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Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

ひょーかひょーかのふもうにおもふ

すくなくとも,我々の場合,査読の有無は,「読まれているか」「使われているか」(つまり優れた研究をしているか)ということと相関が低いように思いますが,いかがでしょうか?

大学の紀要に載せた論文は,査読無ですが,それは,頁数において制限がないでしょうし,オープンアクセスですから,末永く広く使われもします.

また,英語の場合,記念論文集に投稿するものや,また,統一した主題でのシンポ・パネル・研究会などの会議・研究集会のあとに研究成果としてまとめて出される論文集的な本の中の論考は,査読無になるのでしょうけど,しかし実際には世界中で(その主題に興味ある人に)広く読まれるものです.

国内のマイナーな査読有雑誌よりは,はるかに世界的には広く読まれるものとなります.

しかし,そのような論考は,そもそも雑誌論文でもありませんから,評価の網にはかかりません.

とはいえ,そうした本の中の論稿が,われわれの活動において重要であることを否定する人は少ないでしょう.

顔の広い人の場合,あっちこっちの国内の記念論集にシリーズが分散してたりして集めるのに苦労することもあるくらいです.

しかし,それも,「査読有」という視点から見れば,成果「無し」に等しくなるわけです.(そもそも研究雑誌でもありませんし.)

国内の査読有の雑誌の場合,ものによっては頁制限があり,また,ものによっては自由に長く書けず,また,必ずしも広く読まれるわけでもありませんし,必ずしもオープンアクセスなわけでもありません.

つまり,国内の査読有の場合,我々の分野でいえば,必ずしも,自身の中で重要度が高いわけではありません.

勝負論文というわけではなかったりします.

国際的な雑誌の査読有なら,確かに,研究貢献度の高いものとして評価できるでしょうが,しかし,文系の場合,英語の査読有だけで評価しようとしたら,何の評価にもならないことは周知のとおりです.

英語の査読有論文だけで文系の研究を評価すればよいという極端な意見は,現実には,ないと思いますが.

文系の場合,分野特性により,英語で書くことに,特に意味のない分野もあるからです.(たとえば国史・国文で英語で国際誌に投稿するというのを想像すればよいでしょう.)

さて,私の場合,

1. 英語・査読有の雑誌(いわゆる国際誌)
2. 日本語・査読有の雑誌(いろいろ)
3. 英語・査読無の諸論考(論文集的な本)
4. 日本語・査読無の諸論考(紀要・論文集的な本)

いずれも自分の中では同等に重要です.

また,査読の有無によって,人の論文の価値が左右されることも,私の中ではありません.

査読があろうがなかろうが,論文がよければ同じことです.

査読が有る雑誌からのみ引用し,査読が無い雑誌や本からは引用しないということはありません.

つまり,我々の分野(印哲)の場合,査読の有無で評価ポイントを分けることに,あまり意味はありません.

つまり,査読の有無が人の研究成果のポイントを図る指標になるか?と問われれば,そういうことはないと答えるでしょう.

「では何をもって研究成果を評価するのか?」と問われれば,査読の有無をはずして,単に,論文数で測るしかないでしょう.

被引用数など,文系の場合,測る術がないでしょうし.

実際,国際的な雑誌で被引用数が出るもので評価しようとしたら,スタート地点からして,そもそも,そのような雑誌に書いている人自体が部局内で僅かだったりします.

多くの人が網にかからないのですから,評価の指標になりえません.

要は,文学部の先生方の研究成果を評価するのに,理系における評価方法からの類推はやめたほうが得策,ということです.

内部の人には全く自明なので,言わずもがなですが.

結論:少なくとも印哲(インド学・仏教学・インド哲学・インド古典学など)の場合,査読の有無で分けることは有意義でないので,評価指標をどうしても設けたいならば,査読の有無を問わずに,論文数(論文集的な本の中の論考を含む)で測るしかないでしょう.

また,単著は貢献度のウェイトの大きいものですが,査読の有無という評価の網にはまったくかかってきません.

文学部の場合,人によっては,単著に注力している人もいます.

普通に考えて,そのような人の場合,いわゆる雑誌論文数は減ることになるでしょう.

しかし,貢献度ということからいえば,むしろ,単著(たとえば新書)のほうがはるかに重要だったりします.(そのような人の社会貢献を評価するには,印税の多寡を測ればいいでしょう!)

つまるところ,評価指標としては,査読の有無を外して,

単著+論文数(論文集的な本の中の論考を含む)

がシンプルでいいんじゃないでしょうか.

分野によっては,英語論文の有無を測ったほうがいいでしょう.

印哲の場合,(文学部の多くの他分野とは恐らく違って)英語論文の有無は,ひとつの重要な指標になりえます.
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  1. 2020/02/01(土) 07:13:26|
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