Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

The Ontology of Asian Philosophy

International Workshop
The Ontology of Asian Philosophy
– Perspectives from Buddhist Studies and Analytic Philosophy
April 13 & 14 10:00-18:00
at Main Conference Room, West Wing 2F, Omiya Campus,
Ryukoku University, Kyoto.


April 13 Sat.
10:00 - 10:10 - Opening Remark
10:10 - 11:10 - What exists in Buddhist philosophy?
Shoryu Katsura, Ryukoku University, Japan

11.10 - 11.20 - Tea Break

11.20 - 12.20 - Abhidharma Ontology and its Defense
Mark Siderits, Illinois State University, U.S.A

12.20 - 1.30 - Lunch

1.30 - 2.30 - I am a Brain in a Vat (or perhaps a pile of sticks by the side
of the road), Jay Garfield, Smith College, U.S.A

2:30 - 3:30 - Serious, Lightweight or Neither?
Tom Tillemans, University of Lausanne, Switzerland

3.30- - 4.00 - Tea break

4.00 - 5:00 – Existence and meaning: Indian grammarians’ approach to ‘existence’
Hideyo Ogawa, Hiroshima University, Japan

5:00 - 6.00 - General Discussion


April 14 Sun.

10:00 - 10:10 - Opening Remark

10:10 - 11:10 - Self and Body in the Zhuangzi
Kai-Yuan Cheng, Institute of Philosophy of Mind and Cognition,
National Yang-Ming University, Taiwan

11.10 - 11.20 - Tea Break

11.20 - 12.20 - How to meditate with the knowledge of particulars and universals for
attaining enlightenment? -- Huizhao on svalakṣaṇa and sāmānyalakṣaṇa
Chen-kuo Lin, National Chengchi University, Taiwan

12.20 - 1.30 - Lunch

1.30 - 2.30 - Logic of Emptiness; Nishitani, Jizang, and Para-consistency
Yasuo Deguchi, Kyoto University, Japan

2:30 - 3:30 - Metaphysical Anti-Foundationalism
Ricki Bliss, Kyoto University, Japan

3.30 - 4.00 - Tea break

4.00 – 5.00 - Deflationary Existence and Necessity
Takashi Yagisawa, California State University, Northridge, U.S.A.

5:00 - 6.00 - General Discussion
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  1. 2013/03/31(日) 13:14:02|
  2. 未分類

西日本宗教学会第3回学術研究大会

日時:2013年3月30日(土)、31日(日)
場所:九州大学箱崎文系キャンパス 
21世紀交流プラザ2階 第1教室 
http://www.kyushu-u.ac.jp/access/map/hakozaki/hakozaki.html (緑の⑥)

西日本宗教学会



【第1日目】3月30日(土)14:00~17:00(開場:13:30~)

公開シンポジウム:タイトル「宗教談話」

発題者:谷 隆一郎(教父哲学、九大名誉教授)
    岡野 潔 (仏教史学、九大)
    関 一敏 (宗教学、九大)

世界の創造から終末にいたる宗教的時間のしくみと
そこに生きるわれわれの生き方・死に方について、
知見を総動員して時間のゆるすかぎり物語りつづけます。

*公開シンポジウムは無料です。


【第2日目】3月31日(日)9:00~(開場8:40~)
*発表人数の関係で、開始時間が当初のお知らせより
少し早くなっております。ご注意ください。


<個別研究発表会プログラム>(発表30分、質疑10分)

9:00~9:40
山口 勇人(西南学院大学非常勤講師)
「ヘブライ的時間観念、動詞変化と預言の文法」

9:45~10:25
永松 和郎(九州大学大学院博士課程)
「比喩で語る教義の翻訳―タイ語における天理教の教義翻訳の事例を中心に―」

10:30~11:10
亀崎 敦司(九州大学大学院博士課程)
「風止めの旗の諸相―主に筑後川流域の事例から」

11:15~12:05
後藤 晴子(福岡大学非常勤講師)
「死にがいのありか―南島における死者とのつきあい合い方を事例に―」

(昼食休憩)

13:30~14:10
岡本 圭史(九州大学大学院博士課程)
「フィールドからの宗教概念再考――ドゥルマ・クリスチャンの語りから」

14:15~14:55
徳安 祐子(九州歯科大学非常勤講師)
「精霊と暮らす人びと―ラオス山地民カタンの事例から(仮)」

15:00~15:40
長谷 千代子(九州大学)
「中国雲南省における宗教説話と演劇:徳宏タイ劇に関する報告」

15:45~16:25
宮嶋 俊一(中村学園大学非常勤講師(4月から))
「フリードリッヒ・ハイラーの祈り論」

16:30~17:10
飯嶋 秀治(九州大学)
「エリアーデ『オーストラリア人の宗教』出版を巡る宗教学(仮)」


  1. 2013/03/30(土) 20:53:57|
  2. 未分類

ユダヤ思想における存在論

TokyoUniversityHongo


日時 2013年3月29日(金)
   16:30-18:00(講演)
   18:30-19:30(質疑応答)
講師 手島勲矢先生(同志社大学神学部元教授)
題目 ユダヤ思想における存在論(仮題)
会場 東京大学本郷キャンパス 法文2号館 第3会議室
  1. 2013/03/30(土) 19:55:09|
  2. 未分類

九大文学部卒業祝賀会

GraduationParty

卒業式の後,文系生協食堂にて文学部の卒業祝賀会.

印哲の卒業生は,松岡君と柳田君.

哲学コース全体の代表として,今年は,松岡君が卒業生代表の挨拶.

同級生の「じゅんじゅーん!」の掛け声が方々から上がる中,相当にウケた挨拶をしていました.

会も終わりに近づいたころ,講義を昔取っていた別科の女子学生二人がこちらに接近.

「せんせー,インドに行ってきましたー」

とのこと.

案の定,いろいろとひどい目に会ってきそうですが,なかでも最後は,デリーに行く電車が遅れに遅れて,デリーからの飛行機に見事,乗り遅れたそうです.

で,新たな航空券を買う金も足りず困っていた所,なんと,旅行中に知り合いになったインド人が4万円も貸してくれたとのこと.

驚きです.
  1. 2013/03/26(火) 18:57:40|
  2. 未分類

おあしとおつむ

定年退職される九大の先生方全員が寄稿する「さようなら九州大学」.

多くはご自身の来し方などを記されたもので,きわめて穏便な内容です.

が,38名もいると,なかには,なかなか面白い発言もあります.


九州大学へ赴任して感じたことは,1)閉鎖的な社会である,2)頭脳明晰で優秀な人材が多いが,プライドが高い割に,日本あるいは世界のトップレベルになって活躍するという志を持って仕事をしている人が少ない,というものであった.博多で,九州大学出身のエリートとして暮らす事で満足している人が多いと感じた.(佐々木富男教授(医学研究院,脳神経外科学),「平成24年度さようなら九州大学~九州大学を去るにあたって~」13頁右)



と,痛烈な批判コメント.

もちろん,この後には,「幸い,我が教室員たちの多くは良い意味での意識改革ができて,現在は高い志を持って仕事に励んでくれている」とあり,落としておいての持ち上げがあるので,単なる批判ではありません.

もっと痛快なのは,海洋物理学の増田章教授(応用力学研究所).

出だしからふるっています.


定年を迎え研究者気分のまま無給になる.昔,学生気分が抜けないまま有給になったのを想い出す.(同上 36頁左)



いろいろと面白い感慨は続きますが,途中では次のコメント.


また品無くも金のことばかり言うようになったようだ.金のことを「おあし」ともいう.大学で大事にしてきた筈の「おつむ」と対極にあるものが遂にというかやはりというか一番大事になったということらしい.(同上 36頁右)



昨今の大学のあられもない拝金主義への批判.

愉快な先生もいたものです.
  1. 2013/03/25(月) 19:15:54|
  2. 未分類

received: 金沢篤「レーリヒと河口慧海」

金沢篤
レーリヒと河口慧海
――レーリヒ父子来日の事情を探る――
駒澤大学佛教學部研究紀要 第71号
2013年3月31日
pp. 270-244
  1. 2013/03/25(月) 18:26:59|
  2. 未分類

哲学年報72発刊

KeiKataoka2013-3


片岡 啓
『ニヤーヤ・マンジャリー』「仏教のアポーハ論」章和訳
九州大学大学院人文科学研究院
『哲学年報』第72輯
2013年3月
pp. 1-45

See here for its PDF.

Kei Kataoka
An Annotated Translation of the Nyāyamañjarī: Buddhist Theories of apoha
Tetsugaku Nenpo (Annual of Philosophy, Faculty of Humanities, Kyushu University)
No. 72
pp. 1-45
2013 March
  1. 2013/03/25(月) 08:00:53|
  2. 未分類

Cherry blossoms in Hakozaki Campus

工学部横噴水1

文学部横1

26日の卒業式までもってくれればよいのですが.
  1. 2013/03/22(金) 18:48:57|
  2. 未分類

文献学は科学か?

文献の解釈が一種の信念であり,賭けのようなものであるということを橋本さんは次のように述べています.

…あらゆる事情を考慮した上で、可能性がどんなに小さいと言われても、自分はその可能性を信じる、という人がいた場合に、他人は彼の判断を誤りだと言う権利を持たない。人間そうやって生きているのだが、古典の解釈というのもまたそんなものである。表面的な指標だけを頼りに、客観的に計算できる蓋然性だけを信じて生きるのは、全くつまらない人間だと思う。古典解釈に客観的で厳密な科学的方法がある、などというのは、同じようにつまらない妄想であるし、……(橋本秀美『『論語』心の鏡』164頁)



文献学が科学とは違う,ということを,ハウスマンは次のように述べていました.

Secondly, textual criticism is not a branch of mathematics, not indeed an exact science at all. ... It therefore is not susceptible of hard-and-fast rules. It would be much easier if it were; and that is why people try to pretend that it is, or at least behave as if they thought so. ... A textual critic engaged upon his business is not at all like Newton investigating the motions of the planets: he is much more like a dog hunting for fleas. If a dog hunted for fleas on mathematical principles, basing his researches on statistics of area and population, he would never catch a flea except by accident. (A.E. Housman: Collected Poems and Selected Prose, 325-326)



写本や用例をチェックする前でも,この解釈は正しそうだ,正しくなさそうだ,この解決方法はいける,これはいけなさそうだ,という一種の勘(それは長年の経験から来る総合的な判断・信念ですが)が働くようになるのを感じます.

そして,実際に写本をチェックしたり,パソコンで用例を網羅的に見ることで,自身の判断について,やはり正しそうだ,あるいは違う,というフィードバックを図ることができます.

文献学者が獲物を探す猟犬に喩えられているように,嗅覚を鍛える,とでも言った方がいいのかもしれません.

したがって,解釈や判断というのは,これまでの経験の全てを用いた,まさに賭けということになります.

だとすると、嗅覚を鍛えるための訓練が、どのような形を取るかも理解できます。

それが、ブロイラー飼育のような効率性重視の工場の中から生まれ得ないのは、当然かもしれません。
  1. 2013/03/12(火) 07:40:23|
  2. 未分類

received: 金沢篤『法華経』の彩り

金沢篤
『法華経』の彩り
インド論理学研究会
ASIL-M01
2013.1.1

正宗白鳥の夢(1)
――「ダンテについて」の本文批評を中心に――
駒澤大学佛教學部論集 43
2012.10.31
498(39)-470(67)

忽滑谷快天ノート(1)
――欧米巡錫の実情――
駒澤大学研究所年報 24
2012.12.31
232(35)-213(54)
  1. 2013/03/11(月) 18:47:15|
  2. 未分類

VIP in the Halal exibition, Fukuoka

ハラルフードの見本市ですごい人だかり

Halal1

アラブのVIPかと思ったら

Halal2

クマモンでした.
  1. 2013/03/03(日) 19:54:20|
  2. 未分類

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