Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

校訂作業の目標のひとつ

Aというテクストを校訂していると,平行句などでBという別のテクストを参照する場合が生じます.

その場合,Bにはまだ,まともな批判校訂本がなかったりすることが多々あります.

すると困ることに,Bの読みが正しいのかどうか疑問が生じることになります.

Aのテクストを直そうにも,Bのテクスト(例えばAと同じような句がある)がどの程度信頼できるのか,自信を持てないわけです.

問題は,Bのテクストの校訂者が,勝手にAの昔の校訂を見て,写本情報を記すことなく変えている怖れがあるということです.

写本をそのまま記してくれている方がまだましです.

しかし,Aの出版本が既に存在する場合,Bの校訂者は,Aの昔の出版本を参照して,そして,読みを変えている場合がありうるのです.

Aの校訂を開始してBを参照したにもかかわらず,Bの校訂問題についてまで頭を巡らせねばならないことになります.

計算としてはかなり複雑な可能性を色々と考えねばなりません.

まして,Aの写本だけで手一杯なのに,Bの写本にまで溯って確認となると,仕事量も膨大になります.

まともな校訂本が少ない現状では,このようなことがしばしば起こります.

校訂に当たって重要なことは,写本にある読みをちゃんと記録に残すということです.

そうすれば,たとえ,採用した読みが間違っていたとしても,ヴァリアントとして記録しているので,後から別の読みを採用するという可能性が開けてきます.

しかし,何も記録に残さず訂正した場合,つまり,x,y,zの読みのうち,正しいと自分が思ったxだけを残して他を記さなかった場合,本当は正しいyに誰かが後から気がつく可能性が閉ざされてしまうことになります.

よりよい方向に向かって道を開いておくこと,よりベターな方向に持っていくように準備すること,それも,校訂の重要な貢献のひとつです.

もちろん,正しい読みが確定すればそれにこしたことはありません.

しかし,どちらがいいのか微妙な場合,その時点では判断がつきかねる場合ということは多々あります.

その場合にも,材料を残しておくこと,後の人に託せるように自分の到達点を記しておくことは重要です.

そうすれば,後から(それは自分かもしれませんし他人かもしれません)直すことが可能になります.

気がついたことは,やはり,しっかりと残しておかないと,永遠に失われてしまうことになりかねません.

以上のことは校訂作業だけでなく,訳注研究や思想史研究でも,また,思想研究でもあてはまることです.

自分の最終的な判断という答えだけを記すというのは,訂正可能性を残さない,検証のための証拠を残さないという点で,非科学的な態度となります.
スポンサーサイト
  1. 2015/09/29(火) 19:41:43|
  2. 未分類

平成27年度九州大学哲学会大会

平成27年度九州大学哲学会大会

平成27年9月26日
九州大学文学部会議室

研究発表
道徳的実在論について
  発表者:土持貴志(九州大学大学院・修士課程)

スピノザの人間学におけるコナトュスの概念
  発表者:阿娜(九州大学大学院・博士課程)

「拡張された固有名」という記述――ドネランによる確定記述の指示的用法の発展的考察――
  発表者:山口誠(九州大学専門研究員)

特別発表
アインシュタインの量子力学批判とヒューム哲学
  発表者:森田邦久(九州大学)
  司会者:細川亮一(九州大学名誉教授)

シンポジウム
フレーゲ・論理・数学の基礎――フレーゲ研究から見えてくるもの
  提題者:田畑博敏(鳥取大学)
  特定質問者:吉原雅子(九州大学)
  司会者:荒木正見(九州大学哲学会)
  1. 2015/09/26(土) 18:31:32|
  2. 未分類

留学コーディネーター准教授募集

留学コーディネーター准教授募集 【締切:2015年9月30日(水)17:00 必着】

http://www.isc.kyushu-u.ac.jp/center/home.htm
  1. 2015/09/25(金) 18:45:32|
  2. 未分類

Kashmir Workshop (International Workshop on Pre-modern Kashmir 2015)

「サンダーソン教授が日本にやってくる」ということで、オックスフォードにもいたことのある斉藤さんが企画。

西アジアの小倉さんと共同。

カシミールつながりで沢山の人が発表。

会場には矢野先生の姿も。

「彼女(斉藤さん)はいま九大ですかー」という話題から、高野山でのインド哲学(東大)若手の発表の充実ぶりまで、あれこれと雑談。

サンダーソン教授、筑波、高野山、京都と移動続き、連続講演の日々ですが、この日もすごい気合でした。

よくあんなに声張ったまま2時間ぶっ通しで喋れますね。

カシミールの最初から最後まで。宗教史の大枠について。

そして、他の人の発表でも質疑では大活躍。

刺激受けまくりです。

「今月末までは現役だから、まだ名誉教授じゃないよ」とのこと。

懇親会は、おむらや。

京大にくると9割ここです。サンダーソン教授もお気に入り。

幹事の斉藤さん曰く、「張本さんのリクエスト」。

インド学関係者が集まるところには世界中どこでも姿を見せるユビキタスな張本さんですが、しかし今回は会場に張本さんの姿はなし。




Kashmir Workshop (International Workshop on Pre-modern Kashmir 2015)

@Center for Eurasian Cultural Studies (Haneda Memorial Hall)

23rd and 24th of September, 2015

Sponsorship: Indological Studies, Graduate School of Letters/Faculty of Letters, Kyoto
University (Organizers: Satoshi Ogura, Akane Saito)

Cosponsors: The Center for the Study of Contemporary India (RINDAS), Center for Eurasian
Cultural Studies




Provisional Presenters:
Alexis Sanderson (Prof. Emeritus, All Souls College, University of Oxford): Keynote lecture “Religious Change in Kashmir”

Yasuke Ikari (Prof. Emeritus, Kyoto Univ.) Title undecided

Bill Mak (Hakubi Center, Kyoto Univ.) "Bhaṭṭopala and Scientific Learning in the Tenth Century Kashmir"

Kiyokazu Okita (Hakubi Center, Kyoto Univ.) ”After Kashmir: Early Modern Sanskrit Aesthetic in Andhra and Bengal”




Yuko Yokochi (Kyoto Univ.) “From Allāh to Īśvara: a preliminary study in Śrīvara's Kathākautuka”

Satoshi Ogura (JSPS) “Muġals as Seen by Kashmiri Pandits in the Sixteenth Century”

Yuki Tomonari (JSPS) “Vyākaraṇa tradition in 9th Century Kashmir: Traces preserved in Bhaṭṭa Jayanta's Nyāyamañjarī”

Akane Saito (JSPS) “Theories of Speech in Medieval Kashmir in the Light of Epistemology and Ontology”

Satoshi Naiki (Center for Cultural Heritage Studies, Kyoto Univ.) “The Arm Joints of Gandharan Sculptures”

Yohei Kawajiri (Chikusi Jogakuen Univ.) ``Some Observations on Scribal Annotations in Manuscripts of the Pratyabhijñā”

Somdev Vasudeva (Kyoto Univ.) “Śambhukavi and Śrīharṣadeva”




Programme (Presentation 30 min. + Question and Answer 10 min.)

9/23

13:00-13:10 Opening

13:10-15:10 Keynote lecture by Prof. Emeritus Alexis Sanderson

Tea & Coffee Break (15 min.)

15:25-16:05 Presentation 1 Yasuke Ikari

16:05-16:45 Presentation 2 Bill Mak

Tea & Coffee Break (15 min.)

17:00-17:40 Presentation 3 Kiyokazu Okita




9/24

10:00-10:40 Presentation 4 Yuko Yokochi

10:40-11:20 Presentation 5 Satoshi Ogura

Tea & Coffee Break (15 min.)

11:35-12:15 Presentation 6 Yuki Tomonari

12:15-12:55 Presentation 7 Akane Saito

Lunch (95 min.)

14:30-15:10 Presentation 8 Satoshi Naiki

15:10-15:50 Presentation 9 Yohei Kawajiri

Tea & Coffee Break (15 min.)

16:05-16:45 Presentation 10 Somdev Vasudeva

Closing

Omuraya32094832.jpg
  1. 2015/09/22(火) 21:06:58|
  2. 未分類

グヒヤスートラ

『ムーラ』→『ウッタラ』→『ナヤ』の展開は,註釈的な発展です.これに対して『グヒヤ』は補遺として,新しい話題を追加しています.

1. 向成就者(サーダカ,修行者)の種別と成就に用いるリンガの種類
2. リンガの安置(プラティシュター)
3. 成就シッディと実践方法(ヴラタ,誓戒)
4~7. 宇宙論
8. ディークシャーの変化形:異なる地平における一連の祭式
9~11. vyomavyāpinを含むその他のマントラの体系
12~14. 五つのブラフマ・マントラ
15. アンガ・マントラ
16~17. ヴィディヤーと呼ばれる10音節マントラ

大変興味深いことに,『グヒヤ』は,インド密教のクリヤータントラに分類される『マンジュシュリヤ・ムーラ・カルパ』と共通の黒魔術的な儀礼を一部に有しています.表現もよく一致します.シヴァ教と仏教とで共通の成就法の儀礼を持っていたことの証左です.

以上,Goodall 2015:16--20参照.

常識人から見るとかなりエグい黒魔術です.『文殊師利(菩薩)根本儀軌(経)』という漢訳タイトルで見ると何かとっても有難いお経かと思いますが,その中身は,現世利益的な成就を目指す修行者が持つ世俗的などろどろとした欲望に答えようとする現実的な応答からなっています.

これを見ると,「宗教は現実の欲求に答えてなんぼ」「surviveするためには何でもあり」と思わされます.

そもそも,ヴェーダの時代から,儀礼というのはそういうものです.
  1. 2015/09/22(火) 18:40:41|
  2. 未分類

超道から真言道へ

超道アティマールガから真言道マントラ・マールガが展開してきます.

真言道の誕生のその最初期の姿を伝える文献が『ニシュヴァーサ・タットヴァ・サンヒター』(略称『ニシュヴァーサ』)です.

写本は五部から成ります.写本の冒頭にある『ニシュヴァーサ・ムカ』をどこに入れるかは決定的ではありません.しかし,暫定的に最後に登場したものとして取り扱うことにします.

他の四部は写本の順序通りに発展してきたのは確実です.

したがって,四部(四つの経スートラ)および『ムカ』の歴史的順序は以下の通りになります.

『ニシュヴァーサ・タットヴァ・サンヒター』(=『ニシュヴァーサ』)
1. 『ムーラ・スートラ』
2. 『ウッタラ・スートラ』
3. 『ナヤ・スートラ』
4. 『グヒヤ・スートラ』
5(?). 『ニシュヴァーサ・ムカ』

超道の代表は,五事(パンチャ・アルタ)を修行内容に掲げる五事獣主派(パンチャールティカパーシュパタ)です.担い手は修行者である出家のバラモン男性.入門式ディークシャーを受けて,解脱を目指します.

いっぽう,ここから発展してくるのが真言道マントラ・マールガです.その最初期の一派がシャイヴァ・シッダーンタと呼ばれることになる一派です.担い手はバラモン男性に限られません.在家信者の取り込みを目指して全種姓(ヴァルナ)に対象を拡大しています.一部においては,女性も含まれます.

有力なパトロンである王族その他,在家信者を取り込むためには,目標設定においても,解脱(ムクティ)のみでなく,現世利益,あるいは,超能力獲得(いわゆる成就シッディ)といった享受(ブクティ)をも含みます.在家の取り込みの結果として,目標設定にも変化が生じるとともに,入門式(或いは潔斎式)であったディークシャーの意味づけ・位置づけも変化します.

本来,入門式であったディークシャー儀礼.当然,アティマールガにおいては,入門式後は,それなりの長期間の修行が必要となります.

いっぽうシャイヴァ・シッダーンタにおいては,解脱はディークシャーにより既にもたらされています.イニシエーションにおけるシヴァによる束縛の断ち切りによって入信者は既に解脱しているのです.悪く言えば解脱の安売りですが,良く言えば易行の解脱ということです.

また,アティマールガではまだヴェーダ儀礼から継承したもの,特にヴェーダ由来の真言を用いますが,マントラマールガでは,非ヴェーダ由来の真言,すなわち,シヴァが教えた真言を用います.

以上,目標設定の拡大,ディークシャーの位置づけの変化,ディークシャー後の義務の簡素化,真言の由来に,アティマールガとマントラマールガの差異・変化を見出すことができます.

超道(アティマールガ):解脱(モークシャ),入門式(ディークシャー)
 獣主派(パーシュパタ),バラモン男性
         ↓
真言道(マントラマールガ):非ヴェーダ系マントラを儀礼に用いる解脱(ムクティ)と享受(ブクティ),イニシエーション(ディークシャー)における束縛の断ち切り,全種姓,男女(一部において)

『ニシュヴァーサ・タットヴァ・サンヒター』はシャイヴァ・シッダーンタの誕生の息吹を伝える文献です.その内部の四層でもって,初期シヴァ教の発展段階を表わしてくれています.その後,この文献は,バイラヴァ・タントラの南流(ダクシナ・スロータス,右道)である『スヴァッチャンダ・タントラ』に大きな影響を与えます.

人気のあった『スヴァッチャンダ・タントラ』は,更にその後,トリカ派の『タントラ・サドバーヴァ』に大きな影響を与えます.

このように,シヴァ教の発展を見るのに『ニシュヴァーサ』は重要な位置を占めます.

シャイヴァシッダーンタ
 『ニシュヴァーサ・タットヴァ・サンヒター』
  1. 『ムーラ・スートラ』
  2. 『ウッタラ・スートラ』
  3. 『ナヤ・スートラ』
  4. 『グヒヤ・スートラ』≒『マンジュシュリヤ・ムーラ・カルパ』に一部類似
  5. 『ニシュヴァーサ・ムカ』
     ↓
バイラヴァ・タントラ 『スヴァッチャンダ・タントラ』
     ↓
トリカ 『タントラ・サドバーヴァ』

詳しくは,Dominic Goodall 2015: The Nisvasatattvasamhitaの冒頭を参照のこと.
  1. 2015/09/22(火) 18:00:20|
  2. 未分類

外国人研究者による日本の人文社会系廃止反対請願

広大の桂先生の下で博士号を取得したビルギット・ケルナー教授(ハイデルベルク大学教授)がインドロジーのメーリングリストに投稿してくれています.

http://list.indology.info/pipermail/indology_list.indology.info/2015-September/042168.html

国際的に高く評価される(さらには研究を支えている)日本の人文社会系分野は色々あるでしょう.

インド学・仏教学はその一つの事例です.

それが失われることは世界的な損失になります.

そして,それをなくすことは,国際的な評価を落とすことになります.

世界のランキング100位以内を目指すと言いながら,全く逆のことを実行しているわけです.

批判意識を持った市民を育てるという民主主義の価値観を共有する西欧人から見れば,反知性主義的な野蛮への逆行は荒唐無稽でしかありません.

いくら技術(="洋才")と金とを持っても,知性(批判精神)と文化がなければ尊敬されることはないでしょう.

MangaとAKBだけが日本の文化として理解されるものの全てになるとしたら悲しいことです.

反知性主義,知識人の圧殺がとどのつまり,国の衰退という帰趨をもたらすことは,世界の歴史に明らかでしょう.

「ごちゃごちゃ言わずに黙って金稼ぐのを手伝え」というのが為政者の大学にたいする本音でしょう.

しかし,ごちゃごちゃ言わなくなったら3.11の御用"科学者"よろしく,嘘ばかりの社会になってしまいます.

立派な国立競技場は大した計画もないまま,跡形もなく潰されてしまいました.

同じようなことが国立大学法人の人文系でも繰り返されるのでしょうか?

覆水盆に返らず.
  1. 2015/09/22(火) 08:56:14|
  2. 未分類

シンズ・キッチンのミールス

SinghsKitchenNihonbashi.jpg

南インドっぽい,いかにものベジはサンバルのみ.

あとは,キーマも含め,あれこれとちょこちょこありのお得なセットでした.

これに厚めのプーリがついてきます.

パパドの下はライスです.

1200円のところ,手食で50円引き.
  1. 2015/09/21(月) 20:06:04|
  2. 未分類

印仏研1日目

1.生死に流転する身体一古典サーンキヤ体系における輪廻主体考―近藤 隼人(東京大学大学院)

学会事務の近藤さん.

毎年,詳細かつ精確な資料で他を圧倒していますが,今回も,充実の資料でした.

しかし,それも,掲載時には大幅カットでしょう.もったいないことです.

さて,今回は,サーンキヤのいわゆる微細な身体などに関連する概念であるsuuk.sma"sariiraや,li"ngaのお話.

特に,それに関係するvi"se.sa, avi"se.saの話.

vinaavi"se.se.naという合成語をどう切るか,ヴィシェーシャなしでか,あるいは,アヴィシェーシャなしでか,という問題でした.

サーンキヤを知らないとここらへんの話は難しいでしょうが,tanmaatraという微細要素は,地水火風空の五大元素と違って,それ自体としての特徴を欠いているのでアヴィシェーシャと呼ばれることがあります.

輪廻する微細な身体を構成するのは何かという文脈で,このavi"se.saが問題となります.

2.ジャヤデーヴァの言及する"samsargamaryada" 岩崎 陽一(東京大学大学院)

古めのナヴィヤ文献を写本から研究.

初期の用例であるジャヤデーヴァにおける「繋がり・境界によって」という合成語の本来の意図を探るというもの.

どうも,その最初期の用例であるジャヤデーヴァにおいては,あんまりたいしたことは意図していなかったというのが本当のところのようです.

ナヴィヤもまだまだ色々とやることがあります.

ナヴィヤで写本に踏み込んで研究しているのはゲルシュハイマーくらいでしょうから,今後,岩崎さんが突き進んでいけば,いろいろと面白い歴史的事実が分かることでしょう.

3.『ヴィヨーマヴァティー』における時間の知覚説 渡遺 眞儀(東京大学大学院)

刊本が扱いにくいので,ヴィヨーマヴァティーの研究も,重要であるのは間違いないにもかかわらず,あまり進んでいません.

写本を見ながらもう一度,誰かがきれいに校訂し直す必要があります.

時間を知るための認識手段は何なのか.推論なのか,あるいは,知覚なのか.

この手の問題をヴィヨーマヴァティーに探った発表でした.

4.語形論とスポータ理論―認識論における普遍観について― 斉藤 茜(日本学術振興会特別研究員 PD)

聞き手の心に意味を開花させる音声形のスポータ.それは具体的な音響とは異なります.ある種の普遍的なものです.しかし,ティンパニの音にもスポータはありますから,単純に言葉に限られるわけでもありません.その当たりの事情を詳しく分析.


9月19日(土) 午後の部(13:20-16:00)

8.直接知覚(現量)と超能力(神通) 村上 真完(東北大学名誉教授)

一日目の大トリは村上先生.

昭和7年生ですから既に80歳を超えられています.

途中世間話もありの自由自在なお話でした.

お元気で何よりです.

結局時間切れで超能力については割愛.
  1. 2015/09/21(月) 17:55:30|
  2. 未分類

インブツケン

KongoBuji3423.jpg

一日目,二日目とも朝9時から.

前日は夕方に入山.

すぐに宿坊で夕食.

宿坊は6:30から勤行です.

はやい朝食を終えて,8時にはすっかり準備万端.

一日目の勤行は,まだ宿泊客が少なかったせいか,宿泊客の参加は3人のみ.

マンダラの専門家の大先生の顔も.

勤行の後は,若いお坊さんが宿坊の寺の中にある仏像や曼荼羅の説明をしてくれました.

地下には立派な仏舎利殿.

「このマニ車にはサンスクリット語の経典が納められています」というので,変なこともあるものだとよくよく展示品を見ると,チベット語でした.

その後,日本を代表する曼荼羅専門家の教授を前に,若いお坊さんは,「こちらは胎蔵界……,こちらは金剛界……」と解説をしています.

知らぬが仏.釈迦に説法.

先生は,さすがジェントルマン,質問もせず,「ふむふむそうですか」という様子で大人しく聞かれていました.

少し早めに出て本山に参詣だけ.高野山大学はすぐ中心の交差点から坂を少し登ったところ.便利なところにあります.

9時前には余裕で着席.

学会自体は二日目の4:10に終了.

知り合いへの挨拶もそこそこに,そこから急いで宿坊に荷物回収.

バスの行列に並びます.

バスでたどりついたケーブルの高野山駅は,既に大混乱.ものすごい行列でした.

一本ほど待ってからようやく乗り込めました.

満員電車の状態でケーブルの極楽口.

そこから,満員電車で立ったまま,南海電車で難波へ.

特急は売り切れていますから延々と二時間,普通電車と急行電車.

新大阪から無事に博多に着いたのは夜の11時でした.

来年のインブツケンは東京大学とのこと.2016/9/3-4です.

なお,今回の印仏研のあとには,興味深い研究会が続いていました.

久間さん主催のヴィクラマシーラ研究会.

引き続き高野山で,サンダーソン教授,アイザクソン教授,そして,ヴァースデーヴァ博士にアーチャーリヤ准教授.

それに,日本を代表する印度密教オールスターズ.

残念.

そして,京都では,花園でvada研究会.師さん主催.周りの知り合いもそのまま参加.こちらも断念.

福岡,京都,高野山で体が同時に三つあれば可能ですが.

タントラ儀礼の成就法(同時に三つの研究会に出る成就法)で不可能でしょうか?

ちなみに,同時に千人の天女と交わるというのは,昔からよくあるヨーガ行者の超能力の理想形です.

ちなみに,その場合,マナス(意官)は一人のアートマンに一つなので,同時に1000人分の経験をするためには,理論的に,マナスも1000人分用意しないといけなくなります.

その場合は,解脱した人が置いていって使わなくなったマナスを使うことで,可能になるのだそうです.
  1. 2015/09/21(月) 12:41:41|
  2. 未分類

How did Tantras Establish Their Authorities? Relationship between Tantras and Traditional Religions

A panel held at Nihon Indogaku Bukkyo Gakkai 66th Meeting at Koyasan on 2015 Sep 20


13:40-16:10


1. Chairman: Ryugen Tanemura
2. Alexis Sanderson: Sakta-Saiva and Buddhist Tantric Strategies of Acceptance
3. Toru Tomabechi: Sunya in Saiva and Buddhist Tantrism
4. Harunaga Isaacson: Strategies of Supremecy: Claims for the superiority of the Mantranaya over the Paramitanaya in late Indian tantric Buddhist texts

SandersonHarunaga342.jpg

タントラ研究の大御所が集合.

サンダーソン教授にアイザクソン教授.

最強です.

そして,日本からは,苫米地さんと種村さん.

まず司会の種村さんから趣旨説明.

トップはサンダーソン教授.

ハルが仏教側の資料を紹介するので,今回は,少し内容を変更して,主にシャイヴァの側の資料に限定.

シヴァ派がメジャーになるべくヴェーダ伝統の保守的バラモンの中に食い込んでいく際に,最終的に取り込まれてしまわないように,どのようにしてその緊張関係を保ったのか,という視点.

つまり,中に入りながらも,独立性を理論的に保とうという姿勢の表れを,あれやこれやの資料の中に読み込んでいくというもの.

ヴェーダの権威を低レヴェルのその範囲内では認めつつも,高次に於いてはシヴァ派の優越を説くという二階建て戦略です.

苫米地さんは,四つのシューニヤの導入の契機を考察したもの.

仏教とシャイヴァの交流,交錯,共有.

概念の行き来がどの程度,教学の体系の深いところにまで及んでいるのか,その深浅を見極めるのは結構むずかしいということでした.

ハルは仏教タントラにおける戦略.波羅密多道と真言道が同じ目的を有しながらも,後者がいかに優れているかという立ち位置の守り方.

ところで,ハルとフランチェスコの共著

Harunaga Isaacson and Francesco Sferra:
The Sekanirdesa of Maitreyanatha with the Sekanirdesapanjika of Ramapala: Critical Edition of the Sanskrit and Tibetan texts with English Translation and Reproductions of the MSS. Napoli: Universita degli Studi di Napoli "L'Orientale", 2014 (appeared 2015)

が,ようやく出たそうです.辞書みたいな大きさでした.
  1. 2015/09/21(月) 11:59:17|
  2. 未分類

日本印度学仏教学会賞

Horiuchi2039482.jpg

2015年度の学会賞は,四名.

ケンタ(鈴木健太,北海道武蔵短期大学)とホリウチ君(堀内俊郎,東洋大学)もめでたく受賞.

お祝いは,20名ほどで,中華料理屋「ミッチー」で行われたそうです.

私も参加したいところでしたが,翌日に発表ということで断念.

二日目の午前に発表というのは,やはり面倒です.

インド哲学系の発表にすると,大概一日目の午前か午後に終わるのですが,仏教論理学系の発表にしている最近は,二日目の午前になることが多くなりました.

ということで,懇親会もひたすらウーロン茶苦行でした.

懇親会では,久しぶりにサンダーソン教授に再会.あれこれとお話を伺いました.

村上シンカン先生は,相当のお年でしょうが,まだまだ元気に動き回られていました.

KentaGakkaisho1.jpg

  1. 2015/09/21(月) 11:52:47|
  2. 未分類

インブツケン二日目

InbutuProgram.jpg

二日目の午前.

面白い発表が目白押しです.

吉田さんは,ディグナーガの『集量論』のサーンキヤ関係.

samsthanaに関する古い学説・批判応酬について,PSを材料に丁寧に追っていくという非常に手堅いものでした.

後々,イーシュヴァラ論証でも重要なキーワードとなっていくsamsthana(配置・配列・形状・形)という概念ですが,その初期のサーンキヤにおける概念を,ディグナーガが批判しているものを追跡した発表でした.samsthana概念の最初期の姿を捉えた資料として注目すべきものです.

次は何歓歓さん.陳那の名前について.漢文資料を渉猟.三つの可能性を考えています.しかし,インドにおいて二つ名前があった,という可能性は考えていないようでした.おそらく,Dinnaという名前もDignagaという名前もいずれも,インドにおいてあったということだと思います.いっぽうは地元の現地語での名前.後者はその音を無理にサンスクリット化した名前でしょう.現地語のそのままの発音を表記したものと,その音を無理矢理サンスクリット化した名前の両方があることは,別にインドでは他にも事例が見られます.

Dinna → 陳那
Dignaga → 域竜(域龍)

ということでしょう.
竜と童の入れ替わりがあるのは,さすが漢文世界.おもわぬところで文字が入れ替わって頭を悩ませてくれます.

野武さんは普遍について.共通性が実在せずとも,共通性の認識がある場合(「料理人」「共通性」)をどう処理するのかという問題へのインド人達の対処の方法あれこれ.

桂先生は,進行中のプロジェクトの報告.『因明正理門論』は漢文しか現存しませんが,その原文がかなり,現在進行中の『集量論』註の校訂研究から再構成可能というものです.

中須賀さんは,西日本インド学仏教学会で発表したものをヴァージョンアップしたもの.

わたしは既に読んでいたので,内容は既知でしたが,専門家にとっても内容を追うのは難しかった様子でした.難解なダルマキールティの詩節を,さらに,カルナカゴーミンという註釈家が,懲りまくった解釈を施しているのですから二重に難しいのは当たり前です.

もう少し,niscayaとadhyavasayaの大枠を説明してから入るべきだったかもしれません.「先行論文で既に論じた」では,聞き手が置いてけぼりになることがあるということです.

大枠としては,つまるところ,次のことが問題になっています.

               推論  知覚判断  錯誤
判断adhyavasaya       〇    〇      〇
確定niscaya          〇    〇
プラマーナ性pramanatva  〇

知覚判断というのは,知覚の直後に生じる「これは壺だ(壺に他ならない)」「これは牛だ(牛に他ならない=非牛ではない)」という判断のことです.

ここで,niscayaというのは,ダルマキールティにとっては,samaropa-vyavaccheda,付託の排除と同義語です.つまり,「非壺だというのは違う」ということで,要するに「非壺ではない」ということ,つまり「壺に他ならない」という判断が確定になるということです.

ダルマキールティとカルナカゴーミンとでは強調したい点が異なるので,そのことが,カルナカゴーミンの凝った解釈から読み取れる,ということです.つまり,samaropavyavaccheda=niscayaとしての側面を強調するのか,あるいは,adhyavasaya,カルナカゴーミンにとっては認識内形象を外界と思い込むことという判断の側面を強調するのか,ということです.この点を押さえて読むと,中須賀さんの論文は実に明晰に書いてあります.

ただし,tanmaatramの解釈は,私も西日本インド学仏教学会で質問したように,そして,インブツケンでも護山さんが全く同じ疑問をぶつけていたように,「それの部分を持つもの」というようにバフヴリーヒで読むのは(maatraaという語を想定するのは),ちょっと無理があるでしょう.

石田さんは,むかし,赤松先生があつかったダルモッタラのprasajyapratisedhaとparyudasa.

ダルモッタラのアポーハ虚構説においては,ジャヤンタも明らかにするように,asat-khyati説に理論的には立つことになりますから,apohaというのは,実質としては,無,すなわち,非存在になります.したがって,prasajyapratisedhaとなるわけです.上田さんが質問していたように,ここでは,否定の意味論というより,むしろ,「アポーハ」と呼ばれるものは存在論的には何か,非存在なのか,あるいは,認識内形象や自相なのか,という存在論の側面から考えていった方がすっきりするでしょう.

わたしの日本語論文がレジメ末に参考文献として引かれていましたが,なぜか,石田さんのレジメでは,英語タイトルに直して引用されていました.謎です.

吉水さんはキャンセル.

次は私.桂先生から質問をいただきました.その後,関連資料も送って戴きました.ありがとうございます.

最後は上田さん.

最近彼が導入している「アポーハ代数」の更なる発展.

「青い蓮」という限定をめぐる表現を例に,アポーハ代数を適用したもの.

論理記号が並ぶので専門家でないとついていくのは辛いのですが,慶応の分析哲学出身の佐々木さんが質問.

昼食は,大学でて右に曲がってしばらく歩いた中華料理屋「ミッチー」に.

千鶴子さん,志賀さん,張本さんと雑談.

micchy1342.jpg

連休のため,どこも食堂は満員.

特に真ん中は行列で大変です.

表通りから引っ込んだここも10分ほど待ってようやく入れました.

一日目はカツ丼,二日目は唐揚げ定食(+ミニラーメン)にしました.

からっと揚がっていて,結構美味しいです.(大分の宇佐USAの唐揚げには負けます.)

後から入ってきた少林寺みたいな格好の台湾のお坊様.

店員にあれこれとダシのことを聞いています.

結局,この店のすべてがノンベジということが判明したようです.

諦めて帰って行かれました.

表通りにある菜食の高級そうな料理屋は大行列だったり,あるいは,団体の貸切だったりで入れないですから,ベジタリアンの人は大変です.

ちなみに,宿坊のお料理は,二日朝晩ともに菜食で非常に美味でした.
  1. 2015/09/21(月) 11:33:23|
  2. 未分類

鈴木学術財団特別賞 2015/9/19

日本印度学仏教学会より2015年度の鈴木学術財団特別賞を戴きました.

Kumarila on Truth, Omniscience, and Killing

の出版(オーストリア科学アカデミー)によって,「印度学仏教学の貢献に著しく貢献した」ことを受賞理由とするものです.

出版準備に際してお世話になった方々にお礼申し上げます

At the "Indogaku Bukkyo Gakkai" (The Japanese Association of Indian and Buddhist Studies) conference held at Koyasan on 2015 Sep 19 I received a prize "Suzuki Gakujutsu Zaidan Tokubetsu-sho" (Suzuki Research Foundation Special Award).

I thank all people who helped me when preparing the book

Kumarila on Truth, Omniscience, and Killing

published from Vienna (Verlag der Oesterreichischen Akadmie der Wissenschaften).
  1. 2015/09/21(月) 10:41:04|
  2. 未分類

Nihon Buddhist Research Association, Tokyo University


NihonBukkyoGakkai

2016年度は相愛大学

2017年度は東北大学

が開催校となっています.
  1. 2015/09/17(木) 19:42:05|
  2. 未分類

Hojoya Festival at Hakozaki Shrine

Kikyo (Back Home), North East Chinese
025.jpg

Geihinkan
030.jpg

Pakistani restaurant Marhaba joins the stamp rally called Hako-Fes. All dishes are half-size.

019.jpg
  1. 2015/09/17(木) 19:33:42|
  2. 未分類

Nisvasatattvasamhita

Nisvasatattvasamhita1
  1. 2015/09/15(火) 19:57:14|
  2. 未分類

南アジア古典学 第10号(2015年)

宣伝が遅くなりましたが,例年通り,7月末の西日本インド学仏教学会よりも前に刊行にこぎ着けることができました.

原稿を戴いた皆様,ありがとうございます.

ISSN 1881-2074
南アジア古典学
2015
第10号

目 次
KalpalatāとAvadānamālāの研究(6)
—Kalpalatā 第83章、TJAM 第3章と第4章、SMRAM 第38章—
岡野 潔
1-104

上座部註釈家ダンマパーラに帰せられる著作群の成立順序
清水 俊史
105-129

貝葉古写本研究への電子工学的支援について(2)
—「電子ブック」作成手法と調査現況報告—
藤原 和彦,宮尾 正大,笠松 直,逢坂 雄美
131-142

ラトナキールティ著『主宰神証明の論駁』和訳研究(中)
護山 真也
143-171

Tattvasaṃgrahalaghuṭīkā—和訳と原典—
片岡 啓
173-280

Arcaṭa on dṛṣṭānta, trairūpya, and viparyaye bādhakapramāṇa
in Dharmakīrti’s sattvānumāna
Masamichi SAKAI
281-296

The Grammarians’ Concept of Śabda in Relation to the Theory
of Sphoṭa: Aṣṭādhyāyī 1.2.45 and 1.1.70
Akane SAITO
297-335

シヴァ教神学の存在論
川尻 洋平
337-361

ダルマキールティのアポーハ論
—知覚判断と付託の欠如(samāropaviveka)—
中須賀 美幸
363-383

九州大学大学院人文科学府・文学部
インド哲学史研究室
  1. 2015/09/14(月) 19:03:59|
  2. 未分類

SOUTH ASIAN CLASSICAL STUDIES No. 10, 2015

SOUTH ASIAN CLASSICAL STUDIES
No. 10



CONTENTS
A Study of the Avadānakalpalatā and the Avadānamālās (6)
—Avadānakalpalatā Chap. 83, TJAM Chaps. 3-4 and SMRAM Chap. 38—
OKANO Kiyoshi   
1-104

The Historical Order of the Formation of Texts attributed to Dhammapāla
SHIMIZU Toshifumi   
105-129

Computer-aided Research in Old Palm-leaf Manuscripts in Myanmar (2):
A Dialogue between Philologist and Computer Scientists
FUJIWARA Kazuhiko, MIYAO Masahiro, KASAMATSU Sunao, OUSAKA Yumi   
131-142

An Annotated Japanese Translation of Ratnakīrti’s Īśvarasādhanadūṣaṇa (II)
MORIYAMA Shinya   
143-171

Tattvasaṃgrahalaghuṭīkā: Translation and Text
KATAOKA Kei   
173-280

Arcaṭa on dṛṣṭānta, trairūpya, and viparyaye bādhakapramāṇa
in Dharmakīrti’s sattvānumāna
SAKAI Masamichi   
281-296

The Grammarians’ Concept of Śabda in Relation to the Theory
of Sphoṭa: Aṣṭādhyāyī 1.2.45 and 1.1.70
SAITO Akane   
297-335

On Śaiva Ontology: With special reference to 36 tattvas
KAWAJIRI Yohei   
337-361

Dharmakīrti’s Apoha Theory:
A Perceptual Judgment and Lack of Superimposition (samāropaviveka)
NAKASUKA Miyuki   
363-383

KYUSHU UNIVERSITY
DEPARTMENT OF INDOLOGY
  1. 2015/09/14(月) 18:59:09|
  2. 未分類

Marhaba: Pakistan foods near Hakozaki Campus

Marhaba 009
Marhaba 003
Marhaba 007
  1. 2015/09/06(日) 14:13:27|
  2. 未分類

Emending o to ā: オーからアーへの修正

校訂本にはoとあり,写本もその通りにあるのですが,註釈を写本から起こして見ていると,どうも,想定してる原文はāでなくてはいけないという結論に到りました.

A. षो
B. षा

そこで,もう一度,写本をチェック.

ひとつは,どうも,oの上の線に打ち消し訂正の線が入っている様に見えます.つまりBの読みに訂正している様子です.

しかし,明瞭なわけではありません.

他のデーヴァナーガリー写本は,軒並みA.

最後にマラヤーラム写本に当たってみると,果たして,Bが出てきました.

貝葉写本で左半分が折れていましたが,その箇所は,右にあり,必要箇所は幸いなことに途中で切れていませんでした.

このマラヤーラム写本,いちどチェックしたはずなのですが,このBの読みは見落としていました.

やはり,注意してないものは見えないものです.

写本の重要性,特に,優秀なマラヤーラム写本の重要性を再確認しました.

当然,これまでの先行研究は間違った読みを前提にしていますから,その解釈も全くの間違いとなります.(意味が正反対になってしまいます.)もっともらしく翻訳してありますが,実は,全くまともな意味をなしていなかったのです.

読み一つで全く意味が変わってくるので,こわいです.

やはり,テクストは慎重に確定する必要があります.

そして,異読の可能性が疑われる時には,もう一度、写本に戻ってチェックしてみる必要があります.

優秀な校訂本がいくら出ようとも,オリジナルの写本の価値がなくなることはありません.

そこには,見逃した貴重な読みが隠れている可能性が常にあります.
  1. 2015/09/06(日) 13:49:36|
  2. 未分類

ナビさん→マリクさん

なび1594

大学から一番近いインド料理・エジプト料理のナビさん.

断食月をはさんでコックさんが帰省休暇.

都合4ヶ月ほど休眠.

そして,新展開.

オーナー変更.コックも変更.

エジプト人のナビさんから,パーキスターン人のマリクさんに.

コックも別のインド人に変更.(おそらくベンガル人のムスリム)

再開初日のきょう(4/09/2015)は,まだ,前のコックさんが引き継ぎでお手伝い.

メニューも昔のまま.

値段は,払う段になって,変更されていることが発覚.ビリヤニセット,以前は950円でしたが,1050円ということでした.(ラッシーなどのドリンク付きです.)

鋭角もみあげのマリクさんが「すいません,消費税があるので」とのこと.

マリクさん,友人とあれこれと新メニューの相談でしょうか,マルハバでよく見るお仲間が集結していました.

ナビさんがいなくなって名物のムサカもなくなるのかと思いきや,まだありました.

とりあえずは,前のメニューを継続.

そのうち,徐々に様子を見ながら変えていくそうです.

定休日も未定.名前も未定.

とりあえず船出ということのようです.

しかし,きょうのビリヤニ,前にも増して美味かったですが,いつもの隠れジャガイモがはいってなかったのは残念.代わりにチキンが二個もでてきました.
  1. 2015/09/04(金) 20:09:25|
  2. 未分類

プロフィール

Aghora

Author:Aghora

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する