Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

DhC Sat

Junjie Chu:
Jitāri’s Vijnaptimātratāsiddhi

Hugo David:
Maṇḍana Miśra on omniscience (sarvajnatva) and the perception of yogins (yogipratyakṣa), on the early appropriation of a vew Buddhist concepts in the Mimamsa tradition

Brendan Gillon:
Ṣaṭkoṭivāda in the Upāyahṛdaya

Huanhuan He / Leonard van der Kuijp:
Turning the Wheels: Yet another look at the *Hetucakra[-ḍamaru]

Mingjun Tang:
The concept of sādhana in Chinese Buddhist logic

Kensho Okada:
A way of communication between a speaker and a listener similar to the way in which two persons with eye disease
equally see double moon -- in the light of the apoha theory of Śāntarakṣita and Kamalaśīla


Miyuki Nakasuka:
Dharmakīrti's apoha theory, perceptual judgement, and lack of superimposition (samāropaviveka)

Piotr Balcerowicz:
Dharmakīrti and Samantabhadra

プレッツ博士は、指のけがのためDhCはキャンセル。

IABSで久々に顔を見ましたが、あいかわらず元気そうでした。

というわけで、最後のMarieさんが、プレッツ博士の発表時間に繰り上げ移動。

ベルギーのケントでジャイナ。

たしかに、フランス語圏ということで、ジャイナはありですが、しかしながら、アーガマではなく、シャーストラ、論理学系は珍しい。

ちなみに、今回、DhC参加のフランス語人は4人でした。

中国語人のほうが多かったと思います。

Marieさん、内容は、Nyaya-binduのanupalabdhiに関連する論証分類のジャイナ対応版について。

ジャイナの論理学とくれば、藤永博士を始め、実は日本(広大組)が進んでいます。

小林博士に聞いたところ、「アーガマまで溯って色々と調べようとすると地獄を見る」のだそうです。

ジャイナ教典の森も奥深そうです。
スポンサーサイト
  1. 2014/08/30(土) 16:29:00|
  2. 未分類

DhC Friday

John Taber:
The Structure of Dharmakīrti's sahopalambhaniyama Argument

Serena Saccone:
Śubhagupta’s theory of reality in the *Bāhyārthasiddhikārikā

Marie-Helene Gorisse:
Jain conceptions of non-apprehension. A criticism of Dharmakirti's theory of inference.

Yōichi Fukuda:
Reinterpretation of the compound “svabhāva-pratibandha” in Dharmakīrti’s logical theory


Kiyotaka Yoshimizu:
Another look at avinābhāva and niyama in Kumārila’s exegetic works

Kiyokuni Shiga:
On the meaning of bāhyārtha in Dignāga’s and Jinendrabuddhi’s theories of inference

Laura Guerrero:
Pramāṇa as conventional truth in the work of Dharmakīrti

Kei Kataoka:
How does one cognize a cow? A dialogue between Mādhava and Dignāga

Vincent Eltschinger:
Buddhist epistemology as apologetics

Cristina Pecchia:
Dharmakīrti on the role of rituals

Som Dev Vasudeva:
Bhoktṛtva and causation in Kṣemarāja’s response to Dharmakīrti’s critique of liberation through initiation


金曜日終了後、7時から、ジョン・テイバー教授、ラリーと私のミーマーンサー三人組で、近くのクロカダイルというレストランへ。

DhC4 013

ハイデルベルクまで来て何ですが、いまさらながらのヴィーナーシュニッツェルを注文。

ウィーンで食べるものと見た目はえらく違いますが、美味しかったです。

ラリーはいつもながらですが、喋り倒していました。
  1. 2014/08/29(金) 16:24:41|
  2. 未分類

博士にあまえる巨大な犬

DhC3 104

DhC3 109

連日、朝の9時から6時まで。

運動不足もいいところです。

午前のセッション二つを終わり、木曜の午後は、街歩き。

ビスマルクプラッツから、ぶらぶらと中央通りを歩いて、ラートハウスまで。

一本入ったアブサンを飲ませる店の近くに巨大な犬。

のそりのそりと近づいてきたかと思うと、L博士に甘え出しました。
  1. 2014/08/29(金) 04:41:06|
  2. 未分類

ビスマルクプラッツ

DhC3 029
  1. 2014/08/29(金) 04:28:31|
  2. 未分類

group photo at Dharmakirti Conference

DhC3 010

DhC3 006

朝のセッションを終えた木曜日の昼、忘れぬうちに集合写真。

しかし、所要のため既に帰国の途についていた日本人も3名。
  1. 2014/08/29(金) 04:20:09|
  2. 未分類

DhC Thur

Masahiro Inami:
Two kinds of causal capacity, sāmānyā śaktiḥ and pratiniyatā śaktiḥ

Hisayasu Kobayashi:
Dharmottara and Prajnākaragupta on svalakṣaṇa

Yōhei Kawajiri:
The Pratyabhijnā school's criticism of the Buddhist concept of svalakṣaṇa

DhC3 004


Toshikazu Watanabe:
Dharmakīrti and his successors on āśrayāsiddha and prasaṅgaviparyaya

Pascale Hugon:
Revisiting the prasaṅga-passage of the Pramāṇaviniścaya

Lawrence McCrea:
Balancing the scales. Dharmakīrti inside and out

後半三つ司会で疲れました。

時間厳守で無事終了。

質疑もかなり盛り上がりました。

最後のラリーの発表は、かなり大きいテーマ。

ダルマキールティの二つの立場の関係・位置づけ方について。

  1. 2014/08/28(木) 16:21:14|
  2. 未分類

DhC Wed

Patrick McAllister:
Form and content in Ratnakīrti's writings

パトリックは、ラトナキールティの著作の構成、さらには、各章の構成。特に、sadhanaとdusanaの観点から見た構成。そして、単に、ジュニャーナシュリーの簡易まとめ版ではないラトナキールティ独自の切り口について分析。

Sara Uckelman:
The Legitimacy of Inference. Argumentation strategy in Ratnakīrti's Īśvarasādhanadūṣaṇam

「誰だ誰だ」と思って隣のラリーにも聞きましたが「知らない」とのこと。知らないのも当然。分野外の人でした。ハイデルベルクで、ビルギット、パトリックと一緒に、ISDを読んでいたとのこと。特に、論法について。つまり、議論のやり方。それを整理。

途中休憩。
次の開始前にビルギットがコメント。
「同じ人ばかりコメントしてないで、できるだけ、後ろの、いままでコメント質問してないひとも、積極的にしてください。前の今まで質問してたひとは、ちょっと様子みてからにしてください」とのこと。さすが、仕切らせたらピカイチです。


Ryō Sasaki:
The significance of the Vādanyāya in the historical transition of the ‘debate’ concept

こちらは、「やっつけるため」ではなく「真実を守るため」や「他者を利するため」という論争テクニックなる「棘」の目的の変化の視点から、ダルマキールティの位置づけを見ようというもの。バーサルヴァジュニャは、もろにDhの影響を受けています。

アカデミーで同室だったシュタインケルナー教授も最後にコメント。

Kyeongjin Choi:
The indeterminate role of bādhakapramāṇa in the Pramāṇaviniścaya

ウィーンに続いて、viparyaye badhakapramanaですが、ロデンシェラプを資料に。

Kyō Kanō:
On viparyayabādhakapramāṇa

こちらは、ジュニャーナシュリーミトラのVBP。
JによるVBP1とVBP2の区別が新鮮。
なお、naantariiyakatayaaの解釈について、Horstがコメント。

Masamichi Sakai:
Dharmottara on the viparyaye bādhakapramāṇa and trairūpya in Dharmakīrti’s sattvānumāna

VBP三連ちゃんのトリは、刹那滅一筋の酒井さん。VBPが用いられる相手について。

ライプチッヒの院生が、paksaとdharminの用語法・区別について質問。はっきりいって、どっちでもいいことです。



Christian Coseru:
Consciousness and causal explanation. Śāntarakṣita against physicalism

チャールヴァーカによる認識の物質への還元と、仏教による認識説の違いを哲学的に説明。

Zhihua Yao:
Non-activity (nirvyāpāra) in Dignāga and Dharmakīrti
漢文ソースも使いながら、アビダルマからディグナーガ、ダルマキールティに至る認識のとらえ方について。特に、対象に対する作用を持たないことについて。

Masaki Tamura:
The truth, the Buddha’s words, and inference. Bhāviveka’s theory of two truths
バーヴィヴェーカの世俗諦。

Motoi Ono:
On pramāṇabhūta – the change of its meaning from Dignāga to Prajnākaragupta
ルエッグ説の再評価。

Hisataka Ishida:
The exclusion of superimposition (samāropavyavaccheda)
知覚判断におけるapohaについて。
  1. 2014/08/27(水) 16:14:38|
  2. 未分類

Dharmakirti Conference, Tuesday

DhC1 003


11:00-11:30
Ernst Steinkellner:
Closing a gap in the interpretation of Dharmakīrti's logic

11:30-12:00 Eli Franco:
The determination of causation and the similarity between cause and effect

12:00-12:30 Horst Lasic:
What is the effect of what and how can one determine it?

14:30-15:00 Hideyo Ogawa:
Dignāga on the view of a generic term as denoting a relation

15:00-15:30 Akane Saitō:
Maṇḍanamiśra’s arguments against Dharmakīrti’s ideas on language – different definitions of the convention

16:00-16:30 Mai Miyo:
Dharmottara and Prajnākaragupta on the Non-distinction
between pramāṇa and pramāṇaphala

16:30-17:00 Hiroshi Nemoto:
Dharmakīrti's notion of permanence and its impact on the Tibetan Buddhist
doctrine of Buddhahood

17:00-17:30 Artur Przybyslawski:
The notion of valid cognition (tshad ma) in the karma
bka’ brgyud tradition of Tibetan Buddhism

はじめに、ビルギット・ケルナー教授の挨拶、諸注意。

次に桂先生によるスピーチ。

学会の歴史について、さらに、故ヘルムート・クラッサー教授の仕事。

そして、特に、彼が晩年に取り組んだダルマキールティの年代論についての、その後の最近の議論、とくに、IABSでの議論を紹介。

次に発表。

まずはシュタインケルナー教授。内容は、因果関係。

午前の三つの論文は、いずれも、因果関係の確定に関するもの。

PVSVにおける記述をめぐるものが主でした。

会場からの質疑応答では、ギロンが議論。




午後の最初のセッションは、私が司会。

発表は日本人二人。

小川先生と斉藤さん。

小川先生のは、語が関係を意味するという説にディグナーガが言及する際の背景について。

斉藤さんは、資料も用意されており、聞き取りやすい明瞭な英語で、しかも、質疑応答もばっちり。(予想通り、サラとラサも出てきました。)

これまでのダルマキールティ研究でも、マンダナ資料を扱う人はほとんどいなかったので、貴重な貢献です。

クマーリラやマンダナ、また、ヴァーチャスパティなど、ミーマーンサーを中心とする外側から眺める研究も、どんどん進めていく必要があります。

なお、最近は、シャイヴァ資料から仏教論理学を眺めるという流れもあります。(再認識派の資料。)

辛口のラリーも、「彼女の研究はいいねー」と言ってました。マンダナという渋いところをついてきたので、ツボったようです。

午後の二番目のセッションは、司会交代、小川先生。

三代さん、根本さん。あとは、初顔のポーランド人。

三代さんは、ずっと扱ってきている、pramanaとphalaのvyavasthaapanaの問題。ダルモッタラとプラジュニャーカラの対比。プラジュニャーカラ好きのラリーが質問。三代さんは、難なく回答。

根本さんのは、ツォンカパによる「常住」の考え方。ファンデアカイプから、authorshipについては慎重に考えた方が良いとのコメントでした。

最後の発表は、pramanaの定義とpramanabhutaの問題。特に、ajnatarthaprakasaの「新規性」について、あれこれと。これに対しては、フランコ教授が、「いやいや、仏教内部ではなくて、仏教の伝統外から考えないとだめだ」とコメント。その通りでしょう。

最後は、ケルナー教授が、ハイデルベルクにおける仏教研究の歴史について30分の講演。

Max Gebhard Lebrecht Walleser教授(1874.6.18-1954.4.15)の事績を中心に紹介。MMK独訳などの業績があります。

日本人とのつながりも結構あったようです。Masuda Jiryoや、Hatanaka S.などという名前が挙げられていました。

終了後のパーティーでは、気がつくと、ヴァンサンを、三人のミーマーンサー研究者で包囲していました。ミーマーンサー包囲網。
  1. 2014/08/26(火) 16:09:30|
  2. 未分類

Dharmakirti Conference

Heidelberg3 002

Heidelberg3 011

Heidelberg3 015

皆さん、日本からも続々、到着。

エレヴェーターに乗ると、サラ。

こちらは元気そうで、そういえば、同じくウィーンからの移動でした。

大会委員長のビルギットと共に、会場を見に行きます。

さすが、えらく豪華です。

60人には、広すぎるくらいです。

もう一つ別の部屋も考えたが、窓があって、少しノイジーとのこと。

こちらは、天井から光りがはいる設計です。

入り口近辺は、コーヒーなどが飲めるスペースが用意されています。

さすが、「ビジネスセンター」と銘打つだけあって、えらく便利にできています。

その後、空腹のソームデーヴとともに近くのRossiへ。サラも。

二人は初顔合わせでした。アメリカにいたのに、シャイヴァと仏教では、まったく接点がなかったようです。

ソームデーヴが、とても変わったカシミアの嘲笑皮肉系の風刺戯曲の内容を紹介。

著述背景やオーディエンスに興味があるサラも、サンスクリット作品上演の具体相を教えてくれる話に、興味津々の様子でした。

そういえば、斉藤さんの最近の発表で、サラとラサ、というのがありました。音素が一緒だけど順序が違う。

わたしはランチが大きすぎたので、腹に何も入らず、ビール小のみ。

その後、ホテルに戻り、日本人5人で、近場で食べることに。

ホテルの入り口でヴァンサンに遭遇。

つぎに、ラリーに遭遇。

ラリーは、「ラーマーヤナの上演を見てきた。誰も来てなかったぞ」とのこと。

どうやら、サンスクリット会話コースの学生が発表会をやっていたようです。残念。

私も見に行きたかったです。ノーマークでした。

信号を渡ってすぐのサイゴンで麺。昼セットのトーフ・ライスは終わってました。しかたないので、ベジ・ビーフン。

Heidelberg3 017

塩辛い。汁ビーフンにすべきでした。

塩気を流すために、Rossiでビール。

小雨が降ったりと、少し優れない天気です。

Iさん、Kさんと三人で生ビールを堪能。

火曜の午前は、桂先生の開催スピーチの後、午前11時からいよいよ発表となります。

トップはシュタインケルナー教授。

よくプログラムを見ると、斉藤さんも15:30に発表です。(なぜか私が司会。)

内容的にはかなり難しいので、皆さん、理解できるでしょうか?(たぶん、ラリーあたりが早口で質問すると予想。)
  1. 2014/08/26(火) 14:18:59|
  2. 未分類

Darśana Mārga in Heidelberg

Heidelberg3 118

Heidelberg3 170

Heidelberg3 265

Heidelberg3 314

Heidelberg3 319

Heidelberg3 325

Heidelberg3 342

ハイデルベルク、哲学の道。

対岸に城が見えます。

山裾に沿って1時間ほど歩いてから下におり、橋を渡ります。

下が運河。

ちょうど船が水門から出て行くところでした。

33番のバスにのって、ハウプトバンホフ中央駅へ。

少し北に歩いて、角の落ち着いたテラス席のレストランへ。

ボンベイターリー定食9.8ユーロ。

ボーリング場も経営している変なインド料理屋でした。

インド人の経営。

ドイツ語で「どんなメニューがあるの」とか聞いていたつもりが、途中からヒンディー語で「ビリヤーニーはあるのか」とか訊いてました。

普通に通じてました。

帰り道、ホテルの近くにパンジャービー料理屋を発見したので、次はそこに行くつもり。

哲学の道はインドに通ず。

明日からいよいよダルマキールティ学会です。

帰ったホテルの受付で、ピョートルがチェックインしているのを見かけました。

エレベーターに乗ると、到着したばかりのソームデーブにばったり。

疲労困憊の様子。
  1. 2014/08/25(月) 23:10:02|
  2. 未分類

Yoginへの質問:アシュターンガの最初の二つは?

すっかり日本でも有名なアシュターンガヨーガ。

アシュタ・アンガとは、八・肢つまり、八つの部分です。

その八つの最初の二つは、ヤマとニヤマです。

いずれもyam抑えることや、ni-yam内に抑えることを意味します。

それぞれ制止禁戒、義務規則です。

具体的にはそれぞれさらに、不殺生などや、清潔などから構成されます。

前者ヤマの中身は、不殺生ahimsa, 真実[語]satya, 不盗asteya, 梵行brahmacarya, 無所有aparigrahaです。

世のヨガティーチャーは、ほんとは、まずこれらの準備段階を経なければ「ヨーガ行者」とはいえません。

パテント取得とか無所有に反します。

梵行とは禁欲のこと。

真実語は嘘をつかない、ということから、さらに、有言実行まで含み得ます。

インドでは、諸宗教の徳目の第一番目に大概「不殺生」が来ることは覚えておいていいでしょう。

仏教の十善戒も同じ。

これがガーンディーの非暴力アヒンサーの政治闘争理念へとなります。

もちろん、こんな禁止項目が昔からあるということから、人間の現実は逆である、ということが、よく分かります。

専門家っぽいことを書いてみました。
  1. 2014/08/25(月) 15:16:25|
  2. 未分類

国際学会

ミーマーンサーをやっていると、関係する国際学会というのは、一番は、サンスクリット学会。

これは、読んで字のごとく、サンスクリットの国際学会ですから、いわゆる「(古典)インド学」の学者が対象。

ヴェーダや文学、インド数学・天文学(科学)、もろもろもろもろ、そして、インド哲学も。

ここで会う人というのは、みな、基本、カーリダーサを読んでいたりする人たちです。

また、インドに滞在していた人も多いので、服装もラフ。壇上にあがるのに、ジーンズにTシャツ、サンダルというような格好でも、別に誰も驚きません。

国際仏教学会は、読んで字のごとく、仏教。

したがって、パーリやらガンダーリー写本やら、もろもろもろもろ、さらには、現代応用系のものまで、様々です。

部会も、経典系、唯識系、中観系、論理学系、チベット系などなど。

当然、言語も、パーリ、サンスクリット、チベット、漢文などなど、多岐にわたります。

共有するテクストは、同じ言語内に限られますし、おなじサンスクリットでも、各人の守備範囲は結構狭かったりします。

昨日も経典写本系のH教授と話していると、「あー、プラマーナ系の人ですか~~~」というような反応でした。

わたしにとっては、サンスクリットで書かれていれば、スートラだろうがプラマーナだろうが、あまり関係ないのですが、なかなか、世の中はそうではないようです。

国際ダルマキールティ学会は、ダルマキールティを中心とする仏教論理学の学会。「ダルマキールティ」というのは、一種のupalaksanaで、ダルマキールティに関係する仏教論理学者達の研究であれば、まあ、守備範囲内です。

したがって、チベット仏教の論理学も十分範囲にはいります。もちろん、かれらは、ダルマキールティにたいして注釈をかいていたりしますから、当然、ダルマキールティ研究の一つのアプローチ方法となります。

国際ダルマキールティ学会は、それほど堅苦しいちゃんとしたものではなく、開催年は、そのときどきで適当です。前回はウィーンでしたが、結構、前になります。

今回のハイデルベルクも、ウィーン出身のビルギット・ケルナー教授がいてこその開催。

忙しい中、よく、オーガナイズできるなと感心。

しかし、ウィーンで会って聞いてみると、結構秘書さんがやってくれてるみたいで、本人の負担は、それほどたいしたことはかったようです。やはり、秘書がいるのといないのとでは大違いです。日本だとそうはいきません。一人一人のメールにいちいち対応してるだけでも、人数が多くなると、膨大な仕事量になりますから、とても、ひとりでカヴァーはできません。

で、ダルマキールティ学会は、かなり特殊な学会ですから、当然、テクストの中心は、PVなど、ダルマキールティの著作。

最近の傾向は、その周辺。つまり、ディグナーガに戻ってみたり、あるいは、注釈者のコメンタリーを詳細に分析してみたり、というものです。地道な作業を、様々な人が分担してなしとげています。その全体の筋道をつけたのは、やはり、フラウワルナーや、フェッター、シュタインケルナーなど、ウィーンの学者、および、梶山・服部・桂先生を中心とする京都出身の学者です。

大きい筋がある程度できているので、自分の研究位置が見えやすく、自分がなにをやっているのか、何に貢献しているのか、位置づけが明確になります。

また、情報共有も進んでいるので、てんでばらばらということがありません。

いずれも、結節点としてのウィーンがあればこそ、という感が強くあります。具体的には、シュタインケルナー教授(ウィーン大、アカデミー)、および、桂先生(京都→トロント→広島→龍谷)の存在です。

ウィーンと京都ではじまったダルマキールティ学会ですが、現在,昔からの京都のダルマキールティ学の伝統をついでいるのは,今は、スタッフの中では、船山教授のみ。

なお,今回は、外国人教師のソームデーヴ講師がシャイヴァの視点から参加。

また,准教授のDアーチャーリヤは,サンスクリットならなんでもこいなので,ダルマキールティも教えるし,実際,桂先生のジネ研では,写本チェックや読解・還梵作業において,かなり中心的な役割を果たしています.

というわけで,また,今までとは別の角度でのダルマキールティ研究,プラマーナ研究を行う環境が京大には整っているといえます.(その意味で先端を行っている,と言えます.)

かつては、プラマーナ研究は京大中心でしたが、いまは、日本では、東大、広大、早稲田、筑波の出身者など多様です。

日本のダルマキールティ学は、今後、どのようになっていくのでしょうか。国際ネットワークの発達した仏教写本系の研究とならんで、やはり、プラマーナ関係は、かわらず、おもしろい分野です。博士課程で否応なく世界に出ていかざるを得なくなるような文系の分野というのも,案外すくないような気がします.

今回も,ダルマキールティ学会では,日本人の若手が数多く発表します.地道な研究をしていれば,しゃべり英語のうまいへたに関係なく,正当な評価を受けるものです.(すくなくとも文献学畑の人達には.)
  1. 2014/08/23(土) 17:36:55|
  2. 未分類

ダルマキールティ学会

面倒なので、プログラムを確認していませんでしたが、自身の発表は金曜日の午後。

かなり最後のほうです。

これでは、おちおち酒も飲めません。

しかたないから、週の前半だけでも気楽に、と思っていたら、なんと、よくよくプログラムを見ると、初日の途中から司会。

しかも、ひとつかと思いきや、ほかの曜日にも司会が。

Convenerとは、こき使われることと、見つけたり。さすがビルギット、情け容赦ないです。


  1. 2014/08/23(土) 11:04:12|
  2. 未分類

ホイリゲ10er Marie

土曜日に発つ人もいるだろうから、というわけで、金曜日の夜に、さよならディナー。

ディナーといってもホイリゲですから、基本、飲みものに冷たい食事のカルテス・エッセン。

しかも、ワインは持ってきてくれますが、食事は自分で取りに行かないと、永遠に食べられません。

適当にきて、適当に去る、そして、誰か偉い人が、誰も聞いてないところでマイクでしゃべっているというような、カジュアルな会でした。

国会議事堂パーラメント駅から、トラムの二番。

いきなり左にそれて、西側に向かいます。(昔はぐるぐる山手線みたいにリンクを回る線でしたが、いまは、大きく西にそれて、そのまま、オタク駅に向かいます。)

終点で降りるはずが、車内アナウンスで、「次で降りてください」とのこと。

よくあることです。ドイツ語がよく分からないだろうか、ということで、車内にいたプレッツが、「エブリワン、ゲットアウト、アット・ザ・ネクスト・ステーション」と叫んで説明してくれました。

しかし、地下鉄でもトラムでも、しょっちゅうあるとはいえ、なぜ、途中駅で下ろされるのか、いつもながら不思議です。どんな不都合があったのでしょう。

ヨーゼフなんとか駅で降ろされて、次のトラムに乗って、ようやく目的地のオタクの地に。

「ここから1分」

と、プログラムには書いてありましたが、目の前でした。正確には10秒。

たまたま居合わせた一団と一緒にテーブルを占めます。

なぜか、M先生やハルトマン教授を中心とするスートラ写本軍団、そして、隣にはなぜかヴァンサン・エルチンガー。

久しぶりのヴァンサンと晩餐。

左を見てはミュンヘンのルイスとチベット学、右を見てはヴァンサンとダルマキールティ年代論。

右斜め前は、ひげを蓄えたシルク先生。たまにこちらに日本語で「そうですよねー」と喋ってきます。

そして、正面は、IABSのクリスティーナ会長。T氏とフランス語で喋ってます。

みんな、ホイリゲの仕組みを分かってないので、誰も食事を取りに行かず、当然、空きっ腹に炭酸割りのワインを飲むことに。

チトラ・アドヴァイタ(多様不二)なウィーンの夜でした。

最後は、R、Nとオックスフォード今昔談義。

三人の写真を撮ろう、ということで、近くにいた日本人に頼もうとしたら、頼める人がおらず、なんと、失敬にも東大教授を写真係にしてハイチーズ。

みなさん、あまりの居心地の良さに不用心に長居してますが、電車も早くなくなるでしょうから、我々は(賢明に)早々に退散。

U3まで歩いてラートハウス。車内ではY夫妻と、ウィーン観光談義。

そして、U2でショッテントアー。ReginaのK氏、同宿のF氏と歩いてホテルまで。

しかし、こういうカジュアルな飲み会では、誰も気を遣ってくれないので、知り合いがいない場合は、相当きついです。

にしても、マイクで挨拶してたのは誰だったのでしょうか?みんな、誰かも分からずに、とりあえず、終了時に拍手してましたが。

IABS5- 003

IABS5- 005

IABS5- 010
  1. 2014/08/23(土) 07:06:42|
  2. 未分類

IABSな金曜

IABSも5日目。

さすがに疲れてきました。

とはいうものの、がんばって(というかがんばらずとも時差ぼけのため既に起きているのですが)7時に起きて、朝食、

会場に直行。

朝は9時から、きょうも真面目に聴講。ダン・ルストハウスさん。初めて拝顔。

9:30からは、モリヤマ氏の発表。

ばりばり論理学でしたので、オタク向け。

質疑応答も、オタッキーな論理学の人から、あれこれと。

IABS5 006

午前後半の部は、居場所を変えて、14番教室へ。

堀内君。Lankavatarasutraにおける他宗への言及。

最後の最後で今西錦司のSumiwakeが出てきて、ひっくり返りました。

その次が、フィリップ・マース。なんと、YS/YSBhの三時。ちょうど桂先生・金菱君と読んでいたところです。

高木先生の研究を知らなかったので、質疑応答のところで指摘しておきました。

インド哲学ならいざしらず、仏教研究をやるならば、やはり、日本の研究をフォローするのは必要でしょう。

最後は、素早く場所を移して、タントラ部会へ。ゲルゲイの発表。

人数が少なかった会場に、ゲルゲイの発表を聞きに、いつもの見知った顔がぞろぞろと。

スライド付きで、ゆっくり、かつ、非常に分かりやすい発表でした。




昼は地元っ子ニーナの案内で、ちょっと歩いたイタリアンに。

外は外で気持ちよかったのですが、私の顔にだけ直射日光。焼けました。

IABS5 016

サーモン・ペンネ。

IABS5 019

向かいのT氏は、カプリチョーザ。うまそうです。ここはちゃんと窯焼ピザ。

IABS5 021
  1. 2014/08/22(金) 23:50:40|
  2. 未分類

清弁と法称の前後関係

清弁→法称

というのが従来の見方。

これにたいして、sattva-anumanaへの言及などを証拠に、

法称→清弁

という前後関係(前→後)を主張するのがクラッサー博士の新見解。

フランコ博士は、これにたいして、証拠の弱さを指摘。

最大の問題は、清弁の言及するsattva-anumaanaが、法称の意図するsattva-anumaanaかどうか、ということでしょう。

わたしも形が似ているだけで全然中身は違うと、クラッサー博士には言ってきました。

今回のIABSでは、渡辺博士、フランコ博士の二人が、やはり、このsattva-anumaanaをダルマキールティのあのsattva-anumaanaと同一と考えることはできないという意見。

そして、クラッサー博士の最大論拠がここにあるので、この証拠の強度を見定めることは非常に重要です。




渡辺博士の議論は、さらに、議論の内容のクオリティーから見るもの。

清弁、法称、月称のサーンキヤ批判の内容から、前後関係を探ろうというものでした。

議論内容から、古い新しいが分かるという前提です。わたしも、この手法に賛成です。

絶対年代など、ほぼ無いに等しいインド哲学の年代論においては、やはり、相対年代が重要になります。

もちろん、直接の名前の言及や、テクスト引用があれば楽ですが、そんな楽であるはずもなく、どうしても、内容を比較して、前後関係を定めるという(ある意味で主観的な)やり方に頼らざるを得なくなります。

1.絶対年代
2.相対年代
 2.1.AによるBへの直接の言及、引用
 2.2.AとBの議論の中身の比較

上位の証拠があれば、それに超したことはありませんが、そううまく問屋がおろすわけもありません。

2.2をじっくりやる必要が、様々な著者の前後関係を調べるのに必要です。

その点で、渡辺博士の議論は非常に価値あるものでした。

もちろん、「議論の質」や「議論の内容・トピック」「論証方法」「批判方法」に関わる問題なので、2.1みたいに、結論が一目で分かる、というわけには行かないのは当然です。

つまり、「いつも他の可能性は開かれている」のは当然です。

しかし、100%確実じゃないからといって、「どちらがよりありえそうか」という見方を端から一蹴するのは、非建設的です。
  1. 2014/08/22(金) 11:10:53|
  2. 未分類

ブンブイのパッタイ

ヘルムートとよく行っていたタイ料理のブンブイ。

給仕係のオヤジはこちらの人、奥さんがタイ人。

というわけで、味は確かです。が、給仕はかなりファンキーです。

きょうも、常連客四人と一緒に、生ビール片手にサッカーのテレビ観戦をしながら、

「11mだろうが、きめろよ。なあ、どう思う」

などと一喜一憂。

最後はぶちっとテレビを切っていました。明らかに機嫌が悪くなっていました。

ベジの豆腐パッタイ、8.6ユーロ。

平べったいきしめんに、もやしのしゃきしゃき感、そして、ビーナッツのこりこりがたまりません。大きめのレモンをかけて、酸でさっぱり。量もしっかりあります。

ピーナッツの一粒も残すことなくきれいに皿を片付けると、でっかい腹をしたジーンズのオヤジも嬉しそうでした。

ビールもヘルムートが好きだったStieglのZwickelを置いています。

墓参りはできませんでしたが、いい供養になりました。

最後はグリューナーベルトリーナー1/8(2.5ユーロ)で締め。チン・チン。

IABS4- 002

IABS4- 009

IABS4- 014

IABS4- 017

IABS4- 019

IABS4- 024

IABS4- 029
  1. 2014/08/22(金) 04:08:45|
  2. 未分類

木曜午前のIABS


朝食は、いつもと同じ。ゼンメルンにざく切りの野菜あれこれ。

梨が今日は置いてあって美味。

F氏が合流。きょうは、天気が悪かったのもあり、走りには行かなかったとのこと。

その後、中国仏教関係の米国人、そして、最後にB氏。

初めて会う中国関係の彼に

「このあと、ハイデルベルクに行くよ」

と言ったところ、

「ソー、ユーアー、ダルマキールティ・ガイ」

と言われました。あんまり小難しいことばっかりやってると、疎まれるようです。

「いや、専門は、ダルマキールティの敵のほうだけど」

と答えたところ、

「セイム」

とのこと。まあ、たしかに、クマーリラもダルマキールティも、同じ穴の狢ですが。

それに、いまは、ミーマーンサー研究者は、たいがい、仏教論理学研究にも絡んでいますし。

わたしもそうですが、ジョンも、ラリーも。いずれも、IABSとダルマキールティ学会、連チャン発表組。

日本だとそれほど特殊な感じもしませんが、ヨーロッパだと、やはり、仏教論理学は、かなり特殊なサークルに映るのかもしれません。




今日は、プログラムを確認するまでもなく、午前一杯はすべてプラマーナ部会の部屋に滞在。

ラリーにジョン、ホルスト、そして、桂先生、フランコ先生。見知った顔ばかりです。

朝一は桂先生。

方便心論の英訳をギロンと進めているとのこと。

内容について、重要な点の概要報告。

ラリーは、スチャリタの「自ら真」の議論について、その立場を、ウンベーカとパールタと比較しながら提示。

ジョン・テイバーは、同じく、「自ら真」を取り上げました。

ただし、論敵のダルマキールティがどのように考えていたか、という視点から。

フランコ先生は、クラッサーの年代論についての反対意見の提示。

9:00から12:30まで。




きょうの午後は、エクスカーション。

いまさら特に行きたいところもないので不参加。

かわりに、EとA他5人で、近場でランチ。

ファラフェルが最高に美味しくなかったです。

散会後は、ランドシュトラッセのゾンネントアに買い物。

帰りに、そのいまいちのレストランの前を通りかかると、ブロンクホルスト教授(もともとはインド文法学)が一人でお茶を飲んでいました。

先生は、なんと、日本仏教のF氏と同じ部会で発表するようです。幅広すぎ。

IABS-Thu 003

IABS-Thu 001

IABS-Thu 002

IABS-Thu 007

IABS-Thu 008

IABS-Thu 023

IABS-Thu 024

IABS-Thu 019

IABS-Thu 022
  1. 2014/08/22(金) 00:08:29|
  2. 未分類

IABS木曜日午前

Panel 18: Pramāṇa across Asia: India, China, Korea, Japan (I)
Thurs., Aug. 21, 09:00-12:30
Juridicum, Lecture Hall No. 18, First Basement Level

Pre- and Non-Dignāgan Logic in South Asia

09:00-09:30 Katsura, Shoryu (Ryukoku University, Kyoto, JPN):
The Proof Formulae Used in the Fangbianxinlun

09:30-10:00 Lang, Karen (University of Virginia, Charlottesville, USA):
Candrakīrti’s Absurd Syllogisms

10:00-10:30 McCrea, Lawrence (Cornell University, Ithaca, USA):
Justification, Credibility and Truth: Sucaritamiśra on
Kumārila’s Intrinsic Validity

10:30-11:00 Tea & Coffee

Dignāga, Dharmakīrti and In-between

11:00-11:30 Lasic, Horst (Institute for the Cultural and Intellectual History of Asia,
Austrian Academy of Sciences, Vienna, AUT):
Dignāga’s Opponents in Pramāṇasamuccaya, Chapter Two

11:30-12:00 Franco, Eli (Leipzig University, Leipzig, GER):
A Re-examination of Dharmakīrti’s Dating

12:00-12:30 Taber, John (University of New Mexico, Albuquerque,
New Mexico, USA):
Dharmakīrti and svataḥprāmāṇya
  1. 2014/08/21(木) 23:49:21|
  2. 未分類

IABSの水曜日

7時15分に朝食へ。

この中二階には、各部屋のドアに通じる共有スペースがあり、その共有スペースに入るための共有ドアがあります。

つまり共有ドアをあけ、さらに自分のドアをあけるので、鍵が二個必要。

中二階には、全部で、10部屋ほどでしょうか。

いったん階下のレセプションまで降りて、そこから階段で上ってダイニングへと。

古い建物なのでしょう、ややこしい構造の全体を三次元的にイメージできません。

朝食構成は至ってシンプル。ウィーンのホテルなら、どこにでもあるような普通のもののミニマム構成。

食べていると、朝のランニングを終えたF氏。(たまたま同じホテルでした。)

食べ終わる頃に、B氏。これまた偶然おなじホテル。しかも、部屋番号を聞くと、隣の部屋です。

このホテルでは、今日はじめて顔をあわせました。というか、この学会に来て初めて顔を合わせました。

部会が違うと、パラレルワールドに存在するかのように、お互い、永遠にすれ違います。

IABSWed 001


午前は、9:00から12:30まで。

マーチンはiPadで発表。途中画面が消えたりして、そのたびにつけ直したり。

あいかわらずのマイペースぶりでした。二番手はクリッツァー先生、三番手はあべさん。

いずれもヨーガーチャーラの瞑想法について。

「白骨観」という文字が、白抜きの文字で画面に映し出されたのは笑いました。(イメージを膨らますと骨で文字が構成されているかのようです。)

IABSWed 002
IABSWed 003
IABSWed 004


お昼は、ウィーン大学生御用達のインドカレー食い放題に。(パーキスターンかもしれません。)

意外に会場から近いところにありました。(慣れてないとすこし見つけにくいですが。というか、たぶん、普通には見つけられないでしょう。)

IABSWed 035

ベジ中心。シンプルな味付けで飽きが来ません。お米が美味しく食べられるのは実にありがたいです。Dhanyavad!

IABSWed 021

そして、スウィーツまで用意してくれていて、デリシャスです。

そして、お値段は驚きの「あなたのこころざし次第」。

さすがに恥ずかしいので、食べた分に相応して、それなりに置いてきました。

IABSWed 019

エピステモロジー部会は、18番教室。地階の一階。

基本、そこをベースにしていますが、きょうの午後は、中観関係の発表を聞こうと思い立ち、地下二階へ。

中観の期待の若手、にいさく君・にしやま君の発表です。

ドアの前にヤンが見えたので、「中観に違いない」と思って入りました。(ちらっと角だけを見て「牛に違いない」と思うように。)

IABSWed 040


なぜかガーフィールド教授。

そして、なぜか、ヤンとガーフィールドの二人が司会。

そして二人で、掛け合い漫才の小芝居みたいなことを、やり始めました。

なんか、おかしいな、と思って、よくよくプログラムを見ると、隣の部会でした。

教室間違えました。

しかし、いまさら出ていくのも失礼なので、そのまま聞くことに。最初の発表者の内容は、帰謬派における因果。

オーストラリアの大学の人。哲学系です。

「Sautraantikaのaalayavijnaana」などという文句がスクリーンに映し出されて、目が点になりました。しかも自信満々。南半球では、ヨーガーチャーラとサウトラーンティカが入れ替わっているのかもしれません。

行儀よく30分の発表を聞いた後、はじめに意図していた隣の部会へ移動。(なお、隣に座っていたフランス人老紳士は、午後で疲れていたのでしょうか、途中からは、すっかりsvapna世界に行ってました。現在は、経典の権威化について、キリスト教のバイブルとの比較をされているとのことでした。パソコンはちゃんと日本語フォントが入っており、「なにか、関連する研究とかないか」というので、本庄良文先生の研究を挙げておきました。すると、本、庄、良、文、と一文字一文字、私に聞きながら、丁寧に変換して打っていきました。まめです。さすが、本を何冊も出しておられるだけあります。聞いた情報はその場で原稿に挿入。)

すぐ隣の部屋に移動。まだ、にいさく君の質疑応答中でした。

御大の桂先生があれこれとアドヴァイス。

IABSWed 042

西山君の発表にたいしては、MHK3章や、Jnanagarbhaについてアドヴァイスしているジェントルマンがいました。

資料傾向からエッケル先生と予想。

終了後、少し時間が空いたので、最上階のラウンジへ。ここから、ウィーンの街(というか同じ高さに整った屋根屋根)が一望できます。右端に見える尖塔がシュテファンス。

IABSWed 044

エレヴェーターのTG階を降りると、M先生が赤ん坊をあやしているところでした。(昔の自分の学生の子供、いわば「孫」みたいなものです。)

赤ちゃん、最初はベビーカーでおとなしくしていましたが、そのうちむずかりだしたので、先生がだっこして、フロアーをうろうろ。おしゃぶりをちゅーちゅー。

そのうちお母さんも戻ってきて、赤ちゃんも、なんとかご機嫌が直ったようです。

休憩時間の一時間、M先生とあれこれと雑談。




最後の四時からは、エピステモロジー部屋に戻り、渡辺さん、アレックスの発表。

渡辺さんは、ヘルムートが提示したクロノロジーの関連。

アレックスは、manasikaara関係。

二つとも、準備の行き届いた、しかも、分かりやすい発表でした。

つまるところ、ヘルムートの提示した

Dharmakirti ---> Bhaviveka

という年代(前→後)はありえず、従来の

Bhaviveka ---> Dharmakirti

という相対年代のほうがよかろう、ということです。(それとあとは、Dharmapalaとの絡みも。)

渡辺さんにたいしては、同じ内容を同じ方向で明日あたりに発表するフランコ先生が何度もコメント。最後にビルギットも一言。ウィーン関係者内部のお祭りになっていました。ビルギットの懐疑は、つまるところ、

「バーヴィヴェーカ、ダルマパーラ、ダルマキールティ以外に、資料の失われた人は沢山いたはずなのだから、この三人だけを比較してつなぐのは、単純に過ぎやしないか?もっと多くの可能性を考えねばならないのではないか?」

というものです。

これにたいして渡辺さんは、「では、その可能性の一つの提示ということで」というもの。一同爆笑。

(そういえば、火曜日の発表でどこかの発表者が、なんどもなんどもBhavyavivekaと表記しているのを見ました。洞穴に未だ籠もっているはずの清弁も、自分の名前が一向に正しく呼ばれないことに怒って、洞穴から出てくるのではないでしょうか。せっかく成就法で成就しても、まさか、後世に名前が正しく覚えられないとは予想しなかったでしょう。私もそのうち、片山 [2000]とか、高岡 [2001a]といった形で論文が引かれたりして。外国人が引く場合、日本人の名前のローマ字表記が間違っているのは、今でも、しょっちゅうですが。)




夕方5時ともなると、日本時間では真夜中です。

毎日、時差ぼけのせいで、こちらの時間で朝の2時~3時に起きて、しかも、朝から晩まで発表を聞いていると、さすがに疲れがたまってきます。

外はまだまだ明るいですが、さすがに眠くなってきたので、「かるーく食べる」という予定で、居合わせたAとMの三人で、近場に夕食に。

会場に近いレストランなので、「パーラミターがどうのこうの」とかいう声が隣のボックス席から聞こえてきます。

こちらも負けじと、A氏が、ウィーナーシュニッツエルの横でパソコンを開いて、「samanantarapratyaya(等無間縁)が……」などと仏教談義。

IABSWed 063

わたしは昼が食い放題インドカレーだったので、夜はお腹も空かず、軽くグーラシュだけに。

やたらめったら塩辛いグーラシュでした。(というか、よく思い出すと、ここで食べるグーラシュは、たいがい塩辛いのでした。)

IABSWed 059
  1. 2014/08/21(木) 03:57:24|
  2. 未分類

水曜日のIABS


いろいろなパネルが同時並行で開催されるので、行きたい発表も同時刻に被るので、どれに行くべきか迷うところです。

水曜日は、次のような心づもり。

Panel 09: Experience and Doctrine in Yogācāra
Wed., Aug. 20, 09:00-12:30
Juridicum, Lecture Hall No. 22, Second Basement Level
Convener: Yamabe, Nobuyoshi; Kritzer, Robert
Chair: Yamabe, Nobuyoshi

09:00-09:30 Delhey, Martin (Centre for the Study of Manuscript Cultures,
University of Hamburg):
Abhidharma Works of the Yogācāras and Their Practical Uses

09:30-10:00 Kritzer, Robert (Kyoto Notre Dame University, Kyoto, JPN):
Aśubhā in Yogācārabhūmi: Meditation, Systematization, and Sources.

10:00-10:30 Abe, Takako (Taisho University, Kokubunjisi, JPN):
Meditation and Theory of Pratītyasamutpāda:
Mainly in the Śrāvakabhūmi


Section 15: Epistemology and Logic in Buddhism (III)
Wed., Aug. 20, 09:00-12:30
Juridicum, Lecture Hall No. 18, First Basement Level
Chair: Matsuoka, Hiroko

10:30-11:00 Tea & Coffee
Chair: Pecchia, Cristina

11:00-11:30 Prueitt, Catherine (Emory University, Atlanta, USA):
Pratyabhijñā Śaiva Contributions to the Buddhist Apoha (Exclusion)
Theory of Concept Formation

11:30-12:00 Sakai, Masamichi (Kansai University, Osaka, JPN):
Arcaṭa on the viparyaye bādhakapramāṇa and trairūpya
in Dharmakīrti’s sattvānumāna

12:00-12:30 Sasaki, Ryo (Waseda University, Hiroshima-ken, JPN):
Acceptance and Interpretation of Dharmakīrti’s Theory of
nigrahasthāna in the Nyāya School


Section 23: Schools of Mahāyāna Buddhism (II)
Wed., Aug. 20, 14:00-17:00
Juridicum, Lecture Hall No. 21, Second Basement Level
Chair: Kalmanson, Leah

14:00-14:30 Niisaku, Yoshiaki (University of Tokyo, Tokyo, JPN):
laukikaṃ paramārtham: Textual Problems in the Commentary on
Chapter 24, Verse 10 in the Prasannapadā

14:30-15:00 Nishiyama, Ryo (Ryukoku University Research Center for Buddhist
Cultures in Asia, Koka, Shiga, JPN):
The Theory of the Conventional Truth Presented in
the Prajñāpradīpa and its Ṭīkā


Section 15: Epistemology and Logic in Buddhism (IV)
Wed., Aug. 20, 14:00-17:00
Juridicum, Lecture Hall No. 18, First Basement Level
Chair: Prueitt, Catherine

15:30-16:00 Tea & Coffee
Chair: Wang, Gustav Chun-Ying

16:00-16:30 Watanabe, Toshikazu (Austrian Academy of Sciences, Vienna, AUT):
Buddhist Critiques of the Sāṅkhya Theory of Causality:
Dharmakīrti and His Predecessors

16:30-17:00 Watson, Alex (Harvard University, Cambridge, MA, USA):
Contrasting Buddhist and Naiyāyika Explanations of Attention
  1. 2014/08/20(水) 12:19:25|
  2. 未分類

IABS

火曜日の午前のエピステモロジー部会。

9:00からの西沢さんのapramana関連の発表はキャンセル。

9:30から。

司会はアカデミーの渡辺さん。

日本からは、チェさん、石田くん。

IABS2 008


チェさんの発表はチャパによるviparyaye badhakapramanamの位置づけ。

チャパによる位置づけが、シュタインケルナーによる位置づけとは異なる、という重要な指摘でした。

あいにく、ハンドアウトのコピーの到着が遅く、残り時間が半分以上過ぎたところで、ようやくハンドアウトが配られたので、会場の人も、少し、内容理解に戸惑っていたようでした。

質問が出ず、「では、わたしが」ということで、御大のシュタインケルナー教授が挙手、質問。

「チャパと並べてくれてありがとう」というようなものでした。

同じこの問題については、酒井さんも、今回のIABSで扱うようです。

これまでのシュタインケルナー流の理解を改めなければならなくなるかもしれません。

石田さんの発表は、ダルモッタラのAPにおける「概念知」の理解。

ここ最近、彼が、印仏研やインド思想史学会で発表していた内容の英語版です。

ハンドアウトがあって、しかも、ゆっくりの進行でしたので、みな、理解していたようです。

ダルモッタラのAPについては、英語でのマテリアルが最近はないですから、近辺をやっている人には歓迎、好評ということでしょう。

しかし、ダルモッタラの肝心要のaaropitaに関しては、「fabricated/superimposed」というように、常に両訳を並列して訳すというものでした。

いったい、彼は、aaropitaを、どのように理解しているのでしょうか?

1.付託されたもの
2.虚構されたもの
3.付託されたものであり、かつ、虚構されたもの
4.付託されたものである、あるいは、場合によっては、虚構されたものである

「A/B」という表記ですから、普通に考えると4ということでしょうか。あるいは、3を意図しているのでしょうか?

「ダルモッタラのaaropitaは、superimposedではなく、fabricatedでなくては困る」、という主張をしてきた私から見ると、彼の提示の仕方は、どっちともとれるという玉虫色の発表でした。

「明日は晴れかも、あるいは、雨かも」と同じくらい、情報量(=排除量)の低いものでした。

結局、ダルモッタラの概念知の対象であるaaropitaについて、彼の主張がなんなのか、よく分からないまま、という印象を受けました。

その後で、午前の最後の12:00から自分の発表でした。

2012,2013の印仏研の発表をまとめて英語に直したものです。

発表20分、質問10分。

内容は、吉水さんの二本の論考での「ダルモッタラのアポーハ論」理解は、PSV(およびPST)には支持されない、というものです。

つまり、喉袋(垂肉)などが見られないことに基づいて非牛を排除する、それが、ディグナーガの「他者の排除」だ、という吉水さんの理解にたいして、そのような理解は、PSVの原文には見られず、吉水さんがソースとしてあげた原文は、別の仕方で理解できる、というものです。

ディグナーガの基本は、あくまでも、「『牛』という言葉は、非牛を排除することで、牛を一般的に語る」というものであり、したがって、「(言葉から理解されるところの)牛というのは、非牛の非存在に他ならない」というものだ、ということです。

喉袋等という定義的特質を認め、それを他者の排除に積極的に活用することは、牛性のようなポジティブな存在を認めないアポーハ論の基本精神に反する、というものです。

幸い、会場にはそれなりに伝わっていたようで、あれこれと質問・コメントをもらうことができました。

エリーザも挙手、質問。

何歓歓さんからは、マーダヴァへの言及について質問があがりました。

Coseruさんの質問意図は、その場ではよく分からなかったので、あとから個人的に対応、説明。

yathaa ... tathaaにおけるディグナーガの意図をめぐるものでした。

終了後、午後は、アカデミーのワークショップへ。

IABS2014 034


その前に、エリーザ、ラリー、マリオンとランチ。

IABS2 009

久しぶりのファラフェル。

IABS2 014

ワークショップは、昨日の続きで、セーシュヴァラミーマーンサーの1.1.3。

ミーマーンサー研究者三人に、きょうは、マリオンも参加。

昨日と同じように、3人で輪読。

ヴェンカタナータのスタイルにも慣れてきたので、さくさくと進行。

IABS2 017

夕方、大会会場に戻り、そこで見かけた懐かしい顔、数名と雑談。

IABS会場、しかも、ウィーンとなると、いろいろと久しぶりの人がそろっているので、旧交を温めるにはもってこいです。

台湾で会った顔もちらほら。

その後、大学キャンパスのレストランへ。

IABS2 023

ビール(ツヴィッケル)に、こってりソースのレバー、そして、最後は、ベリーソースのついたチョコムース。(そういえば、昨日のK先生のご一行は、ここに来ていたそうです。さすがウィーン案内人のTさん、判断がいい。)

毎日これを続けたら、すぐに痛風になるだろうというような、いかにものプリン体数値の高そうな濃い食事でした。(美味しかったです。)

IABS2 024

大学の中に気持ちの良い中庭、そして、カフェもあり、また、料理も美味しい地ビールのレストランもあり。

隣の芝生は青い、という主観的な錯覚なのか、あるいは、本当に彼我の差があるのか。

箱崎文系キャンパスの「味のあるシックな建物」の生協食堂を思い出しました。
  1. 2014/08/20(水) 05:15:09|
  2. 未分類

Sesvaramimamsa

IABS2014 032


Workshop
Veṅkaṭanātha on malefic sacrifices and dharma

Date: Mon, 18 August, 10am – 5pm, Tue, 19 August, 1pm – 5 pm
Venue: Institut für Kultur- und Geistesgeschichte Asiens, Seminarraum 1
Apostelgasse 23, 1030 Wien
Organisation: Elisa Freschi (IKGA)
The workshop will be conducted by Larry McCrea.

Topic
The workshop will focus on Veṅkaṭanātha’s (1269–1370) approach to Mīmāṃsā through the works he dedicated to this school, i.e., Seśvaramīmāṃsā, Mīmāṃsāpādukā and, secondarily, Śatadūṣaṇī and Tattvamuktākalāpa.

IABS一日目の月曜日。

初日は、受付、その後、式典的なスピーチ。

みな、旧知の人に会うよい機会です。

最初は、そちらに出る予定でしたが、アカデミーで、エリーザが研究会をするとのこと。

しかも、ラリーも出席。

というわけで、予定変更で、アカデミーでのワークショップに参加。

ヴェンカタナータ(ヴェーダーンタ・デーシカ)のセーシュヴァラ・ミーマーンサーの1.1.2。

1.1.2は、英語本で私も扱ったところなので、ヴェンカタナータが、どのようにそれを理解しているのか興味あるところです。

「ワークショップ」と銘打っているので、結構ひとが集まるのかと思っていきましたが、9:30に行くと、秘書さんのみ。

そのあと、エリーザ登場。

そのあと、ラリー。

結局、ミーマーンサー研究者三人。(その後、Catherine Prueittも参加で四人。)

濃すぎるワークショップのメンバーでした。

レアキャラのミーマーンサー研究者が三人集まるのは、滅多にないことです。

講師ラリーが全部読むのかと思いきや、結局、三人の輪読形式に変更に。

基本ミーマーンサーの基本主張を踏まえてますが、所々に、ウパニシャッドや神に関わる要素を挟み込んできます。

IABS2014 037


ランチを挟んで10:00ー17:00までみっちりやったあと、移動して学会受付に。


IABS2014 043


あれこれと見知った顔が。

その後、大学本部校舎でのレセプションパーティーに。


IABS2014 046

久々の顔が、あちらにもこちらにも。

IABS2014 048

昨日ついたり、今日ついたりの長旅でみな、会う人会う人、少し疲れた様子でした。

が、ハンガリー人の友人は元気でした。

ブダペストから電車で3時間。ちかすぎます。

IABS2014 062

K先生をはじめとする日本人グループご一行は、その後、街に夕食へ。

わたしは、明日の発表もあるし、なによりも、遅くなると時差で眠くなるのが予想されるので、夕食はパス。

さっさとホテルに戻りました。

ここのホテル、宿泊者は、ほぼ、学会関係者ばかりのようです。

台湾やチベットのお坊様が目立つ衣装で出入りしています。

IABS2014 065

どこかで見たような、見てないような、そんな人ばかりです。(たぶん、多くの人を、前回の台湾IABSで見ているはずです。)




なお、日本からの一行の中には、ロスト・ラゲッジの人もいたようです。

やはり、経由地や、航空会社や、またまた、その接続関係とかは、よく考えた方がよいようです。

Tさん曰く「シャルルドゴールは駄目だ」とのこと。

オーストリア航空の直行便以外では、フィンエアは、なかなか好評のようです。

私の場合、かなり遅れて出てきたことはありますが、なくなったことは未だ幸いありません。

むかし、先輩が、インドの空港で、苦労して集めた写本のコピーがごっそり入った鞄をなくされたのを思い出しました。

また一から取り直し、というはめになったそうです。

賽の河原みたいな話です。
  1. 2014/08/19(火) 05:07:21|
  2. 未分類

IABS Vienna

IABS、前回は台湾、今回はウィーン。

月曜が受付その他の開会式関連スピーチ。

日本人は、日曜日か月曜日に大体入るようです。

ウィーンとなると、便利なのは、オーストリア航空の直行便。

きょうも、成田から見知った顔がぞろぞろ。

たまたまの(あるいは必然というべきか)苫米地さん他と合流して市内入り。

日曜に来るとスーパーが閉ってるので不便です。

みなさん、会場近くのホテル、というわけで、ショッテントアー近辺。

発表は火曜日。

ここにも見知った顔が。

司会は渡辺さんです。

Section 15: Epistemology and Logic in Buddhism (I)
Tues., Aug. 19, 09:00-12:30
Juridicum, Lecture Hall No. 18, First Basement Level

Chair: Watanabe, Toshikazu

09:00-09:30 Nishizawa, Fumihito (University of Tokyo, Yokohama-shi, JPN):
On the Origin of Non-Valid Cognitions (apramāṇa/ tshad min gyi blo)

09:30-10:00 Bogacz, Szymon (Center of Comparative Studies of Civilizations,
Jagiellonian University, Kraków, POL):
“There is Nothing Charming about Harlots” –
Madhyamaka and the Coherence in Meaning

10:00-10:30 Choi, Kyeong-jin (Tokyo, JPN):
Phya pa’s Understanding regarding the Proof of Momentariness in the
Svabhāvahetu Section of the Pramāṇaviniścaya

10:30-11:00 Tea & Coffee
Chair: Watanabe, Toshikazu

11:00-11:30 Guerrero, Laura (Utah Valley University, Utah, USA):
The Epistemology of Emptiness: Dharmakīrti’s Yogācāra Response to
the Problem of Conventional Truth in Mahāyāna

11:30-12:00 Ishida, Hisataka (Tokyo University, Tokyo, JPN):
Dharmottara’s Investigation on Conceptual Cognition

12:00-12:30 Kataoka, Kei (Kyushu University, Fukuoka, JPN):
Horns in Dignāga’s Theory of apoha
  1. 2014/08/18(月) 02:45:32|
  2. 未分類

AR 112

存在の砂漠の道の彷徨に

疲れた、シヴァよ、弱った者に、恩寵を下せ。

あなたの心(マーナサ湖)が満足するとき(澄み渡る時)

私の渇愛は、鋭いにもかかわらず、静まる。



複合型(saavayavam)の全明示型(samastavastuvi.sayam)の掛詞版("sli.s.tam)に分類されます。
  1. 2014/08/16(土) 08:22:29|
  2. 未分類

AlaRa 111

王よ 気の向くまま 夜の美女は

目の祭りを与えたこの〈薬草の恋人〉(月)と

長い間 星の花を散りばめた空の褥で 共に過ごして

いまや 彼女は この乱れ広がった闇の髪を しまいこむ




美女     花      褥     髪     (恋人)
|      |      |      |     |
夜      星      空      闇     月     

ここでは、「薬草の恋人」が明示されていますが、「恋人」は明示されておらず、意味から理解されます。

したがって、複合型の中でも一部明示型(ekade"savivartin)になります。
  1. 2014/08/16(土) 08:10:34|
  2. 未分類

修辞学の宝石鉱脈 110

輝く太陽の鎌首の宝石は

それから大海に落ちた

時のガルダに無理矢理に

連れてこられる日の蛇の



ここには二つのルーパカ(見立て)があります。

太陽が鎌首の宝石に、日が蛇に。

鎌首の宝石       蛇
 |            |
太陽            日

この二つの見立てはお互いに依存し合っています。

したがって、相互依存の複数の見立てがあるので、「部分を持つもの」(saavayava, 複合型)に分類されます。

さらに、全てのソース(aaropyamaana)が言葉で表現されているので、「全てのものを扱うもの」(samastavastuvi.sayam)に下位分類されます。
  1. 2014/08/16(土) 07:53:20|
  2. 未分類

Alankararatnakara 123

或る者達は「穀喰い」(カナーダ)になり、他の者達は「ヴィンディヤ山に住む者」(ヴィンディヤヴァーシン)に、

別の者達は「山岳部族の長」(シャバラスヴァーミン)に。あなたの敵共は論書作者。



論書作者



ここでは、敵が論書作者として、まず、一般的に、見立てられており、それが、〈指示対象共有〉によって示されています。

カナーダ

(敵)

いっぽう、「カナーダが敵」というのは直接には表現されていません。

しかし、敵がカナーダであるという限定関係は、意味上、理解されます。

指示対象共有が、この場合は、言葉に基づくのではなく、意味に基づいて理解されます。
  1. 2014/08/16(土) 07:40:32|
  2. 未分類

Raghuvamsa 13.9

13.9: 口を与えるのに本性上プライド高く、自ら波下唇を与えるのに巧みな河達(女性)を、独特な仕方で女性を扱う彼(海)は、飲み、かつ、飲ませる。

NIISSR6 108
  1. 2014/08/13(水) 18:30:30|
  2. 未分類

アヨーディヤーにヴィマーナで戻るラーマがシータ―に語りかける

13:28: また、夜に、怖がる女よ、以前に経験した、震えが勝るあなたの抱擁を思い起こしながら、私は、洞窟に広がる雲の雷鳴を、なんとか、やり過ごした。

NIISSR6 097
  1. 2014/08/13(水) 08:10:51|
  2. 未分類
次のページ

プロフィール

Aghora

Author:Aghora

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する