Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

三世実有法体恒有

さて,世親があげる三世実有の四説の相互の違いは何でしょうか?

1.法救説

本体はそのままに,外面だけを変えるのが,第一の法救説です.

世親によって「サーンキヤ説と同じ」と断じられることからも,基体の上にある性格だけが変化することが分かります.

太郎それ自体が朝昼晩と同じでも,朝は寝間着で在宅,昼はスーツで会社,夜は運動着でジム,というようなものです.

色々と服を着替えますが,太郎は変化せず,服だけが変化します.

このうわべの変化によって,法の「未来・現在・過去」を区別するわけです.

未来の法,現在の法,過去の法と言うのは,寝間着の太郎,スーツの太郎,運動着の太郎,というのと同じです.

衣が変化しただけです.

2.妙音説

朝も昼も夜も太郎は太郎です.

服だけを変えるとする場合,太郎と服とを完全に切り離す必要があります.

しかし,完全に別な物を考えるのはよくありません.

というのも,完全に別なものである服を,存在(法)として別個に立てる必要がでてくるからです.

しかも,そうして立てられた服は無常なものになってしまいます.

そこで,服という外面を,もう少し内面化して,太郎の内側に取り込むことを考えます.

肩書や表札(標識)です.

家にいる時は,一家の主として表札が出ています.

会社にいる時は,部長の肩書で,名札をぶらさげて入館します.また,名刺をもっています.

ジムに行く時は,年会員メンバーとして会員証をもっています.

この肩書は,太郎の中に常にあるものです.

つまり,家主・会社員・会員です.

それを外面化したものが,表札であったり名刺や首からぶら下げるID証だったり,会員証だったりします.

この肩書は,朝も昼も夜も常に太郎とともにありますが,必要な時だけに顕在化します.

朝は,家主(会社員)(会員),

昼は,(家主)会社員(会員),

夜は,(家主)(会社員)会員,

となります.

このように,太郎と切り離すことなく,衣を内面化したものとして肩書を考えることができます.

しかも,それは,必要な時だけに表面化してくれます.

どの瞬間をとらえても存在は,未来・現在・過去の三側面を備えているのですが,どれか一つだけが表面化するというわけです.

3.世友説

表面化・顕在化というような便利なスウィッチがあればいいですが,そんなに都合よくはいきません.

三つが同時にあるわけですから混乱が生じてしまいます.

家で部長面したり,会社でアスリート風情,ジムでアットホームにくつろいでみたりと,混乱しかねません.

もう少し,未来・現在・過去を,きれいに区別する必要があります.

世友は,場所の区別を考えます.

家にいる太郎,会社にいる太郎,ジムにいる太郎,というように.

つまり,未来時にある法,現在時にある法,過去時にある法,というようになります.

場所を区別することで,三時が区別できます.

4.覚天説

しかし,未来・現在・過去という時を最初から別個に立ててしまっては,元も子もありません.

それでは,時という存在が別個にあることになってしまいます.

存在としての時の影をできるだけ希釈する必要があります.

つまり,未来時・現在時・過去時が,確固として存在しては困るのです.

そこで覚天が考えたのが,相対化です.

つまり,絶対的に三時が存在するわけではなく,内部の相関関係で,未来・現在・過去が相対的に決まるというのです.

家・会社・ジムが,東・真ん中・西に並んでいます.

東の家にいる太郎,真ん中の会社にいる太郎,西のジムにいる太郎,というように三つの場所にいる太郎を区別できます.

このように相対的な位置関係で,太郎のいる場所が決定できます.

しかも,家の位置はあくまでも相対的ですから,絶対的に東なわけではありません.

会社もそうです.

東と西にある家とジムとの相対的な関係で会社の「真ん中」としての位置が決定できます.

同じように,未来と現在との間にあるのが「現在」です.

現在時という場所が絶対的に存在するわけではありません.

つまり,時を別個の存在として立てる必要はないのです.

3’再び世友

しかし,この場合,「東」にあるはずの太郎の家が,場合によっては「真ん中」や「西」にあってもよいことになってしまいます.

また,「西」にあるはずのジムが,比較のとりかたによっては「真ん中」にあっても「東」にあってもよいことになります.

場所の位置が相対的に決まるので,東・真ん中・西が,きれいに定まりません.

つまり,未来・現在・過去が,相対的なために,一定しないのです.

何らかの基準となるものが必要となります.

そこで,世友説では,働きという概念によって,現在時を固定しようとします.

「仕事して金を生み出す所」としての会社を基準点にします.

あとは簡単です.

仕事中を基準として,仕事前と仕事後というように,三つを区別することができます.

仕事前の太郎,仕事中の太郎,仕事後の太郎,というわけです.

これから仕事に行くぞという時の太郎が,未来の法です.

ばりばりと仕事をして金を稼ぐ太郎が,現在の法です.

仕事をし終わってちょっとお疲れの太郎が,過去の法です.

このように,仕事という基準を導入することで現在を固定化することで,前後を相対的に決定するというのが,世友の方策です.

まとめておきましょう.

1.時を外にまとう服として外面化.(→サーンキヤ説)

2.肩書として内面化.必要なものだけが顕在化.(→混乱)

3.太郎の位置する三つの場所を区別.

4.三つの場所の相対的な位置によって,前中後を決定.(→混乱)

3’.仕事している場所を中(現在)として固定することで,相対的に前後(未来・過去)を決定.
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  1. 2014/02/21(金) 07:25:13|
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