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Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

kane kane kane

助手のT澤さんに最初に言われたのは,

「うちの分野は入ってくるんじゃなくて,出ていくんだよ」

ということ.

金です.

金を求めては,そもそも,無理な分野ですから.

金だけでなく時間も出ていきます.

教科書的な必須インド本を買おうというだけで,ナガラに頼んでそこから半年.

Moriさんが忘れていたりすると,1年後だったり.

というわけで,本買うのにも,なんでも使いそうになりそうなものは,あるいは,先輩が使っているものは,とりあえず注文しておく,という感じでした.

学部,修士の頃に,とにかく本は買いまくっていました.

さいわい,インド本の価格がまだあがるまえで,時間さえ待てば,安く買うことができたので,よかったです.

旅行しても,デリーやベナレスならまずやることは,本屋さんめぐり.

チョーカンバーあたりで,ごそごそと,ほこりまみれになりながら漁りました.

気の利いたところは,店主とお茶のみながら,あとは小間使いが屋根裏からどんどん持ってきてくれてましたけど.(しかし,自分の目で見たほうが,なにがあるか分かりますから,実際は,そっちのほうがいいのですが.)

結果として,高い欧米本や国内本を買うことなどできるわけもなく,一次資料ばかり,買い揃えることになりました.(K先生の一切智者本も,高くて買えるわけもなく,懇意にしている先生から厚意でいただいたものでした.中村本も,修論でひっくり返す必要がありましたが,助手の横地さんに一式,長期でかりて,使っていました.)

それが逆に,実力をつけるにはよかったかもしれません.

下手に欧米の二次資料から入るよりは,わけ分からずとも,一次資料にダイレクトにあたったほうが,実力が身につくのは,いまならよくわかります.

金が出ていく第一は資料ですから,それが安くそろえられたのはラッキーでした.

もっとも,金のかかるのは,コピーのほう.

入手不可な本は,コピー(および製本)になります.

いまや,古い資料ほど,ネットにありますから,助かります.

そもそも,いまは,すくなくともインドから出ている一次資料に関しては,たいして買い揃える必要もなく,基本的なものは,たいがいネットでフリーで揃います.

良い時代です.

金なくても,相当程度に進めるのですから.

インドに留学にいってからは,さらに病膏肓に入るではないですが,一次資料の出版本ではあきたらずに,写本集めに.

このときは,ルピー持ちですから,とにかく,持ってるルピーは,調査旅行と写本に.

生活費がそもそも大してかかりませんから,資料に使うしかありません.

しかも,M部省から天竺に送金され,S〇Iの口座に入金される時点で,Rピーに一度変えられてしまっているので,持って帰ることもできませんし.

写本ばっかりは,いまだ,ネットでもほんの僅かしか公開されていませんから,集めておいてよかったです.

しかも,世の中,どんどんケチになってますし.

写本ひとつに,外人値段だと10万円とられたりとか,どうなっているんでしょうね,昨今の価格設定は.

ともあれ,コピー取らせてくれるだけ御の字ですけど.

さっさと,写本も,ネットでフリーアクセス,という時代にどんどん突き進んでほしいものです.

倫理的に何の問題もないでしょう.

問題なのはケチな心の狭さだけ.
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  1. 2020/02/27(木) 19:44:36|
  2. 未分類

マークイズ

ここ最近は,大野城ではなく,百道のマークイズのほうが多くなっています,インド映画.

サルマーンカーンの映画,前にも見ましたが,日本語字幕もついてるし,大画面だし,ということで,マークイズで再度観賞.

字幕監修は,またしても,佐藤さん.

関係者と癒着しているのでしょうか(笑).

ともあれ,安心して見られました.

筋書き追うのにも,歌詞追うのにも,やはり,日本語があると助かります.

客数は20人は余裕でいたでしょうから,インド映画in福岡にしては,多い気がします.

ひどいときは,数人だったりしますから.

東大ダルシャナ,昔々の先輩の方々を見ると,ほんと,多士済々で,いろいろなことをやられていますが,ある意味,その伝統(あるいは伝統やディシプリンの無による多様性の一端)が,佐藤さんにも継がれているということでしょうか.

佐藤さんに連なる(とも見なせる)堀田君も,その傾向があります.

生き残りのためにも多様であるに越したことはありません.
  1. 2020/02/27(木) 19:23:05|
  2. 未分類

世界哲学史2

青木さんの論考(電子版),アフラ・マズダーからの双子の図が,不釣り合いに大きすぎます.

本来なら編集が処理すべき問題でしょうけど.

編集も,毎月毎月の締切で,突貫工事で間に合わなかったのでしょうか.

見た感じ,本人が用意したのをそのまま張り付けたような感じですが.

あるいは,本人が用意したのを,上下を他と揃えるために拡大した結果として,フォントが,他と不釣り合いに大きくなってしまったのか.

さすがに,フォントが大きすぎるので,図をいじるなりして,上下を揃えつつ,なんとか,違和感をなくすようにしてほしかったものです.

まあ,大事なところなので,これだけ大きくしてもいいのかもしれませんが.

にしても違和感.

第二刷では,訂正してもらいたいところです.

あるいは,電子版だと,こう見えるだけなのか.

ともあれ,青木さん,文章が飛ばしていて面白いです.

大名の西通りを,東区の端あたりからやってきた,爆音鳴らしたバイクが,ぶんぶん走っているような爽快感があります.(←褒めてます.)
  1. 2020/02/26(水) 07:13:39|
  2. 未分類

Śāradā: Goddess, Learning, Script.

堀内さんが誘ってくれたので,あまり内容も確認せずに,「行かせていただきます」と応じたのが結構前ですが,プログラムを見て仰天.

えらく充実したワークショップ.

しかも,あのひともこのひとも,友人知人が大集合.

行くことにしてよかったです.

ハルは主催者側ですから当然として,ドミニクにサンダーソン,さらに,アレッサンドロまでいます.

ルーサーも久しぶりです.

イザベルは,イェールで会ったのが最後でしょうか.

ヴァンクーヴァーかもしれません.

この後に,加納さんが準備したテキストを読むらしいので,出かけて行ってぶらぶらとサンスクリットを読めれば幸い,という心持だったのですが,このメンバー見たら,行っとかねばならないWSでした.

声をかけてくれた堀内さんに感謝.

着いて早々私だけ二週間隔離されないことを祈ります.

https://www.manuscript-cultures.uni-hamburg.de/cal-details/2020_3_6-2020_3_7%20WS%20Sarada%20manuscripts%20title%20and%20programme.pdf

The Centre for the Study of Manuscript Cultures (CSMC)
cordially invites you to a workshop on

Śāradā: Goddess, Learning, Script.
On the Sanskrit manuscript culture of Kashmir

Śāradā, the name of the script that was used in Kashmir to write down Sanskrit, is also
one of the names of the goddess Sarasvatī, the goddess of Arts and Letters, of Learning
and of Speech. The Sanskrit manuscript culture of Kashmir is characterized by
distinguishing features such as the use of the Śāradā script (from around the 11th
century), the use of birch-bark as a writing support (at least until the 17th century) and
the bound book format. It raises specific issues for scholars who study these features
and edit the texts they transmit, and for library curators who describe the manuscripts
and are responsible for their preservation. The challenging issue of dating the
manuscripts is the starting point of this first workshop devoted to Śāradā manuscripts.
The topics of the papers, presented by scholars who have worked intensively with Śāradā
manuscripts, will include the evolution of scribal and orthographic practices, the
changes of format from the pothi to the bound book, the introduction of binding, as well
as the layout and content of paratexts and marginalia. Śāradā manuscripts are mostly
either on birch-bark or on paper but Proto-Śāradā palm-leaves are preserved in Tibet.
Some papers will focus on the diachronic study of Kashmirian manuscript culture and
some will tackle issues raised while studying specific manuscripts for the purpose of
editing texts. The presentation of the material aspects will be enriched by historical
information about the scribes, as well as studies on the genealogy of annotated
manuscripts.
Friday, 6 March 2020, 9 am – 5 pm
Saturday, 7 March 2020, 9:30 am – 4 pm
Warburgstraße 26, room 0001
20354 Hamburg

Programme
Friday, 6 March 2020
9:00-9:30 Welcoming words and introduction
Michael Friedrich (Hamburg)
Harunaga Isaacson (Hamburg)
Iris Iran Farkhondeh (Paris)
9:30-10:15 Camillo Formigatti (Oxford): Judging a Book by Its Cover. A
Codicological Approach to Dating Kashmirian Manuscripts
10:15-11:00 Alexis Sanderson (Oxford/Portland): Observations on the book in preIslamic Kashmir and the history of Kashmirian Sanskrit orthography
11:00-11:15 Coffee break
11:15-12:00 Walter Slaje (Halle), in absentia: Two less considered points in the field
of Śāradā textual criticism
12:00-12:45 Luther Obrock (Toronto): Śāradā Miscellanies: Manuscript culture and
book technologies
12:45-13:45 Lunch
13:45-15:00 Lab tour by Sebastian Bosch (Hamburg) and Ivan Shevchuk (Hamburg)
15:00-15:15 Coffee break
15:15-16:00 Kazuo Kano (Tokyo): Proto-Śāradā Materials in Tibet
16:00 -16:45 Jürgen Hanneder (Marburg): From cloth to birch bark and other
oddities in Śāradā paleography

Programme

Saturday, 7 March 2020
9:30-10:15 Isabelle Ratié (Paris): On editing fragments from marginal annotations
in Śāradā and Nāgarī manuscripts
10:15-11:00 Stanislav Jager (Marburg): The Author's Redaction or a Copyist's
Reworking? Remarks on the Transmission of the Cittānubodhaśāstra
11:00-11:15 Coffee break
11:15-12:00 Alessandro Graheli (Vienna): History and Transmission of the
Nyāyamañjarī : the Śāradā Autograph of Śitikaṇṭhasvāmin
12:00-12:45 Dominic Goodall (Pondicherry): Some observations on Kashmirian
scribal practices derived mostly from study of manuscripts
transmitting the Raghuvaṃśa
12:45-14:15 Lunch
14:15-15:30 Final discussions
15:30-16:00 Coffee
  1. 2020/02/25(火) 08:08:22|
  2. 未分類

世界哲学史2

納富さんの論考(電子版)

アジアに目を向けても、インドの諸哲学は世界観と人生観を宿す宗教であり、実際に僧侶らが儀式を営みながら遂行する知であった。」

東アジアではなく南アジアでしょう.

また,バラモン家長のことを念頭に置いているならば,彼らは僧侶ではありません.

祭官とでもしておくべきでしょう.

また,バラモン出家遊行者のことを念頭に置いているならば,祭火を捨てていますから,ヴェーダ儀礼は行いません.

さらに,ミーマーンサカとヤージュニカの細分に見られるように,実際に儀礼をやる人と,教理を組み立てる人は別であるというのが普通ですし,現代から見ても,儀礼をやる人はそれ専門で,主に,教師のほうが教理担当というような役割分担があるように思いますので,あたかも,同一の主体が儀礼も教理もやるというのは,少し実情からずれる気がします.

もっとも,タントラの時代になれば,仏教タントラも含め,同一人物(アーチャーリヤ)が教理もタントラ儀礼も両方こなしていたと言っていいでしょうけど.

上に遡る部分に「私たちはここでも、西洋哲学を一つの基準として、それをモデルに他の哲学を語らざるを得ないディレンマにある」という記述がありますが,この記述は,まさにそのようなディレンマに陥った一例として使えるかもしれません.

キリスト教を念頭に,なんとなく類推で書いてしまったのでしょう.

ともあれ,編者になると,自分の知らない分野も何となくカヴァーして書かねばならないので,無理することになってやけどするので,大変です.

ともあれ,一般書は,誤解増幅器ともなりかねないので,念のため私的に指摘.

親切心で言及してくれた専門外のことをいちいち揚げ足とるのは,あまり素敵な行為ではありませんが.
  1. 2020/02/25(火) 07:46:14|
  2. 未分類

追加の要











成績入力,全部おわったはずが,一部,追加・修正の要が出てきたので,休日ですが,大学まで行って,急ぎで入力.

さすがに100人をこえると,後から,いろいろと出てきます.

明日明後日が前期入試,というわけで,入試の下見の人がちらほら.

休日につき,文系食堂も開いているわけもなく,ananyagatikatayaaにより,椎木講堂のイトリーイトに.

九大に寄付して九大会員になると,カードを見せて1100円(税込).

普通だと,1200+税金だったと思います.

I先生は,野菜補給の為,ここでばっかり食べているそうです.

Buffe形式のベジ惣菜が多様citra.

各自テーブルの上に置いてある小さい皿に盛って,多様不二citra-advaita.

休日は出足が遅いのでしょうか,はいったときは無人.

しばらくしてから,ばらばらと埋まってきました.

嘆きの壁より巨大かつ荘厳な椎木の壁,いったい何に使うべきなのかと思っていたら,ラクロス学生が壁打ちしてました.

確かにテニスの壁打ちには使えるかもしれません.

事務が入ってるので,平日は,怒られるでしょうけど.

休日に雑務で終わるのも何なので,足を延ばして大学から近い,桜井神社の鳥居のある,大口海岸へ.

休日の二見ヶ浦に比べれば全然いないとはいえ,さすがに今日は,人がいます.

ウニが打ち上げられた砂浜の先,小さい小さい波間には,一所懸命サーフィンしてる大人,さらに,釣りよかにでもあてられたのでしょうか,海釣りの少年が2人.

岩場には,道具をもった地元民3人.

何を取っているのでしょうか.





帰りに卵のファームハウスでソフト350円.

で終わるはずが,気づくと,糸島いちごやら八朔やら,色々と買ってしまっていました.

休日なのでいいでしょう.
  1. 2020/02/25(火) 06:26:26|
  2. 未分類

同一基体における矛盾する二つの属性

さて,ここのところ,数年来,夏の印仏にも,年末のインド思想史学会にも出れていません.

というのも,ちょうど,海外の研究会とぶつかってしまうからです.

どちらを優先するかという話ですが,国内の話は後から追いつくのは簡単なので,チャンスがあるうちに海外に出たほうが有益なのは火を見るより明らかです.

つまり,自明なので論証する必要もないでしょう.

年取ると海外に出るのも面倒になってくるので,どうせそのうちには,行きたくもなくなるかもしれませんし,行けるうちに行った方がいいかもしれません.

国内で出かけるのも億劫になるかもしれませんが.

今年の夏の印仏は八王子ですが,そういえば,八王子に行った記憶がありません.

辛島先生もいらっしゃるし,行けるかなと思っていたら,辛島先生はお亡くなりになるし,さらに,またしてもよその研究会とバッティングしてしまいそうです.

というわけで,自分の意志というよりは,なにか,そういう事情で勝手に物事が決まっていっている,という感じです.

にしても,東アジア,夏にはイベントが目白押しですが,欧米から人はちゃんと来れるのでしょうか.

いろいろとあるものです.

ダルマキールティの福岡→釜山は,船で行くのもありかもです.

フェリーだと,博多 ⇒ 釜山 12:30 18:00です.

ビートルだと3時間.

時間的には,新幹線で東京いくか,京都いくか,くらいの差でしょうか.

釜山ダルマキールティの前の,ソウルIABSは,プログラムを見てもいまひとつ心惹かれるものがないのですが,何か楽しいことがあるのでしょうか?

Daveyあたりが確か発表するようなので,それくらいは見たい気もしますが.

そうすれば,会場で,大きな態度のグレッグにも会えることでしょう(←褒めてます).

それまでには,Daveyの博論も一通り読んでおきたいし,パトリックの出版本も,ちゃんと押さえておきたいところです.
  1. 2020/02/24(月) 10:30:38|
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祭りの後

タームが終わり,その間隙を狙ったかのように依頼で入ってくる査読書類複数も終わり,そのほか,成績入力やら必要書類やら,忘れてはならないことを忘れずに完遂し,ようやく「他者の為」のすべてから解放,なんとか,一週前から「自分の為」の時間をまるまる確保.

さえぎられることなく,自分の論文に久々に集中できました.

やはり,論文を書こうと思うと,中断されずに集中してできる時間が確保されているとありがたいものです.(なお,リレー講義の取りまとめ幹事役で,成績入力の訂正が,散発的に入ってきているので,週明けにやらないといけません.)

途中で,また一本,英語論文査読依頼がきましたが,さすがに,それまで受けていると自分の時間が完全に失われるので断りました.

いまくらいしか,自分の時間がないですから,すこしは勉強させてくれ,という気分です.(来週は来週で,また,委員会やらありますし.)

申し訳ないですが,人間誰しも限界があります.

かなり昔に9割書いたのをリファインして補足して,結論まで書き足して,さらに,微細な註をあれこれ打って,また,先行研究をチェックして,ということをするだけで,まるまる一週つかいました.

元原稿なかったら,いったい,どれだけかかったのでしょうか.

にしても,論理学関係は,煙→火だったりそうじゃなかったり,方向だけでもややこしいので,一度かいたものの細部が間違ってないかチェックするのに時間がかかります.

案外,否定が抜けてたりの小穴があったりして,ミスを見逃していたりするものです.

ともあれ,(立派な人の)先行研究の積み重ねの上にちょっとずつ研究が進歩していくものだということは,(立派な人の)先行研究を見る度に思います.

難しい所は誰にとっても難しいわけで,そこを丁寧に潰していくことで,後の人が頭を悩ませずに,安心して先に進めることができるようになります.

というわけで,難所から逃れるタイプのひとの論文は,先に進みたいときには,役に立ちません.

低い丘でハイキングしたところで,ヒマラヤ登山にとっては,何の練習にもならないのと同じです.

というわけで,分からないところは分からないと,潔く「解読不能」と標識立ててくれている北川先生は偉い.(ソクラテス的にも.)

格好付けの誰かさんなら,「……解読不能……」とも記さずに,すっと飛ばしていたりしますから.

分かってないのに分かった顔をしてる人が多いのは,どこの世界も一緒かもしれませんが.
  1. 2020/02/24(月) 00:38:49|
  2. 未分類

印仏研申し込み

申し込み開始,念のため院生他に送っておきましたが,案外,みんな失念しているようです.

ハガキをやめて,電子化・ネット化した欠点のひとつに,意識にのぼってこなくなる,ということがあるかもしれません.

現物がないので,そういうものがあったことすら忘れてしまいます.

雑誌も,手元に送られてくると,ぱらぱらと繰って,何が書いてあるのかざっと見たりしますが,ネットになると,まったく,その存在にすら気が付いてなかったりするのと似たようなものです.

なんにでも功罪あり.

まあ,必要なひとは気づくでしょうから,これはこれでいいでしょう.
  1. 2020/02/24(月) 00:01:22|
  2. 未分類

陳那論理学研究

宇井→北川→桂と,決して一直線ではなく,ぐねぐねと来てますが,みなさん,いずれも,微に入り細に入り,実に些細なところまでよく考えてます.

非日本語人がここに追いつこうとすると,結構,大変かもしれません.

相違決定も,小野論文があるからいいものの,実際には,簡単に調べようと思っても,そうそう参考文献がある領域でもありません.

英語only人なら,きっと理解に苦労するでしょう.

この分野をやる場合には,日本語人でラッキーです.

にしても,サンスクリットでもここは難しいな,と感じたところは,北川も,チベット語訳でも難しくて意味不明だったらしく,「解読不能」となっていました.

とはいえ,サンスクリットだと,なんとか意味を通じさせることができた(と思う)ので,やはり,隔靴掻痒のチベット語訳よりは,全然たすかります.

ともあれ,北川訳,よくチベット(および註釈のチベット訳)からここまで細かく議論を再構成できたなと思います.

チベット語訳だけ読んでダルマキールティのアポーハを理解してしまうフワウワルナーも凄いなと思いますが,まあ,できるひとは,たとえそれが翻訳からであれ,眼光紙背,向こうまで論理が一貫して見えるのでしょう.

相当時間がかかることでしょうけど.

北川先生の本は,幸いにして,コピー製本ではなくちゃんとオリジナルの本でもってますが,これは,日本ではなく,むかし,デリーのモティラルの倉庫を漁っている時に見つけたものでした.

二冊在庫があったのですが,さすがに高いので,一冊しか買いませんでしたけど.

そのときは,後々読むことになるとは思ってませんでした.

ただ単に絶版だし貴重だから買っただけでした.

なにを後々使うことになるか,その時点ではわからないものです.

なんでもあるにこしたことはありません.

もっとも,最近は,PDFで多くのものが手に入るのも事実ですけど.

ともあれ,参考文献の言語制約の高さ.

北川訳を使わずに,ディグナーガの論理学をやるのは,さぞかしハードルが高いことでしょう.

Patrickも,日本語は使わないので,アポーハの先行研究は,さすがに日本語まで十分にはフォローしてないようです.(日本語人の友達づてで情報はあれこれと仕入れているのでしょうけど.)

しかし,仏教研究において日本語を使えないのは,結構,致命的でしょう.

アビダルマで日本語使えなかったら,ほぼ,終わりじゃないでしょうか.
  1. 2020/02/23(日) 23:53:09|
  2. 未分類

ガムランディ











色々とあり、今春は、タイに行くこともないだろう、と思いながらガムランディ。
  1. 2020/02/23(日) 16:13:25|
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マルハバ





これに、サ○○ーンのローティー

もう食べることもないのかも

ある意味貴重な機会でした
  1. 2020/02/23(日) 16:12:54|
  2. 未分類

スパイスロード







薬院スパイス。

ベジ。
  1. 2020/02/23(日) 15:53:11|
  2. 未分類

svavacanavirodha



オールタイムながら、クローズド
  1. 2020/02/23(日) 15:50:22|
  2. 未分類

サドゥー







カウンターの下で片足を上げ続けて30年とか、そういうことなのでしょうか。

  1. 2020/02/23(日) 15:49:15|
  2. 未分類

McAllister 2020

190,4 from the bottom

Bhaṭṭā Bhaṭṭa


前のtの下点でシフトあたりを押していたら、ついでに最後のaまでも長くしてしまったのでしょう

196, n. 302
Both make it clear that Dharmottara is was interpreted as differing from Dharmakīrti.

英語の訂正で、訂正前と訂正後の2つがともに残るのよくあります。



ありがたいことにフリーダウンロード。感謝。
freely available PDF:

https://austriaca.at/8400-3full
  1. 2020/02/22(土) 09:49:35|
  2. 未分類

所聞性

護山真也
『因明入正理論疏』における四相違の解釈(上)
信州大学人文科学論集 (4), 1-20, 2017


護山 2017: 12
誤        正
śravaṇatva > śrāvaṇatva



ちょっとの違いですが,えらい違いです.

さすがに看過できません(笑).
  1. 2020/02/19(水) 07:45:53|
  2. 未分類

マニドラヴィダ師の講義

https://podcasts.apple.com/us/podcast/mimamsa-bhattarahasyampart-01-overview/id1291735398?i=1000392919887

同じシリーズに習った先生の1人であるラーマーヌジャタタアーチャーリア師の講義もあります。

声が懐かしい。
  1. 2020/02/16(日) 08:28:42|
  2. 未分類

KST







大濠にある台湾スイーツの倉商店。

今日もすぐ満席に。
  1. 2020/02/15(土) 18:55:20|
  2. 未分類

BSH



バジェコセクワハウス。

ベジのカナセット。
  1. 2020/02/15(土) 18:54:44|
  2. 未分類

RPM界隈



ゼリージュは月曜オープン予定とのこと。







  1. 2020/02/15(土) 18:53:50|
  2. 未分類

RPM







一度撤去したのを元に戻したということのようです。

大木と同様、ここの大事な一部ですから。

にしても、学ラン高下駄の彼らも、六本松がこんな洒落とんしゃー系エリアになるとは夢想だにしてなかったでしょう。
  1. 2020/02/15(土) 18:48:07|
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今宿





  1. 2020/02/15(土) 13:49:01|
  2. 未分類

討論術

ものさしが自分にないと見えてこないもの,というのがあるのは当然です.

討論術もそのひとつ.

ディグナーガは,もちろん,古い教養の人ですから,討論術はお手のもの.

それを意識しているのは当然です.

というわけで,読み手も,討論術について知っている必要があります.

彼の批判が,どういう仕方の批判なのかということは,押さえておく必要があるでしょう.

思想史再構築にあたっては,発展が直線的な話題を選ぶと概念史が描きやすく見通しやすいのですが,そういう意味では,討論術というのは,概念史構築さらには思想史構築のひとつの重要な素材となりえます.

にしても,ニヤーヤは,ニヤーヤ経の非整合的な体系を守らないといけないので,どうしても不利になります.

ダルマキールティのように,整合的に体系化されたら,もう,ひとたまりもありません.

結果,じりじりと攻めこまれて,退却退却,最後は苦しい言い訳,という感じでしょうか.

ウダヤナくらいの天才にならないと,なかなか根本的な解決は図れなかった,という感じでしょうか.
  1. 2020/02/15(土) 08:11:18|
  2. 未分類

マイティガル



パンフの左下にクマールさんも写っています.







久々に皆でマイティガル.

二次会使用.

というわけで,酒のアテとして,セクワとモモ.

あとは,ひたすら生ビール.

クマールさん,突然の7人組にあせったのか,配膳の最後の最後で,どばーっとジュースを派手にやらかしてしまっていました.

芝居かというくらい,見事でした.

動画を撮っていなかったのが悔やまれます.
  1. 2020/02/14(金) 19:34:20|
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展望台

















古墳破壊の罪滅ぼしなのかなんなのか知りませんが,古墳展示の展望室.

ビルの上にちょこんと,くっついています.

高さがかつての山の高さと同じようにデザインされているそうです.

週2日しかあかないので,存在を知らない人も多数.

今日も同僚二人にきいたところ,初耳だったようで,いまだ行ったことがないとのことでした.

離れた場所が無人になると治安上困るからなのか,バイトの学生が常駐しています.

もう少しいい活用法もあるとは思いますが,まあ,ともあれ,景色がいいのは確かです.

仮に30年前にあったら,間違いなく,屋外吹き抜けの喫煙スペースになって大勢のスモーカーがたむろっていたことでしょう.

構内全面禁煙のいまは,このような展望室を作っても,訪れる人もなく,いついっても,受付のバイトのみ,という感じです.

場所がないない,場所をつかうひとからは,学内であろうが金を徴収するなどということになっていて,いったいどういうことなのか,まったく昨今の人々の脳内構造はよくわかりませんが,いっぽうで,こういうスペースもあるので,ますます神経がわかりません.
  1. 2020/02/13(木) 23:11:18|
  2. 未分類

ユスフザイ





値段相応に軽く食べようとおもっていくのですが,結果として,かなりの量なのでお腹ぱんぱんに.

ここで出てくるナンは,基本,奥さんが家で焼いているものです.

マトンプラウとマトンコルマ.
  1. 2020/02/13(木) 23:10:04|
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HKZK



kaala-agniか,rudra-agniか,劫末のごとく,すべてが四大に帰したかのような箱崎の帰滅.

しかし,業が眠っているだけですから,いずれ,また別のものがたつでしょう.

さいわい,文系地区の土壌から毒はでなかったようなので,毒処理は不要のようです.

文系は毒にも薬にもならないということでしょう.

というわけで,さっさと土地を売り飛ばそうと,すべてを破壊.

人間が住むには便利な場所でしょうから,三畏閣の跡地に反対を押し切って立ったマンションと同様,周囲を威圧するようなものでも立つことでしょう.

しかし,中庭に立派なメタセコイアが何本もあったはずですが,きれいさっぱり切り倒されたようです.

かなり立派なものでしたけど.

邪魔なものには容赦なし.

知らぬ間に切れば問題なし,ということなのでしょう.

殺人事件ならぬ殺木ですが,仏教では,公式には植物に命を認めていませんから,同じ意味で「殺している」わけではないとの言い訳は立つでしょう.(ただし戒律においても無用に植物を切ることは厳禁.)

ともあれ,どこを切っても人間の醜悪さしか見えてきません.

すばらしきかな再開発.

うつくしきかな人生・人性.

ちなみに,中庭にあった石棺は,伊都に移されています.

箱崎に埋められたかつての人も,まさか,キャンパス移転にともなって一緒に伊都まで移動することになるとは思わなかったことでしょう.

しかも,行った先も誰かのお墓ですし.

というわけで,伊都キャン,石棺セットが二揃えあります.

文系棟のこちら側とあちら側で,別居させてますけど.
  1. 2020/02/12(水) 18:46:31|
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京大でのディワーカル集中講義

3月に京大でディワーカルが集中でネパール文化史の講義を行うそうです.

これは貴重な機会です.



Cultural History of Nepal from Transcultural Perspective

Outline: Nepal is situated between Indian and Chinese, two great
civilizations of Asia, and benefits from both of them. Because of its
unique location on one of the major routes from India to the
Tibet/China, Nepal has acquired cultural elements from both
civilizations and served as bridge between the two. This course will
discuss such elements in historical perspective. It will begin with a
proto-history of the Nipas after whom the land is called Nepal and
also the Kiratas. It will discuss socio-political and cultural
legacies of the Licchavis (c. 300-800) and their successors briefly,
and then elaborate on the history of Brahmanism, Buddhism, Shaivism
and Vaishnavism in Nepal. It will also discuss the development of
Tantric culture in Mediaeval Nepal. For micro-analysis, it will
discuss pilgrimage as a Vehicle of cultural transmission, and then as
a specimen of Hindu-Bauddha amalgamation, it will present the
trans-Himalayan cult of Avalokiteshvara worship and identification of
Avalokiteshvara as the Shaiva teacher Matsyendranatha. The purpose of
this course is to present Nepal as a case of transculturalism in Asian
borderlands.

Content:
1. Nepal Between Indian and Chinese Civilizations: A Proto-History of Nepal
2. The Licchavis (c. 300-800) and their successors
3. Brahmanism in Nepal
4. Buddhism in Nepal
5. Shaivism and Vaishnavism in Nepal
6. Tantric culture in Mediaeval Nepal: amalgamation of Śaiva and
Bauddha traditions
7. Pilgrimage as a Vehicle of Cultural Transmission
8. Bodhisattva becomes Shiva: On a Trans-Himalayan Cult of
Avalokiteshvara worship

Date and Time: March 16--19
10:30--12:00 and 14:45--16:15 every day
Place: Seminar Room 3, Floor 2, Faculty of Letters Bldg., Yoshida main
campus, Kyoto Univ. (京都大学吉田キャンパス文学部校舎2階第3演習室)Nr. 8 in the access map

http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/access/campus/yoshida/map6r_y
  1. 2020/02/10(月) 19:18:00|
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世界哲学史I

第10章 ギリシアとインドの出会いと交流
金澤修

電子版なのでページ数は出ませんが,「人格的主体の否定」の章

シンハセーナ


とありますが,彼が依拠したとするトレンクナー版の原文25,10-11にはSīhasenaとあります.


中村・早島訳(I 69)でも「シーハセーナ」とあります.

あるいは,なんらかの訂正根拠があるのでしょうか?

あと,na ... puggalo upalabbhatiを,中村・早島は「人格的個体は認められないのであります」と訳し,金澤は「「人格的主体・プッガラ」が存在することは認められません」と訳し,「存在することを」を補ったうえで,そのことを「認める」の意味に動詞を取っています.

しかし,中村・早島の「認められない」は,いわゆるupalabhの訳語として一部の人が使っていた「認得」,つまり,知覚・把捉の意味での「認められない」であって,ある事柄を「認める」(つまり承認する)というような意味で使っているのではないでしょう.

ともあれ,中村・早島の意図がなんであれ,原語に沿う限り,単純に,「見られない」「見受けられない」「知覚されない」「把捉されない」くらいでいいでしょう.

英語なら軽くis not foundくらいでしょう.

「存在することが認められない」というような大仰な主張がなされているわけではありません.

ここは,中村・早島の「認める」に引きずられて,あらぬ方向に意味拡張しすぎている気がします.

面白いことに,

sankhā samaññā paññatti vohāro nāmamattaṁ



中村・早島は「名称・呼称・仮名・通称・名前のみ」と訳していますが,

金澤は「呼称、通称、仮の名、慣用名、単なる名」と訳しています.

微妙な入れ替えの必要性が,私には不明です.

samaññāのPTS版辞書訳のa common appellationから,二番目を通称に変えたのでしょうか?
  1. 2020/02/08(土) 11:11:19|
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