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Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

near the campus



伊都キャンパス近場のビーチ。

ここは幸い開発もなく落ち着いた感じです。


キャンパスで懐かしい顔。

大昔、まだかれが一年の時、一年向けのゼミを担当。

その後は専攻も違うので、学部と院とたまに廊下で顔を見る程度でした。

数年前、他大に無事就職したとのことで、顔を見ることも減るかと思ってましたが、文学部ではありませんが、九大の教員として戻ってこれたとのこと。

いやはや。

新陳代謝。

年も取るわけです。

放流されるウナギの稚魚を思い出しました。

文系で無事に就職ですから、絶滅危惧種であるのは似たようなものかもしれません。
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  1. 2019/07/31(水) 21:25:25|
  2. 未分類

ナビさん



マトンビリヤニ800円。

ナビさんは礼拝中。失礼しました。

杉能舎が駅前にアンテナショップ出してました。

しかし、バス降りてあの道を渡って杉能舎までわざわざ行く通勤客がどれくらいいるのでしょうか。

要確認。
  1. 2019/07/31(水) 21:20:02|
  2. 未分類

ガムランディ







新たなメニュー。

蓋の中には非存在があります。

あるいは、蓋に限定された虚空。

壺たる身体から開放される事で虚空たる大我となるとの教えでしょうか。

にしても、よくあるいわゆる禅的な悟りの表現や概念化が、中観やヨーガーチャーラよりもウパニシャッド的になるのはなぜでしょうか。

近くにいないと敵の説に近づくことへの警戒が薄れるのかもしれません。

インドならすぐに指摘されてしまうでしょうから。

チベットでも、ゲルク派となると、存在論がむしろクマーリラに近づくような面白い現象と同じようなことでしょうか。

思考空間やモデル全領域の中でも、それぞれの学派が既に一定の空間を占領しているのが、他の場所、文脈に移動移植した時、勢力図の変化により、空白地帯が生まれるので、元々の文脈では許されていなかったそちらを取る余地が出てくるということかもしれません。
  1. 2019/07/30(火) 23:23:19|
  2. 未分類

イーストゾーン





夏空、にわか雨、最終週。

来週からは試験週。

文系前、駐車はかなりの競争率。

歩いていると、こちらに入ってきてはぐるぐる探し回ったあげく虚しく第2に向かう車がしょっちゅう。

協○や共○を登録商標のごとく売りにしてますが、おそらく、かれらが日々学ぶのは、同種の動物との間の競争でしょう。

点数も、いまはまだ強制ではありませんが、どこかの点数のように相対分布させるよう強制になれば、競争を理念とすることになりますし、また、GPAは、見える化と同時に相対化の競争を含意します。

グローバル社会が競争の現実にあるのであって、そして、トップ100を理念とするならば、素直に競争学部でも作るのはいかがでしょうか。

あるいは、既に、ダジャレの掛詞なのかもしれません。

英語重視ですし。

いずれにせよ、ジャヤンタなら、世間の狂騒という戯曲でも書くでしょうか。

私としては、日々のルーティーンを追うだけなので「今日そう?」くらいの意識です。

いずれにせよ、共や協をあえて売りにせざるをえないほど、それらが失われ、希少価値を増しているということなのでしょう。

ということは、現実に進行しているのはボッチ。

しかし、学問や専門というのは、ボッチの道こそ王道のはず。

皆が同じ既存のレールの上を走るなら、進歩はないでしょう。

共協の狂を理念とすると、含意として出てくるのは、つまらないありふれた機会的人間製造ということになりやしませぬか。

正確無比のネジを作るのと同じマネジメントと捉えると、昨今の流れもよくわかります。

人間を育てるのに出来合いのロードマップがあるなら、世間の親御さんも苦労はしないでしょう。

人生ヤマーリ、ジターリ、谷あり。
  1. 2019/07/30(火) 23:22:44|
  2. 未分類

ナビさん









ネ●ミ捕りの伊都ストレート。

今日もえらい大掛かりな人数で計測器類の準備をしているところでした。

そういえば、うちの学生も、えらい金取られてたことがありました。

原チャも楽ではありません。

試験前で焦ってはやる心理を見透かしているのだとしたら流石です。

原チャ屋、うどん屋の並びにあるナビさん。

持ち帰りではなく中で食べると言うと、ドアを閉めて親切に冷房をつけてくれました。

  1. 2019/07/30(火) 23:21:34|
  2. 未分類

BSH



ベジに変更。

ブロッコリにカリフラワーの合わせ技。
  1. 2019/07/30(火) 23:21:05|
  2. 未分類

South Asian Classical Studies, 14, 2019

Sacs14-2019'

No. 14
2019

CONTENTS

A Study of the Avadānakalpalatā and the Avadānamālās (8)
— Jayamuni, TJAM Chap. 14 (I), SMRAM Chap. 21 and Avadānakalpalatā Chap. 84 —
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . Okano Kiyoshi 1

Some Notes on Linguistic Features in the Devadatta Chapter of the Lotus Sutra
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .Kasamatsu Sunao 125

An Annotated Japanese Translation of Chapter 5 of Vasubandhu‘s Vyākhyāyukti (4)
. . . . . . . . . . . . . . . . Ueno Makio, Horiuchi Toshio 147

Knowing the Meanings of Gods’ Names:
Yāska's Etymology and Theology as Observed in His Analysis of the Name agni
Kawamura Yūto, Dōyama Eijirō, Takahashi Kenji 177

Dramatic Manuscripts from Nepal:
Jagatprakāśa Malla’s Newari songs (2)
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . Kitada Makoto 203

Maṇḍanamiśra's Application of Mīmāṃsāsūtra 6.5.54 in the Tarkakāṇḍa of the Brahmasiddhi
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . Saito Akane 225

Dharmakīrti on niveśa in his Theory of Language
. . . . .Nakasuka Miyuki 267

The Transition of the Concept of “Distortion” (chala) in Nyāya
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . Sudo Ryūshin 293

Śālikanātha's Theory of Sentence-meaning
. . . . . . . . . . . . . . . . . Kataoka Kei 323

KYUSHU UNIVERSITY
DEPARTMENT OF INDOLOGY
  1. 2019/07/30(火) 18:48:44|
  2. 未分類

南アジア古典学14,2019

Sacs14-2019

南アジア古典学
2019第 14号

目 次
Kalpalatāと Avadānamālāの研究(8)
― Jayamuni, TJAM第 14章 (I), SMRAM第 21章, Kalpalatā第 84章―
..................................岡野 潔 1-123

梵文『法華経』「提婆達多品」の言語的特徴瞥見
...........笠松 直 125-145

世親作『釈軌論』第5章翻訳研究(4)
.......上野牧生・堀内俊郎 147-176

神の名の意味を知ること
―神名アグニの分析に見るヤースカの語源学と神学
........川村悠人・堂山英次郎・髙橋健二 177-201

ネパールの演劇写本ジャガトプラカーシャ・マッラ王のネワール語歌集( 2)
北田 信 203-223

Brahmasiddhiにおける直接知覚等と証言の力関係について
— Mīmāṃsāsūtra 6.5.54の「取り消し」の議論とその応用 —
..................................斉藤 茜 225-266

ダルマキールティの言語論における niveśa
.............中須賀美幸 267-292

ニヤーヤ学派における「曲解」(chala)概念の変遷
.......須藤龍真 293-321

シャーリカナータの文意論
...............................片岡 啓 323-335


九州大学大学院人文科学府・文学部
インド哲学史研究室




最終段階でいろいろとあって,ばたばたの作業となりましたが,なんとか出ました.

原稿は,早めに出しましょう.
  1. 2019/07/30(火) 18:46:56|
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マニ・ドラヴィダ師のインタヴュー



現在最も有名なミーマーンサー学者であるマニ・ドラヴィダ師の学伝統を振り返るインタヴュー.

貴重です.

私の師匠のJ.ヴェンカタラーマン師は,宗派としてはシュリンゲーリでしたが,マニ・ドラヴィダ師はカーンチーのようです.

ベナレス出身ですから,ベナレスにいたパッタービラーマ・シャーストリーやスブラフマニヤ・シャーストリーといった大御所に習ったとのこと.

二人がハヌマーンガートのシャンカラ・マトで一緒に住んでたというのは初耳でした.

マハーラーシュトラのヴァイディヤナータ・シャーストリーの名前もでてきて,あれこれとつながってきます.

そもそもがベナレスのタミル人ですから,南でも習ったそうで,それで,バーッタディーピカーの学伝統も継いでいるとのこと.

北のシャーストラ・ディーピカー学伝統との対比が興味深い.

ともあれ,大学者を生み出す環境というのは,すぐれた師匠が何人もいて可能だということを思い知らされます.

最初の師匠は,365日教えることだけに集中していた立派なブラフマチャーリン(梵行者)だそうです.

このような情熱のある師匠がいてこそ,後々の大学者の卵も育つというものでしょう.

なお,現在,カーンチーのマトでは,学生のやる気を起こさせるために,学位試験に通った暁には,賞金10万ルピーが貰えるというのも笑いました.

しかし,マニ・ドラヴィダ師,10年かかるコースを,スブラフマニヤ・シャーストリーの下,6年で終えたというのは,さすがです.

なんちゃってミーマーンサー学生の私としては,とりあえず,パソコンなどの現代文明の力を借りながら,細かい作業で地道に貢献するしかありません.

チンナスワーミ・シャーストリーの学伝統に連なる大学者達が既にあれこれとやってくださっているとはいえ,歴史的研究や文献校訂の点では,まだまだ訂正・修正の余地はあります.

哲学の分野だけに絞っても,仏教との議論応酬などという観点は,もちろん,従来のインド人のミーマーンサー研究ではそこまで注意されてきていないのは当然です.

記憶力や解釈の深さ,文法学・ニヤーヤ・ヴェーダーンタといった諸学渉猟の広さ,という点ではとても敵いませんが,日本人でも貢献できるものというのは,いくらでもあります.

まして,シャバラやクマーリラなどの古い文献となると,どうしても弱くなるのは,これまた当然.

なにしろ,基盤となる出発点がカンダデーヴァのバーッタディーピカーやパールタサーラティのシャーストラ・ディーピカーですから,それ以前の文献が弱くなるのは当たり前です.

自分のやれることをやる,という当然の感慨を強くしたインタヴューでした.

勇ましい掛け声ばかりでシャーストラの何かも知らない御仁が多い中,本物の学者の声が聞けてほっとしました.

最後は,ミーマーンサー学伝統の衰退(hraasa)の話をしています.

ちなみに,彼の学伝統で残っているのは,彼ひとりだけだそうです.

ミーマーンサーを最後までやりきる人というのは,奇跡的な存在です.

文法学やニヤーヤは沢山いますし学伝統について心配するまでもありませんが,ミーマーンサーとなるとさっぱりというのは,昔も今も変わりません.




Baladeva Upadhyaya の Kashi kii Panditya paramparaを見ると,Laxman Sastri Dravida(1874-1931)と,その息子のRajesvara Sastri Dravida(-1979)が出てきます.そして,まさに,マニドラヴィダ師の習った学校であるSangaveda Vidyalaya(1920創立)が出てきますから,きっと,この家系なのでしょう.

ちなみに,カンダデーヴァとシャンブバッタのBD系統と,シャンカラバッタの註釈するSD系統の学伝統の違いというのは,アッパヤ系統(カンダデーヴァ,シャンブバッタ)とシャンカラバッタ系統の有名なvidhi論争にも見られる対立に起因するのでしょう.

あの有名なガーガーバッタは,いわずもがな,バッタのほうの家系です.

関係ないですが,上記のBaladeva Upadhyayaの本を見ていると,マドゥスーダナはガダーダラと同学なんですね.

びっくりです.
  1. 2019/07/28(日) 16:34:47|
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高田さん





大丸カレー展。

大丸と聞くと、井狩先生のエピソードが真っ先に思い起こされます。
  1. 2019/07/27(土) 00:09:43|
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箱崎: 李餃子









料理上手で愛想も良くて日本語もできる奥さんのお店。

ホールの旦那は逆の三属性を有しているかのようにお見受けしますが如何。

中国語の手書きメニューを解読しながら、あれこれ注文。

東区は残念ながらウーバーイーツの非gocaraですが、ここなど宅配があれば人気でそうです。

日本人が入るには、敷居高く感じるやもしれませんから。
  1. 2019/07/27(土) 00:08:44|
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500円30分



やまなみ牧場のブルーベリー園。

20分も経たぬうちに腹一杯。

地獄の合宿所から、畜生道を遍歴、その後に、ブルーベリー餓鬼道を堪能。そして修羅の国へ帰還。



  1. 2019/07/27(土) 00:08:11|
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多様不二一元論



合宿所の朝食に行くと、多様なドレッシング。

しかし、私の認識は1つ。

対象が多様なのに認識が1つなのは矛盾ではないのか?

それに対する答えは、「認識の場合は問題ないよ、矛盾なし」というもの。

あっさり解決。

というか、議論の余地なく、現実がそうだからで終わり。

とはいえ、有形象認識論の場合には、やはり、疑問が残ります。

落ち着くべきは、つまるところ、不二ということになります。

ゴマ味も醤油味も、勝義的には、一味です。ほんとか?
  1. 2019/07/27(土) 00:07:15|
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博多キャナル近く







キャナル近く。

肖記。

いつ行ってもいい店です。

そして、常に、中国人の若者で賑わっています。
  1. 2019/07/27(土) 00:05:58|
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カフェ



福岡、レベルの高いスペシャリティコーヒーの店が多いのは、ラッキー。

市内の真ん中の店は店員のレベルがまちまちで、ムラがあったりしますが、少数精鋭、決まった人が入れてくれるここは安心。

人間、半世紀も生きると、つまらんことだけにはうるさくなります。(しかし、カフェという嗜好品の店は、うるさい客が集う場というのがそもそもの本義でしょうから、問題なしかもしれません。)

まあ、写本の誤字脱字から、人の誤訳誤釈を見つけるのが仕事ですから、粗探しは職業病かもしれません。

私にとっては、「気に障るところがない」「問題がない」という空間が一番落ち着きます。

言い換えると、svata.hpraamaa.nya的な世界観です。
  1. 2019/07/27(土) 00:05:14|
  2. 未分類

850円



あれこれ含めて、いろいろとバランスのよいカレーライス。

土地柄、客層、店舗の雰囲気、価格、競合、その上に、カレーの方向性、味、オプション、盛り付け、接客などなど。

辛い商売も楽ではないですねー。

この近辺、意外に名の知れたランチ実力店があったりしますが、何か土地の力でもあるのでしょうか。

いずれにせよ、その土地の多くの人の需要に応えるのは大変です。
  1. 2019/07/27(土) 00:04:46|
  2. 未分類

ゴンゴン







惜しまれつつも閉店するゴンゴン。

満席でした。
  1. 2019/07/27(土) 00:04:07|
  2. 未分類

kula



奥に見えるのはビールには非ず。

大濠の台湾スイーツに台湾人観光客が来たりもするそうですが、それは、ウィーンまで行ってわざわざ南インド料理を食べるサンスクリット研究者と同じ心性が故でしょうか。
  1. 2019/07/27(土) 00:03:24|
  2. 未分類

インド思想史の醍醐味

概念史,とでも言うのだろうか.

インド思想史をやっていると,大きなうねりを感じることがある.

ひとつの概念が,紆余曲折を経て,最終的に或る形,あるいは,様々な変形をとることになる.

落ち着くべきところに落ち着く.

あるいは,歴史的な経緯と事情で,変な形をとったまま,複数の相容れない概念がサンドイッチされたまま放置されていることもある.

堆積を解きほぐす作業が思想史の仕事である.

流れを見ていく中で,自分一人でやるべき同時の思考実験が,通時的な実験として,現に行われたのを目の当たりにすることもある.

ひとりで考えることには限界があるのだから,すでに行われた思考の跡をたどったほうが,いくらか有益というものである.

だいたい,想像される議論は,すでに出尽くしている.

重要なのは,フランクな議論である.

仏教徒のディグナーガの時代は,すでに,先行するバルトリハリやヴァスバンドゥにも明らかなように,宗派間の遠慮なき論争の時代でもあった.

各宗派(各学派)に閉じた教学は,忌憚なき他派批判へといずれは伸長する.

仏教内部の様々な派内での議論は,さらに,他派にまで及ぶ.

単純な言い合いではなく,哲学的に深い議論が成り立つようになる.

文献として我々は,ヴァスバンドゥやディグナーガによる議論を有する.

ディグナーガのPSは,間違いなく一級の他派批判作品であるし,彼自身が,そのような作品として企図したものである.

それに先行する彼の習作とでもいうべき散逸した個別作品があることは,彼自身の記述からも明らかである.

ディグナーガの批判は,批判される側にとっては実に痛い所を突いてくる.

単に「異なる見解」では済まない本質的な批判である.

では,本質的な批判とは何か?

それは,システムの核から崩壊を引き起こす爆弾のことである.

システムそれ自体の流儀にならって議論を進めると,自ずからシステムが崩壊するような時限爆弾を仕掛けるのが最も有効である.

その結果,相手は,システムそのものを変更せざるを得なくなる.

要は,小手先の表面的な批判ではない,ということである.

自分のところではこう考える,あなたのところではこう考えている,我々は違う,というような単純な平行議論や水掛け論ではない.

相手の深部を深くえぐるような矛先や鉤が必要となる.

ディグナーガの批判とは,そのようなものであった.

結果として,クマーリラは,その批判にこたえることになるし,また,返す刀でディグナーガ自身にも,同様の批判の刀を向け返す.

ディグナーガの切れ味よい刀を,ディグナーガ自身に振りかえすのである.

体系を守ろうとする努力は,単に体系を守るだけでは済まない.

それは,更新を意味する.

クマーリラにいたって,ミーマーンサーの存在論は,新たなものへと更新されている.

従来前提とされてきた単純な理論では,様々な議論を維持できないことは明らかだったからである.

結果として,ダルマキールティの存在論と,それほど違わないところに来てしまっている.

論争する同士が共通基盤にたつことになるのは,ある意味,必然である.

ヴァスバンドゥから議論を受け継いだディグナーガが他学派を批判,ウッディヨータカラやクマーリラがそれに答え,さらに,仏教を批判,ダルマキールティがそれに答え,さらに,その弟子筋の人たちが,クマーリラ以後の議論発展も考慮しながら,議論を整備する.

その整備された論争を凝縮した一つの形がカマラシーラのTSPである.

TSPには,クマーリラだけでなく,それ以後の議論発展も記録されている.

また,仏教内部の動きというものも記録されている.

基本的な方向は,クマーリラとダルマキールティで出ているとはいえ,その時点ではまだ議論の始まりであるから,そこでは考慮されていなかった様々な派生問題が残っている.

註釈者や後継者たちの課題である.

クマーリラが本格的に整備した議論というものも数多くある.

クマーリラ以前にも同様の議論というのはあったことにはあったが,哲学的に十分整備されたものではない.

哲学的には,ごくごく単純なものであったりする.

たとえば,先行するバーヴィヴェーカと比較すれば明らかである.

残念ながらディグナーガほどの議論の冴えはないし,単純な批判に留まると評価せざるを得ない.

時代がそこまで熟していなかったいうべきか.

結局のところ,議論の劇的な深化やブレイクスルーというのは,一部の天才――ディグナーガやクマーリラ――が一気に進めるというのが実際のところかもしれない.

クマーリラを見ていると,想定された諸モデルで,きれいに,あらゆる可能性を書き出すことがある.

つまり,実際に行われた議論ではなく,彼の頭の中で,様々な可能性を考慮して,モデルを複数たてるのである.

このような想定モデルの場合,先行するどこかの誰かに跡付けたりしようと我々がするのは無駄な努力である.

後代の人達は,クマーリラがたてた道筋にそって,そのいずれかを,自分の説として受容することになる.

すでに方向性は,クマーリラに準備されていたのである.

というか,そもそも,それを宗派間論争の争点トピックとして取り上げるということ自体が,実は,クマーリラのデザインに則ったものであったりする.

土俵を作ったのは誰か,ということである.

仏教学の体系整備,そして内部批判に長けたヴァスバンドゥ,それを延長して他派批判にまで手を広げたディグナーガ,それを受けて議論の土俵を整備したクマーリラというような評価は単純化しすぎだろうか.

また,クマーリラのような体系の人がいたからこそ,ダルマキールティの鋭い批判が誕生しえたのである,などというと驚かれるだろうか.

ダルマキールティの天才が生まれたのは,クマーリラがいたからこそ,という評価をしたならば,多くの仏教徒はひっくり返るだろうが,思想史的には,そのように評価するのが妥当だろうと私は信じる.

そもそも,ダルマキールティを読もうなどという情熱のある人は,仏教以外に情熱は湧かないであろうから,クマーリラを直に読まない人が多いことになるのは必定である.(まして,チベットしか読まない場合は,クマーリラなど読む機会はないであろう.)

結果,多くの人は,フラウワルナーや私の実感を共有できないかもしれない.

しかし,読めば明らかである.

いまでは,かつて反対していたテイバーも,クマーリラ→ダルマキールティの流れに同意している.

ヴァスバンドゥ→ディグナーガ→クマーリラ→ダルマキールティという流れだけでも,実に面白い.

インド哲学史,インド思想史のうねりがそこにある.

思想史を濃縮・凝縮したTSPを読めば既に明らかなことであるが,残念ながら,一番面白い議論は,一番難しそうな最終部分に固まっていて,そこを読もうという技量と情熱と準備のある人は,これまで,僅かであった.

I君やS君がそこに挑戦してくれているのはありがたいことである.

研究の進展は亀の歩みである.

急には進まない.

また,研究を続けるというのは,実際,難しいものである.

博論も終えたかという30から35の一番油の乗り切ったポスドク時期というのは,経済的には,最も難しい時期であったりする.

家族の支援なしには不可能であったりする.

すぐれた研究というのが,実際には,個人的(およびその周辺の家族的)な努力によって何とか形になって今まで残ってきたというのは,織田辞典の執念を見ても明らかであろうし,また,長年追放されていたフラウワルナーを見ても明らかであろう.

恵まれた体制が準備されているといったことのほうが稀かもしれないし,恵まれすぎると人間,存外,遊びほうけたりするものである.




「不世出の仏教学者」と形容すべき故辛島先生の経歴を見ていると,1957年生まれで,研究所に入るのが2000年であるから,定職についたのは,43頃ということになる.

1976-1994年が東大在籍,学士と修士を取得しているから,その後,長く博士課程に籍を置かれていたのであろう.

いくらか博士と時期を重ねて,また,籍を抜いた後は東方研究会に籍を置いたまま,英(ケンブリッジ)・中(北京)・独(フライブルク)の諸国遍歴の留学時期ということなのだろう.

いずれにせよ,長い間,ひとえに個人的努力によって研究を続けてきたということになる.

蓑輪さんが企画した東大仏青講演旅行で,まだ学部の頃,辛島さんの実家にも行った気がするのだが,詳細は思い出せない.(あるいは話が出ただけだったのかもしれない.)

蓑輪さんに確かめる必要がある.

業績リストを見ただけで立ちくらみがしそうである.

http://iriab.soka.ac.jp/en/staff/karashima.html

辛島さんが確立した方法論というのは明らかに有効なので,今後も,この方面に人が入っていくのは間違いないだろう.
  1. 2019/07/26(金) 09:37:45|
  2. 未分類

「種から芽が生じる」のか?

因果関係の否定などというと,ヒュームか何かを連想するかもしれないが,ここで言いたいのはナーガールジュナの中論である.

ナーガールジュナの中論では,文法学的な発想に基づく行為と行為参与者と並んで,もっとも重要な我々の発想範型である因果関係も批判の射程に収められている.

因果関係は,ナーガールジュナにとっての主要な批判対象である.

そして,因果関係を例に取った批判の型というのが,それ以外にも応用されていく.

最初に丁寧にナーガールジュナは因果関係を批判し,その後,他にも同じ批判パターンを用いるので,読者は,くどくど言われずとも,批判の一例だけ言われれば,「因果関係の場合と後は同じ」と類推できることになる.

つまり,(通常の言語表現に慣れた身からすれば非常に意外な――いわばとても非常識な――ナーガールジュナの)批判パターンの刷り込みがまず行われる.(一度その批判パターンに慣れてしまえば,案外,その刀を振り回すのは心地よいものである.しかし,後代,このような刀の振り回しは,討論術において,詐欺的な受け答え方法として禁止されるに至る.)

因果関係というのが,我々の発想の多くに基盤を提供していることからすれば,その大元をまず叩くのが有効であるのは言うまでもない.

さて,因果関係というものを考えた時,決して,「種から芽が生じる」などと表現される単純な事態が現実に進行しているのではないことは,言わずもがなであろう.

原因と呼ばれるものの中味には,もっと多くのものが含まれているはずである.

ダルマキールティやジャヤンタなら,原因総体と呼ぶであろう.

諸条件の一つが欠けても,結果が生じることはない.

アビダルマ的に幾つかの因縁をあげつらおうが,それが,あくまでも単純化(そして要素としての条件の実体化・実体視)であることは言うまでもない.

ともあれ,ナーガールジュナの狙いは,「種から芽が生じる」という単純化・実体視が,まさに,言語表現として自ら破綻していることを示すことにある.

彼はまず時間のズレに注目する.(種の行為を表す「生じる」が現在形であることに注意.)

さて,時間のズレまで考慮すると,

種から
     芽が 生じる

となる.

「生じる」という(現在の)行為の主体は芽であるから,当然,「芽が」という単数第一格の名詞と,単数の現在形の動詞との呼応関係から言っても,芽と生じるは同時である.

つまり,芽が生じるという現在時点があるはずである.

いま,因果関係において,通常,原因は結果に先行する.

この場合,種は一瞬前にあるはずである.

決して芽と同時にはない.

というわけで,

T1 種から
T2      芽が 生じる

というように,ズレをもって,因果関係の表現を見つめ直すのが妥当ということになる.

ここから既に明らかなように,芽が生じるという現在時点において,種は既にない.

ないものから結果が生じるというのはおかしい.

ということで,すでに,この表現はおかしい,ということになる.

「生じる」というのは現在形であるから,当然,T2しか指せない.

結局,T2時点に注目すれば(そしてそれこそが「生じる」という現在形からすれば当然なのであるが),「芽が生じる」しかなくて,それが何から生じたのかは不明なのである.

結局,何から生じてもいい,ということになる.

さて,視線をT1時点に移しても,困ったことが生じるのは同じである.

T1時点では「種から」しかない.

「芽が生じることになるだろう」というような未来形であればまだしも,そうではない.

つまり,現在形を用いた「種から芽が生じる」という表現自体は,そもそもが,時間のズレを隠ぺいした詐欺的な表現であるということになる.

「種から芽が生じる」というのは,我々の頭の中で時間を無視して(あるいは圧縮して)起こっている事態であって,この表現に対応するようなT2時の事態というのは外界には存在しない.

行為という概念が時間幅を含んだものであるというのは,アビダルマでも意識されている.

だから,アビダルマの存在論においては行為を独立した要素として認めない.

時間幅をもってしか存在しえない行為は,瞬間瞬間に存在しえず,したがって,行為は要素としては形に還元される.

行為が要素として成り立たないということは,因果関係の「生じる」が文字通りには成り立たないということを含意する.(ナーガールジュナの批判がアビダルマに向けたものであるということから,アビダルマ自身の前提にたって,アビダルマの主張を突き崩すというナーガールジュナの批判企図は見事完遂されたことになる.)

その他,「芽が生じる」だけに注目しても,すでに突っ込みどころは満載である.

「生じる」というからには,無が有になるのであるが,では,生じることになる芽は,無なのか有なのか,と問うことが可能である.

既に生じている芽が更に生じるのは重複・無駄となるだろうし,いまだ存在しない芽がどうして生じるという行為の主体となるのか,と問うこともできるだろう.

文法学者は,もちろん,このような問題に気が付いている.

常識的には,行為主体は未だ存在しないのであるが,未来の行為を見込んだうえでそう(仮に)表現するのである.

したがって,言葉が転義的であり,文字通りではない,というのは,文法学者も実は認めざるを得ない.

その意味ではナーガールジュナの勝ちであるし,実際,言葉が文字通りでないというのは,文法学者バルトリハリも認めるところである.

言葉が決して文字通りに対象世界を表すわけではないという仏教の信念,そして,ナーガールジュナが理論化した主張は,広くインド哲学世界において,バルトリハリ以後,明確に,タンブーラの如き通奏低音として鳴り響くことになる.

川の表層は穏やかに見えて,底には,実に危険な潮流が存在する.

これこそインド哲学の魅力であると言っては言い過ぎか.

ナーガールジュナやバルトリハリに魅せられる,ドーパミンの多い人が後を絶たないのは,このような事情による.
  1. 2019/07/24(水) 07:42:28|
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梵卵





六つの梵卵(六道世界?)を地獄に沈める。

地獄は一定すみかぞかし。
  1. 2019/07/22(月) 23:39:21|
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ブリグの地獄遍歴









「彼は呼吸を失って、他界へ赴いた。彼はかの世界に到着した。人間が人間を切り刻み、それを食べていた。」
(『ジャイミニーヤ・ブラーフマナ』「ブリグの地獄遍歴」、辻直四郎『古代インドの説話――ブラーフマナ文献より――』春秋社、一九七八、四四頁より。)

  1. 2019/07/22(月) 23:38:35|
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九重にて印哲合宿



「この世においてアグニホートラ祭を行わず、正しき知識をもたず、材木を切り刻んで火にくべる者、かくのごとき者をかの世において、樹木は人間の姿をとり、その報いとして食らう」と。
(辻訳より)

  1. 2019/07/22(月) 23:20:41|
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मरहबा










一部サルマーン作。
  1. 2019/07/21(日) 11:44:27|
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पुण्यगिरि लिंगोद्भव:





大濠のpadma池の前に屹立するlinga。マハースカ世界の現前か。はたまた、ウールドゥヴァレータスの象徴か。ガーンディーのアシダーラーの実践か。
  1. 2019/07/20(土) 11:45:15|
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पुण्यगिरि मसालावाला




ついついお代わりが進みます。
  1. 2019/07/20(土) 11:42:55|
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○○○留学

インド哲学研究(上級)のための某国への研究留学については,「大変」としか言いようがないので,どうしても行くなら○○○ィをお勧めしています.

そこなら,DもいるしHもいるしで,行ったその日からとはいわずとも,住民登録も終えて2週間もすれば,なんとか勉強できる環境を構築できるからです.

私自身は,ゼロからすべて構築したので,行く前から大変,ビザも大変,登録も大変,更新も大変,住むところも大変,勉強の先生を探すのも大変で,大変続きで,わかいからまだやってられましたけど,繊細な人なら神経参っていたでしょう.

なによりも,いい先生を探すというのは,いちばんの難関です.

そのむかし,わたしが大学のころは,まだ,M田先生が継続されていたであろう○○ー大との交換留学が残っていて,その制度を使って簡単に(つまり向こうの大学の受け入れ許可が簡単に&ビザも比較的簡単に)留学できたのですが,その制度で行った人ですら,なかなか,勉強できる環境にない,という印象をうけました.

先輩のSさんは,したがって,交換留学の「できあがった」大学ではなく,わざわざ,良い先生のいるSに留学していました.

しかし,そこはそこで,非常にタフな場所です.

タフガイのSさんですから,なんとか習うものだけ習って,無事に帰国されていました.

もちろん,先例のない大学に行く場合,自分でビザから何から全部やる必要があるので,その苦労はものすごいものがあります.(なにしろ,○○○相手ですから.大使館・領事館に何度いかされることになるか予測不可能.)

ともあれ,交換留学先の場合は,習うべき先生がいない,というのが問題です.

ついこの前も,そこの大学に留学している韓国人に会いましたが,「日本かドイツにしとけばよかった」と言っていました.

実際,習うべきようなもの,なにもないそうです.

分野によっては,もちろん,事情が違うのでしょうが,サンスクリットの場合,場所をえらばないと,たとえ本国にいったとしても,そうそう簡単に学べるわけではない,ということは頭に入れておいた方がいいでしょう.

そういえば,とある後輩,こちらはインド仏教ですが,条件のいい制度で留学したところ,何も学ぶことがないので,途中で切り上げて帰ってきました.

そのほうが正解かもしれません.

時間の無駄ということは多々あります.

先生が見つからないからです.

いい先生を見つけるのは至難の業.

しかも,勉強できる環境まで構築するのに,大概,1年弱はかかりますから,下手すると,帰国間際にようやく勉強できる態勢ができる,というようなことにもなりかねません.

実際,満足できるほどパンディットに習った,というようなひとに会うのはごくごく稀です.

誰かいるのでしょうか.(先輩のSさんくらいでしょうか.)

わたしは,さいわい,先生と妙にウマがあったので,親切にほぼ毎日教えてもらいましたが,実際には彼もとても気難しくて,「西洋人は教えん」と息巻いてました.

どうも,あれこれと質問されたり,反論されたりするのが,すごい嫌だったらしいです.

やはり,パンディットですから,ちゃんとこちらが恭しくお説拝聴しなければなりません.

その点は,日本人で得しました.

下手に西洋かぶれなどしていたら,「先生しつもーん」などといって,すぐに嫌われていたことでしょう.

いま現在,○○○ィに留学中のS藤さん,今回も,ウィーンにこれると最終的にわかったのがぎりぎり直前.

ビザ更新で,これるかどうかわからなかったそうです.

前回も,そんなことがありました.

前回は結局これなかったです.

6月が更新月なので,7月にでようとすると,とくに苦労します.

つぎの8月の印仏研は大丈夫でしょうけど.

めぐまれた○○○ィですら,こんな調子です.

わたしとか,そもそも,ビザ事務所の県庁所在地までが,片道3時間以上で,そのタクシー往復に死にそうになりました.

何の因果か,というセリフが出てきます.

留学するなら,欧米のほうがはるかに楽です.

○○○は○○○で,いろいろと学ぶことがありますし,その体験は本人にとり非常に重要なものがありますけど,純粋に学問・研究の効率ということであれば,別に,欧米でも構わないでしょう.

ハンブルクにいったほうが,サンスクリットなら,よっぽど勉強できるでしょう.

同じPD制度で,K村君は,オックスフォードに行ってましたが,それはそれで,非常に賢明な選択です.

そもそも,オックスフォードの場合,経済的コストが高いので,普通,行くチャンスがないですから,行ける時に行っておくのは正解.

わたしも,ジュニア研究員で招へいのあと,一回博論審査する側で呼ばれて行ったきり,オックスフォードには行ってません.

ケンブリッジは研究会で行きましたけど.

私の中ではイギリスは高そうなイメージがあるので,あまり足が向きません.

ところで,T君が,現在,たのしげなイタリア留学.

そういえば,むかし,K尻もイタリアに行っていました.

ひとむかし前は,イタリア人の知り合いなど皆無でしたが,いまは,周りにたくさんいます.

サンスクリット研究の潮流も,時につれ,かわるようです.
  1. 2019/07/17(水) 20:53:35|
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Mangal Som Vada

Today is Tuesday.

For me, Tuesday is Monday.

So it is Monday.
  1. 2019/07/16(火) 01:37:26|
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ナッシュマルクト近く





まだクラッサーが元気だった頃。

シュテファン近くの教会系のホテルが取れず、秘書のシンシアが取ってくれたのが、このホテル。

その頃は私も若かったので、ついたその日から飲み会。

研究所終わりにクラッサーがここまできてくれて、近くの店で乾杯。さらにウィーン料理屋。そしてさらにバー。

ぶいぶい言わせた整形外科医が、両腕に客らしき美人2人と登場、あちこちの客に絡んでましたが、冷ややかなクラッサーは、その様子を楽しみながら、絡んできたおっさんに対処。

「あんた、なんの仕事?」

「シューマッヒャーです」

相手は途端に興味を失った様子。

クラッサーは、その様子を見てさらに楽しんでました。

私は眠くなったので12時前に退散。

クラッサーは、店がますます盛り上がってきたので「もすこし残っていくわ」とのこと。
  1. 2019/07/13(土) 23:42:00|
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ギリシャ



ロックスガッセ前、旧もりやま邸下のギリシャ料理。

考えて見ると、ここには入った記憶がありません。

しかし、行った人によれば、うまいそうです。

なぜかイタリアンのほうに常に足が向いてしまいます。
  1. 2019/07/13(土) 23:41:04|
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