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Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

ダーモーダラグプタ著クッタニーマタ11

tārā-gaṇo 'kulīnaḥ
priya-doṣā yatra kauśikāḥ satatam/
gadye vṛtta-cyavanaṃ
para-gṛha-rodhas tathākṣeṣu//11

星・群が,家柄低きもの
好む・ドーシャ(夜・欠点)は,そこで,ふくろう,常に.
散文において,ヴリッタ(行い・韻律)を失うこと
他の家の妨害は,また,さいころに.


ヴァーラーナシーは,家柄の高い(クリーナ)人ばかり.

家柄の高くないものといえば,地に沈む星くらいです.

人の過失(ドーシャ)をあげつらう「過失を好む人」は,ヴァーラーナシーにはいません.

いるとすれば,夜(ドーシャ)を好むふくろうくらいです.

品行正しい人ばかりで,行動(ヴリッタ)を逸した人はいません.

いるとすれば,韻律(ヴリッタ)のない散文くらいです.

他人の家を妨害することもありません.

あるとすれば,他人の陣地を邪魔するさいころゲームにおいてくらいです.
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  1. 2013/05/20(月) 18:46:01|
  2. 未分類

Kuttanimataの帰敬偈

sa jayati saṃkalpa-bhavo rati-mukha-śata-patra-cumbana-bhramaraḥ/
yasyānurakta-lalanā-nayanānta-vilokitaṃ vasatiḥ//1

彼が,勝つ,企図より生じる者(カーマ神)が,ラティ(性交)の顔・百弁(蓮)に接吻する蜜蜂が
彼にとり,恋に染まった乙女の流し目の視線が,住まい.


愛の神,カーマ神の妻はラティ(性交)です.

ここでカーマ神は,蜜蜂にたとえられています.

ラティの顔という蓮にキスするからです.

また,彼の住まいは,乙女の流し目の視線とされています.

前者の例えは一般的によく見られる蜜蜂のイメージを,蓮=顔を起点として,展開したもので,それほど意外ではありません.

後者は,少し予想外であり,この詩の眼目と言えるでしょう.

カーマの持ち物である弓や矢,あるいは,シヴァの三つ目に燃やされた体に言及するものはよくあります.

が,彼の住まいが何処なのか,というのは目新しい感じがします.

アヌラクタ・ララナー・ナヤナーンタというnのしっとりした優しい音と,若く軽く遊ぶ感じのあるラ音の連続も魅力的です.
  1. 2013/05/20(月) 18:24:50|
  2. 未分類

遊女=獣主 in Varanasi

Tanjore-234.jpg


candra-vibhūṣita-dehā bhūti-ratāḥ sad-bhujaṅga-parivārāḥ/
vāra-striyo 'pi yasyāṃ paśupati-tanu-tulyatāṃ yātāḥ//5

月・飾られた・体を持つ,繁栄(灰)を楽しみ,良き情夫(蛇)を取り巻きとし
遊女も,そこでは,獣主・体・等しさに,赴いた.


ヴァーラーナシーでは,遊女すらも,獣主シヴァ神の身体と等しくなるといいます.

なぜでしょう?

シヴァの身体(頭頂部)は三日月に飾られています.

遊女の体は半月形の爪痕で飾られています.

シヴァは灰(ブーティ)を塗り,そこに安んじています.

遊女は繁栄(ブーティ)を楽しんでいます.

シヴァは,蛇(ブジャンガ)を体に巻いています.

遊女は,情夫(ブジャンガ)に取り囲まれています.
  1. 2013/05/20(月) 08:15:51|
  2. 未分類

クッタニーマタ

Gandharva.jpg


遊女上がりのやり手婆の忠告,

手練手管の遊女になるための,あれこれのアドヴァイス.

帰敬偈こそ愛の神カーマ神の描写がありますが,

その後に続く冒頭部分は,ヴァーラーナシーの描写に終始します.

掛け言葉の連続で,和訳しても,そのままでは面白さが伝わらないような感じです.

yati-gaṇa-guṇa-samupetā
yā nityaṃ chandasām iva pracitiḥ/
vana-paṅktir iva sasālā
turuṣka-seneva bahala-gandharvā//10

苦行者(休止)・集団(詩脚)・美徳・伴った
それ(ヴァーラーナシー)は,常に,韻律の,ような,集まり
森・列・ような,城塁(サーラ樹)を伴った
トルコ軍のよう,多くの歌手(馬)がいて



ヴァーラーナシーは,韻律の集まりのようです.

なぜでしょう.

ヴァーラーナシーは,苦行者(ヤティ)集団(ガナ)の美徳を伴っています.

韻律の集まりは,ヤティ(休止)やガナ(詩脚)という美質を伴っています.

また,ヴァーラーナシーは森の列のようです.

なぜか.

城塁(サーラー)を伴っているからです.

森の列は,サーラ樹を伴っているからです.

また,ヴァーラーナシーはトルコ軍のようです.

なぜか.

ヴァーラーナシーには多くの歌手(ガンダルヴァ)がいるからです.

トルコ軍には多くの馬(ガンダルヴァ)がいるからです.


「Xと掛けてYと解きます」
「その心は」
「Z(という共通性)があるからです」

を詩にしたものということになります.

そのZの部分が,掛け言葉(同音異義語)になっています.
  1. 2013/05/20(月) 08:07:24|
  2. 未分類

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