といった場所を規定する文や

「満月日に満月祭をする」といった時を規定する文や

「新月満月祭には四人の祭官」といった行為主体を規定する文があります.

いったい,これらの場所・時・行為主体といった必須構成要素(anga)は,六つの主祭の一つ一つに所属するのでしょうか.

あるいは,新月満月祭の全体,すなわち,六つまとめたものの全体に所属するのでしょうか.

前者であれば,新月日に1つ主祭,満月日に一つ主祭,次の新月日にまた別の主祭,次の満月日にまた別の主祭,さらに,次の新月日にまた別の主祭,次の満月日にまた別の主祭というように,3カ月かかることになります.そして,それぞれ別の場所でやってよいことになります.また,祭式を執行してくれる祭官も,それぞれの祭式毎に別で構わないことになります.つまり,場所・時・行為主体がそれぞれ別ということになります.

後者であれば,新月日に三つまとめて,満月日に三つまとめて執行ということになります.そして,場所も同じ所で,執行する行為主体も同じということになります.

シャバラはこの疑問を次のように表現します.

「いったい,場所等は,教令規定の附属要素なのか……,あるいは,執行の附属要素なのか.」

結論は,後者です.

つまり,場所などは,果報を目指す執行全体の附属要素だというものです.

したがって,場所等は,六つの主祭全体に対して所属し,tantraとして機能することになります.

一個一個に個別にくっついて,別々に所属するわけではありません.

JS11.2.1は次のように結論づけます.

「諸々の主[祭]は,同じ場所・時・行為主体を持つ.同一の言葉で教示されているから」

六つは同一の果報を有するので,一緒に執行されます.

必須構成要素はその執行全体に所属することになります.

或る祭式要素が,一つ一つに個別につくのか,或いは,全体にまとめて一回で済むのかという問題が,この章の主題です.

いかにもミーマーンサー学者の好きそうな問題です.
  1. 2013/01/22(火) 18:43:43|
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マイティガルにて印哲新年会

上人橋通り,ネパールカレーの「マイティガル」にて印哲新年会(二年生は初めて)

スペシャルゲストの高田さんも入れて総勢14名

OBの逆瀬川君も参加

非常勤の山口さんも駆け付けてくれて予定時間に全員勢ぞろい

ただし,前回と同じく,トミーは,道に迷った様子で,向こうの大正通りまで行ってしまったそうです


期限までに4年生も無事に卒論を提出

クマールさんは,連日のハードワークのせいで,かなりお疲れの様子

なんと,ランチ営業も長引いて5:30までだったそうです

目にクマでした

対照的に,ゆみさんは,かわらずお元気の様子で何よりでした

若い2年生を見て「まあ,わかい.まあ,かわいい」との歓声をあげてるゆみさんが,一番若々しい感じでした


最長老の源さんの乾杯音頭からしっとりと始まりましたが,徐々にヒートアップ

ククリ・ラムまでロックで勢いよく空けている人もいました(2年生)

無事に卒論提出の4年生松岡君がトップバッターで年始の挨拶

1080偈という膨大な量の和訳にてこずったとのこと

最後は,いつものように,岡野教授の挨拶で締め

宇佐八幡に今年はお参りされたとのことでした


料理は,モモ,セクワの前菜に,マトンカレー二種,チキンカレー,豆カレー,ダル二種と多彩

全員お腹一杯でした

最後にモヒ(=ラッシー)


今回は,店内のテーブルを全て使用して二列に別れました

その結果,後から入ってきたお客さんはカウンターしか座る所が残っていませんでした

印哲新年会 020

食後,店内の雑貨を物色する学部生

ガネーシャ像か何かを購入したようです


二年生は明日のチベット語予習に備えて早々に退散

二次会は,チャーリー推薦の「タロカリ」にて,まったりカフェタイムでした
  1. 2013/01/22(火) 07:53:45|
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シヴァによるラーヴァナへの恩寵(Ravana-anugraha)

Ravana-anugraha1

Banteay Srei
SE library
Facing-E pediment

ラーヴァナと言えば,十面二十臂.(これをラーマーヤナの実写版で見るとお笑いですが.)

主人公ラーマ王の妃であるシーターを誘拐して,ランカー島に監禁する『ラーマーヤナ』の悪役です.

そんなラーマーヤナのストーリーが始まるより随分以前のこと.

無敵のラーヴァナは,調子をこいて,シヴァの住むカイラーサ山まで行き,山を揺らしにかかります.

野郎自大,慢心とはこのことでしょう.

下から山を揺らしているラーヴァナが見えます.

その形相にライオンも「ひょえーっ」という感じで,びびっています.

カイラーサ山の上には涼しい顔をしたシヴァ神.

抱えられるようにシヴァの左隣に座る(左腿の上に乗る)のは,ラーヴァナの揺れにおびえるパールヴァティー妃.

きっと凄い咆哮も伴っていたことでしょう.

南インドの「ソーマースカンダ」図だと,赤子のスカンダのサイズもあるので,パールヴァティーのサイズがもうちょっと大きそうなものですが,カンボジアの特徴でしょうか,ここで,パールヴァティーは,やたら小さく描かれています.

下から必死にカイラーサ山を持ちあげようとするラーヴァナ.

それにたいしてシヴァは,右足で軽く押えにかかります.

シヴァの勝ち.

下から二段目には,悪漢ぞろいの恐ろしげなシヴァの軍団(ガナ)が見えます.

上から二段目は,聖仙達(リシ).

というわけで,このままラーヴァナはカイラーサ山に長い長い間閉じ込められてしまいました.(シーターを幽閉するのが『ラーマーヤナ』での役割なわけですが,この時は,自分がカイラーサ山に幽閉されたことになります.)

最後には,シヴァに許しを乞い,恩寵を得て,さらに強力になって,ランカー島を(意外に立派に)治め,ラーマーヤナのストーリーへとつながっていきます.

悪役も,それなりに力をつける途中では,恩寵によるパワーアップが必要なわけで,この場合は,シヴァの恩寵でした.

それにしても,重いシャッターでも持ち上げるような必死さです.
  1. 2013/01/18(金) 18:54:36|
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received: Can the Veda speak?

Can the Veda speak?
Dharmakirti against Mimamsa exegetics and
Vedic authority. An annotated translation of
PVSV 164,24-176,16
Vincent Eltschinger, Helmut Krasser, John Taber
Verlag der Oesterreichischen Akademie der Wissenschaften
2012
  1. 2013/01/17(木) 19:07:32|
  2. 未分類

Dates of Mimamsa Authors

ミーマーンサー諸論師の年代(仮説)
Ālekhana 6.5.17
Āśmarathya 6.5.16
Lāvukāyana 6.7.37
Kāmukāyana 11.1.57, 11.1.62
Kārṣṇājini 4.3.17, 6.7.35
Ātreya 4.3.18, 5.2.18, 6.1.26
Aitiśāyana 3.2.43, 3.4.24, 6.1.6
Bādari 3.1.3, 6.1.27, 8.3.6, 9.2.33
Bādarāyaṇa 1.1.5, 5.2.19, 6.1.8, 10.8.44, 11.1.65
Jaimini 3.1.4, 6.3.4, 8.3.7, 9.2.39, 12.1.7

Bodhāyana
Bhavadāsa 350–410
Upavarṣa(=Vṛttikāra) 480–540
Śabarasvāmin 500–560
Bhartṛmitra 540–600
Kumārila Bhaṭṭa 600–650

Prabhākara Miśra 620–680
*Jaratprābhākara 640–700
Maṇḍana Miśra 660–720
Sāmaṭa 680–740 (Cf. TSP ad v. 3246 ff.)
Yajñaṭa 700–760 (Cf. TSP ad v. 3246 ff.)
Bhaṭṭa Umbeka 730–790

Śālikanātha Miśra 800–900

Mahodadhi 850–900 (Cf. Nayaviveka他)
Mahāvrata 900–950 (Cf. Nayaviveka他)
Sucarita Miśra 930–980
Vācaspati Miśra 950–1000
Pārthasārathi Miśra 1000–1050

Śrīkara 1000–1100 (Cf. Nayaviveka)
Prakāśa 1000–1100 (Cf. Nayaviveka)
Bhavanātha Bhaṭṭa 1050–1150
Bhavadeva Bhaṭṭa 1060-1110, 1100-1250
Paritoṣa Miśra 1200頃
Bhaṭṭa Someśvara 1200頃


See
Kataoka 2011a:276
Kataoka 2011c:112

http://www.k4.dion.ne.jp/~sanskrit/WorksJ.html




  1. 2013/01/17(木) 08:00:55|
  2. 未分類

Lolei

Lolei09835251


K. 331S

|| śrī si ddhi sva sti ja ya || sa śrī ya śo ...
je ndra ca ndrā ṣṭa bhi rā pta rā jya ḥ sva sthā pi ...
vyāṃ vya tā rī di ha ta tsa ma sta m || sa ...

  1. 2013/01/08(火) 05:30:44|
  2. 未分類

EFEO

EFEO430985232
  1. 2013/01/06(日) 06:49:53|
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Pre Rup

PreRup4098435
  1. 2013/01/05(土) 06:55:30|
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