Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

「世俗」と云うは「口の液」と云うが如し

クマーリラは二諦説を批判しています。

本当なものは本当、誤ったものは誤ったもの、というようにはっきり分かれるので、「世俗だけど真実」というようなものはない、というのが彼の意図するところです。

つまり、黒か白かはっきりしているので、「世俗諦」なるものは無い、ということです。

下の1か3だけで、2はない、というのです。

1. 勝義諦(正しい)
2. 世俗諦(誤り・正しい)
3. 邪世俗(誤り)

クマーリラから見れば、「世俗」というのは「誤り」ということです。

「諦」というのは本当ということです。

すると、「世俗・諦」は、結局、「誤った・本当」、というような矛盾した表現となってしまいます。

クマーリラによれば、「誤り」をわざわざ「世俗」というような当たり障りのない言葉に置き換えるのは、「唾」を「口の液」と言い換えるようなものだそうです。

それは、人を欺くためです。

言葉は正しく使いましょう、ということです。

詐欺的表現 正しい表現
世俗       誤り
口の液      唾

言葉の誤りを正すことで色々な欺瞞が見えてきます。

いっぽう、仏教から見れば、「嘘も方便」ということになるでしょうか。
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  1. 2014/12/17(水) 08:00:21|
  2. 未分類

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