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Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

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ランもこんな直射におかれるとは思わなかったでしょう。災難。







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  1. 2019/08/14(水) 14:32:51|
  2. 未分類

劣等感

卑屈な気持ちや劣等感というのは,長年虐げられた状態にあると,常々感じさせられるに至るものなのでしょうか.

インド哲学だと,西洋コンプレックスを持たずに済むことが多い気がします.

というのも,ごりごりの論書は,日本人は好きですが,実は多くのヨーロッパ人サンスクリット学者の関心事ではないからです.

ウィーンが例外なだけです.

プラマーナやってる,などと言うと,大概,「むずかしいやつね」と嫌な顔をされるのが普通の反応だったりします.

まあ,それが,普通の反応というものです.

ラグヴァンシャあたりのナイスなヴァースから入るのが向こうのインド学ですから,唯識二十論のようなややこしい議論で学部時代から頭が毒されている我々とは好みが違うのは当然です.

というわけで,インド哲学だと,フラウワルナーは例外として,ドイツ語で悩まされることもたいしてありません.

ドイツ語やフランス語に時間をかけるよりも,ヒンディー語やったほうがむしろためになります.

プラマーナも,しかも,仏教論理学だと,むしろ,日本のほうがはるかに情報に恵まれています――北川・梶山・服部・戸崎・桂といった先達のおかげです――から,むしろ,こちらのほうが優位です.

で,何が本題かと言うと,インド哲学ではなくてインド学のほう.

いわゆる,ヨーロッパが本場のサンスクリット文献学.

こちらになると,もう,先行文献がドイツ語ばっかりだったりします.(ものによってはフランス語.)

わたしの先生のひとり.

立派な方で,学生の前では決してネガティブな発言はされない方でした.

彼一流の矜持だったのでしょう.

ばりばりのインド学.

ドイツで博士号.

ならったのは,ドイツの大先生.

留学前も留学中もドイツ語ドイツ語漬けの日々だったことでしょう.

なにしろ,ドイツ語辞書の頭から勉強していった,と聞いたことがありますから.

というわけで,日本でも大先生に習って,その後,当然のようにドイツに留学.

つねにドイツが頭の上にある状態.

しかも,留学した当時は往年のアカデミックなドイツ.

メジャーに加えてマイナーまで取らないといけません.

たしか,インド学がメジャーで,マイナーでは言語学をされていたように記憶しています.

きっと,留学してドイツ語の講義をきいて,聞き取れないドイツ語に悩まされたりしていたことでしょう.

そのせいなのかなんなのか,西洋コンプレックスなのかなんなのか,ときに意外なほど,卑屈な発言をされることがありました.

「わたしにはその気持ちは全然わかりません」

と返しましたが,きっと,時代の差もあるし,分野の差もあるのでしょう.

インドへの入り方の違い.

ドイツ語を通してインドを学ぶ,ということをずっとやっていると,どうしても,ドイツには(そしてドイツ人には)頭があがらなくなってしまいます.

まあ,特定の学問分野の場合は,それが正解なわけですから,それ以外の方途というのは的外れなので仕方ないとはいえ,メンタル的には不健康な精神状態を生み出しかねません.

インドやるのになぜかドイツ.

そして,ドイツに頭があがりません,という状況.

そして,その結果,なぜか卑屈な西欧コンプレックス.

インドやるのにインドから入れて私はラッキーだった,ということくらいしか言いようがありません.

わたしの場合,ウィーンの研究員もしてドイツ語も必要な状況に迫られた(かに思えた)のですが,時代のほうが先に変化して,すでにドイツ語圏でも英語を喋るというのがアリな時代になっていました.

というわけで,多くの人が(わたしのような外国人には)英語で対応してくれますから,ドイツ語で悩まされることは結果としてありませんでした.

というわけで,なんちゃってドイツ語から脱皮することなく終わりました.

英語も,オックスフォードにいって最初の3か月くらい聞き取りに苦労したくらいで済んだので,下手な劣等感を持たずに済みました.

というか,付き合う英国人が,そもそも,インド好き・仏教好き・東洋好きの非典型的な英国人ばかりですから,これは,たとえば西洋哲学を勉強しにきた日本人留学生などとは,まったく状況が違うでしょう.

もちろん,最初の三か月は,サンダーソン教授の情報マシンガンの講義についていけるわけもありませんでしたが,まあ,サンスクリット資料のほうはわかるので,英語が分からなくても,肝心の情報のほうはわかるので,それはそれ.

別に英語を勉強しにきたわけでもないので,わからない英語は放置.

あれで,単位を取らないといけないとかなっていたら,結構たいへんだったでしょうが,お客さんなので関係なし.

というわけで,普通の日本人留学生が陥りがちな英語コンプレックスもなし.(基本インドやってるので,インド英語が分かれば十分でしょ,という逃げもありますし.)

というわけで,ひとむかし前の先生がもっていたかもしれない西欧への劣等感とは幸い無縁で済みました.

よかったよかった,というそれだけです.

ある面では,そういう先達の苦労のおかげで,そこを踏まずに済んだとも言えるわけですが.

ともあれ,メンタルな部分でへんなこだわりを持たされるに至る状況は回避するに越したことはありません.

劣等感というのは,まあ,飛躍の原動力にはなるかもしれませんが,わたしには健全に思えません.

自分に足りないところを頭で補うだけで,別に,心から卑屈になる必要はないからです.

マウンティングのモラハラ状況が不健全なのと同じです.(ということは,西欧コンプレックスも,ダブルバインドなどでうまく説明できるはずです.)

最後は安冨歩さんの「魂の脱植民地化」みたいな話になってしまいました.

最初から植民地になる状況は回避しておく,ということです.

先行研究が薄っぺらいミーマーンサーでよかったです.




関係ないですが,マーンサ(肉)の通俗語源解釈に「彼が(サ)私を(マーン)(報復で食らう)」というのがありますが,これを説明した後にミーマーンサーという単語を見た学生が,「ミーマーンサーも肉と関係あるのですか」と質問してきました.

全然関係ないですけど,通俗語源解釈としては,なにかひねりだしたら面白いかもしれません.

マーンサがレダプリケーションを起こして「肉々しい」とかいう意味にならないでしょうか.

女性形のアーを説明するのが苦労しそうですが.

そういえば,ジョンテイバー,薬院にとまったとき,「肉々うどん」がお気に入りでした.

ちなみに,最近,「資さんうどん」が市内の博多駅に向かう途中にもできてます.

全然好みじゃありませんでしたが.
  1. 2019/08/14(水) 08:03:03|
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