Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

五十のアオカケス

Kei KATAOKA 2010:
A Critical Edition of Bhatta Jayanta's Nyayamanjari: Jayanta's View on jati and apoha. 『東洋文化研究所紀要』(The Memoirs of Institute for Advanced Studies on Asia)158, 220(61)-168(113).

紀元後9世紀後半に北西インドのカシミールで活躍したバッタ・ジャヤンタ

その主著『論理の花房』

失われたニヤーヤの古い学説のみならず,他学派の見解も多く記し,資料としても重要な論書です

最大の魅力は,ジャヤンタその人の魅力にあります

文体は華麗,内容も豊富

論書というと,ドライな議論に終始しがちですが,ジャヤンタは読者を飽きさせません

既に多くの校訂出版があります

しかし残念なことに,まだまだ改善の余地があります

テクスト校訂です

インドで出版されるほとんどの校訂本は,西洋古典で見られるような異読を全く記していません

あったとしても,気まぐれ程度に記すだけで,ある読みについて,実際に写本にはどう記してあったのか,常に疑問がつきまといます

つまり,まともな校訂本が,ほとんど無い,というのがインド哲学文献のさみしい状況です

したがって,「インド哲学しよう」と思っても,専門家であれば,まず,足元を固める必要があります

つまり写本を見直す必要があります

そして,後に続く人のことを考えれば,体系的にその記録を残す必要があります

つまり校訂本です

自利利他円満は菩薩行でしょうが,校訂本は,まさに,身も心も――特に目に悪い――ぼろ雑巾になるしんどい作業です

校訂本の必要性を認めておきながら,校訂本を実際に作る人が少ないのは,ある意味,当然です




さて,件の『論理の花房』

校訂をしていると,たまに難所にぶつかります

次のはどうでしょうか

最初に出た刊本Vには次のようにあります


V 314.9-10: na cāśeṣeṇa pañcāśad bhavitum arhati


後から出た刊本のS, S2, M, G, Nも同じ読みです

異読は報告されていません

M本の校訂者であり,優れたパンディットであるK.S. Varadācāryaも,彼の註釈では何もコメントしていません

N本の校訂者であり,グジャラーティー訳者であるNagin Shahさんが補足とともに訳出しています(N 187.3-8)

「五十という数は[五十の牛個物の一つ一つには]全体としては存在し得ない」
(`pacās' saṃkhyā [pacās govyaktimāṃthī pratyekmāṃ] saṃpūrṇpaṇe hovī ghaṭṭī nathī)

彼のノートによれば,「五十という数は,牛個物には存在しないが,牛の集合に五十という言葉を適用する」という意味だそうです
(pacās saṃkhyā govyaktimāṃ na hovā chatāṃ gosamudāyamāṃ āpṇe `pacās' saṃkhyāvācak śabdno vyavahār karīe chīe)

シャーさんは次のようにサンスクリットを解釈したことになります

[その全体には五十という数を我々は適用するが,五十の牛の各々には]五十は (pañcāśad) 全体としては (aśeṣeṇa)存在し得ない (na ... bhavitum arhati)

彼の解釈は果たして正しいのでしょうか?

また読みは正しいのでしょうか?

写本をチェックしてみましょう

A1: na cāṣeṇa pañcāśad bhavitum arhati
K1: na cāśena pañcaṣad bhavitum arhati
Z1: na cāśeṣeṇa pañcāśad bhavitum arhati

Z1はcāśeṣeṇaと読んでいます

これは校訂本と同様です

A1はcāṣeṇa,そして,K1はcāśena

どれを採用すべきでしょうか?

その前に,パラレルな表現がNyāyamañjarīの別の個所にあります

NM II 636.14: na hi cākṣuṣeṇa paṃcāśad bhavitum arhati

ここでは,驚くべきことにcākṣuṣeṇaとあります

そして,全ての先行刊本が同じ読みです

一つの写本であるGOML R3583 (SR1712) f.120r4――私がC1と名付けるもの――は次のように読んでいます

C1: na hi cāṣeṇa pañcāṣad bhavitum arhati (corresponding to NM II 636.14)

ここから何が分かるでしょうか?

まず,caを切り離すべきではない,ということです

hiがあるので,caは接続詞ではありえません

cāṣeṇaは一語として扱うべきでしょう

先行刊本のca+aśeṣeṇaという読みは疑わしくなってきます

結局,元の読みとしては,次の読みがもっともらしいと考えられます

A1: na cāṣeṇa pañcāśad bhavitum arhati

しかも,平行句には,内容理解の助けになるジャヤンタの説明文が付いています

NM II 636.13-14: na ca tatsāmānyāt atrāpi tathā'stv iti vaktavyam

Xと似ているからといってYにも同様に当てはまるとは言えない,というのが趣旨です

類似性の拡大解釈は駄目だ,というわけです

この意味を,どうすれば,na cāṣeṇa pañcāśad bhavitum arhatiあるいはそれに類した文から導けるのでしょうか?

いったい,アオカケス(cāṣa)が何の関係があるのでしょうか?

ハルナガ・アイザクソンが貴重な情報をくれました

Bhaṭṭa RuyyakaのAlaṃkārasarvasvaです(Somdev Vasudevaにも文献コピーでお世話になりました)

Alaṃkārasarvasva (S.S.Janaki ed.) 227.8:
na hi cāṣeṇa pañcāśatsiddhiḥ

Vidyācakravartinは次のようにコメントしています

Vidyācakravartin's Saṃjīvanī 227.17-228.11:
atropahāsāyāha---na hi cāṣeṇeti. cāṣāṇāṃ samūhaḥ cāṣam iti sthitau pañcāśacchabdaḥ (de?) śaṣayor abhedāśrayaṇā(ṇe?) py avyutpannapratīteyaṃ cāṣaśrutiḥ. na khalu tannibandhanā pañcāśadrūpasamūhasiddhiḥ.

註釈にはテクスト問題がありますが,大体の意味は分かります

ジャーナキーさんは次のように説明しています

S.S.Janaki's note on p. 227 on this passage:
If ‘śa’ and ‘ṣa’ are interchangeable and ‘Pañcāśat’ could be also ‘Pañcāṣat’, the word would contain a sound-group Cāṣa, common with the Cāṣa meaning a group of Cāṣa-birds; however it would be ridiculous to suggest that ‘Pañcāśat’ is derivable from ‘Cāṣa’: This is what Vidyācakravartin’s comments probably mean.

つまりこういうことです

1. cāṣa と pañcāśad は同じ cāṣa (=cāśa)という音を有する
2. pañcāśad は五十という数を意味する
3. だからcāṣa達, つまりアオカケスの群れ (cāṣāṇāṃ samūhaḥ)は五十である

これはジャヤンタの説明に合致します

ジャヤンタは「それと似ていることから今の場合もそうだとすること」(tatsāmānyāt atrāpi tathāstv iti)と説明していました

アオカケスの群れは五十羽いる,なぜならばcāṣa(アオカケス)はpañcāśad(五十)と音が似ているから

というわけです

しかし,もちろん自明なように,チャーシャという音が単に似ているからといって,アオカケスが五十であるとは言えません

チャーシャという音が同じだからといって,アオカケスが五十羽いるとは言えないのです

na hi cāṣeṇa pañcāśad bhavitum arhati.




テクスト校訂に必要なもの

先行刊本を多数チェックするだけでは決して分からないことがあります

そして,写本をチェックするだけで,簡単に答えが見つかるわけでもありません

同じ著作のパラレルな個所の発見は非常に重要です

さらに,別の著作でのパラレルな表現が助けとなります

いずれにせよ,テクストを直すのに一番大切なのは「頭を使う」ということです
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  1. 2011/01/03(月) 11:03:04|
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