Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

雑誌『インド論理学研究』II

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福田さんのアポーハ論文を熟読

シャーキャブッディのダルマキールティ解釈はさておき,ダルマキールティ自身の見解としては,認識内の形象ではなく,あくまでも排除が語の対象とのこと

つまりシャーキャブッディの解釈は,ダルマキールティの本意からはズレるとのことです

今後は,福田さんの指摘を入れて,ダルマキールティとシャーキャブッディの間の差を十分に意識する必要がありそうです

さらに,ではなぜ,シャーキャブッディは,ダルマキールティからさらに発展した(そして結果的に乖離した)説を提示することになったのか,という裏の事情を推測する必要があるでしょう

ただし,ダルモッタラのダルマキールティ観は,その当時の最新理解を反映していたはずですから,当然シャーキャブッディ流のダルマキールティ理解を前提としている,ということは,ダルマキールティ自身の見解とは別に,やはり言えるでしょう

またジャヤンタのアポーハ理解は,ダルモッタラに依存しているので,当然その「ダルマキールティのアポーハ論」理解も,シャーキャブッディ流のダルマキールティ理解に即したものとなっている,ということは言えるはずです

我々としては

1.ディグナーガ
2.ダルマキールティ自身の見解
3.シャーキャブッディ自身の見解=(シャーキャブッディから見た)ダルマキールティの見解
4.ダルモッタラの見解

という四つの見解(あるいはシャーンタラクシタまで入れれば五つ)を区別する必要がありますが,ジャヤンタの視点からは

1.ディグナーガ
3.(シャーキャブッディ等から見た)ダルマキールティ
4.ダルモッタラ

という三つのアポーハ論が見えていたことになります
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  1. 2011/09/08(木) 21:55:06|
  2. 未分類

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