Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

svapna-vyapti-darsana



初夢に,煙と火の遍充.

〈聴覚器官の対象であること〉という理由は,〈非共通であるが故に不定である理由〉という疑似理由に分類されます.

主張:音声は常住だ
理由:聴覚器官の対象であるから
実例:???

聴覚器官の対象は音声という主題だけなので,主題以外のものであるべき同類例をこの論者は示すことができません.

つまり,「~のように」という同類例を示すことができないのです.

したがって,類例がないので,この場合,理由が常住性を論証するのか,あるいは,無常性を論証するのか,これまでの合意された経験例からは分かりません.

このような理由は不定因の一種として退けられます.

伝統的な訳語で「不共不定」と呼ばれます.

漢文だと次のように説明されます.

所言不共不定者。如有說云。聲(有法)常。(宗)所聞性故。云何知其不共。為常之同品。無常異品。皆離此所聞性因義。故名不共不定

ちなみに,文法学者やミーマーンサー学者にとって,この論証に類例はあるので問題はありません.

実例:音声性の如し

彼らのシステムにおいては,音声性(もちろん普遍なので常住)も聴覚器官の対象となるので,類例はあるのです.

したがって,音声性を認めているヴァイシェーシカ学者――音声の無常を主張する――に対しては有効な論証となりえますが,音声性を認めない仏教徒に対しては無理です.

もちろん,ヴァイシェーシカ学者も対抗論証を持ち出してきますから,結局,引き分けに持ち込まれて,この論証は二律背反のどっちつかずの状況に追い込まれるので,正しい論証にはなりえません.

対抗する論証因を必ず持ってしまう論証(viruddhāvyabhicārin:矛盾したものから逸れないもの)となってしまうわけです.

不共不定については,むかし,ここで論じました.
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  1. 2015/01/03(土) 15:25:54|
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