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Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

Gurung Losar at Naan House

グルン族のロサル.

といっても,踊りの上手いバドリーナートさんもいましたし,シルクジャパンのお姉さんもいましたし,昔ソルマリにいたタパさんも関東からわざわざ姿を見せていました.

全然グルンではありません.

要するに,グルンを中心とする在福ネパール人のお祭りとなっていました.

抽選会ではブッダのラクシュマンさんが壇上に.

スポンサーなのでしょう.

息子さんの姿も.

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マンションの2階に位置する店舗なので,「外で喋るのは禁止」.

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Buffetの列も秩序有り.

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抽選会,眞鍋君当選.

女物の服なので「要らないから辞退する」と言ったところ,代替品として,ネパール帽(トピ)をくれました.

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九州タム協会の主要メンバーが壇上へ.後に記念撮影.

ナングロのホールのイケメンお兄さんの姿も.

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すごい踊りの上手いお姉さん.

会場からおひねりも出ていました.

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まずセルローティーとチャイ.

その後,アチャールと芋.

その後,チキンカレー.

その後,Buffet.

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20代ばかりなので,とにかく元気な会場でした.

うちのテーブルのお兄さん達のビール消費の早いこと.

一瞬でした.

隣に座った二人はいずれも日本に来て4年目.

地元ポカラのきれいな写真を見せて貰いました.

共通に抱える問題は,今後の進路.

語学学校を終えて,専門学校を出た後,どうするか,ということです.

うまく就職できればいいですが,なかなか難しいようです.
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  1. 2017/12/31(日) 12:13:08|
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写本とデジカメ

昔はというと,写本は,白黒マイクロフィルムで見るのがほとんどでした.

イギリスのボードレイアンしかり,ブリティッシュライブラリーしかり.

インドでも,カルカッタのAsiatic Societyなど,ちゃんと設備があるところはマイクロ.

複製してもらってから,日本に帰ってきて,図書館で自分で見ながら紙で打ち出して,それを製本して使っていました.

しかし,昨今は,デジカメで撮らしてくれるところは,それで作業完了.

そのまま,パソコン上で作業できるようになりました.

しかも,見やすい.

白黒のマイクロだと,黄色だろうが赤色だろうが,全て黒くなるので,赤線引いた最も大事な箇所が見えなかったりしますが,カラーだと,そのような心配がありません.

しかも,解像度のよい写真なら,拡大してもよく見えます.

マイクロの場合,写本が本形式で閉じてあったりすると,真ん中が真っ黒になってしまっていることが多いのですが,その心配も,カラー写真だとありません.

字の小さい貝葉写本の場合,コントラストも問題.

イギリスからマイクロで貰ったものがいくつかありますが,とても読めたものではありません.

線がうっすらと見えるかどうか,という感じです.

ただでさえストレスの溜まる南インド写本,やはり,読むならデジタルのカラー写真です.

楽になったものです.

日本にいると,イギリス在住に比べ,写本のハードルが高かったのですが,いまは,かなりそのハードルも下がってきました.

写本カタログも,結構ネットに落ちていますので,いまや,図書館貧富の差も,かなり解消されてきました.

キャリアの最初から,気軽に写本を参照する,ということが可能になってきました.

文字というのは,やってるうちに何となく覚えるようなもので,別段習うようなものでもないので,使う必要があるときに写本を使う,という姿勢が一番です.

つまり,別段構える必要はない,ということです.

年取ってしまうと新たなことに挑戦しづらくなってしまいますので,やはり,キャリアの最初から写本に親しんでおくのがいいでしょう.

ただし,インドから写本を取ってこい,といっても,初心者には結構ハードルが高いので,最初は周囲に助けられながら,というのが理想です.

タクシャカの首の宝石のようなもので,非常に取得困難な図書館も中にはあります.最初からそんなところに挑戦しようとしても無理ですので,まずは,楽勝なところからいく,というのが基本です.しかし,そのような情報も,上の人に聞かないと分かりませんから,やはり,あらまほしきは先達です.
  1. 2017/12/30(土) 12:13:50|
  2. 未分類

bahubali

upavishaは単に「座れ」でしょう。
  1. 2017/12/29(金) 15:06:47|
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WSC

夏のWSCのヴァンクーヴァー.

早めに飛行機と宿を予約.

IABSのトロントは,エアカナダ一択だったので,成田から全員同じ飛行機,という感じでした.

あぶれた人は,翌日の当日朝に到着.便が遅れたそうで,みなさん,かなりしんどそうでした.

いずれにせよ,同じ便に集中せざるを得ませんでした.

ヴァンクーヴァーは,色々な便の可能性があるので,ばらけそうです.

福岡だと仁川経由の大韓航空が便利なのですが,接続1時間の場合,福岡空港を離陸するのが30分遅れることが結構あるので怖いです.福岡空港,混雑しすぎ.

接続便に間に合わず,経由地で次の便が急に変更になった場合,ロストラゲッジの可能性も増えてしまうようです.(最近,私の周囲では,別会社で二人経験済み.)

日本からの着の身着のままで学会に臨む,というのは,やはり困ります.

WSCでは,ラリーが自分の周辺の人と一緒にミーマーンサーパネルを立てています.

まさか,ミーマーンサーでパネルが立つような日が来るとは思いませんでした.

たぶん,認識論などではなく,ディープ系ミーマーンサーのほうでしょう.

いまや,アメリカ最強のサンスクリティストと評判で,影響力も強いようですから,北米にミーマーンサ家がじわじわと増えることでしょう.

彼の英語は早口で巻き舌なので,初心者にはかなり辛いものがあります.

わたしも,ここ最近にして,ようやく慣れてきました.
  1. 2017/12/29(金) 07:25:36|
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サーガル




大名のサーガル閉店.

2017年11月30日.

といっても,随分前からスヴァループさんの姿はありませんでした.

とうの昔に別の方に譲っていたのでしょう.

前を通りかかると,シェフでしょうか,電気を消した店内に三角座りでじっとしているのを見たことがあります.

あの暗さの中,入っていく猛者客はさすがにいないでしょう.

スヴァループさんの居た頃は,随分,皆と行きました.

研究室の皆でお邪魔したこともあります.石垣君やチャーリー君といったのを覚えています.

警固断層の真上.

福岡地震の後は,店内が無茶苦茶になったのでしょう,しばらく閉めていました.

復活した後の壁は,きれいなブルー.

お洒落な店.それに,賑やかなスヴァループさん.

福岡では,もっともまともなインド料理を出すところでした.(後期は,周辺の安いカレーの余波を受けたのか,味も???となってましたが.)

あの時から比べると,福岡のカレーシーンも随分かわりました.

昔からある店の一つがなくなり,変遷を感じさせます.(ナーナク、スラージ,マイティガルはまだ健在.)

近くのサニー下にあったポカラキッチン改めエベレストキッチンも,今はポラポラ食堂に.

そういえば,スラージの姉妹店であるイムズ内のSaagarは,とっくに姿を消していました.

というわけで,SagarもSaagarも,福岡からは姿を消してしまいました.

栄枯盛衰。創造、存続、帰滅。
  1. 2017/12/28(木) 20:22:41|
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面白いものをつまらなくすること

学者が犯す罪は数多くある.
不正確さと杜撰さ.
自分の考えを(独自性や名声などのために)対象に押しつけること.
しかし全体として学界が最も許しがたい罪と考えるのは,面白いものをつまらなくすることである.
そのせいで将来の世代が対象から受けるはずの楽しみと啓発とを奪ってしまうから.(Friedhelm Hardy: The religious culture of India, 1994の序文より)



耳が痛いです.

オックスフォードにいたときか,ポンディシェリにいたときか忘れましたが,一度,ドミニクと一緒にいたときに,お目にかかりました.

風格のある学者,といった感じ.

この本は,私の周辺でもファンが多いです.
  1. 2017/12/27(水) 07:19:06|
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BJKからNH




BJKのメインシェフは古賀出張中。今日はハリさんも不在。




大楠NHは、お食い初め式のパーティー中、ダンスミュージックで大盛り上がりでした。



仏様の目の前に焼肉屋とネパール料理屋。




吉塚のナングロも下は焼肉屋です。
  1. 2017/12/25(月) 23:14:29|
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PrP

プラカラナパンチカーではなく、プラサンナパダー。

「チャンドラキールティは悪文家だ!」

というのが、江島先生の口癖でした。(そういえば、レモンサワーが流行ってますが、江島先生はある時期からレモンサワーの人でした。)

アンのエディションを読んでみると、ちゃんとしてます。

冒頭のマンガラもレベル高いです。

つまり、単にエディションが悪かったから読めなかっただけ、という気がします。
  1. 2017/12/25(月) 12:24:29|
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tewa





研究所近場の菜食レストランのチョイスは、リゾット屋、tewa、ピザとあります。

ここのファラフェルとフムスは好きです。
  1. 2017/12/25(月) 00:52:51|
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研究所の通り



左奥の黄色い建物に入っているスパーの隣が研究所の入り口。

渡辺さん、室屋さん、酒井さんに挨拶。

普段からしゃがれ声の酒井さん

「風邪で声がしゃがれてて」

と言ってるのが受けました。

シュタインケルナーとビルギットと翌日に読書会だそうで、忙しく予習中でした。
  1. 2017/12/25(月) 00:39:45|
  2. 未分類



モニカが、「ワルシャワより寒い」と言ってました。冬に来るところではありません。
  1. 2017/12/25(月) 00:36:12|
  2. 未分類

ベトナムダイナー



研究所から橋を渡ったベトナム料理屋。

前回は行きましたが、今回は行く機会なし。

Hugoは、気に入ったそうです。

日本人には入りやすい店です。
  1. 2017/12/25(月) 00:33:43|
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アムツハウス



やけに簡素な建物だなと思い近づいて名前を見て納得。

ある意味、こうあるべきです。

プレハブではないので、まだ、うちよりましですが。
  1. 2017/12/25(月) 00:26:15|
  2. 未分類

YS + BhG









いまや,ヨガ教師は飽和気味.

猫も杓子もヨガティーチャー.

差別化を図るためには,サンスクリットにちなんだ知識がないと生き残りもできないようで,そのための需要が発生しているのかもしれません.

しかし,本邦では,まだまだ供給が追いついていません.

適当なガイド本もなし.

京大の金菱君くらいでしょうか,ヨーガ実践もちゃんとできて,かつ,文献も本当に読めるまともな人は.

ヨガティーチャー向けのヨーガ知識篇講義として求められているのは,基本,バガヴァッドギーターの講読解説,それに簡単なヨーガの基本タームの意義解説,あとは,ヨーガスートラの一部の解説.(実際,むかし,アメリカで,そういう公募が出ているのを見たことがあります.「なんだろう,この組み合わせ」と思った記憶があります.)

これで現代ヨガのサンスクリット基本知識はできあがりです.

このセットは,現代ヨガの中で固まってきた「ヨガ教育」で,別に,伝統的には裏付けはありません.

本当なら,ハタヨーガの歴史を丹念に追うべきでしょうが,実は,そのような本は,最近英語で出たRoots of Yogaという本が初で,それ以前には,皆無です.

というわけで,いま,ハタヨーガの歴史とか言っているのは,全部,適当です.

嘘か無知かの穴だらけ.

ともあれ,ニッチではありますが,確実に今,「ヨガティーチャー生き残り・差別化のためのサンスクリット絡みの知識」という需要が発生しています.

佐保田鶴治のヨーガ関係の本読んで,あとは,サンスクリットの語意・文法が分かればいいので,サンスクリットやってれば楽勝です.

或る大学の印哲には,実際,ヨーガやってる女性が,「印哲」という肩書きのために入ってきて勉強しているそうです.

頑張って欲しいものです.

いやはや,まさか,クリシュナムアーチャーリヤも自分の教えたヨーガがこんな金儲けビジネスに堕落・昇華(?)するとは思ってもいなかったでしょう.

そして,数十回のヨガ講習を受けるとcertificateを出すという,どっかで見た家元制度のようなシステム.

免許皆伝で,到達レベルに合わせて何々までを教えて良い,という具合で,最後まで行く頃には,膨大なお金が投じられている,という仕組み.

ま,商才は重要.

功罪あるでしょうが,裾野が広がることはいいことなんでしょう,きっと.

実際のところは,将来になってみないと,わかりませんが.

菜食・ヨーガ・非暴力(不殺生),こういうのが一体となって,素直な大和心の人をスピリチュアルに染め上げると,かなりの変人(←良い意味です)ができあがる気がします.

語学を地道にやる,というのとは対局にいる人達が多数いるのは間違いありません.

「あなたも一日でサンスクリットが読めるようになります」みたいな講習があったりするわけですが,実際には,デーヴァナーガリー文字を教えるだけという講義です.(言うまでもありませんが、文字と言語は別物です。)

インド宗教世界は有象無象が跳梁跋扈するカオスが魅力.

アナーキーなカオス世界が現出すると面白いと思います.

どれか一つが正統で残りは異端みたいな切り分けは、インドにはありません.

切り分けようと苦労した結果、現実を変えることの難しさを描かざるをえなかったのがジャヤンタの戯曲『宗教のから騒ぎ』。

黒衣派という一部のカルトをバンするくらいが関の山。

対立する二つともがずっと正統を主張し続けて分裂の平行線.

無知と錯誤と混乱、たまに一筋の光、そんな方が私は好きです.

ヨガビジネス狂想曲で,好きに騒げば良いと思います.スワーハー.

マハーバーラタと同じで,シャーンタラサが通奏低音.

最後はみんな静かに去りゆくのみ.オーム,シャーンティ,オーム.
  1. 2017/12/24(日) 21:11:34|
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研究会を終えて

オックスフォードでジュニア研究員をしていたころ,

1998-99.

ウルフソンカレッジに所属.

頂点はオールソウルズのサンダーソン教授,

ハルがポスドクで師範代,

サンダーソン組学生トップはドミニク,ちょうど博論を終えた頃.

その下に,ソームデーヴ,エリザベス,ユーディット,アレックス,ジム(マランソン→後にSir),種村さん.あとからチャバ.

(イザベルもいましたが,後に,ゴンブリッジ組に移籍.)

アレックス,ジムは私とほぼ同年.

アレックスはシャイヴァの中でも哲学系.

というわけで,彼のチュートリアルには私も特別に出させてもらっていました.

ブリッジストリートのドミニク邸では,ハルが毎日なにがしかの読書会を開催.

ハルは,フローニンゲン・ライデンでヴァイシェーシカの博論を終えていましたが,ヴァイシェーシカは止めて,スカンダプラーナ,ラグヴァンシャ,密教の研究に移行していました.(もちろん,その頃は,部外者の誰もハルが密教を研究していることなど知りませんでした.)

毎日毎晩,ネパール写本からテクストを打ち込んでいたのを覚えています.

博論やペーパーの準備のため,ほぼ全員,ハルに面倒を見て貰っていました.

その頃は,まだシャイヴァ研究もメジャーではなく,サンダーソンもまだ寡作,いまのようにどでかい成果を次々と放出する前でした.

よく聞いたのは「サンダーソンはペーパーが少ない」という噂でした.

しかし実際には,その頃まで既に,非常に凝縮された重要な論攷が,ぽつぽつとは出ていたのですが,いまのように,とびきり目立つ感じではなかったですから,オックスフォードの外にいる専門外の人がその存在に気がつかなかったのも当然です.

オックスフォード周辺では有名でしたが,あまり外に出て行かず,オールソウルズと図書館にこもって仕事をされていましたから,さもありなん.

一目会えば,その凄さが分かりますが,会ってない人には分からないのも当然.

週一のサンダーソン教授のレクチャーは,結構な人数でした.

すごい情報量の新作発表のようなお披露目講義が,8週連続でなされるわけですから,当然,この機会を逃すまじと,みな来ていたわけです.

ほかではどこでも見たことも聞いたこともないようなapuurvaな内容が,次から次へと出てきます.

恐るべき講義でした.(その時の講義が,その後,続々と出てくる論考に組み込まれています.)

学生も当然真剣.

聞き逃すまいと,先生から許可をもらって録音をしている人も常に複数いました.

しかし,そこはソニーのジャパン.

最後には,種村さんの録音が一番クオリティーが高いという評判が広まり,みな,自分で録音するかわりに,種村さんに「録音をシェアさせてくれないか?」と頼むようになっていました.

★ ★ ★

ハンガリーから凄い秀才が来るという前評判で,やってきたのがチャバ.

ハリーポッターに似たうら若きチャバと最初に会ったのはサンダーソン教授の部屋でした.

ジャヤンタの『アーガマダンバラ』を博論テーマにすることが決まり,さっそく,皆で読書会開始.

チュートリアルのための準備で,ドミニク邸に集まり,皆でわいわいと一緒に楽しく読んでいました.(後々,2004年にウィーンにいたころ,近場にいる,ということで私が博論審査に呼ばれました.ケンブリッジのアイヴィンドと二人で,チャバの博論を審査.)

★ ★ ★

ヒンディー語講師のイムレの企画で,夏のサンスクリット・サマー・リトリートを開始したのが2002年.

トランシルヴァニアのチクセラダ.その後,ポンディやワルシャワなどで継続開催.

いまはオールソウルズのポスドクをしているピーターシャントと初めて会ったのも,2002年のトランシルヴァニアでした.たしか,皆の中で最年少,まだ学部,すごい若かったときでした.

同じく,いまはライデン大教授となったピータービショップも,たしか,ポーランドで会ったのが初めてだったと思います.

その頃は,まだ,フローニンゲンのハンスバッカー教授の下で博士を始めたばかり,ハルの弟弟子にあたりますが,一年後に会ったときには凄い読めるようになっていたので,その成長具合に驚いたものです.

読書会は,その後,ポンディで複数回.

最近は,インドネシアのジャワ,カンボジアのシェムリアップ,北海道,タイのフアヒンでも開催されました.

途中,ハルやドミニクはタントラ企画で忙しくなり,別企画としてタントラ研究会をカトマンドゥで開催.しかし皆でテクストを読むというアイディアは一貫.

一週間から二週間,皆で一緒にテクストを読む.

結局,我々の分野では,この方式が一番勉強になります.

★ ★ ★

みな,あちらこちらに散らばってそれぞれの学生を育てつつあります.

シャイヴァ界でポンディのドミニクのお世話になっていない人はいないでしょう.

また,密教界でハルのお世話になっていない人も僅かでしょう.

ペンシルヴァニアとハンブルクでのハルの学生の一人がシャーマン.

私もペンにいた時に、シャーマンと会いましたが、彼は精力的にブラフマヤーマラを写本から入力。凄い分量をこなしていました。

US時代のソームデーヴの学生.エレーヌとはジャワやポンディでも会います.

チャバ周辺からも優秀なハンガリー人が続々と.

そして,サー・ジム・マランソンは,SOASに職を得て,でっかいファンドを獲得,ハタヨーガ研究を推進.

いまや,ハタヨーガ研究の第一人者です.(サンダーソン教授下のジェイソンやポールが同じくハタヨーガ.)

イギリスで複数回集会がありましたが,つぎはポンディでもハタヨーガの研究会をするそうです.

★ ★ ★

サンダーソン教授の下に優秀な学生が徐々に集まり,シャイヴァ研究は今や隆盛.

弟子の弟子も入れて,規模は大きくなりつつあります.

インド学でも最も勢いのある分野と言えるでしょう.

教授は2016年にオールソウルズを退職.後釜には,ハンブルクで博論を終えたディワーカル(ハンブルク→京都→オックスフォード).

弟子が育って,その結果が誰の目にも明らかとなるのに20年.

20年前,シャイヴァ研究の現在を誰が予想できたでしょうか.

サンダーソン教授は非常に親切で,多くの情報をジェネラスに学生とシェアしていました.

自分の属す分野で人を育てるには,やはり,けちけちせずに,若い人と情報をシェアすることが重要です.

★ ★ ★

ミーマーンサーも,エリーザ,ラリー,Hugoは,とても親切に教えてくれますから,周辺に人が集まるのも当然.

今後,時間はかかりますが,研究者は少しずつですが増えていくことでしょう.

ミーマーンサーがマイナーだったのも,いずれ「今は昔」となることでしょう.

いずれも,ミーマーンサーのみならず,幅広い学問をしているのも特徴です.

結局,ミーマーンサーを読むには,何でも知ってないとできないということの裏返しでもあります.

エリーザは,シュリーヴァイシュナヴァも,ラリーはアランカーラも,Hugoはバルトリハリも,といった具合.


ハル,ソームデーヴ,ドミニクがそうであるように,やはり,専門は二つ以上もっているのがサンスクリットでは正解という気がします.

結局,ドイツ式の博論+教授資格論文(それぞれ別の専門分野)というのは,我々の分野では理に適ったアイディアだと思います.

ひとつのものをかたくなに守るよりも,あれこれと節操なく読むほうが,サンスクリットを伸ばすには良いようです.経験的にはそう言えます.

10年後のインド学・インド哲学では,また違った風景が広がっていることでしょう.
  1. 2017/12/23(土) 14:38:03|
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  1. 2017/12/23(土) 11:58:57|
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打ち上げくらい普通にお付き合いしようとすると,夜の8~10時という夕食時間となるので,日本時間だと朝の4~6時.

こんな時間に般若湯を入れて,オイリー飯を腹に入れると死にます.(実際,眠いわ・腹壊すわ,の二重苦でした.)

結局,寝たのが12:30で,起きたのが朝の7時ですから,こっちの時間に順応しつつあることになります.これで即,日本に帰らねばならないので,苦労の往復びんたです.

インドだと3.5Hなので時差ぼけがなくその点は助かりますが,ヨーロッパ・アメリカは,時差ぼけがつらい.

頑丈な苫米地さんですら,「一週間おかしくなる」と仰っていましたから,こればっかりは,鍛えても無理です.

(鉄人の張本さんは,あまり時差ぼけで困っている風に見えたことはないですが.)

やはり,年取ると,さっさと寝るに限ります.

しかし,そうすると,人付き合いが全くできなくなるので研究会に来た意味が半減します.

どっちを取っても困るという「両罠の縄」ubhayata.hpaa"saa rajju.hです.




「ベジにする,あるいは,ビーガンにする?」という二択.

行ったのは,洒落た菜食レストランでした.

研究所から少し離れた場所に行くのに,U2の駅ホームを降り,エスカレーターで地上へと昇っていたところ,向こうから階段を降りてくる女性が足下も覚束ない風で転倒,膝を激しく打っていました.



クリスマス市のプンシュで足下を掬われたようです.

飲みやすく甘い安アルコールは,やはり,危険.

博多駅もクリスマス市をやっていますが,あと5年もすれば,熱燗も出すようになるでしょうか?(そうすると,安っぽいマグカップではなく,徳利と御猪口を持ち帰ることになりますか.)

ちなみに,パトリックによれば,「あれは本来チャリティーのはずなんだけど,すっかりビジネスになってるけど」と言っていました.

たしかに公の場所でやってますから,チャリティーが発祥であってしかるべきです.

日本も公共の場所でやっていますが,博多だと,屋台のフレームワークで捉えることになるので,チャリティー精神など,議論にもならなかったでしょう.

今回の研究会,気の効くオリバーが,博論執筆中にも拘わらず,お菓子や珈琲・ジュース類を後ろに常に補給してくれていたので,朝から晩までといっても,かなり楽でした.やはり,研究会でのスナック・飲料補給は重要と再認識.そこでたむろって話ができるという意味でも.
  1. 2017/12/21(木) 15:51:48|
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3日目

×マックレー
×ロイ
アンドリュ
岩崎
ダニエレ
Hugo
マルコ
×チャクラバルティ

朝の二つは不在.(arthaapattiによれば,外にいると想定できます.)

代読ならぬ,discussantによる代要約.

ヨーガーチャーラのロイのものは,渡辺君とクリスティーナが要約&コメント.

きょうは,応用編ということで,おもにラクシャナー関係特集.

アランカーラまで含みます.

バルトリハリからディグナーガやクマーリラ,ダルマキールティに流れた言語理論は,その後,カシミールを中心にアランカーラに強い影響を及ぼして,ミーマーンサーのテクニカルな議論が詩論の中に入っていきます.

カシミールのアヴィナヴァ他は基本としてジャヤンタを学んでいますから,実は,ジャヤンタのNMは,後代への影響,という観点から見るとかなり重要です.また,ウダヤナを経てナヴィヤへと流れていくという観点からも,実は,ニヤーヤの歴史においても重要です.NS,NBh,NV,NVTTという流ればかりに囚われていると,別の重要な流れを見逃してしまいます.

つまり,ジャヤンタ,超重要.

例えばボージャのシュリンガーラプラカーシャにNMが大量引用されるのもアポーハ論のアパラートゥスで既に示した通りです.

その他,ミーマーンサーの議論が,アランカーラでは基本の基本になっていきます.

また,バルトリハリからクマーリラやダルマキールティの批判,さらにはマンダナの擁護を経て,再認識派へと言語理論が入り込みます.

言語理論という切り口で見ると,認識論とはまた違ったダイナミックな流れが見えてきます.

その中で,ジャヤンタの重要性も再確認できます.

クマーリラやダルマキールティ,さらには,プラバーカラとマンダナの議論を踏まえて議論を解きほぐしてくれ,さらに,分かりやすく,しかも,おもしろおかしく示してくれているのがNMですから,教科書として多用されたのも納得です.

分量からも分かるように,シャブダ関係は特に重点が置かれていますから,アランカーラの人がそこから学んだのも当然です.

Hugoのものは,アドヴァイタのプラカーシャアートマンの言語理論.

こちらは,実は,プラバーカラ準拠.

ヴェーダーンタ神学独自の言語理論という点でも,もとのミーマーンサーの議論は重要です.

つまり,あれやこれやの後代への波及ということを考えると,ミーマーンサーの言語理論は,基本の基本です.

もちろん,バルトリハリも.

本邦のインド学では,まだまだ詩論をやる人は多くありませんが,USでは,インゴールズに始まり,弟子のポロックを経て,さらにその弟子世代のマックレー他がレベルを上げて取り組んでいますから,「ちょっとやってみようか」くらいの覚悟だと蹴散らされてしまうでしょう.

かなり気合いをいれて取り組む必要があります.

また,その際に,ミーマーンサーを読んでおくことは必須になっていますし,もちろん,気合いを入れてプラバーカラ派の理論まで視野に収めておく必要があります.

ブリハティーに取り組むというのは,気が遠くなる話ですが,最近の学問水準は,ようやくですが,そこまで要求するようになってきています.

初期の単純なアランカーラ論書だけで満足していると痛い目に遭うことになります.(マックレーに一蹴されることでしょう.)

ともあれ,私としても,ジャヤンタやシャーリカナータの重要性,影響力が再確認できてよかったです.

  1. 2017/12/21(木) 02:29:09|
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二日目

研究会二日目無事終了.

モニカ△
片岡
岩崎
Bajzelj
Hugo
片岡
エリーザ
アンドリュ

自分のペーパーが,午前にひとつ,午後にひとつ.

ディスカッサントの要約のあとに,その質問に答えねばならないので,瞬発力も要求されます.

午前はディグナーガ.

パトリックがかなり丁寧に読んでくれて,的確なコメントをくれました.

感謝.

あれこれとリヴァイズできるので,コメントは助かります.

分かりにくいところ,誤解を招くところをリヴァイズする必要あり.

そのほか,Hugoからも.

不要な箇所,不用意な箇所は削ることになりそうです.

アポーハは,かなり専門性の高い領域なので,質問が一部からのみとなるのは仕方ありません.

午後のものも,これまた専門性の高いシャーリカ.

シシルが綺麗に要約してくれました.

私が下手な英語で要約するより,よっぽど分かりやすいです.

さすがにプラバーカラ派の見解は知ってないと難しいので,これまた専門性の高い内容.

質問はエリーザほかから.

きょうも,9時から5:30までみっちりでした.

最後のエリーザの発表では,少し引っかかる表現があったので,指摘.

そのあと,関連する議論で盛り上がりました.

「べし」が表現する命令が外に存在するかどうか,という話です.命令と聞くと,その命令を受け取る聞き手の主観的なものと考えてしまいがちですが,プラバーカラ派の命令・指令niyogaは,そういうものではありません.

「存在性」sattaaという概念自体が,物理的・現在時に限られるわけでは必ずしもないので,少し,広げて柔軟に考えてやる必要があります.

プラバーカラ派の場合,有性sattaaとはすなわち認識対象性prameyataaということですから,かなり広いです.




終了後,シシルから,「PrPの難しいところ,一緒に読んでくれないか」とのこと.要は読書会番外編.

6時ともなると外は真っ暗ですし,頭も疲れきっていて,とても理解できそうにないので,翌日研究会が始まる前の朝8時にホテルでやることに.

もうすぐ博論出そうか,という時期の人は貪欲です.(いい意味でのicchaa.)




夜はホテル近くで夕ご飯.四人.

驚いたことに,アンドリュもマンダナ,しかも,定期祭の最もややこしい議論を読んでいるところでした.

「ニティヤ」というキーワードに,時差ぼけで眠かったのが一気に覚醒して盛り上がってしまいました.

マンダナのニティヤ祭議論で盛り上がれる人がこの世に他にいるとは思いませんでした.

saamaanaadhikara.nyaというのは,AとBという語が同じ指示対象という場所を共有していることですが,我々の場合,同じテクストを読んでいるということで,一種,saamaanaadhikara.nya関係に入ることができます.

同じ穴の狢というべきか,あるいは,同じ釜の飯を食った仲間というか,つまり,同じ著者の著作を「食った」仲間,ということです.

同趣味の同士とは,テクストを通じて一気に距離が縮みます.

あとは,写本図書館の苦労話などを交換.

「あそこの図書館の受付の若い兄ちゃんはとんでもない野郎だ」というので盛り上がりました.

むかしむかし,学生の頃,文学部の事務に,それはそれは,とてもとても悪名高い意地悪なおばちゃんがいました.

が,文学部の人とは彼女ネタですぐに仲良くなれました.

ですから,逆に,文学部の和には貢献したのではないか,という気がします.

(自分を悪者にして文学部に貢献した,という意味では,菩薩の一種かもしれません.)

ジャイナじゃないですが,物事は一面では判断できないものです.

悪かと思いきや,意外に善でもあったりします.

また,arthakriyaa効果的作用という点では,むしろ,善というべきではないか,とも思えます.

しかし,事務に出す必要書類のことで大もめに揉めたのも想い出しました.(そして,同じような経験をしている人がいくらでもいました.)

体感指数では,やはり,atyanta悪です.

シェーナ祭を挙行したいくらいです.
  1. 2017/12/20(水) 02:23:32|
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jñānalavadurvidagdham

自分の研究が如何に意義深いかを強調するために,扱っている資料の著者が如何に偉大かを強調しすぎる場合がなきにしもあらずです.

     偉大さ(←盛りすぎ)
     |
自分 → 著者

とくに博論を終えたてでまだ若く,他のテクスト経験が浅い場合,自分の知っている著者が余計に偉大に見えてしまいます.

小学生が自分のお父さんを「尊敬する人」に挙げるのと同じで,世界が狭い内は,自分の知ってる範囲で偉大さを計量してしまいます.

しかし,世界は実際には広いので,お父さんより尊敬すべき人は(客観的には)沢山いるはずです.

小学生なら,そんな尊敬も甘ったるくて許されますが,さすがに論文でそれは無理です.

そんな若気の至りを見ると,「若いっていいな」と思います.同時に,無知は怖いとも.

ちょっとかじった夜郎自大が一番タチが悪いという,バルトリハリの詩節を想い出しました.
  1. 2017/12/19(火) 14:43:40|
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saphala







△印のペーパーは,draftが事前配布されていないもの.

その場でのディスカッサントによる説明から理解するしかないので,少々難しかったです.

知ってる内容なので,大体推量できますが.

モニカ△
斉藤
×チャクラヴァルティ△
×ダスティ
エリーザ
パトリック

×印の人は不在なので,代わりの人が内容を要約.

時間がないので,フルペーパーを読むことなしに,あくまでも要約.

出席している他の人についても,本人ではなく,まずは,discussantが要約.

私は,エリーザのペーパーのディスカッサント役で,要約しながら,幾つかの問題点を指摘.

短く終わるかと思いましたが,案外10分はすぐに経ってしまいます.

比較思想系もあり.

全ての基本的な用語(例えばartha)について,何と英語で訳すかは,解釈が絡んでくるので,本当に難しいです.

ともあれ,どこでどういう問題群が浮かび上がるのか,それぞれの分野で共通点が見えてきたように思います.

当然といえば当然ですが,やはり,マハーバーシャからバルトリハリに至る議論を押さえていないと,言語理論については,正確に捉えることはできません.

きょうも,幾つかの箇所で,同じような問題が顔をのぞかしていました.

このあたりは,Hugoのコメントがピカイチ.

エリーザのペーパーはかなり包括的で基本的なところを押さえたものでしたので,微に入り細に入りといった細かい問題には首を突っ込んだものではありませんでしたが,それにしても,やはり,どう微細な問題に配慮しながら,ミーマーンサーの個々の理論内容を一文で表現するかで,細かい配慮が必要となるなと実感させられました.

自分の頭でフレッシュに捉え直しながらも,しかし同時に,文献の作者から外れずに彼らの思考をなぞる必要がありますから,文献から離れた,あるいは,文献に反する勝手な捉え直しは問題があるな,という印象.(あくまでも,ごくごく一部の表現ですが.)

幾つかのペーパーでは,研究所のメンバーも聴講に来ていました.
アン,ビルギット,室屋さん,クリスティーナ,渡辺さん,プレッツ.
  1. 2017/12/19(火) 02:05:57|
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prakīrṇa

興味をばらけさせること.

向こうから来た偶然の出会いを無視せず取り入れるようにすること.

サンスクリット文献の世界は多様です.

それは,英語で書かれた文献が多様であるのと同じ事です.

もちろん,インド人の知識層,婆羅門学者達の興味関心の中心が宗教にあるのは確かなので,そこを中心にしながら文献世界も回って行っていますが,それにしても,文学から哲学,占星術・天文学から性愛文献まで,幅広さには事欠きません.

私の専門といえば,もちろん,聖典解釈学ミーマーンサーということになりますが,それ以外にも,仏教論理学,ニヤーヤ,シヴァ教神学についても,論文を発表しています.

また,扱ったテーマも様々です.

祭式行為論,全知者論,聖典権威論,主宰神論,真理論,言語理論(アポーハ論),認識論(アルターパッティ,推論,比喩),錯誤論,宗教間論争,シヴァ教神学,討論術・論理学などです.

さらには,哲学的とはいえ,戯曲の和訳も出したことがあります.

興味をできるだけ散らすように意識しています.

同じテーマだけだと飽きるというのもありますが,それよりも,違うテーマを追求することで自身の幅が広がるのが実感できるからです.

つまり,自身の成長のため,とも言えます.

実際,あれこれの分野を節操なくやっていると,あるいは自身を訓練するための枷として担うと,見えてこなかった底での繋がりが見えてきます.

ディグナーガのアポーハ論は言語理論に見えて推理論と表裏一体のものとして展開されているのは明らかですし,また,錯誤論は,知覚(錯覚・幻覚)の理論ではありますが,しかし,神学の理論として展開もしていきます.

さらに,聖典理論は,宗教間論争を捉えるのに必須のテーマであり,その全体から真理論も眺めないといけませんし,全知者論や主宰神論も,そこから読み返すことができます.

すべては,強くあるいは弱く,繋がっていき,そして,インド哲学という大きな網を形成していきます.

また,聖典解釈学特有の専門的な理論が,ミーマーンサーの哲学思想を織りなすための骨格として入っています.

文法学の細かな規則の知識をもってバルトリハリを読むのとそうでないのとでは見えてくる風景が違うように,ミーマーンサーの細かい知識をもってシュローカヴァールティカの議論を読むのとでは,見え方が違うのは当然です.

クマーリラ自身が言っていますが,実際,ミーマーンサーの議論は,様々なシャーストラの知識を前提としています.

具体的な祭式行為や祭式文献を解釈・説明するにあたって,引き出しは多ければ多いほどいいので,あれこれと都合のいい道具や装置を持っている必要があります.

つまり,文献経験は豊富であるに越したことはないのです.

タントラ研究者に出会えばタントラ文献を読み,密教学者に出会えば密教文献を読み,カーヴィヤ研究者に出会えばカーヴィヤを読み,論理学者に出会えば論理学文献を,東南アジア梵語碑文研究者に出会えば碑文を一緒に読んでもらう.

あるいは相手が学生でも同じ事です.また,査読を依頼される専門論文でも同じです.Journal of Indian PhilosophyやPhilosophy East & West.

これを読んでくださいと言われれば,自分の好き嫌いに関係なく読むようにしています.(実際,フィロソフィーイーストアンドウェストはAとBとの比較系が多いので,Aは知っていても,Bについては全く予想外のものが多く,その点でも楽しめます.)

出会いは大事にする必要があります.

せっかくの出会いですから,そこから何かを吸収すべきです.自身の殻を破るのに,外界からの刺激というのは重要な契機となってくれます.

(実際,留学において有益なのは,そこで出会った相手が得意な文献を一緒に読んで貰う,ということです.自分のテクストを予め一本に絞ってそれを読んで貰うというのは得策ではありません.その場その場の状況に応じて自分も変化していくことが,例えばインド留学,とくに,プライベートで読んで貰う場合には重要です.つまり,仏教研究者といっても,インドに行けば仏教文献などを読んでくれるパンディットなんぞに出会う確率は,盲亀浮木の譬えの如く,ごくごく稀ですから,そこは臨機応変に,婆羅門側の文献を読んだりする方が得です.)

成長期に好き嫌いを言わずに食べるのは,好みが偏らないようにするためです.

未成長段階の自分の限られた視野でえり好みしていると,今後も成長は見込めません.

ひょっとして美味しい食べ物があるかもしれないのに,ハンバーグが好きだからといって,いつまで経ってもハンバーグばかりでは,舌も成長しない「お子ちゃま舌」と言われても仕方ありません.

ハンバーグも食べるし,ふぐも食べるし,はたまた,ダルバートも食べるという節操のなさは,舌の成長には必要でしょう.(金がないと河豚は食べられませんけど.)

まあ,考えてみると,英米哲学の人が,キリスト教の神学文献,詩論,英文学をプロとして読むことはないでしょうから,その点,インドの場合は,それがまだ許されているので,飽きっぽい私のような人には良い状況だと言えます.

英米哲学の人が,アメリカ政治・経済・教育・文化・宗教の学会に出かけることはないでしょうけど,インド哲学の場合,南アジア学会に出かけていくと,耳学問であれこれと興味深い話を聞くことができますし,昔一緒にヒンディー語を習った知己が,インドの政治や防衛,さらには,ネパールの文化・生活を論じています.「なるほど,グルガオンの自動車産業は今,こうなっているのか」などという情報も小耳に挟むことができます.

いずれも,授業の小ネタに転用可能.

南アジア学会30周年企画として,喜多村先生が中心となって,来年度に九州シンポも企画していますが,それのテーマは教育です.(九州地区は弘中先生を中心として,インドの教育学関係者が多いので.)

文学部の講義でマハーバーラタの話をすれば学生も喜んで聞いてくれます.(インド文化論を講じた前期の授業はやたらと受講者が多く,教室変更を余儀なくされました.インド文化一般への興味というのは,文学部生レベルになると,それなりにある,ということのようです.そんなに楽タンにしてるつもりはないんですけど.)

離れた大橋キャンパス芸工からの聴講もちらほら.

もちろん,非サンスクリット人から見ればサンスクリットという小池にしか見えないのかもしれませんし,日本人から見れば,遠いインドの一言語中の文献世界,というだけに見えるかもしれません.

サンスクリット世界の豊穣さは,知らない人には容易には理解できないでしょう.井の中の蛙か,夜郎自大か.

また,実際に,仏教を通じてその世界観が我々日本人自身の思想に深く影響を及ぼしている,ということも.

文献の幅広さ,量,時代,地域,どれをとってもインド諸語の中の一言語と比較するのはバランスを欠くでしょう.(もちろん,タミル語は古さからいっても,インド諸語の文献の中ではまた別格ではありますが,しかし,文献の総体量からいっても地域の広がりからいっても,サンスクリットと同列に扱うことができないのは言うまでもないでしょう.)

さらに理想をいえば,サンスクリットの他にパーリ語とチベット語と漢文もできれば言うに越したことはないでしょうが,言語の壁をまたぐというのは,本当に難しいですし,それに成功した人というのは,シュミットハウゼンのような,ごくごく一握りの人達だけですから,そこまで求められても私のようなpṛthagjanaには無理無理mriyateというものです.
  1. 2017/12/17(日) 20:09:05|
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IKGA

ウィーンのワークショップ.

時差ぼけと疲労を考えて,一日前にイン.

予習しないといけません.

大韓航空のおかげで,ウィーン空港までは,福岡→仁川→ウィーンと,かなり便利です.(ただし,帰りは,ウィーン→チューリッヒ→仁川→福岡なので,少々疲れますが.)

韓国で1.5時間ほどしか待たないので,体力消耗は最小限で済みます.

しかし,なぜか,韓国からウィーンに飛び立つとき,乗ってから1時間ほど滑走路で待たされました.

この前のカナダ行きの時に,成田の滑走路で3時間待たされたのに比べれば楽ですが.

飛ばずに滑走路で過ごす無為な時間,プライスレス!

とりあえず,静かに人の原稿読めます.

真ん中四列の右側の通路側に座りましたが,左側3人,ネパール人でした.

「ネパール?」
「そうです」
「福岡は大橋?」
「いや,吉塚です」
「じゃあ,ナングロ知ってる?」
「よく知ってますねー」
「福岡は何年?」
「もう2年です」
「里帰り?」
「一ヶ月だけです」

というような会話.

機内,ネパール人同士できゃっきゃと楽しそうでした.

ほかにも機内にはネパール人の姿がちらほらと.

仁川経由でカトマンドゥへ彼らは向かいます.

私は乗り換えの時間が短いので,降りて乗り継ぎの荷物検査,すぐに端っこの22番搭乗口へ.

ゲートについたのが15分前.

福岡出発が遅れるとアウトになりかねない連絡の良さです.

暗くなった機内では原稿読むのもしんどいので,Birth of Dragon, A Passage to India, Wonder Woman, Transformer The Last Knight, The Great Gatsbyを鑑賞.

「インドへの道」は前にも見たような...

前回は寝てしまった気がします.今回も前半退屈すぎて寝てしまいました.後半は覚醒.なんとか見終わりましたが,もやもやしますね,この映画.

欧米人にはピンと来るのかもしれませんが,日本人の私が見ても,立ち位置が別に欧米人とは違うので,どうも,しっくりきません.

まあ,ともあれ,イギリス植民地下のインドの何となくの雰囲気や,あとは,きれいなロケ地を見ることができたので良し.マラバールという名前を使うので,「ケーララ?」と思いましたが,ヒンディー語ですし,ロケ地もそれっぽくないのは明らかですから,どこだろうと思っていましたが,モデルはビハールなんですね.

まっ昼間に岩山に登ったらそりゃ暑いわなーと納得.

映画では出てきませんが,きっと,岩山の洞穴,一部は小便くさかったりするはずです.

ウィーンのホテルには,すでにフランス人の知り合いが到着済み.

チェンナイ→パリ→ウィーンで,チェンナイからの便が遅れたため,乗り継ぎが変更され,恐らくそれが原因でロストバゲッジ.

おそらくパリのどこかに隠れているのでしょう.

というわけで,着の身着のまま.

しかも困ったことに,大事なノートをラゲッジに入れてたそうです.

もしなくなって出てこなかったら結構こまるとのこと.

金で買えるクリスマスの土産とかは,確かに,なくなったらなくなったで仕方ないですが,金で買えないノート類は出てこなかったら困ります.

朝飯一緒に食べながら,ブーブーと鼻をハンカチでかんだ後に,

「このハンカチもあと一週間使わないといけないかもしれないから,綺麗につかわないとー」

と笑いながら言ってました.

しかも,きょうは日曜ですからね,服買おうにも,店を探さないと普通の所は開いてませんから.





「支配者層の西洋と被支配者層の東洋の埋めがたい溝」や,あるいは「ロマンチックラブ」など,名作には一貫したテーマがつきものです.

さらに,問題は問題でも,およそ解決不可能な問題ときてます.

その一貫したテーマの周りに,デフォルメした典型的キャラの登場人物群を空間的に配置し,さらに,デフォルメしたクリティカルな事象・事件を時間的に按配.

くどくどと,さらに,もやもやと,らせん状に進行させながら描くのが名画の名画たる所以なので,退屈するのもむべなるかなです.

インド娯楽映画に洗脳された脳みそからすると,まったく脈絡なくアクション,恋愛,笑い,はらはらどきどき,景勝地,ダンス,音楽といった様々なラサ類が退屈させることのないよう切り替わっていき,一貫した重いテーマなどは何処かに吹っ飛び,さらに,最後には全ての問題が解決,ああすっきり,というのがパターンですから,真反対の一本調子のラサで押し通す名画を見ると刺激が足りなくて脳が眠くなるのも当然です.

退屈させない,という観点から言うと,「荒唐無稽」が一番気楽で気が休まります.

Life of Piも機内映画セレクションにありました.既に見たので今回はパス.

あれは,インドのロケ地がポンディなので,「あー,ここ,ここ」と興奮できます.

既にCDで何百回と聞いて知ってる馴染みの音楽を,ライブまで出かけて聴いて喜ぶ,というのと同じ心理構造です.

むかし,友人に急の予定が入り,行けなくなったというのでチケットを買い取って行ったのがエリッククラプトンの東京ドーム公演.

ちょうど,アンプラグドでCDが大当たりした直後.

私より上の年代のおじさん・おばさんが大挙して来てましたが,彼らのお目当ては,当然,ブルースではなくして,昔からのロックの名曲.

レイラがかかるとうわーっと立って踊りだしますが,緩いブルースになると,死んだように休憩してました.

馴染みのない曲をライブでやっても,脳には訴えないという良い例.

ダルシャナ文献も似たようなところがあり,同じ展開の議論をいずれの著者も繰り返していて,実際に本当に新しい議論を混ぜ込んでくるのは,ごくごく一部の人や一部の箇所だけだったりします.

そうした差額の部分からインド思想史の発展や知的な展開を描き出すことが可能となります.

何がオリジナルか,というのは,インド古典の文脈では容易に判断できない事柄ですが,その中でも,きらりと光る議論というのは,優れた著者の議論には見つけることができます.

問題の本質を捉えるのが巧い人,要約するのが巧みな人,詩節にして巧い表現(キャッチコピー)をかぶせるのが得意な人,語源解釈からじっくり始めて一歩一歩着実に議論を重ねて行く地道な人,比喩が巧い人――著者により様々な長所短所があります.

今回の研究会,欧米日印といるので,四者四様.

スタイルというか,取り組み方が,それぞれの学風を反映していて,それも面白いところです.

テクストに近い(テクスト重視の要約型)か,あるいは,自分自身の理論的立場に近い(理論でぶったぎり型)か.

なお,不在だけど原稿だけで参加,という人もいます.

不在のラリーへの質問,誰にぶつければいいんでしょうね.

数人の原稿をぱっと見たところ,やはり,微視的には合っているんですが,巨視的にはそう単純には言えない,という印象を持つ箇所がいくつかありました.

木を見て森を見ず,あるいは,群盲象を撫でる,ではないですが,部分部分ではよくても,全体の文脈を捉える視点が異なると,同じ事象についても別の説明の仕方が可能になるということです.

「たしかに部分的にはそうなんだけど,でも全体からするとmisreadingでありmisleadingだよね」という感想です.
  1. 2017/12/17(日) 17:20:24|
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MHK

MHKの第六章を読み始めましたが,あれこれと問題が...

写本が一つですから,とにかく,可能性の幅が大きすぎます.

最終的な解決に至る,皆が合意する,ということは,かなり困難な状況です.

逆に言えば,あれこれと考え,空想を巡らす訓練にはもってこいです.

最終的な解決と呼べるようなものに到達するのは現下の状況では,まあ,不可能といっても良い状況です.

もちろん,一写本だからといって,批判的な校訂ができないというわけではありません.

頭を働かせて,とにもかくにもベストな提案をしていく,といういつもの作業があるだけです.

その中で,まず重要なのは韻律です.

これはさすがに守られているはずですから,テクストを再構成するにあたっては,ミーターを整えないといけません.

しかし,先行研究や写本との食い違いを見ると,既に,ここから問題があることが容易に見て取れます.

先行研究で提案されている読みですら,すでに韻律からして不可能ですから,明らかにこれは「不適切」です.

かといって,では,自分からましな提案ができるかというと,なかなか難しいという...

とにもかくにも,自分の解釈に合う読みを提案すること,これは最低限必要です.

読みはそのままなのに,解釈だけ変えているという,ちぐはぐなことをしている箇所も先行研究には見られたりします.

「いったい,どっちやねん」.

サンスクリットはそのままなのに,チベット訳に沿って訳して解釈している,というような具合です.

それならば,しっかりとサンスクリットも訂正すべきです.

中途半端が一番いけません.(昔,五十嵐先生が「中東半端が日本を滅ぼす」という本を出されていましたが.)

Qさんの研究は優れた研究ですが,かといって,いわゆる普通の水準で最終的に解決しているか,と聞かれれば,あっちこっち全然まだまだ,ということは言えます.それは,このMHKのテクスト状況が,困難な状況にあるからです.

テクスト訂正に終わりはないものですが,程度問題という観点から見ても,このMHKに関しては,まだまだ全然,ということが言えます.

むかし斎藤先生と読んでいるときに「オフロード」という言葉が流行りましたが,このテクストは,まさにオフロードです.

舗装された道を行くのとは違って,とにかく,自身の足腰の強さが試されます.

あとは,文脈を読み切る力,つまり,ムーラテクストの言いたい文脈の把握.

そして,彼自身の言葉遣いに慣れること,用例から客観的にそれを裏付けることでしょうか.

チベット訳といえども,あくまでも,ひとつの読みを前提としたひとつの解釈ですから,チベット訳にべったりという訳にはいきません.

また,チベット訳から想定されるサンスクリットの幅も,結構大きいものがあります.evaでもいいし,あるいは,tvaatでもいい,どっちでも可能性があるのですから,一義的には決まりません.

あれこれとそれぞれの証拠の重みを勘案しながら,うまく,向こうに通じる道を探す必要があります.

写本とチベットとの衝突などなど.

ミーマーンサーの祭式解釈における判断基準となるプラマーナの議論では,プラマーナの強弱ということが問題となります.

つまり,衝突する証拠Aと証拠Bの重みの軽重,強弱です.

どちらを優先するのか,という議論です.

その思考法をテクスト校訂に応用するならば次のようになります.

写本の読みを優先するのか,チベット訳を優先するのか,あるいは,作者の文脈を優先するのか.

はたまた,AとBが対立するときに,Cに支持されたAのほうを支持するのか云々.

ケースバイケースですから,決して,一義的に,機械的に,読みが決定するわけではありません.

フィラデルフィアにいたころ,未舗装の山道を自転車でがたがた走るのを楽しんでましたが,オフロードのテクストを読む楽しさというのは,同じようなものです.

モニカは,むかし,山道を自転車で降りるときに落車して,大けがをしていました(そして山道なので誰も救護者がおらず,腕が折れたのに自転車かついで自分で山を下りてきたそうです)が,MHKの校訂というのも同じ危険をはらんでいます.

すでにある先行研究も或る意味,大なり小なりの怪我をしているといって良いでしょう.MHKに挑むと或る意味それは必然です.

ドーパミン量の多い,エクストリームな危険行為が好きな人は挑む価値があるテクストです.

このテクスト校訂,全訳を正式に出す,皆の批判にさらす,というのは,なかなかに勇気が要ります.

わたしは外野なので岡目八目,あれこれの可能性を考えるのが楽しいですが.

ゼミが16:30に始まったのに,気がついたら終わったのは20:00でした.

つまり,

主張:MHKを読むのは楽しいbhavati.
理由:問題多すぎtvaat.
喩例:でこぼこ道vat.
  1. 2017/12/14(木) 19:13:35|
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SAPHALA: ウィーンで古典インド言語理論ワークショップ

http://www.ikga.oeaw.ac.at/Events/saphala_workshop_2017

2017/12/18-20
Institute for the Cultural and Intellectual History of Asia, Hollandstraße 11-13, 2nd floor seminar room (2.25), 1020 Vienna
Alessandro Graheli


言語理論関係の皆で集まって討議.

語意理解や文意理解とその周辺がテーマ.

お得意のコーヒーブレイク・カンファレンスじゃないですが,その流れで,基本,予習からの議論中心のワークショップ.

つまり,原稿は先出し.

アレッサンドロが音頭を取ってやっています.

オーガナイズも大変そうです.

結構な人数.

当然遅筆な人もいるわけで,そうそう全員が期日通りに出すわけではないのは,まあ,当然といえば当然.

「早く出せ」と言われれば言われるほど遅く出したくなる,というような天邪鬼もいますし.

世界は広い.

わたしは二本を分担.

どちらも,他にやり手がいないので,やってくれないか,ということで担当に.

いずれも勉強になりました.

ラリーは今回は来ないとのこと.残念です.

日本からは,私(ディグナーガ&シャーリカ)の他は,斉藤さん(スポータ関係),岩崎君(ナヴィヤ関係).

さてさて,どうなりますやら.

いずれも見知った陽気な顔ばかりなので気が楽です.

にしても,真面目なアレッサンドロがプログラム組んだので,朝の9時から夕方の5時までぎっしりの三日間.

苦行か何かでしょうか.みなさん,頭働くんですかね.

飛ばしすぎないようにしないと,とてもじゃないですが,三日持ちません.(体力ある若人に合わせると死にます.)

初日からディスカッサント役で人の論文について講評しないといけないので,気を抜く暇もなさそうです.

たぶん,時差ボケが解消されるころに日本に帰ることになるのはいつものことです.

できるだけ時差ボケが解消されないよう,夕方帰って7~8時頃には寝て,明け方2~3時に起きる,という日本時間そのままで生活をするのが多分ベスト.

付き合い悪い人になりますが,年取ると無理できません.

ダニエレが三日目の朝でもテンション高そうで怖いです.

Ana Bajzelj (The Van Leer Jerusalem Institute, Jerusalem, Israel)
Daniele Cuneo (Université Paris 3 Sorbonne Nouvelle, France)
Hugo David (EFEO Pondicherry, India)
Marco Ferrante (IKGA, Vienna)
Elisa Freschi (IKGA and ISTB, Vienna)
Alessandro Graheli (IKGA and ISTB, Vienna)
Kei Kataoka (Kyushu University, Fukuoka, Japan)
Yoichi Iwasaki (Honolulu, USA)
Andrew Ollett (Harvard University, USA)
Patrick McAllister (IKGA, Vienna)
Monika Nowakowska (University of Warsaw, Poland)
Akane Saito (Kyushu University, Fukuoka, Japan)
  1. 2017/12/11(月) 20:51:04|
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The Pandit

https://shreevatsa.wordpress.com/2016/03/15/the-pandit/

東大の地下書庫の奥深く.

埃まみれになりながら必要な巻を探し出し,上に持っていってはコピー.

上と下とを何度も往復したのを想い出します.

本当に面倒でした.

しかも,東大といえども全部揃っているわけではなく,所々,欠巻があります.

後でチョーカンバから出版されることになるとはいえ,初版となるとこのパンディットということが多いので,校訂者としては,どうしても必要になるので,集めざるを得ません.

写本にダイレクトに基づいているのはパンディット.

これを抜きにしては,再校訂も「満月に沁み」となってしまいます.

しかも,このシリーズ,どこに何があるのか,よく分からないというのが悩み.

最初のページから順に確認していく必要があります.

グーグルさんも助かりますし,こうやって,一覧を作ってくれたのも非常に助かります.

嗚呼,楽ちん.

にしても,サンスクリットのマンスリージャーナルというコンセプトが凄いです.

イギリス人のトップとベナレスのパンディットが協働して生み出した成果のひとつです.

基づいている写本がどうしてもベナレスのものになるので,ミーマーンサーに関しては,テクストのクオリティーは低いです.

また,初版だから多くを求めても仕方ないのですが,段落分けも無いに等しいようなものです.

ここらへんは,(年代はぐっと下がりますが)クップスワーミシャーストリー周辺から出てくるマドラスのミーマーンサーのレベルとは,写本も校訂(校訂者の解釈レベル)も雲泥の差です.

ともあれ,明治も始めの頃に,未校訂のサンスクリットテクストをがんがん出してくれたという功績は称賛されるべきものです.
  1. 2017/12/11(月) 08:00:29|
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sa va don



「かけ過ぎないようにしてくださいね」

ベトナム人バイト娘に注意を受けた直後、かけすぎて焦る石垣D。

綺麗になった福岡空港3階レストラン街「海幸」にて鯖丼。

佐賀での結婚式に出た帰り。

あとから彼よりメール。

「すいません,お土産渡すの忘れてました」。

石垣家に何故か東京土産が持って帰られることになりました。




タップライブで赤坂の中央市民センターを使い始めたのは彼の代からとのことでした.

それまでは,学祭の土日で四公演してたそうです.

が,六本松の学生ホールがなくなったので,場所を探して赤坂での公演にしたとのこと.

で,現在まで同じ所を使っているということのようです.
  1. 2017/12/10(日) 15:20:07|
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Rochusgasse 2006.9



九大に来たのが2005年の4月.

しかし,ウィーンでやり残した仕事があり,それを終わらせるために夏休みにはウィーンに寄っていました.

ヘルムートが親切にウィーンに来るための算段をつけてくれていました.

2006年の9月ですから,まだ護山はウィーン.

ロックスガッセの護山ハウス下にあるイタリアンに皆で行ったときの写真.

左に護山,右にイタリア人店主.

ピッツェリアと書いてあるけど,ピザは全然うまくなく,しかし,パスタは最高の店でした.

そして,苫米地さんがよくイカスミ系を頼んでいたのを覚えています.



同じく2006年9月の訪問時.

研究所の皆でホイリゲに.

護山のほか,クリスティーナ,カンさんほか.

ヘルムートがいると飲むが,

ヘルムートがいないと飲まない

というウィーンにおけるヘルムートと飲酒の間のanvaya-vyatirekaに気がつかされます.

前回のウィーンでは,基本,ホテルと研究所を往復する毎日でした.
  1. 2017/12/09(土) 17:12:51|
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digandavaada

マドラスに住んでいた頃の話.

1996-1997年.

オートリキシャーは排ガスまみれになるので,路線バスを利用してマイラポールの先生のご自宅まで習いに行く毎日.

直行に乗れた場合はいいのですが,そうでない場合は,アディヤールで乗り換えしなければいけません.

帰り道,アディヤールで降りたついでに,いくつかの店を回ることもありました.

いまはポンディにもできたアーナンダバヴァンもアディヤールの交差点にあり,ジュースやローズミルクなどを飲んで時間待ち.

その他,ちょうど空腹時には交差点にあったビリヤニ屋にも行ったものです.

ベジ生活が長かったせいで,当時は肉は臭くてとてもじゃないですが食えないので,エッグビリヤニ一択.

中をほじほじすると卵がでてくるのが,卵そのものの味より楽しかったのを覚えています.

当時のアディヤールは飲食店が少なく,人が多い割に全く店が充実してなかったのですが,そこのビリヤニ屋に行くのだけは,数少ない楽しみのひとつでした.

九大箱崎にあった,かつてのナビさん本店(現在の本店は伊都)も,ビリヤニは中にふかふかのじゃがいもが仕込んでありました.

やはり,ビリヤニは,このほじほじ込みでビリヤニです.

ミールスがお代わり放題込みでミールスなのと同じように.

いろんな要素が込みのパッケージで完成するわけです.

主宰神論証においても単に作者の存在が論証されればいいわけではなく,やはり,一切智者であり,最強にして,身体を持たず,慈悲深いという,そういう様々な限定要素に限定された作者という限定込みで初めて主宰神論証となるのと同じです.

しかし,福岡にいながらにして,ミールスもビリヤニも食べられるようになるとは....

とはいえ,サンバルワーダーや,ダヒーワーダーをスナックで食べるようになる日は,間違ってもこないでしょう.

そうはいっても,吉塚のネパール料理屋にはサモーサーチャートにチョーメンやトゥクパまでありますから,未来というものは予測不可能です.

インド中華と福岡で再会する日が来るとは誰が考えたでしょうか.(ただし,懐かしいからといって,喜んで頼んだりはしません.)

近場のインド料理が続いて飽きてくると,三上さんとよく,「じゃ,行きますか」とお互いの心情を察したかのように,ウッドランド近くのShogunに行ったのを思い出します.

薄暗い店内,短く切断されたフライドヌードル(焼きそば)を手で食べるインド人親子を横目に,「いやー,やっぱり,中華はカルカッタですよね」という定番の話をしながら,カリヤーニーを注ぐのでした.

三上さんがなくなって,もうずいぶんになります.



当時のカメラはアナログなので,当然,文献学者が写真など撮りまくるわけもなく,写真もほとんど残っていません.

これは名大の吉田さんがプーナから来たときに撮ってくれたもの.

いまとなっては貴重な一枚.

三上さん愛用のbagが懐かしい.
  1. 2017/12/09(土) 16:53:22|
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サンスクリット論書を読む悦び



サンスクリットが読めるようになって良いことといえば,様々な時代の一流の学者の文献を生で読める,ということに尽きるでしょうか.

インド人学者の知的レベルの高さについては,言うまでもないでしょう.

知的伝統というのが綿々と続いてきました.

その伝統のおかげで,現代のIT業界の一端も支えられている,ということは言わずもがなでしょう.

インド人エンジニアがいない世界は全く別物だったでしょう.

そのような知性の一流どころが,いままで残ってきた古典の作者達です.

恐るべき知識・教養,そして,伝統・体系全体への配慮.

一語一語に教養が染み出しています.

伝統の深みというのは,伝統の外にいる我々がおいそれと理解できるようなものではありません.

幸い,パソコンでデータベースを検索できるようになったので,かなりのことが客観的に分かるようになりました.

たとえば,この用語については,作者が他で使っているかどうか,あるいは,前の時代の作者が使っているのかどうか,あるいは,この人以降にむしろ流行り出したものなのか等ということが,一斉検索すると容易に見えてきて,自分の直感を裏付けてくれます.

紀元後500年頃のシャバラスヴァーミン

後600年頃のクマーリラ

マンダナやウンヴェーカ

ダルマキールティに則りながらディグナーガへの註釈を著したジネーンドラブッディ.

後750年頃の仏教僧カマラシーラは,クマーリラを批判します.

さらに後900年頃のジャヤンタ.

また,シャーリカナータやスチャリタ.

いずれも一流の学者です.

同じ著者の著作を時間を掛けて何度も読んでいると,その作者の意図が,文の上っ面の向こうに見えてくるようになります.

つまり対話できるようになります.

「友,遠方より,来る」というのは,何も空間的な「遠く」だけでなく,時間的な「遠く」でもありえます.

同じことを考える同志が向こうからやってきて,語ってくれ,そして,こちらの考えをより深めてくれます.

そのためには,相手の言語を学ぶ必要がありますし,また,相手の背景も深く理解する必要があります.

相手の深意をえぐるためには,相手の教養背景について知悉する必要があります.

現代人のように少々記憶力が劣っていても,パソコンを用いた用例検索により,その作業はかなり楽になりました.

また,その著者の言葉使いについても,検索で裏を取ることができます.

彼が軽く言った言葉についても,どういう文脈で用いる語なのか,用例検索ではっきりとイメージができるようになります.

当然,そこには,テクストの校訂という視点も含まれてきます.

この人がこんなナンセンスなことを言うはずがない,という直感は,長年付き合ってくると分かってくるようになります.

カマラシーラがこんな変なことを言うはずがない,というのは,長年読んでいると自信をもって言えます.

また,ジネーンドラブッディを読んでると,ダルマキールティとディグナーガという二大巨頭の間の調整で苦労している姿も透けて見えてきます.「おっさんも大変やな~」という共感です.

真面目で誠実な文法教師は実際大変です.

そもそも,二人の言っていること,意図していることが全く違うのに,それをあたかも同じことを言っているかのように,ダルマキールティの方に寄せて註釈しなければならないのですから,白髪も増えるというものです.(剃ってるので禿頭だったでしょうけど.)

哲学論書で軽く音遊びしたり,突然喩例にポエムをはさんでくるジャヤンタの軽やかなステップ.

散文だと思っていたら実は韻文だったりと,見逃してしまいがちな仕掛けが随所にしかけられています.

クマーリラは,時に,読者を試すような表現を入れ込んできたりもします.

前の箇所を深く理解してないと,また,注釈先のシャバラの知識がないと,足を踏み外してしまいかねません.

著者毎にキャラクターはそれぞれ異なります.

まじめ一辺倒から,ドライなごりごりのロジックばかりの人,冗談や罵倒.

マハーバーシャのあの文章を彷彿とさせるフレーズ.

あるいは,自分の別著作での定型表現を他でも使いまわすコピペ・切り貼り頭脳.(現代でも似たような著者がいますが.)

「こう来たらこう来るでしょう」という定型の論理運び.「詩人の決まりごと・お約束」(カヴィ・サマヤ)ならぬ,ダルシャナ文献のお約束.

そして,相手をやりこめる際の決め台詞や,あるいは,新聞の見出し的なぎゅっと詰まった定型句.

色々なレベルでの様々な配慮が込められた舞台装置の上にサンスクリット論書は成立しています.

それらを一個一個解きほぐしながら理解していくとき,実は,上っ面を翻訳しただけでは見えてこない量の情報が浮上してきます.

論書に並べられた文章中の名詞語幹,動詞語根,格語尾,不変化辞などなど,一個一個が様々な意図を意味し,あるいは,現し出し,そして,著者の世界観を醸し出してきます.

動作名詞のように見えても,ひょっとすると行為対象かもしれないし,あるいは,行為手段かもしれませんし,ひょっとしたら,単に場所かもしれません.

合成語もバフヴリーヒなのかカルマダーラヤなのか,あるいは,タトプルシャなのか.はたまたマディヤパダローパ型なのか.

バフヴリーヒでも,yasyaなのかyenaなのか,解釈は分かれます.

翻訳する際は,それらを読み切った上で伝える必要があります.

「AというB,AであるB」なのか,「AのB」なのか,日本語で曖昧にしてしまうと,サンスクリット表現が背景に持ちうる厳密さがぼやけてしまいます.一所懸命悩んだ結果,実は「AとBと」というドヴァンドヴァだったり,ということもあったりします.

その著者にいかに時間をかけて親しんでいくか,ということは,深意を読み切るには重要な作業です.

知らない人から馴染みの人へ.

インド人との付き合いは大変ですが,それは1500年前の人であっても可能です.

しかし,そのためにはこちらの準備が必要です.

誰かがその大変な準備作業を代わることはできません.ペッパー君が代わってくれる日は,まだまだ来ないでしょう.

読む主体となる主人公は,とりあえず,自分しかいない,ということです.






サンスクリットだけを更に伸ばすために博士課程1年時(1995-1997)に,南インドに2年間留学しました.

当時はネットもなく,そして,いわずもがな,インド人だけに囲まれた生活.(当時の写真を見ると,文字通り多人数にもみくちゃに囲まれてじゃれあってる写真が残っています.)

ティルパティのサンスクリット大学,ほかに外国人留学生は皆無.

東京に慣れたメンタルと体力には,正直,きつかったです.

鍛えられたのは確かです.

インド人の先生も友人も,みんな真っ先に教えてくれるのは「アジャスト!」(適応するしかないよ)ということでした.

そう,インドに来てしまうと,世界に対して自分が無力なのを感じさせられます.

ジェーン・グッドールは「世界は変えられる」と希望を持って世界を変えることを唱えますが,インドにいると,そのような言葉が実に虚しく響いてきます.

欧米に見られるメンタリティーの一特徴は自己実現,そして,その延長としての世界変革にあると言ってもよいでしょう.

しかし,それとは異なる諦観という生き方も,別の世界にはあります.

世界は少しずつしか変わりえないし,ひとりの人間ができることはごくごくわずかです.

ま,とりあえず,そこからやるしかありません.

そのうち誰かがついてくるでしょうし,世間の潮流というものは,そういうものでしょう.

自分の好みを人に押し付ける気にはなりませんし,「あれが好き,これが好き」と宣伝したり,がなり立てる気にもなれませんが,かといって,自分の好きなものが素晴らしいものであることを否定しているわけでもありません.

誰かついてきたらそれはそれで嬉しいことです.

2003年から趣味的に始めたジャヤンタのNM校訂ですが,いまや,世界のあちらこちらに,ぽつぽつと同好の士も出てきました.

また,むかしは,ミーマーンサー研究というと,ほんと,わずかでした.

海外を見ると,まともな研究者として有名なのはジョン・テイバーくらいでした.

JIPに出てくるミーマーンサー関係の論文はごくごく一部でした.

それがいまや,エリーザやラリー,そして,ウーゴ,さらに,次世代の若手も引き続いて,ミーマーンサー絡みで論文を発表しています.

「ミーマーンサー関係なので,査読してもらえませんか」という一流誌からの英語論文査読依頼も増えてきました.

時間はかかりますが,時代は変わるということです.

「インドの農村も時間をかけて変わっている」という柳沢先生の話を思い出します.

そして,少しずつでもいいから変えるためには,他の人が使える材料を残すことが必要です.

自分の新たな見解や視座を披露するだけの,いわゆる論文らしい論文は後に続いてくる人が出てこないと虚しいので,できるだけ,次の人が使えるような材料も付した論文作成に時間を割くということは,利他的には重要な視点です.

校訂というのは,時間もかかるし,目は悪くなるし,腰は痛くなるしで,業績的にはとてつもなくコスパの悪い作業です(ので,急いで業績を上げねばならないこれからのまだまだ若い人にはおいそれとは勧められません)が,しかし,人の為になるのは確かです.(街角に立っていて手持無沙汰にしているペッパー君を見ていると,「そんな暇なら写本読んでくれと」と言いたくなります.目もいいでしょうし.)






果たしてこの章は,この写本には含まれているのかどうか,マラヤーラム文字の中に探す作業をしてるだけで,午前がつぶれてしまいました.

そして,分かったのは,「どうやらこの章はこの写本にはなさそうだ」ということです.
  1. 2017/12/08(金) 20:17:29|
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