Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

どんだけいい加減!

これまでのインド哲学研究がいかにいい加減か、という事例をさらに見ましょう。

ミーマーンサーの研究書は多くありません。

次のものは、1980年に出たものです。

Dsa1.jpg

クマーリラの有名なプラマーナ定義を取り上げた英訳です。

問題は最後のところです。

詩節の原文として、次のものが脚注で引かれています。

IMGdsa.jpg

ここでは、原文と訳文とが食い違っています。

訳文の想定する原文:na visaṃvādam ṛcchati
脚注の原文:nāpi saṃvādam ṛcchati

このような問題がなぜ起こるのでしょうか?

それは、依拠するテクストに異読があるからです。

私の校訂したテクストと異読は以下の通り。

80-11.jpg
80-12.jpg

ここでは、

na vi-

nāpi

という、よくある間違いの変化が起こっています。

しかし、内容的には全く逆の意味となってしまいます。

「食い違わない」から「合致する」になってしまうのです。

訳文と原文引用で想定する原文が「食い違っている」というみっともないことになっているのです。

このような間違いが起こるのも、そもそも、信頼できる校訂本がないことに起因します。

あれこれの刊本を見ている内に、混同してしまったのでしょう。

にしても、「いい加減」との誹りは免れ得ないでしょう。

しかし、これが、インド哲学研究のscholarshipの実態です。

いい加減な刊本と、いい加減な翻訳、いい加減な研究書、それらに囲まれながらやっていくしかないのです。

「泥に咲く蓮」とはよく言ったものです。

(もちろん、すぐれた校訂本、すぐれた翻訳、すぐれた研究書も多くはありませんが存在しますし、すぐれたパンディット・先生方も、多くはないですがいらっしゃいます。パンディットは普通、本を書いたりしませんので、その凄さというのは直接に会って習わないと分かりません。)
スポンサーサイト
  1. 2014/12/06(土) 19:57:12|
  2. 未分類

プロフィール

Aghora

Author:Aghora

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する