Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

インド哲学文献における「断片」

Matsumoto2 038


サンスクリット語文献の歴史は,紀元前1000年から約3000年に渡ります.

多くの文献が残されてきましたが,それよりも遥かに多くの文献が失われてきました.

ある一つの文献が流行すれば,他の多くの文献は読まれなくなり,したがって,口承伝承で伝えられることや,あるいは,書写されることもなくなっていきます.

よく読まれるものというのは,どうしても,一つのメジャーテクストに収斂していく傾向をもちます.

ベストセラーが席捲すれば,マイナーな本の場所がなくなるのと同じです.

人間の記憶は限られていますし,売り場面積も限られています.

写本というのは,それほど長く持つわけではありません.

乾燥地帯ならいざしらず,湿気の多い場所では,数百年もすれば,なめした椰子の葉も,ぼろぼろになってしまいます.

ぼろぼろになって失われる前に誰かが書写しなければ,そのテクストは永遠に失われます.

また,通常,そのテクストを読むために書写するのですから,そのテクストを理解し教える人がいなくなれば,当然,テクストが書写されることもなくなります.

希少なテクストを求めて,それを書写した人は,今も昔も存在しました.

しかし,コピー機のない当時,遠方にでかけて手書きで書写するには,材料と人件費と日数がかかります.

王侯などのパトロンの支援がなければ無理な話です.

多くのテクストが失われてきました.

しかし,全体が失われた一部のテクストも,断片という形で残ることがあります.

例えば,同時代の人や,少し後の人,あるいは,百年後の人が,引用することで部分的に残るのです.

注釈が残っているのに,元のテクストが失われている,という場合もあります.

また,他学派が引用する場合もあります.

その場合は,相手を批判するために,相手のテクストを「敵の説」としてまず引用します.

それから批判するわけです.

あるいは,直接の注釈文献でなくとも,後代の同じ学派の人が「先師の説」として,その当時には残っていたテクストを引用することがあります.

このようにして,現在は散逸したが,その当時には(全体あるいは一部が)残っていたテクストが,「断片」として現在に残ることがあります.

インド哲学史を再構成する上で,断片は重要な文献証拠となります.

現在残っているテクストの多くはメジャーなテクストで,いままでその伝統が保持されてきたものです.

しかし,断片で残っているものは,後代には流行らなくなったけど,その当時には盛んに読まれていたものを含みます.

つまり,その当時の教養を再現するにあたって重要なパズルのピース群となります.

思想の展開を探る上でも,引用される文献というのは,ある一つの学説を代表することが多くあります.

当然,「思想史上のミッシングリンク」といったものを説明する重要な材料を提供してくれることになります.

ここで一つの疑問が生じます.

いったい,ある「断片」が引用されるとき,その「断片」は,本当に正しく引用されているのだろうか,という疑問です.

つまり,元のテクストと比べようがないのですから,ひょっとしたら改竄されている可能性だってあるわけです.

でっちあげかもしれません.

本当にそのテクストが存在したかどうか,断片が一つしかなければ,それすらも疑わしくなってくるのです.

つまり,何を断片と断定するのか,という,断片の判断基準が問題となります.

著者が勝手に要約したものであって,その詩節自体は著者の創作で,過去に存在したテクストそのままの引用ではない場合があるのです.

また,誰の何というテクストからの引用かということが明示されていない場合が多くあります.

断片の帰属の問題です.

実際,これまでの研究で「断片」とされてきたものも,詳細に検討すると,断片ではないということがあります.

あるいは,著者が,昔の事情をよく知らずに,口から出まかせで,「これはXからの引用だ」ということもあります.(これは,古今東西,「偉い」先生にはよくあることです.)

時代が離れているにもかかわらず,突然,断片の帰属が明らかになっている場合など,疑う必要があります.

したがって,断片の認定にあたっては,慎重に事を運ぶ必要があります.

インド哲学史の場合,反論者からの引用が,断片回収のための宝の山となります.

例えばジャイナ教徒が他学派の見解を引用する場合,

また,仏教徒がサーンキヤ学派や聖典解釈学派のテクストを引用する場合などです.

いずれも,相手を批判するために,少し先行する敵のテクストを引用します.

ここで重要なのは,敵の説を批判する場合,その引用あるいは理解は正確でなければならない,ということです.

文字通りである必要はなくとも,少なくとも,その意味において,敵の説の理解が間違っていては,批判は意味を失います.

せっかく批判しても,「そんなことは誰も言ってない」と言い返されては終わりです.

つまり,引用の動機を考えると,敵側からの引用というのは,正確であることが期待できるのです.

つまり,断片回収にあたって,敵側からの引用は,信頼すべき宝庫となりえるということです.

このことは重要なことです.

例えば現代の仏教研究者にしても,自身が信心深い仏教徒である場合には,「外道が言っていることは信用できない」「引用の最初から歪曲しているのだろう」「捻じ曲げて解釈しているに違いない」「仏教の真意を再現していない」と頭から思っていることも考えられます.

その場合,外道文献における引用・解釈を信用しない,ということになってしまいます.

しかし,解釈の捻じ曲げということは,敵側ではなく,むしろ,味方の側に起こることです.

ディグナーガ(仏教)→クマーリラ(聖典解釈学)→ダルマキールティ(仏教)という連鎖を考えてみましょう.

クマーリラは,ディグナーガを批判するにあたって,ディグナーガの説を正しく再現する必要があります.

ダルマキールティは,ディグナーガを批判するクマーリラを批判するにあたって,「ディグナーガはそんなことは言っていない.実はディグナーガの真意はこういうことだ」という言い方をするはずです.

つまり,誰がディグナーガの真意を捻じ曲げる可能性があるのか,ということになると,敵側ではなく味方のほうがあやしいのです.

クマーリラの批判に答えるために,ダルマキールティは,仏教説をアップデートする必要に迫られます.

同時に,それを伝統に帰属させる必要があります.

したがって,「ディグナーガの真意はこうである」と強弁する必要に迫られることになります.

引用文献の形を変えることはありませんが,引用文献の解釈は変えることになります.

逆に,敵側にその意図はないわけです.

文献を引用し,それを,相手の真意に即して理解するのが,批判作業の前提となる最初の作業です.(ただしクマーリラの場合,著作が詩節なので,ディグナーガの文献をそのままの形で引用することは,形態上,不可能ですが.)

文字通りの引用という断片(テクスト断片)と,思想内容の要約という意味での断片(思想断片).

後者は,あるいは,思想への言及と言うべきかもしれません.

動機という観点からすると,このように,敵側は,正確に相手の説を再現する必要に迫られるということが分かります.

シュタインケルナー教授は,断片シンポジウムの基調講演において,引用における伝統の中と外との動機の違いを強調されていました.

この問題意識は,私が日頃意識しているものと同じものです.

全面的に賛成です.

しかし,桂先生は,このような意見には少し首肯できない部分がある様子でした.

各人が念頭に置く事例が様々ですから,「断片」ということですべての事例を一般化すると,細部において話が食い違う点が出てくるのかもしれません.

ともあれ,今は失われてしまった貴重なテクストの断片というのは,思想史再構成の浪漫を駆り立てるものです.

それは,単に思想史の再構成ということにとどまりません.

思想という生き物が,どのように成長しうるのかという一つの事例を示してくれているのです.

一人の頭の中で思考実験せずとも,歴史の中で実際に実験してくれているわけです.

連綿と続いてきたバラモンの脳内実験場を断片の中に探り出すというのは,面白い挑戦です.

インド哲学研究のこの面白い分野を切り開いたのも,またしても,フラウワルナー教授でした.

場を作ってくれた,という意味で,我々は,フラウワルナー教授,シュタインケルナー教授に多くを負っていることは間違いありません.
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  1. 2012/08/26(日) 15:51:31|
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