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Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

学術雑誌の意義

べらぼうにもうけようとすることしか考えてない海外の法外な値段の有名学術雑誌を見ていると,いったい何のために学術雑誌があるのか理解不能になります.

われわれが無料で書いて送ったものを20-30万円の価値あるものとして勝手に値を付けて商売して,しかも,場合によっては,著者に買戻しさせる(つまり大学に買い戻させる)というようなことまでやったりしています.(つまり大学側が金を出す準備がある場合には.そんな余裕のある大学など日本にはないでしょうけど.)

もちろん,著書に取り入れるときは,著作権がとりあげられているわけですから,金を出して買わないといけません.

意味不明.

査読に関わることもありますが,もちろん無料のボランティア.

忙しい中を英語論文を読んでコメントをつけるわけです.

無料奉仕の搾取でしかありません.

やる気搾取のブラックな一部の居酒屋と何の違いがあるのでしょうか?

これが,純粋に斯界の発展のためならOKですが,誰かが法外に搾取しているのは明らかですから,どうにも,腹の虫がおさまりません.

EU圏では,このような流れを見直す動きがありますが,日本は取り残されてしまうのかもしれません.

つまり,あいかわらず,有名学術雑誌を金を出して買わねばならないという図式.

あるいはボランティア労働だけして,雑誌にすらもアクセスできないという事態に現になりつつあります.(九大印哲では現物まで買う余裕はないので,有料のネットアクセスのパッケージだけに入っています.)

チョコレートを食べたことがないカカオ栽培の児童労働の子供のようです.

著作権は取り上げられ,自分が再利用することもできないという...(著作権ビジネス)

いっぽう,大学の紀要は無料.

しかもネットで公開.

これで十分ではないか,という気がします.

単に権威づけの問題.

紀要には権威がなく,海外有名雑誌には権威がある.

つまり,ブランド商売です.

海外企業のブランド戦略と同じです.

大学ランキングを作って,有名雑誌の論文数をカウントして,そして,勝手にランキングを付けていく.

税金と無料のやる気で出来上がった貴重な論文成果を,ブランド力のある海外雑誌が搾取して,それでさらに商売していくという図式です.

帝国主義時代の植民地でしょうか.

植民地で安価に作った紅茶や綿花が余って売れなくなったから,被支配国の人々に飲ませよう着させようという,かつてのどこぞの商売と構造は同じです.

単なる奴隷と何の違いがあるのでしょうか.

研究成果は,大学の紀要で無料で公開で十分という気がします.他分野はいざしらず,すくなくとも私の分野においては.(かつてベナレスで出していた大学の紀要に相当する『パンディット・シリーズ』は非常に価値あるものです.必要なものは残りますし,不要なものは無視すればよいだけです.自然淘汰が働きます.査読の有無ということは中身の価値,後代の評価とは関係ありません.)

いっぽう,ネット公開してない,あるいは,法的に許してない旧来の日本の雑誌は,その存在意義が私には不明です.(『南アジア古典学』の原稿は,投稿者自身がネット公開することは自由です.)

雑誌の使命の第一義が知の共有にあるならばネット公開をためらう必要はありません.(そもそも論文のネタが一銭にもならない印哲の領域において,ネット公開をけちる意味が分かりません.)

ともあれ,ネットの時代において,雑誌の意義やあり方(ハードコピーなのかPDF公開なのか)というのは,大きく変化しています.

ネットに落ちてない論文は存在してないも同じという現実が進行しつつありますから,現実に逆らっても,激流を遡行しようとするのと同じです.

いつのまにやら下流に流されていることでしょう.

知の共有が良い結果を生むというのは周知の事柄です.

いっぽうで,関税や著作権のように,流れがあるところに関所を設けて一部の人間が儲けるというのも,昔からの利益の上げ方です.

印哲の研究者がどちらに与すべきかは明らかです.(いまどきの大学は醸す雰囲気が違うようですが.)

雑誌の権威というのは,要するに権力ですから,旧来の権威ある古い雑誌ほど変わりにくいというのは想像に難くありません.

また,ネット公開というのは,権力を平坦にしていく方向を向いていますから,当然,ネット公開に抵抗を感じる人々は存在するやもしれません.

雑誌のクオリティばかり気にしている内に,いつのまにやら日本の中だけで埋もれてガラパゴス,という顛末は,携帯電話でも,ついぞ目にした気がします.

(すくなくとも印哲では)研究成果は全てネット公開すべきです.
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  1. 2019/04/10(水) 07:38:01|
  2. 未分類

朝日カルチャー:ヨーガから見直すインド宗教史の3000年

九大文学部と朝日カルチャーの提携講座の一回を担当します.

一回のみの受講も可能.

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過去を知り、現在を理解するための知の六輪の花束
九州大学文学部提携講座


九州大学文学部 講師陣
 西洋やアジアの諸思想を専門にする六人の研究者たちが、それぞれ一輪ずつ、ぜんぶで六輪の知の精華をあなたに届けます。やさしく、わかりやすく語りますから、心配しないで聴講を楽しんでください。六輪のどの花も彩りが全く違っていますが、今あなたが立っているこの社会と文化の土台をふかく問いかけるものです。

1回ずつの受講も可能です。
1) 4月20日 「ヨーガから見直すインド宗教史の3000年」片岡  啓 准教授(インド哲学史)

2) 5月18日 「西田幾多郎と鈴木大拙」横田 理博 教授(倫理学)
3) 6月15日 「社会的集団に関する形而上学的考察」倉田  剛 准教授(哲学)
4) 7月20日 「ことばと哲学」吉原 雅子 准教授(倫理学)
5) 8月17日 「仏教とインドの死者供養の文化」岡野  潔 教授(インド哲学史)
6) 9月21日 「明堂──王朝をささえるコスモロジー」南澤 良彦 教授(中国哲学史)

 ★会場は、朝日カルチャーセンター福岡教室です
  1. 2019/04/10(水) 06:12:22|
  2. 未分類

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