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Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

Ciyaa at Maitighar



「わたしはクマールのチャイが基準だから」とは泉ちゃんの言。
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  1. 2018/08/30(木) 21:59:53|
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received: 馬場紀寿『初期仏教』



馬場紀寿
『初期仏教 ブッダの思想をたどる』
岩波新書1735
岩波書店
2018.8.21
840円+税

自分の分野であれば、最新の研究が何なのか、空気のように分かりますが、これが、少し分野がずれると、いったい、どこのだれがいま一番信頼できる教科書的存在になりつつあるのか、といった最新の状況は、余りわからないものです。

一般書、とくに、教科書的な信頼できるものを書く場合には、幅広く、しかも、信頼できる、そして、できるならば、最新の正確な情報をアップデートしながら、全体を俯瞰する必要があります。

その作業は、言うは易く行うは難し。

イントロ的な導入部というのが、実際、かなり苦労するところです。

専門家であればあるほど、普段は、それらの外部状況というものは、気にする必要がないからです。

馬場さんのこの本は、初期仏教と銘打っていますが、まず、イントロの視野が広いのが特徴です。

あちらこちらから最新の情報を盛り込んでいます。

そして、その最新の情報というのは、これまでのいわゆるできあがった教科書と呼ばれるようなものに載っている古い情報ではなく、日進月歩の様々な分野の様々な最新研究を背景としたものです。

一般向けなので、さらっと名前が書いてあるだけだったり、あるいは、情報がさらっと書いてありますが、それらを跡付けた論文や本をいちいち渉猟するのは、実際には大変な作業です。

さすが、実際に顔の広いだけでなく、様々な領域に関心の広い馬場ちゃんだけあります。

おいそれとは真似のできない芸当です。

今後の仏教理解の一つのスタンダードになることでしょう。

また、難しい漢訳語・専門用語も分かりやすく言い換えていますし、同時に、各方面に配慮した正確さも担保されています。

玄人も素人も満足のいく一冊となっています。

あまりの読み易さに見落としてしまうかもしれませんが、このような「良書」というのは、簡単に書くことができるものではありません。

この本が出た後では、この基本理解をなぞればいいですから、簡単になったでしょうけど。

川に喩えれば、上流の専門家が出した本ですが、すぐに、中流・下流に影響を及ぼすことでしょう。

人気になるのも必至。

亜流も出てくるやもしれません。

一般向けに出すというのは、研究のすそ野を広げるという意味でも、大きな意味があります。

あいにく、学部生は、馬場先生につくことはできませんが、我こそはと思う方は、東大の大学院(東大印哲院)に行って、馬場先生につけばいいでしょう。(院試では、英語のほかに、サンスクリットを含めた専門の試験があります。)

パーリは、文献が膨大に残っていますが、研究者の数は決して多くはありません。

やるべきことは、いくらでもあります。

この本が余りにも読み易いので、「日本語で仏教なんて理解できるぜ、楽勝」と思っていたら大間違い。

アッタカター(パーリの註釈文献)で、あっぱらぱーになるまで、しごかれることでしょう。

ちなみに、馬場先生の弟子になると、佐々木先生・下田先生の弟子筋でもありますので、売れる仏教研究者の系譜にも乗っかっていけます。

波に乗るなら今です。
  1. 2018/08/30(木) 09:41:52|
  2. 未分類

Chanpon at Shunyoken, Hakozaki, Fukuoka



こういう、なんちゃあないちゃんぽんが、昭和テイストのディープな店にて650円で食べられる時代も、長くは続かないでしょう。

あきらかに、年金世代の労働代をあまり考慮する必要なく、経営が可能となっているだろうからです。

ロンドンやニューヨークで仮に提供されたとして、それを食べようものなら、2000円くらいは取られるでしょう。

あるいは、バンコクで出すなら、いくらくらいが妥当な値段でしょうか?

まあ、ラーメンが九州や博多から世界に出て行ったのとは違って、まさか、ちゃんぽんの世界進出は、そうそうないとは思いますが。

つくづく、箱崎は、いいエリアです。伊都キャンパス周辺の店も、何十年後には、「平成の香り漂う老舗」になるのでしょうか。
  1. 2018/08/30(木) 07:47:52|
  2. 未分類

箱崎をウパーディとするアーカーシャにおけるヴィマーナとヴァヤス

  1. 2018/08/30(木) 07:47:11|
  2. 未分類

69th印仏(東洋)、2018

今週末の土日。

文京区は白山、東洋大学での印仏研。

近くに住んでいたこともあるので、勝手知ったる土地です。

プログラムを確認すると、土曜日午後が、あれこれと被っています。

どうやら、6階から4階に移動することになりそうです。

インド滞在中の斉藤さんは、諸事情により、止むなくキャンセルとのこと。

マンダナミシュラの文意論とは、えらく大きく出たものですが、非常に残念です。

マンダナでまともな発表なぞ、なかなかないですから。

眞鍋君のは、原稿を既に見たので、こちらは失礼して、4階に移動、Hyoung、新作君、イッシーのを聞くことにします。

日曜日午前は、五番手に自分の発表、その後、司会。

最後の3人の司会をするというところから逆算して、ここらへんに置かれることになるのでしょう。

司会の時の発表者は、三代(みよ)、横山、護山。

プラジュニャーカラグプタ三連荘のスリーカードです。

珍しいこともあるものです。

いずれの内容も、既に馴染みのあるものですから、分からないということはないでしょう。

大体、予想がつきます。

博士2年の須藤君は、今年は、落とされてしまったそうです。

残念。

博士在学中の発表一回の有無は大きいですから。

私みたいな爺が発表するくらいなら、譲ってあげたいところですが、そのような融通も不可能なのが制度。

不便な世の中です。

まあ、来年まで続けて落とされるということはないとは思いますが。

ダルシャナの枠が、きつきつだったのでしょうか。

なんなら、斉藤さんのキャンセル枠を融通してもらってほしいくらいですが、そういう勝手なことができないのがフォーマルな学会の不便さです。

聞くところによると、今年は、結構な数が落とされたようです。

東洋大、東京のど真ん中で、アクセスが便利ですからね。

みな、発表したいでしょう。

ところで、酒井さん、刹那滅をやっている割に、刹那滅関連で「ずっと持続」ever lastingしているのが、なんとも皮肉です。

上田さんの「アポーハ代数」は、いったい、だれか理解できるのでしょうか。

桂先生のパネルテーマは、因果関係確定。

稲見さんのお箱ネタからのパネル組織と思われます。

我々の考える因果関係などというのも、仏教徒やヒュームの言うように、所詮は、世俗的な習慣に過ぎないものではありますが、まあ、その世俗の中でどこまで頑張るか、という程度でとどめて議論してくれるようです。

さすがに、いきなり勝義怪獣が登場して、ちゃぶ台ひっくり返して終わり、「因果関係なぞ所詮は虚妄分別の対象です」ちゃんちゃんでは、話にもならないですから。

不二一元論では、そもそも不二ですから、因と果の二つの別を前提とする別異論と相容れるわけがありません。

斉藤さんと読んだブラフマシッディの議論を思い出してきました。

今回のパネル議論は、あくまでも、インド哲学の世俗レベルでの話になるのだろうと予想。




日本印度学仏教学会
第69回学術大会
会 期 平成30年9月1日(土)~9月2日(日)
会 場 東京都文京区白山5丁目28−20
東洋大学
日本印度学仏教学会




9月1日(土)午前の部(9:00~11:40)
第3部会(1号館5階1506教室)
1.「仏教文法」としての『チャンドラ文法』
矢崎 長潤(名古屋大学大学院)
2.『中観五蘊論』にみられる類似する諸法の区別について
横山  剛(日本学術振興会特別研究員PD)
3.『取因仮設論』の実在と言葉
岡崎 康浩(広島県立高陽東高等学校教諭)
4.仏教論理学派の用いる錯誤知の喩例
小林 久泰(筑紫女学園大学准教授)
5.vināśaとは何か?―「無」の解釈と「有」の解釈
酒井 真道(関西大学准教授)
6.仏教論理学派の論証式
稲見 正浩(東京学芸大学教授)
7.中観派における過類(jāti)
小野  基(筑波大学教授)
8.アポーハ代数・アポーハ論理・アポーハ比量
上田  昇(目白大学教授)




9月1日(土)午後の部(13:20~16:00)
第1部会(1号館6階1604教室)
1.因中有果説の陥穽―五元素における性質の逓増問題
近藤 隼人(筑波大学非常勤研究員)
2.『パータンジャラヨーガシャーストラ』と仏教
  —全知者存在論証に関連して
張本 研吾(Mahidol University, Assistant Professor)
3.総体と結合の区別について―ジャヤンタ・バッタ
のプラマーナ論を中心に
趙  世弘(京都大学大学院)
4.ヴァイシェーシカ学派における運動(karman)
渡邉 眞儀(東京大学大学院)
5.自律的真理論におけるpratītivirodhaについて
石村  克(広島大学大学院博士課程後期退学)
6.Maṇḍanamiśraの文意論
斉藤  茜(日本学術振興会海外特別研究員)

7.映像説(pratibimbavāda)と知覚創出説(dṛṣṭisṛṣṭivāda)
眞鍋 智裕(日本学術振興会特別研究員PD)
8.シャンカラ派における聖典理解と修行階梯
澤井 義次(天理大学教授)


第4部会(1号館4階1401教室)
1.全知者と慈悲・無我見の修習
佐藤 智岳(九州大学大学院)

2.『圓集要義』における十六空理解と『圓集要義
釈』および『中辺分別論』
木村 整民(京都大学大学院)
3.『阿毘達磨集論』梵文欠損部の回収―第17,21,22葉
李  学竹(中国蔵学研究中心研究員)
4.『菩薩蔵経』「布施波羅蜜多品」に見られる施者
象   本(中国佛学院専任講師)
5.大乗経典における仏伝の伝承過程―Lalitavistara
と『如来秘密経』の仏伝の相互影響関係を中心に
伊久間洋光(東北大学大学院)
6.シャーンタラクシタによるヴェーダの非人為性批
判の特徴
Ham, Hyoung Seok(九州大学人文科学研究院訪問研究
員・Postdoctoral Fellow,The Robert
H.N.Ho Family Foumdatiom Program in
Buddhist Studies)

7.『プラサンナパダー』における大乗経典の引用
新作 慶明(武蔵野大学講師)
8.シャーンタラクシタの言語哲学における思想的立場
石田 尚敬(愛知学院大学准教授)




第4部会(1号館4階1401教室)
9月2日(日)午前の部(9:00~12:00)
1.バーヴィヴェーカの声聞批判
田村 昌己(広島大学大学院研究生)
2.清弁の無分別知
西山  亮(ボストン大学客員研究員)
3.カマラシーラにおける後得智による対象認識
佐藤  晃(早稲田大学講師)
4.無自性性論証を行う際のバーヴィヴェーカとカマラシーラ
の立場について―無原因から生起しないことの論証
を中心に
林  玄海(京都大学大学院学外非常勤講師)
5.有形象認識論の形象は非真実か?
片岡  啓(九州大学准教授)

6.「自立論証(svatantrānumāna)」という用語について
米澤 嘉康(大正大学准教授)
7.プラジュニャーカラグプタの有形象認識論
三代  舞(日本学術振興会特別研究員PD)
8.多数の対象の同時認識
―プラジュニャーカラグプタによる原子論解釈
横山 啓人(筑波大学大学院)
9.プラジュニャーカラグプタにおけるヨーガ行者の
直観と全知者性
護山 真也(信州大学准教授)




パネル発表A(1号館2階1202教室)
   テーマ:インド哲学における因果性確定の方法をめぐって
   代 表:桂紹隆(龍谷大学世界仏教文化研究センター研究フェロー)
1.初期新ニヤーヤ学派における因果性確定の方法について
和田 壽弘(名古屋大学大学院教授)
2.仏教論理学派における因果性確定をめぐる議論
稲見 正浩(東京学芸大学教授)
3.ヴァイシェーシカ学派の世界制作者論証における因果律の問題
岩崎 陽一(日本学術振興会特別研究員PD)
4.初期不二一元論派におけるanvayavyatireka説再考
加藤 隆宏(東京大学准教授)
5.コメント
桂  紹隆(龍谷大学世界仏教文化研究センター硏究フェロー)


岩崎さんの肩書きが申し込み時の前年度のものになってますが、いまは、名古屋大学大学院准教授です。
  1. 2018/08/30(木) 07:30:02|
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The Guccie



真由美さんのレモンライス。
  1. 2018/08/30(木) 06:48:55|
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Little Napoli, Imaizumi, Fukuoka



リトルナポリの古澤さんと久々にお喋り。

以前は休みなく働かれてましたが、いまは、木曜は休みをもらっているとのこと。

この暑いのに、立ちっぱなしの窯仕事とは、本当にご苦労様です。

心なしか顔がすっきりとされていました。
  1. 2018/08/30(木) 05:50:22|
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写本あるある

肝心なところで、写本が切れている。
  1. 2018/08/29(水) 07:58:02|
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received: 瀬々敬久・関一敏『平成の黙示録 「ヘヴンズ ストーリー」をよむ』

瀬々敬久 × 関一敏
『平成の黙示録 「ヘヴンズ ストーリー」をよむ』
FUKUOKA Uブックレット15
弦書房
定価680円+税
2018年7月30日発行
  1. 2018/08/27(月) 07:28:02|
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当世福岡南印料理事情



砥綿さんの「ワナッカム」,ベジミールス1000円.

福岡南インド料理(あるいは典型的にはベジミールス,ベジターリー)の歴史をひもとけば,かつては「あんまー」.

チェンナイからすごいコックが来日しましたが,ホームシック気味に帰国.

食べられるときに通っておいて正解でした.

他の客が「えー,なにこれ,ナンないの.なにこのサンバルとかいうの.カレーじゃない」という感じで,クエスチョンマークがついた顔でもって,大量に残していくのをよく目にしました.(猫に小判とはこのことです.マドラスの中でも最高にうまいサンバルでした.彼のパローターも,最高のものでした.)

その後,少し若いアーンドラ出身の二代目が来ましたが,色々な事情にて,やはり帰国.

南インド料理終了.

早過ぎた登場が惜しまれます.

福岡の人に何の記憶も残さなかった感があります.

この価値を分かりあえたのはキョヘキさんくらいでした.

西新ビミナンや,博多スジャータも,南インドのコックがいるときは,たまに,ティフィンを出したりというときもありましたが,メジャーとはなりえず,メニューとして定着することはありませんでした.

グジャラートですが,「サラスヴァティー」のベジターリーもありました.が,これも長続きせず.

やはり,ベジは(ビジネス的には)厳しい,という感を強くさせました.

その後,空白期を経て,モロッコ料理のゼリージュがミールスを提供開始(2014年).

ラマさんの「エベレストキッチン」閉店の後に,宮崎さんのポラポラがオープン(2015年8月10日).

さらに,106の福岡進出(2015年10月).

東京に比べれば割高とはいえ,ようやく本場の味が福岡のど真ん中で食べられるようになりました.

というわけで,106天神進出の2015年が,福岡における南インド料理の本格的な受容元年あるいは分水嶺と言っていいでしょう.

その間,マサラワーラーやトラさんの会で,徐々に福岡に南インド料理が浸透するという草の根運動もあり.

また,高田さんを初めとした福岡のカレー店主達がこぞってベンガルールのスワーミさんのところへ留学.福岡カレー界の上流部分に南インド料理が浸透.店で実際に提供する料理は違えども,一皿提供のサンバルなどが一般化していきます.(ナド,クボカリーetc.)

また,養生カレーも,しょっちゅう,イベントには出店という援護射撃もあり.

チャクラも,ミールス一本勝負へと変身.

最後に,砥綿さんの「ワナッカム」がオープン(2018年6月).

かつて,ナンやラッシーという単語が一般語となっていったように,ベジミールスという概念が一般の人にも定着するようになった感があります.(福岡への伝播ということからいうと,「ビリヤニ」という単語より少し遅れた感はあります.これはひとえに,ザエカの存在が大きいですが,現在の話題からは逸れるので,詳しくは割愛.)

第二回の大丸カレー展(2018年7月25日~30日)は,その象徴的な出来事でした.

しかし,ポンガルやウーッタッパン,さらには,イディヤッパンという単語が一般化する日は,まさか,来ないでしょう.
  1. 2018/08/25(土) 07:57:55|
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マッサーラードーサィ



発酵も焼き色も厚みもむらも完璧,そして,サンバルも文句なし.

これだけ食べていたならば,ここが福岡だとは認識不可能.

オニオンドーサのほうが,マサラドーサより高いというのは,いかにも日本ですが.

さて,クイズ:

これは,マサラドーサでしょうか,オニオンドーサでしょうか.

眼光紙背に徹するではないですが,なにやら黄色いものが見える気もします.
  1. 2018/08/25(土) 07:49:40|
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りのう



ジロースパゲティなど,名物料理のあった理農.

小皿コーナーを覗くと,なんとお好み焼きが.

初めて見ました.

冷めてて全然おいしくもなんともないですが,中を見て,納得.

つけあわせのキャベツが詰まっていました.

休みで来客がすくなく,つまのキャベツが余ったので,勢いで作ったのでしょうか? あるいは計画的?
  1. 2018/08/25(土) 07:41:26|
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箱崎サーガルマーター



箱崎ニューロード.

プラダンさんは,向野の大橋ニューロードにいます.

こちらの箱崎ニューロード,表の看板は昔のまま「ニューロード」となっていますが,中の手製の看板は,「サーガルマーター」になっています.

きっと,こちらが正式店名のつもりでしょう.(RestaurantがResturantになっているミスもナイスです.)

プラダン時代はカナセットがなくて不便でしたが,新しくなって,カナセットを置くようになっています.650円.

ダルと,チキンorマトン.

ラッシーもついてます.

ダルバートなので当然ですが,お代わり放題.

にしても,ネパール料理屋の変化の速さには,全くついていけません.

同じ通りの九大寄りには,スリランカ食材屋もオープンしています.

さらに,同じエリアの奥まった所には,ベトナム食材屋もあり.

ネパール,スリランカ,ベトナムという,まさに,外国人留学生新興国が三つも揃いぶみ,時代の変化を象徴的に示してくれています.

その昔,九大の箱崎誘致に尽力した人々も,まさか,このエリアにマスジドが立ち,ネパール・スリランカ・ベトナム人が店をオープンするようになるとは夢にも思わなかったことでしょう.
  1. 2018/08/25(土) 07:07:49|
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旧法文学部本館跡



建物がきれいに取り除かれて更地になった旧法文本館跡の土地.

大昔は,こちらが陸地,道を挟んで文系のほうが埋め立てだったようです.

元寇防塁跡も,出てくるのはこちら側から.

松だけになってみると,海岸線の昔の姿が浮かぶかのようですpratibhaati iva.

きっと初夏には人々が潮干狩りをしていたでしょうし,ジョレンで根こそぎにしている貪欲にかられた人も多くいたことでしょう.

理系の下から猛毒のヒ素などが出てきたのは,乳海撹拌を思い起こさせます.

毒を処理してくれる現代のニーラカンタ(青首)は,シヴァではなく,鴻池組でした.

ナウシカもびっくりの土壌汚染の現実です.

以上,「海と毒薬」でした.
  1. 2018/08/25(土) 06:51:18|
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Rino



オペレーションの悪さでは屈指の理農食堂。

伊都移転もあり単に人手が足りてない状態が続いていたのでしょう。

12時から30分の間は長い列が外までできて、なかなか進みませんでした。

そんな箱崎理農も、じき最後。

えらくお世話になりました。

働いていた方々は、伊都まで通うんでしょうか?





  1. 2018/08/24(金) 05:58:03|
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印哲研究室も伊都への引っ越し完了



819-0395 
福岡市西区元岡 744
九州大学 イースト1号館 文学部 B-605 
インド哲学史研究室  
電話 092-802-5087
  1. 2018/08/24(金) 05:46:13|
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インド学における日本人の貢献の仕方

インド学(インド哲学、インド仏教学を含める)というのは、けったいな代物です。

インドだけで成り立つわけではないからです。

典型的には、英独仏の方々がやってきた方法でもってやるのが、いわゆる「インド学」だからです。

日本人の我々がインド人に習っただけでは「インド学」は成立しません。

インドのパンディットの流儀というのは、習ったことを教える、というものです。伝えていくというのが第一義的な使命です。

しかし、既知のことを繰り返してもそれは「研究」にはなりません。

研究というのは、知の最前線を目指すものだからです。

前へ前への進歩史観、フロンティア精神に立つものを、我々は「研究」として認めています。

高校の先生が既知のことを生徒に教えるのを「教育」と呼んでも、「研究」と呼ぶことがないのは、その差があるからです。

既知のこと、というと、誰にとってか、というのも重要です。

たまたま日本語で知られていないだけで、現代のインド人の間では既知のこと、よく学習されていること、というものもあります。

文法学やナヴィヤニヤーヤ、さらには、ヴェーダーンタなどという分野は、インド人の多くも「学習」しています。(しかも、一種の国学、神学、伝統として、非常な情熱をもって。)

もちろん、よく読まれる特定の文献に限りますが。

しかし、少し視線を外すと、伝統的に教えられていない領域があるのが分かります。

インドでは、仏教学はさっぱりです。(ヒンドゥーにとっては、情熱を持ちえない対象だからです。)

習うのを期待して留学するだけ無駄というものです。

したがって、日本人にとってはニッチが存在することになります。

ミーマーンサーも、綱要書や後代の特定の文献はともかくも、例えば、シャーバラバーシャやクマーリラ復註となると、インド人はさっぱりです。(これは、伝統が途絶えているからです。)

日本人がサンスクリット(あるいはチベット)をやって、そこに独自のもの、新規情報を加えていく、どこにもないものを発見していく、となったとき、どのような分野がいいのかということは、よくよく見定める必要があります。

チベットのゲシェに習うのはいいですが、ゲシェを(同じ方向性をもって)超えることは可能なのでしょうか。

文法学をインド人に習ったとして、それを日本語にする以上に、何か、自分独自のものを付け加えうる仕事ができるでしょうか。(しかし、そのようなことが不可能ではなく可能であるのは、カルドナ先生の例を見れば明らかでしょう。)

ナヴィヤの直球理解でインド人のパンディットに勝てるのでしょうか。

ハードルが高いのは明らかです。(いっぽうで、現地の先生に習うことができるので、一定の高みに達するのが楽だ、という利点もあります。)

以上は分野選択の話。

しかし、以上の分野であっても、もちろん、すぐれた「研究」をすることは可能です。

その場合、西洋的なやり方で、という限定が必要となってくるでしょう。

つまり、インド人に習ったものを「インド学の研究方法」でもって調理するということです。

欧米人がインド人のパンディットに習って博士論文を書く、というようなスタイルが、これにあたります。

しかし、インド人が既に知っているものを自国語に直すだけ、というのは、どうも私の性分には合いません。

インド人に任せておけばいいよな、と思ってしまうからです。

私の習ったN.S.R.ターターチャーリア教授や、J. ヴェンカタラーマン教授が既によく知っているようなことを、そのまま日本語に直すというのも、どうも、自分独自の「貢献度」が少ない気がします。やはり、日本への貢献というものと、世界への貢献という二つを分けて考える必要があります。

サンスクリットの世界に対する、世界的な貢献という意味では、少なくとも、校訂本を作ることには大きな意味があります。

和訳を使えるのは日本語人だけ。

それに対してサンスクリット校訂本は、皆が使えます。

また、よく校訂されたテクストは、それだけで、意味がよく通じるようになっています。

悪い校訂本は、区切りからして無茶苦茶ですから。

日本語世界を越えて、世界的な貢献を日本語人が果たす、ということを第一義的な目標とするとき、いったい、どのような貢献の仕方があるのでしょうか。

例えばチベット仏教、文法学、ヴェーダーンタ、ナヴィヤにおいて、日本語世界を越えて、いったいどのような貢献形態がありうるのでしょうか。(例えば英語で積極的に書いているパーニニ文法学者として、小川先生がいらっしゃいます。根本さんに至っては、チベット人にチベット仏教を教えています。)

文系の論文世界では、ファクトだけでなく、どうしても、レトリカルな部分が入り込みますから、日本人の書いた英語が、流麗な英語として好き好んで読まれるということは少ないでしょう。(英語圏に長く留学されていた桂先生のように、欧米圏でも頻繁に引用されるレベルの英語を書ける日本人研究者は例外です。桂先生の場合は、すでに、半分、英語人とみなしたほうがいいでしょう。)

せいぜい有用な情報源として活用される、という程度で満足するしかありません。

つまり、英語で書くにしても、情報提供系で生き残るというのがベストなあり方でしょう。

つまり、できるだけ文献に即してというのが、取るべき最善の選択肢でしょう。

知識量や読解力では、パンディットには適いません。

素材の獲得段階そのものでは劣っています。

しかし、細部へのこだわり、裏付けの方法、発信方法など、味付けや売り方には工夫のしようがいくらでもあります。

研究というのは総合力ですから、自分が最も活きる方法を組み合わせていく必要があります。

インド料理を、欧米人相手に受けるように日本人が提供する、というのが、現在の本邦インド学の「世界的な貢献」の実態です。(その現実に文句を言っても仕方ありません。)

日本人にとって、いかにそのハードルが高いか、分かるでしょう。

インド人が忘れてしまった味(文献や文献の描く世界)を再現し、それを現代・後代の世界の人に(共通語である英語ミディアムで)提供するというのが、一つの目指すべき研究形態であるとはいえるでしょう。その場合、副産物的に、もちろん、日本への貢献もついてきます。理解を正確にするために日本語で話しをまとめ直したり、和訳を作ったりという作業は、日本語人には欠かせないからです。
  1. 2018/08/24(金) 04:39:40|
  2. 未分類

楊潔 2018: 「随与」(*anupradāna)について

「随与」(*anupradāna)について
―五遍行における思(cetanā)の一側面―
楊 潔
『インド哲学仏教学研究』26, 2018, 19-33

p. 21, n. 11
gativiśayaḥ > gativiṣayaḥ
gativiśayaḥ > gativiṣayaḥ
eśām > eṣām

mahatī bhūmir eṣām iti mahābhūmikāḥ ye sarvatra cetasi bhavanti 「あらゆる場合の心に存在する諸々の〔心所法〕にとっての大きな地であるので,大地〔法〕である.」

>これら〔諸々の心所法〕は大きな地を有するので,「大きな地を有するもの」(大地法)であり,それらは,あらゆる場合の心に生じる.

p. 21
「まず有部は心を精神作用の一集合体として心所を説明しており」

「を」が二つある、この一文は、意味が分かりません。

p. 23, n. 18
kāmadhatau > kāmadhātau
  1. 2018/08/22(水) 04:28:04|
  2. 未分類

received: インド哲学仏教学研究26、2018

東大の印哲研究室から雑誌が送られてきました。

ぱらぱらと見ていると、少し気になる記述が。

Saddanītiにおける文法学の位置づけ
渡邉要一郎
pp. 35-46

p. 35, n. 1
「パーリ文法学の目的に関してはDeokar [2008: 4-6]述べられるが」

この日本語が良く分かりません。「に」の間違いでしょうか。

あるいは、「が」のままだとすると、Deokarの論文が代表例として挙げうるが、というニュアンスなのでしょうか。

p. 36
音節文字について

さて、「音節文字について」の原語は何だろうか、と前ページの原文を見ると、akkharesuでした。

サンスクリットのakṣaraです。

padaの前に来ていますから、文脈上、どうも、音素を意図しているようです。

文字ではないはずです。varṇaと同義語としてのakṣaraでしょう。

古典世界のインド人にとって、そもそも文字は言葉śabdaではありません。

言葉とはあくまでも音声からなるものです。

漢字世界に生きていると、どうしても言葉と文字とが切り離しがたくなっていますが、サンスクリット人・パーリ人にとって、言葉はあくまでも音声のはずです。

文字は、音声を推測させるにすぎません。

文字は、lipiやlikhitaなどとして、音声からなる言葉とは区別されるはずです。

言葉を扱う論考なので、さすがに気になります。

p. 36
「表層的なもの」(mukhya)・「発展的なもの」(anusaṅgika)

いずれもpayojana (Skt: prayojana)にかかっている形容詞です。

訳語は、サンスクリット的には、かなりの違和感があります。

通常、私ならば、

「主要なもの」mukhya、「付随的なもの」ānuṣaṅgika

という対立として捉えます。第一義的なもの、第二義的なもの、ということです。

表層的というのは、表面的で、深層的と対立するというニュアンスでしょうか。

しかし、少なくとも、mukhyaにそのようなネガティブなニュアンスはありません。

mukhyaは、gauṇaとよく対比的に用いられるように、まさに、第一義的な、主要な、という意味です。

ポジティブに用いられます。

少なくとも、日本語の「表層的」という語が持つニュアンスとは、だいぶ違います。

また、ānuṣaṅgikaは、付随的という訳語がぴったりきます。派生的という意味では発展的と一部重なりますが、発展的という語が持つポジティブなニュアンスはありません。

どちらかといえば、従属的というニュアンスのほうに引き寄せられます。

中心と派生、主と従、という対立が念頭にある語選択のはずです。

文法学の目的をまさに論じようという論文ですから、この訳語のニュアンスについては、かなり気になります。

mukhyaについては、n. 2にpākaṭaとの言い換えが引用されています。

prākṛtaでしょうから、本来の、という意味合いでしょう。辞書にも、周知の、という意味合いが挙げられています。

つまり、ここでも、第一義的な、というニュアンスが意図されていると思われます。つまり、mukhya, gauṇaの対立が念頭にあるはずです。

byañjanaについては、音と訳していますが、n. 3に文の可能性も記されています。

文脈からすると、文のほうが良い感じです。

音だと、akkharaと重複してしまいます。

音素、語と来て、byañjanaと来ていますから、文とするのが穏当ではないでしょうか。

p. 37
音(vyañjana)に適った目的物を,目的物に適った音を

原文は

byañjanānurūpaṁ atthassa ca atthānurūpaṁ byañjanassa ca

私が普通に訳すとすれば、

文に即して意味を、意味に即して文を、

くらいでしょうか。

p. 36では、byañjanānurūpam atthaṁ paṭivijjhatiを、「音に適った意味を理解し」と訳していますから、少なくとも、一貫性のなさが責められるべきでしょう。

非常に面白いテーマを扱った論文です。

この分野(パーリ文法学)については、日本語での先行研究も、それほど多くはないのでしょう。

それだけに、いちいちの訳語については、彼自身が選択を迫られることもあるはずです。

パーリ文献については確かに、邦語での先行研究は少ないかもしれませんが、サンスクリット文献に関しては、文法学や言語理論に関する邦語での研究は、あることにはあります。

それらが訳語の参考にはなるのではないでしょうか。

おまけとして、

p. 36

mokkkha

とありますが、

mokkha

でしょう。

kが三つもあると解脱も救われません。

ともあれ、対応するサンスクリットについて、気になる訳語については、友成君あたりをつかまえて聞いてみてはいかがでしょうか。
  1. 2018/08/21(火) 07:53:53|
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引っ越しの業

この夏は研究室の引っ越しのため、国内に。

印仏研も直後にありますから、8月中に移動日を設定。

そのため、プリントアウトや印刷には、何かと不便に。

印仏研のために、あらかじめ、色々と準備すべきことが院生にもありますが、旧部屋は、もぬけの殻。

幸い、箱崎のコピー室は、8月一杯は使えるようなので、自分でプリントアウトして、それをコピーすることは可能です。

移動中は何かと不便ですが、移動完了してからも、通うのが遠くて、もっと不便になりそうです。

まさに「だれとく?」の世界です。

喜んでいるのは、家が糸島にあるOBの原田君くらいでしょう。

院生も、糸島に住むとなると、車を持たないと、買い物すらできません。

郊外(田舎)移転、移動費を考慮すると、総コストは上がる気がします。(学内駐車は毎回300円、あるいは、年間パス購入が必要。広い田舎に引っ越したはずが、実に世知辛い世の中です。高速に乗ると片道620円かかります。)

多くの人は移動時間も増えるでしょうから、当然、研究時間もその分、減ることでしょう。

論文数データに表れるでしょうか?

カルマは自業自得と言われますが、その逸脱として、為したことの消滅、為してないことの到来、ということが言われます。

モラルの崩壊です。

移転に関しては、大昔の誰かさんが決めたことですが、その果報を我々が受けるということになっており、「為してないカルマの到来」に当てはまる気がします。
  1. 2018/08/21(火) 07:08:19|
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インド中華の多様性



ネパール人が経営・調理するインド料理屋・ネパール料理屋には、インド中華のチョウメンや、さらには、ネパールによくあるチベット料理のトゥクパも置いてあることが多々あります。麺料理です。

そのチョウメン(炒麺)。

店によってかなりのふり幅があります。

行く店行く店で、結構、顔が違っています。

ケチャップ多用もあれば、焼きそば風もあり、湿ったのもあり、ぱりっと炒めたのもあり。(スパゲッティ用の麺を使っていることが日本では多いようです。)

どれが正解なのか、おそらく、正解がないのでしょう。

スープモモやフライドモモであれば、大概、正解があります。

おそらく、プロトタイプがネパール人の中にもあるのでしょう。

しかし、インド中華のチョウメンに関しては、どうも、確固としたプロトタイプがないのではないか、という思いがあります。

この多様性の原因が何なのか、現在の私の課題です。

難しく表現すると、

「ネパール料理屋におけるインド中華料理受容の日本における発現形態について」

ということにでもなるでしょうか。

ヴィトゲンシュタインよろしく、家族的類似ということにでも落ち着くのでしょうか。
  1. 2018/08/19(日) 09:31:14|
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BJK



アメリカンアイドルのネパール版、ネパールアイドルが数人来日。

大橋にてコンサート。

その打ち上げでしょうか、BJK3階で飲み会。

男性陣が主なメンバー。

B、L、Pなど、福岡ネパール名士の方々の姿も見えます。

奥様方は、二階で子供をあやしています。

また、ご飯を食べたいネパールイケイケ女子も、こちらでご飯待ち。

夜で機嫌が悪くなってきた子供をあやすのに、ミュージックヴィデオをオン。

たちまちクラブ状態に。
  1. 2018/08/19(日) 09:19:08|
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学会は何のためにあるのか?

大仰な話をしようというわけではありません。

うちの西日本印仏研の話です。

学会オーガナイズ業務は私の分担。

というわけで、2005年以来、広大と交代で九大でやるときは、私が担当しています。

プログラムを組むのと宿を手配するのが仕事です。

また、この学会では一週間前には原稿を集めて掲載しますから、そのアップロード、事前のメールのやりとりなどが業務。

さらには、季節季節に忘れないように、参加者募集などのお知らせをメールで流します。

幸い、手紙による通知は廃止して、一括メール一本なので、以前と比べて格段に楽になっているはずです。(少なくとも業務にかかるコストはゼロになりました。)

あれは、私が九大でオーガナイズしたときの最初の年だったでしょうか。

戸崎先生もいらっしゃいましたが、久々に出た学会の雰囲気が違っているので、先生が文句をおっしゃったのを覚えています。

先生のころは、一人の発表に1時間もとって、質疑応答も好きなだけ、例えば30分というような、鷹揚な雰囲気だったようです。

そして、発表者も、午後一杯を使って二人だけ、というようなぜいたくなものだったようです。

それが、私が組んだ頃は、募集に対して応募者が殺到、ぎしぎしに詰めないと間に合わないという感じでした。

20分+10分で、実際には、25分+5分くらいの感じで、どんどん流していかないと間に合わない、という感じでした。

また、なかには変な人もいて、30分まるまる喋っている自己満足の人もいました。

質疑応答なし、ということになります。

それに戸崎先生は強い違和感を覚えられたのでしょう。

けしからん、という感じで怒っていらっしゃいましたが、そこをなだめて、「いまは時代が違うから」と抑えてくださったのが中川先生。

この一事は象徴的に学会の位置づけの変化を表している気がします。

昔は、まさに切磋琢磨、相互研鑽、相互交流、意見交換の場として機能していました。

それが第一義であり、まさに、勝義の目的でした。

しかし、時代は変化。

いまや、DC1、DC2、PDに通るために、若手は、業績を積んでないと話になりません。

チャンスのあるときに発表をしておかないと、他と差が付きません。

本質なき、他との差異化こそが、自己存在の本質となったわけで、まさに、アポーハの世界を生きているわけです。

絶対の自己だったはずが相対の自己となり、さらには、相対の中に自己が雲散霧消。

まさに自己無き自己こそが自己なわけです。

現代が必要とする「自己主張」とは、相対の中の自己なわけで、他の排除、他からの排除こそが自己の本質となっています。

皮肉なことに、そのような相対世界では、相互交流をしている暇はありません。

屹立する2人で午後一杯、というような悠長な時間は流れず、押し合いへし合いラッシュアワーの10人で、休憩もなしに、どんどん進んでいくしかありません。満員電車で匿名希望のどこかの誰かさんが何か喋っている、という風で、どんどん流れていきます。

業績を積むことこそが第一義となってしまっています。

それでいいのか、というのが戸崎先生の問いかけでした。

そして、それに対する我々の答えは、時代がそうだから仕方ない、というものです。

外圧といえばいいでしょうか。

最高の発表、最高の一本というような悠長な時代ではなくなったということです。

我々は、絶え間なく業績を発表していかなければ死に絶えるだけです。

ダルマキールティが仮想的存在として批判する、常に生み出す常住な存在(主宰神)でなければいけないわけです。(そのような存在は実際にはありえない、というのがダルマキールティの批判です。)

この現実は変えようがありません。

ジリ貧に甘んじるか、不可能を要求する現実に即応するか。

取るべき道は明らかです。

この夏、広大からの参加者で、宿に泊まったのは中須賀さんのみ。

他の参加者は、発表が終わると、さっさと広島に帰ってしまいました。(あるいは、自分でどこかに泊まったのかもしれません。)

このことも、学会の変質を象徴的に表しています。

戸崎先生の頃は、一緒に杯を組み交わすのがメインで、学会はそのおまけだったようです。

つまり、飲む前に学会でもするか、という感じで始まったのが学会の発端です。

夜こそ本番なわけです。

それは、まさに、相互交流こそがメインだったからです。

発表者は、先生部屋に呼ばれて、こうだああだと突っ込まれるというようなことが行われていました。

私自身、主宰神に関する狩野先生の論文を狩野先生の面前で批判したときの夜には、桂・小川・赤松といった諸先生方の部屋に呼ばれ、日中の発表をめぐって延々と議論したことがあります。(もちろん、すべて論破。)

昔の先生方は、まだまだ、昔の意識が生きていたわけです。

これこそ、あるべき学術交流の姿として彼らが思い描いていたものだ、ということでしょう。

しかし、いまや、時代は変化。

今回、小川・根本の両先生は、業務のため来られずじまい。(そうでなくとも、水害も重なった時期です。)

学生だけでなく、先生自身も忙しくて、学会などやってる暇がなくなってしまっています。

夏といえども、編入試験だ、オープンキャンパスだ、院の秋学期入学用の試験だ、というわけで、土日がなかったりするのが我々の「夏休み」の実態です。

学会という贅沢を楽しむ暇などないのが、昨今の「学」者なわけです。愕然としますが、しかし、これが現実です。(ほかにも、学会費を徴収しながら、学会誌を出す暇もないほど忙しい学会もあります。もう何年も雑誌が出ずじまいです。担当の先生方はさぞかし忙しいのでしょう。お悔やみ申し上げます。南無阿弥陀仏。これも、ダルマキールティの常住存在批判を思い起こさせるものです。つまり、常住な存在は、自性が変化しないのだから、常に生み出し続けるか、常に生まないか、いずれかとなるわけです。この学会は、後者の選択肢を採ったわけです。)

印仏研の15分+5分の流れ作業よりは若干ましとはいえ、地方学会といえども、20+10で、どんどん流していかねばならない時代なのです。

未来・現在・過去の刹那滅フィルムのコマがどんどん落ちていくように、我々も、他者とのコミュニケーションに立ち止まっている暇などなくなってしまったわけです。井戸端会議している暇などなく、水を汲んだら、さっさと家に帰って、掃除洗濯に追われる毎日なのです。業務として、どんどん流していかないといけなくなってしまいました。何事も間に合わない。

そのことが、まさに、学会に来てさっさと帰る、ということに結果しているわけで、それは、時代を反映した、合理的主体の合理的判断と言えます。

若い人は現代の学会の本質を的確にとらえているわけです。

伊東で行われた南アジア研究集会でも、発表を終えるとさっさと帰ってしまった修士学生がいました。

DC1を獲得するためには、このような狡智が必要なわけです。(DC1は、修士1年の終わり、2年の初めの4月に応募しますから、修士1年で業績を積んでおく必要があります。学振対策の「積み込み」です。)

誰かと交流するとか、あるいは、先生の意見を頂戴するなどということは、まったく表面的なことであって、第一義は、業績を積むことにあるわけで、その結果として取られる合理的な行動が、「さっさと帰る」ということになるわけです。

昔の人からすると、このような若者の行動は、意味不明でしょう。

それは、昔の研究者が、学会を、相互研鑽、相互交流の場として捉えていたからです。

良いか悪いかは別にして、学会の現実は変わってしまいました。

これからどうすべきかは、また、別の話です。

まずは、現実を認識する必要があります。今日の話はここまで。
  1. 2018/08/19(日) 08:43:25|
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窓からの風景比較



  1. 2018/08/18(土) 09:49:19|
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海門



労働後の「海門」。

いつ来ても、ここは満席状態です。

箱崎でも屈指の人気店。

幸い、カウンターだけ空いていました。

巨大な海門サラダ600円。

目の前ではオヤジがチュロスを揚げていました。(メニューにはありません。宴会メニューのおやつでしょうか。)
  1. 2018/08/18(土) 07:20:49|
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研究室の引っ越し



研究室の引っ越し準備中。

まずは、不要な廃棄物と、持っていくものとの選別。

古い堆積物がどんどん出てきます。

使用済みトナーが、ごそごそ出てきました。

こまめに捨てないと、こうなります。

あとは、これは必要ですが、南アジア古典学のストックが大量に。

さすがに10号も超えてくると、在庫だけでも相当量です。

そのうち、研究室が在庫で埋め尽くされるでしょう。

20号あたりで、旧号の処理を考えないと在庫スペース的に無理があります。

幸い、移転先の本棚は上まである高い棚なので、置くスペースはある(はずです)。

あとは、開けかけの古い印刷紙がごそごそと。

黄色く変色しています。

もったいないので、いちおう、持っていくことに。

何十年も経過したような風合いが出せます。(そういえば、斉藤さんがよく、読書会のプリントアウトで、やたら黄色い紙を使っていましたが、それがこれでした。)

あとは、棚の上などから、あれこれの写本コピーが出土。

そのほか、スライドポジや写真ネガ、さらには、写真。

昭和43年のものも出てきました。

大野先生などの名前も見られます。

これらも貴重な資料なので、捨てずにそのまま新キャンパスへ移動。

干潟先生の資料なるものも、図書館から研究室に逆戻り。

さらに、開かずのキャビネットが。

一度開いたのですが、鍵のあけ具合でしょうか、シャコ貝のように、閉めたら開かなくなりました。

クロガネのキャビネット、謎です。

移転先は、いまより若干狭いようです。(なら、なんで移転するんだ、という感じですが。とほほです。)

というわけで、いまでも、椅子を置くと背後をすり抜けるスペースがなくて苦労していますが、もっと手狭になります。

そのためといってはなんですが、机は、いまより幅小のものになっています。

バドミントンの安いセットも奥の方から出てきましたが、風の強い伊都では実行不可能でしょう。廃棄。

移転先には、ガスも引かれていないため、ガスコンロも廃棄。

誰かが置いていった古い食器セットが奥から出てきましたが、さすがに使わなさそうなので、これも廃棄。

  1. 2018/08/18(土) 07:01:18|
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Kaltes Essen



香椎にある隨園。

後から来た人も冷麺。

前の人も冷麺。

私も冷麺。

この季節は冷麺ばかり出るそうです。

三世実有の冷麺です。

ところで、冷たいと言えば、カルテスエッセン。

カルテスエッセンといえば、SG君。

ウィーンにいたとき、貧乏学生の切り詰め生活、留学中の一年間をずっと、きゅうりの漬物瓶詰など、カルテスエッセンとパンで乗り切ったそうです。(暖かいのはドネケバブだけ。)

そういえば、STさんも、ウィーンに短期留学した時は、ドネケバブばっかり食べていたとのことです。

帰国して開口一番、

「もうドネケバブは見たくない」

とのことでした。

住みやすい都市ナンバーワンとの誉れ高いウィーンですが、貧乏学生にとっては、カルテスエッセンとドネケバブの街でしょう。

水道水が飲めるというのは、住みやすい街のひとつの条件かもしれません。

Was trinken Sie?

と、レストランの注文取りに聞かれた護山が堂々と

「ライトゥングスヴァッサービッテ(水道水で!)」

と、テノールボイスで、のたまっていたのを思い出します。

実際、ウィーンだと、ペットボトル飲むよりも、水道水のほうが美味い気がします。

ペットボトル買うのは、炭酸入りのため、という感じでしょうか。

そういえば、猛暑のウィーン、3人で中華料理屋に入ったことがあります。(苫米地さんも一緒だった気がします。)

着席すると、えらく暑いです。

よく見ると、ここは、冷房がついてないのでした。

ウィーンだと、夏でも昔は冷房なしで十分でしたから、いまだに冷房なしの建物はよくあります。

汗をだらだらとかきながら、中華を堪能。

感想は、

「あつかったですね」

でした。
  1. 2018/08/17(金) 08:10:06|
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自己の思弁を追って如何ほどぞ!


箱崎の跡地利用などという話題には全く興味がひかれぬ。

この手の問題は、あれこれと自己の思弁を追い求めて、できもしない夢を語るよりも、過去の事例を研究した方が早いというのが世の習いである。

手近な事例として六本松の教養部があるではないか。

再開発が進むまでは、あれこれと夢が語られ、きれいごとばかりが並べられていた印象がある。

しかし、なんのことはない、できあがったのは、富裕層老人向けマンションSJRであり、CCCの蔦屋にスターバックス、高級志向のスーパー、ボンラパスである。

プラネタリウムの科学館や裁判所は、それらをごまかすための単なる言い訳で、おまけのようなものである。

つまり、教養部が富裕層向けのマンション・コンプレックスへと様変わりしただけのことである。

「あゝ玄海の浪の華」と歌った旧制福岡高等学校のばんから精神も今何処。

箱崎の将来も、大方、似たようなものだろう。

存外、九大OBがマンションに住んでいたりするやもしれぬ。

苦笑するしかない。
  1. 2018/08/17(金) 07:23:22|
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マルハバ



箱崎での引っ越し作業。

SGムービングは、きっちり休憩、きっちり昼休み。

12-13時の昼休み、生協に行こうとすると閉まっています。

お盆明けすぐですから、まだ生協は閉まっている様子。

しかたないので、少し行ったマルハバへ。

しかし、こちらも、店内は一杯。

すわるところがありません。(4人席にすわっている2人組みの隣に入り込む蛮勇は振るわず。)

時間もないので持ち帰りに。

マスールダル(レンズ豆)、それにライス。

ささっと食べ終わると、昼休みを終えたSGの方々が作業再開。

「いやー、カレー屋ないかって探したんですけど、なかったです。吉野家にしました」とのこと。

引っ越しバイトの方とは、(彼が居酒屋バイトで一緒になるという)ネパール人ネタで盛り上がりました。

あれやこれやと書類関係でもネパール人から頼りにされているとのこと。
  1. 2018/08/17(金) 07:10:10|
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tantrapura









伊都国にできた新たな都城。

バリアフリーの時代を嘲笑うかのような、難攻不落の古墳跡。

下の谷から上ると、ビルの玄関が四階部分に相当。

図書館まで登って二階。

そこからさらに二階。ようやく文学部の玄関にたどり着きます。

そこまで、一人用エスカレーターが断続的に続いています。

ちなみにエスカレーターはのぼりだけ。

帰りは階段か、隠れたエレベーターを探すことになります。

老体には膝がこたえます。むしろ下りの方が膝には助かります。

一階ホールはやたら巨大。

そして、上階の研究棟部分の廊下は超狭くて頭が狂いそうです。

狭すぎて、引っ越し業者(SGムービング)が、廊下で作業ができず、隣の隣の空き部屋を作業用に使わねばならなかったくらいです。

南蛮人が日本に上陸したときの日本の家屋の印象を彷彿とさせます。

たぶん、狭さに精神的に参る人も出てくるでしょう。

そうでなくとも、伊都に移ってからというもの、悪質な事件も起こっています。(悪名高いのが、院生による盗難図書裁断事件。)

メンタルな部分を考えると、どうなんでしょうか。

周囲の緑、というか、ジャングルには癒されるので、プラマイゼロでしょうか。

私のオフィスからは、福岡タワー近辺の海も見えます。

台風のせいもあるでしょうが、さすが糸島、風のきついこと。

冬にはすごいことになりそうです。

それに備えてか、窓は、かなり頑丈なものがつけられています。

しかも、ちょこっと、換気のためくらいに、10cmほどしか開きません。全開不可能。

風雨の激しさを見越してのことでしょうか。

あるいは窓から外に出ないように?

飛び降り防止措置かもしれません。

窓を全開にして空気を入れ替えるのが大好きな欧州人なら発狂するでしょう。(すくなくともコンプレイン。)

その代りでしょうか、冷暖房スウィッチとは別個に、換気装置がついています。

私のオフィスは引っ越し完了。

あとは印哲研究室の引っ越しです。

箱崎は、赤水がひどく、水道水が飲めないレベルなので、はたして伊都はどうかと味見しましたが、どうも、新品のパイプの味がします。

水槽とパイプがすっかり洗われるまで、まだしばらく飲むには不適かもしれません。

研究室に黒板が備え付けられていないということが発覚したので、急遽、発注。

長い歴史の上に立ってきた箱崎を捨てて新たな場所に移るとなると、予想外の不便が色々と出てきそうです。

新たな印哲研究室は文学部棟の6階です。

倫理、哲学の並び。

wifiは無事につながりました。

電話はまだ不通。
  1. 2018/08/17(金) 06:28:29|
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