Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

意識的な誤りと無意識の誤り

橋本訳『校勘学講義』166頁

古籍の文字の誤りは,意識的な誤りと,無意識の誤りの二種類に分かれます.編纂者が臆断で勝手に改字したり,無知のためにいい加減に改字したりしたものは,意識的な誤りです.伝抄の際の粗忽や,字形の省略,及び原書の字がかすれるあるいは版木が傷んで字画が欠けた,等というのはみな無意識の誤りです.しかし,……校勘学が研究するのは,誤りが生じた知識面での原因です.……また例えば,無知のためのいい加減な改字について言えば,なぜ無知なのかは研究の必要のないことで,研究しなければならないのは,何をどう変えているのかです.……つまり,文字・音韻・訓詁と版本及び関連する専門知識を根拠とすべきであり,思想・意識・態度等はあまり問題にしません.



1. error due to the intentional change of a letter
2. error due to the unintentional change of a letter

写本を書写した人の思想や態度を問題にしても仕方ありません.

これは,古典の著者の人となりに迫るのとは違います.

問題にすべきは,なぜそのような間違いを犯したかという原因を,(筆記者の人格は措いておいて)客観的な根拠に基づいて探ることです.

その客観的な根拠は,或る程度,普遍化が可能なはずです.

つまり,誤りのパターンというものがあるはずです.

誤りが発生する現場に特徴的なパターンを取り出すことが,校訂に必要な普遍則(校勘通例)の把握となります.

馬鹿な写本というのは,実際には,下手に手を加えないので,誤りの多さに辟易することはあっても,実際の作業としては,取り組みやすいものです.

過程が透けて見えるからです.

逆に,賢い写本というのは,時に,騙されることがあるので,要注意です.

意味を通そうとして,優れた学者である筆記者が,それらしく変更している場合があるからです.

『ニヤーヤマンジャリー』で言うと,K写本は,もちろんもっとも信頼に値する写本ですが,時々,「これはひょっとして変えているのでは」と思う場合があります.

明らかに賢いだけに,綺麗に上から塗装しているかもしれないので,それを見破るのは一苦労です.

そういう時は,判断に困るものです.

パラレルパッセージをあれこれ探るなど,こちらも傍証で証拠を固める必要があります.
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  1. 2013/02/03(日) 11:51:40|
  2. 未分類

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