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Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

帰謬論者たち



帰謬論者たちが博多に集合.

眞鍋の思い付きではじめたにしては,意外に人が集まった感じです.

彼の人徳でしょうか.

九大勢のほか,東京,京都,広島から.

研究会会場は,伊都キャンパス.

終了後,移動して,天神にて懇親会.

総勢9人.

お寺さん率たかし.

喫煙率も.

煙の知覚(視覚・嗅覚)に満たされました.

他県からばかりかと思いきや,意外に,九州出身者がいて,それにもびっくり.

次回は是非,湯煙のあがる場所にてやろう,という話で盛り上がりました.
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  1. 2020/01/27(月) 19:10:46|
  2. 未分類

プラサンガ

須藤君の発表・整理のおかげで,かなり,問題点が見えてきました.

プラサンガ(帰謬法)研究というのをどうやって進めるのか,ということです.

論法自体に関しては,特に疑問はないので,中身については,問題にしても,たいして有益ではない気がします.

それよりも,プラサンガというものが,どう扱われていたのか,どのようなものとして見なされてきたのか,ポジティブ・ネガティブな受容・批判さらには,プラサンガと例えば因の三相との関係など,周辺とのすり合わせ・摩擦,そちらのほうが面白いように思います.

彼らが必死に議論してきたものを見ると,結局,そのような周辺の問題に収斂するようです.

プラサンガが明らかにしてくれるのは,因の三相だったり,因の五相だったりの限界かもしれません.

そもそも,正しい理由が何か,ということを必要十分に定義しようというのは,実は,かなり難しいことで,いろいろと言われてきましたが,しかし,そのいずれも,様々な問題点や反例が挙げられてきて,それに応じて,様々な対処法が考えられてきて,ダルマキールティのパラダイムチェンジを迎えるわけです.

しかし,そうはいっても,ニヤーヤなどのバラモン側は,基本路線はあいかわらずですから,様々な意図のもと,プラサンガを位置付け直そうとします.

結局,ヴァーチャスパティあたりまで,その紆余曲折が続いた,ということになるでしょう.

客観的に見ると,ラディカルなパートラスヴァーミンのanyathaanupapannatva一本槍でいいように思いますが,バラモンにしても仏教徒にしても,そうそう単純に「はいそうですか」と受け入れるわけにはいかなかった,というその葛藤を見ていった方が楽しい,ということです.

下手に伝統があると,自由に何も言えないですから,みなさん大変です.

日本の或る宗派の寺に生まれたら,おいそれと「きょうから私はベジタリアンになります」などと言うのがはばかられるのと同じです.(シュミットハウゼンが論文でそれについて若干の嫌味を言ってました.)

いやいや,みなさん,あれこれと事情があるんですよ,ということで,そこの葛藤が面白いわけです.

ルールのないゲームがゲームとして成立しないのと同じです.

ダルマキールティみたいなひとは,織田信長とおなじで,ルールからして根本的に見直して取っ払ってしまう破壊力を持っているのでしょうけど,まあ,普通の人は,普通に粛々と,調整していこうとするわけです.

ジネーンドラブッディなどを読んでいると,常識人すぎて,巨匠の矛盾の狭間で苦労して,かわいそうになるくらいです.

ともあれ,プラサンガに関しては,思想そのもの――これは簡単に整理可能――よりも,うなぎのような思想史のぐねぐねうねうねとしたうねりとうなりにうながされてうなづいた方が有益である気がします.
  1. 2020/01/27(月) 19:01:43|
  2. 未分類

ハンブルク便り



研究室にドイツから郵便.

なにかとおもいきや,BDKで一年福岡に滞在,そして,無事ハンブルクに戻ったウラディーミルから,研究室の皆にマジパン.

リューベックのもの.

リューベックといえば,大昔にハルとだれかと三人で日帰り旅行をしたのを思い出します.(ハルが純粋に遊び旅行に行くのも珍しい.)

そのだれかがだれかを思い出せませんが.

次に会ったときに聞かないといけません.
  1. 2020/01/27(月) 18:23:59|
  2. 未分類

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