Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

ヴェーダ外からヴェーダ文へ、そして、仏陀文へ

まず原文を確定するところから始めましょう。

1261.jpg

7刊本と5写本を用いて私(Kataoka 2011)が校訂した結果がこれです。

細かい違いは置いておくとして、重要なのは、vedabāhyānāmというところです。

異読に次のようなものがあります。

126-.jpg

vedabāhyānāṃ
    ↓
vedavākyānāṃ
    ↓
bauddhavākyānāṃ

という変化が見て取れます。

hyaとkyaの変化はすぐに説明がつきます。

結合文字の形が似ているので間違うのも当然です。

また写本では、bとvの区別がないものが多くあります。

結果として、b→vとなり、hya→kyaとなって、聞き慣れない「ヴェーダ外の」から聞き慣れた「ヴェーダ文の」が完成することになります。

しかし、「ヴェーダ外」が「ヴェーダ文」になったのでは、意味が逆になってしまいます。

意味が通じません。

そこで、vedavākyānāṃの「ヴェーダ」から「仏陀の」に変えたのがbauddhavākyānāṃです。

これは、完全に恣意的な訂正です。

もちろん、これが、校訂者自身の恣意的な訂正であることを明示した上で提案していれば問題ありません。

つまり、emendationやconjectureと呼ばれる作業です。

この場合、かなり大胆な修正案となりますから、私なら、conj.とでも記すところです。

しかし、問題は、D刊本が、何に基づくのかを明示することなく勝手に訂正していることです。

読者は戸惑ってしまいます――「これはいかなる読みだろうか」と。

ここでの訂正は、頭を働かせた結果ですから、当然、評価されるべきです。

意味の通じない先行の読みである「ヴェーダ文」に訂正の必要を認めた態度は評価できます。

しかし、修正案の出所を明らかにすべきです。

また、自分勝手な修正案を出す前に、先行刊本をよくよく調べるべきです。

すると、最初の刊本であるP本に正しい読みのあったことに気がつくでしょう。

もちろん、インドで全ての材料を揃えるというのは至難の業です。

おそらく、1878年刊行のパンディットシリーズの刊本など、インドの図書館ではとうに無くなっているか、あるいは、あっても、ぼろぼろでしょう。

日本でも、このパンディット本を持っている図書館は少ないはずです。(わたしは、東大の書庫の奥から出してきてコピーしました。)

しかし、タートパリヤティーカー注のついたマドラス本Mなら、まだ何とか入手可能だったはずです。




ともあれ、ここから、テクスト研究につきものの困難に何があるのかが分かります。

1.先行刊本を集めるのが大変

これは、どの学問でも同じことですが、インド研究の場合、日本の大学図書館はそれほど充実していないので、ますます大変です。

オックスフォード大学やペンシルヴァニア大学とは、所蔵の数が全く違います。

こつこつ集めるしかありません。

幸い、最近では、古い刊本もPDFで入手可能なものが多いですし、その点では、電子化・ネット化さまさまです。

さらに、その上に、

2.写本を集める

という作業が必要です。

この苦労は、ちょっと大変すぎて、一言では言い表せません。

『頌注』の場合、オックスフォード大学にいると、ボードレイアンに二つ写本があり、さらに、ロンドンの大英図書館まででかければさらに二つ写本があったりするので、これだけで、4つ揃うことになります。

しかし、日本にいると、物価の高いイギリスなど、そうそう簡単に行けるわけもありません。

学生・院生の場合はなおさらです。

しかも大英図書館のマイクロ、高すぎ。

院生の時に、あれこれと注文したら、軽く20万円超えて泣きそうになりました。

いっぽうインドに行くと、写本図書館は、全国各地に散らばっています。

しかも、イギリスのように、ちゃんと手続きをしたからといって、うまくいくとは限りません。

結構、運次第だったりします。

「ミスロケーション」といって、カタログにはあっても、書棚に見つからない場合もしばしばです。

書庫に入れるのは図書館員のみですから、自分で探すわけにも行かず、カウンターで涙をのむしかありません。

「日本からわざわざここまで来たのに、この仕打ち」と、自らの業を嘆くばかり。

ヤケ酒しようにも、そもそもビールが入手できなかったり、あったとしても冷えてなかったり、あるいは冷えていたとしてもまずくて飲む際から頭痛がしたりと、もう、どこまでも泣きっ面に蜂です。




閑話休題。

で、件のテクストですが、Kataoka 2011では、次のように英訳しています。ポイントは、これが、論証式だ、ということです。

126tr11.jpg
126tr22.jpg
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  1. 2014/12/06(土) 19:02:00|
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