Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

インドの詭弁術

Jinendrabuddhi-PST-at-Ryukoku1


久々に桂研に参加.

ディグナーガのPSとジネーンドラのPSTも第六章の冒頭から.

第六章は,マニアックな「ジャーティ」(誤った論難)についてです.

プラマーナといえば,だいたい,認識論を扱いますが,ヴァーダの伝統は,中身は討論術.

その中でも,実際の論争テクニックをとりあげるのが,チャラ,ジャーティ,ニグラハスターナといった主題です.

正しい論証を用いているのに,それの揚げ足をとって引き分けに持ち込もうとする詭弁論者.

ジャーティに通じてないと,竜樹のような詭弁を用いる人に,うまいこと,まるめこまれてしまいます.

ちゃんと,誤った揚げ足取りであることを頭に入れて,鋭く指摘しないといけません.

「音声は無常だ.意志的努力の直後に生じるから.壺のように」

という正しい論証にたいして,

「所証←能証で,能証が所証を成り立たせると言うけれども,能証は,所証に到達してから成り立たせるのか,あるいは到達せずに成り立たせるのか.

いずれにしてもおかしいことになる.

だから,まともな理由は存在していないのだ.

この論証には正しい理由が欠けている.

この論証は,理由を欠いた論証という,誤った論証だ.」

というように,やり込められる可能性があります.

さて,この詭弁論者の何が間違っているのでしょうか.

ディグナーガは,続く個所で,丁寧に,詭弁論者の誤りを指摘していきます.

にしても,詭弁論者も,よくこのような揚げ足取りを考え付くものです.

ちなみに,漢文では,prāptyaprāptisamaは至非至相似です.

日本の伝統的な因明学者は,「能立」「所立」「不成」「成」「至」「不至」などと漢訳を使って,あれこれ考えていたことでしょう.

漢訳だけから内容を取るのは大変です.

サンスクリット語だと,この議論の持って行き方は,自然な感じがします.
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  1. 2013/02/10(日) 00:28:03|
  2. 未分類

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