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Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

修道論

広島のリンポチェからありがたいお話.

一切智者にまつわり,話は修道論へ.

最後は止観双運まで.

ラトナーカラのPPUで以前に修道論は勉強していたので,話の内容はほぼついていけるものでした.

やはり,サンスクリット人としては,ここらへんをまずは押さえておくのが楽でしょう.

つまり,ラトナーカラや,あるいは,カマラシーラ.

修道論に関しては,歴史的に見てもそれほどの違いもなさそうですから,どれかひとつ押さえておけば,あとは,応用が利くでしょう.

その後で,ネタ元のYBhuあたりを見ていけばいいのでは,と予想.

ヨーガの瞑想方面や,また,マインドフルネスも,こういう大きな視点から通時的に論じたものがあればいいのですが,この世にはいまだ何も存在しません.

脳波を図るのも結構ですが,文献に見られる歴史をちゃんと跡付けてほしいものです.

といっても,いまだ文献自体が校訂されてなかったりしますから,一朝一夕にはできないのですが.

50年後くらいには,インド文化圏(上座部・大乗・ヨーガ・タントラ・ジャイナなどなど)の瞑想法・観想法を文献に基づいて最初から最後まで論じたものがでればいいですが.

街中のフィットネスで木になったり死体になったりライオンになったり鶏になったりする人も,まさか自分のヨガが,大元でヨーガーチャーラブーミとつながっているとは夢にも思ってないでしょう.
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  1. 2019/08/13(火) 12:44:04|
  2. 未分類

つながり

上が繋がっているというのは後進にとっては楽です.

いわゆる世間で言うコネのことです.

そんな資源としての人的つながりが出来合いのものとして与えられていなかったのが我々.

なにもなかったに等しいです.

残念ながら.

別に上を責めているわけではありません.

どこにでかけていっても無名.

その隣で,他大から来ているひとには,むこうの先生が直々に笑顔で

「はろー,X先生は元気にしてる?なにか困ったことあったら言ってね」

と,フレンドリーに話しかけてきます.挨拶する学生も学生で

「いま,X先生はどこに出かけてます」

などと応答できます.

いっぽう,我々はといえば,

「アイアムフロムTキョー」

という挨拶に対して,向こうの先生もつながる友達先生がいませんから,挨拶されても困るだけ,

あっそう,

という態度が見て取れます.

会話終了.

繋がりゼロでも相手にしてくれるのはよっぽどの人格者だけです.

海外でのつながりはどこでもゼロから.

というわけで,戦略的には,上の先生に挨拶しても無駄なので,必然的に,同年代の友達付き合いから,ということになります.

国内も他大に行くと似たようなものです.

むかし,ライデンに遊びに行ったことがありました.

Vェッター先生の授業にでたときのこと.

なんと,K大大御所名誉教授のKY先生もその授業に出てらっしゃいました.

「K岡と申します.東京でインド哲学をやってます」

ともちろん挨拶.

「先生は誰かな?」

「~先生です」

「最近の人は知らなくてね」

で,会話終了.

もうすでに他大に移られて,ほぼ引退したに等しいお年でしたから,実際,最近の人事異動の事情はご存じなかったのでしょう.

それに,その年代のK大の先生は実際,T大と何の関係もないどころか,関心もないのはそうでしょうし,まあ,この程度の挨拶で終了するのは,織り込み済みのようなものです.

私の碩学との対面は30秒で終わり.

学問にたいする尊敬の念は前後で変わりありませんけど.

ひとむかしまえの印哲におけるT大とK大,あるいは,特定大と他大というと,まあ,こんな意識と関係が続いていたのでしょう.

実際の人的交流がないと無意味な敵意と妄想が遍計所執性として湧いてくるものです.

ひとむかし前の出身者には,露骨に特定大学出身者の論文を引かないという態度が見て取れたりします.

T大何するものぞ,という気概なのかなんなのか,まあ,「引用したくない」と「引用する価値なし」の間で揺れ動く心なんでしょうけど,しょーもない日本内部のさざなみの狭量部であることには違いありません.

小さい心.海外から見たら何の意味があるのか謎です.

そんな時代もいまやむかし.

S田さんがPDでK大に行った時代が画期となった感があります.

S田さん,すっかりK都に溶け込んで,国際サンスクリット学会も青年部代表のような感じで,A松御大のもとでせっせと学生を取り仕切ってましたし,HKBにも受かって長く京都にいることに.

8年もK都にいたら,すっかりK都のひとでしょう.(学部の2倍いるわけですし.)

各地を転々とするのはよいことです.

カシを変えろというPD制度には大賛成です.

古巣で自己膨張しても煮詰まるだけです.

おなじところにいると,「アハンブラフマースミ」のb.rnh状態,自己が膨張して夜郎自大が関の山.

全体論も結構ですが,まずは,知覚される別異の世界の多様性をまなぶのが先です.

S田さんも,T大にいる間にポンディもいましたし,K大にいって,そのあとは,HKB中にハーバードにも.

そしていまはTKBの先生に.

行雲流水の見本です.

最近の印哲では,この手の行雲流水は珍しくありません.

I崎さんも,W稲田からT大へ,どこかの時点でプーナもいましたし,学振でハワイにもいました.そしていまやNGYの先生.

なんでイン哲でハワイやねん,という突っ込みがありそうですが,実際,AリンダンChクラヴァルティというニヤーヤの大御所がいましたから,ちゃんと理由があります.

M-マーンサーも誰かハワイに就職してくれないですかね.(アジアに比べると物価高そうなので,多分わたしは行かないかもですが.)

S藤さんも,K大の間にJMプログラムでオックスフォードもいき,PDでQ大へ.その間に海外各地を転々.ハンブルクやウィーンにもいました.

そして,いまは,海外学振でポンディです.

しかし,ひとむかしまえは,このような漂流は例外的でした.

そもそも,T大からK大へという例が印哲の学生ではなかったでしょう.

また留学するにしても,伝手をたどって専門の先生について,一箇所で博論かくまで,というのがほとんどだったでしょう.

わたしから見るとひとつ世代が上の同僚の岡野さんも東北からマールブルクで博論です.

その時代はそれが普通でした.

わたしの世代でも,久間さんはT大からウィーンで博論,梶原さんもK大からハーバードで博論.

それが普通でした.

出身大学で博論を出すということ自体が,そもそも,私の頃から徐々に(上からの圧力で)可能になったというのがありました.(それまでは,文学部の論文博士というのは,えらい先生が年取って出すものという考え方で,青二才が取るなどというのはおこがましい,という雰囲気があったのでしょう.その意味でも,九大出身で九大で割とすぐに博士号を取った往年の戸崎先生は実に例外的です.)

印哲の世界,さいわい,いまや,どこにいても誰かどこかでつながっていますから,先生からの「今度いくからよろしく」の挨拶で簡単にいけます.

実際,H本さんの名前を出しておけば,我々の年代で繋がってない人はいないでしょう.

というわけで,これから留学したいひとにとっては,とても楽な世界がひろがっているわけです.

金さえあれば,どこでもいけます.

パリマルもそういえばフレンドリーすぎてハーバードの先生だというのを忘れてしまうくらいですが,立派なハーバードの教授大先生でした.

ディワーカルもいまやオックスフォードの大教授.

ウィンチェンゾもケンブリッジ.

ハルはハンブルク.

ビルギットはウィーンの研究所の大所長.

フランスも,大学のシステムがややこしくてよく分かりませんが,あちこちに知り合いが就職しています.

夜型人間のヴァンサンもえらいよろしげなポストについています.

こういうのは,実際,全然ちがいます.

知っているのと知ってないのと.

日本人がつながっていると向こうもわかっているので,学生相手といえども,知り合いの日本人先生の学生に邪見にもできないでしょうし.

つまり学生にとっては得です.

見えざる力が働いているわけですから.

というわけで,こういう状況が具現している間に留学するのがお得というわけです.

こんな恵まれた状況がいつまでも続くとは限りませんし.

そのうち,円がもっと弱くなれば,海外に行くひとも珍しくなるかもしれません.

戦後の日本のように.

実際,いまですら,物価の高い北米は,科研もらってても足が出てしまいます.

トロントのIABSのつぎに,ヴァンクーヴァーでWSCがありましたが,トロントで懲りたのでしょう,ヴァンクーヴァーの時は,日本人が減ってました.

わたしも二の足踏みました.

物価の高いところは,かないません.

いずれ,アジアの国々もいけなくなったりするかもしれません.

行ける間にいっておかないと.

そういえば,ここ最近,シンガポールにはまったく行っていません.

以前はよく,インド往復のトランジットで,ぶらぶら観光してましたけど.

人口減少の日本が経済的に沈み行くのはまあ確実でしょうから,今の間に,外に出る機会のある人はどんどん出るにしくはなし.
  1. 2019/08/13(火) 12:07:10|
  2. 未分類

根本裕史「書評・紹介:福田洋一著『ツォンカパ中観思想の研究』」

福田さんの長い本も,要領よく根本さんによりまとめられていますから,まずはこれを読んで全体を掴むのが簡便.

といっても,私はすでに福田さんの本を読んだ後だったのですが,,,

これから読む人は,まず,こちらの書評を読むことをお勧めします.

「肝」が分かります.

科研の細目もそうですが,日本の国立大学法人や関連の視点では,チベット学やチベット仏教学という独立した講座は存在しないに等しいのでしょうけど,そういう意味で,広大における根本さんの存在は貴重です.

今後,あとに続く人がチベット(仏教)学研究をさらに推し進めてくれると,われわれのインド仏教の理解も,チベット人の理解も踏まえることで,重厚感が出てくることでしょう.

チベット仏教というのは,チベット人がインド仏教と格闘したものであり,我々インド仏教(さらにインド思想)を研究するものにとっては,一種の「先行研究」にあたるわけですから.

いくら研究されてもやはり大物に対峙するというのは重要です.

インド思想(とくに中観ということになりますが)をやる上でも,ひとつの見方として,ツォンカパの理解は外せないでしょう.

学部・修士の頃ですが,長尾訳を頼りに福田さんと一緒に読めたのはラッキーでした.

西日本印仏の中観関連の発表を聞いていても,やはり,発表者や質問者の足腰が弱いという感じがありました.

基本的理解がしっかりしてないと,ふらふらといつのまにやら,異なる見解に寄ってしまうことになります.

ともあれ,チベット語もぺらぺら喋れて,お坊様ともツーカー,しかも人格者の根本さんのような存在が近くにいることは安心です.

チベットやりたいひとは広大に.

野村さんのチベット寺にえらいリンポチェもいらっしゃいますから,チベット仏教やるには理想郷です.

100年前の日本人学僧が聞いたら卒倒するようなうらやましい状況です.

顕教はアクセスフリーなので研究も進んでいますが,残念ながら密教に関しては,教えの特性上,部外者にオープンできないことになっている――灌頂も受けてないような部外者にべらべら秘密を喋るとヴァジュラによって頭が破裂するでしょう――ので,素人がお気軽に読める情報がまだまだ少ないのが残念ですが.

とはいえ徐々に進んでいくでしょう.




根本裕史 2018
「書評・紹介:福田洋一著『ツォンカパ中観思想の研究』」
仏教学セミナー,108,40-49

p. 43, 3
自律論証派帰謬論証派の分岐が>自律論証派帰謬論証派の分岐が
  1. 2019/08/13(火) 09:30:25|
  2. 未分類

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