Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

クッタニーマタ

Gandharva.jpg


遊女上がりのやり手婆の忠告,

手練手管の遊女になるための,あれこれのアドヴァイス.

帰敬偈こそ愛の神カーマ神の描写がありますが,

その後に続く冒頭部分は,ヴァーラーナシーの描写に終始します.

掛け言葉の連続で,和訳しても,そのままでは面白さが伝わらないような感じです.

yati-gaṇa-guṇa-samupetā
yā nityaṃ chandasām iva pracitiḥ/
vana-paṅktir iva sasālā
turuṣka-seneva bahala-gandharvā//10

苦行者(休止)・集団(詩脚)・美徳・伴った
それ(ヴァーラーナシー)は,常に,韻律の,ような,集まり
森・列・ような,城塁(サーラ樹)を伴った
トルコ軍のよう,多くの歌手(馬)がいて



ヴァーラーナシーは,韻律の集まりのようです.

なぜでしょう.

ヴァーラーナシーは,苦行者(ヤティ)集団(ガナ)の美徳を伴っています.

韻律の集まりは,ヤティ(休止)やガナ(詩脚)という美質を伴っています.

また,ヴァーラーナシーは森の列のようです.

なぜか.

城塁(サーラー)を伴っているからです.

森の列は,サーラ樹を伴っているからです.

また,ヴァーラーナシーはトルコ軍のようです.

なぜか.

ヴァーラーナシーには多くの歌手(ガンダルヴァ)がいるからです.

トルコ軍には多くの馬(ガンダルヴァ)がいるからです.


「Xと掛けてYと解きます」
「その心は」
「Z(という共通性)があるからです」

を詩にしたものということになります.

そのZの部分が,掛け言葉(同音異義語)になっています.
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  1. 2013/05/20(月) 08:07:24|
  2. 未分類

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