Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

テクストへの寄り添い方

テクストを研究するにも色々なアプローチの仕方があります.

1.写本蒐集
2.校訂
3.翻訳
4.思想史再構成
5.思想研究
6.比較

などというのが文献に対する主な作業です.

インド哲学の場合,多いのは,5です.

そもそも,思想をやりたくてやっている人が多いので,「何が説かれているのか」に興味があるわけですから,当然,テクストに書かれていることを理解して,その思想を解きほぐす,ということになります.

クマーリラはこう言っている,マンダナはこう言っている,ガンゲーシャはこう言っている,という研究方法です.

ガンゲーシャが定義にこのような語を加えたのは,このような可能性を取り除くためだ,というようなアプローチの仕方です.

著者の意図に迫るわけです.

意図に迫ろうとすると,どうしても,動機や背景を知ることが必要になってきます.

それで4の作業が必要になってきます.

まず必要なのは,テクスト間の関係を明らかにすることです.

影響関係です.

著者がいかなるテクストを学んで,それを受けて(ポジティブにあるいはネガティブに)書いているのか,そのことを明らかにする必要が出てきます.

つまり,「何を説いているのか」に,「どうして(このような説を)説いているのか」という視点が加わってきます.

インド哲学の場合,著者の社会背景についてはあまりにも手がかりがなさ過ぎるので,社会背景から攻めるのが有効な方法となることは少ないでしょう.

ジャヤンタのように,同時代の王様との関係が明らかで,しかも,住んでいたところまで明らかというのは例外で,普通は,シャバラやクマーリラ,スチャリタやヴァーチャスパティのように,どこにいたのか,どの時代にいたのかも,細かいこと,はっきりしたことはよく分からない,というのがほとんどです.したがって,テクストそれ自体から,他のテクストと比較しながら背景を探るしかありません.

最も重要なのは,ネタ元を明らかにすることです.Aというテクストの情報源になっているXを明らかにする作業です.

X⇒A

手堅い研究が概念史研究です.

石村君の今回の研究がまさにそのような研究でした.「既知性」について,その流れを最初から最後まで追うこと.

クマーリラ→ウンベーカ→スチャリタ→パールタサーラティ→チダーナンダ

といった流れを追うことで,その発展・変化,また,背景にある動機が見えてきます.

さらに,自派の流れに他派からの批判が加わると,より立体的に思想史の展開が見えてきます.

つまり,A→B→C→Dだけでなく,それとパラレルな他派からの批判を加えて眺めて見るわけです.

A→A’→B→B’→C→C’→D→D’(チトラカーヴィヤの「牛の小便」みたいな,じぐざぐのイメージです.)

異なる学派のテクストを扱うのは,慣れない領域に足を踏み込むことになるので,結構難しいものです.

特に,ミーマーンサーのように,バックグラウンドにヴェーダの祭事哲学があると,門外漢には,その意図をつかみかねることがあるでしょう.

ミーマーンサー文献に手を出す人が少なかったのは,そのような専門性の高さも一つ原因があるようです.




このような作業の必要性というのは,あらゆるジャンルのテクストにあてはまります.

朝八時からタントラ部会.

まずはシャーマン.

ドミニクによる代読.

ブラフマヤーマラとデーヴィープラーナの関係について.

直接ではなく,間にサーラを挟んでいるとのことです.

つぎはユーディット.SYM他におけるサプタマートリカー(7母)について.

ここでは,文献だけでなく寺院に残るイメージも資料として加わります.

杉木さんは,キャンセル.

余り時間を利用してユーディットへの質疑応答が延々と続くことになりました.

つぎにスローバー.

やはり,マンジュシュリヤムーラカルパは楽しいテクストです.

雑多な情報が色々と入り込んでいるので,ネタ元探しをやるには実に楽しいテクストです.

今回は,マンジュシュリヤムーラカルパにおけるガールダ系(蛇毒除去儀礼文献)の情報についての精査.

テクスト間の比較対象はマントラやイメージ,さらに,類似表現になります.

ピーターもキャンセル.

代読はユーディット.

休憩を挟んで,シャルマ.

マートリサドバーヴァの文献史.

タントラ儀礼マニュアルの文献史も面白い分野です.

しかも,現代のケーララやタミルの寺院儀礼とも直結するので,ますます楽しい分野です.

ブラフマヤーマラからブラフマヤーマラプラティシュタータントラの二つの系統の写本,そして,その二つを参照したであろうマートリサドバーヴァ,そこからシェーシャサムッチャヤの7,8,9章という寺院儀礼マニュアルの一部,さらに,そこから展開してくるルルジッドヴィダーナプージャーパッダティという儀礼マニュアル(パッダティ).

しかも,現代行われている儀礼と比較することで,その儀礼が実際にどのマニュアルに基づいているのかが,(儀礼を実際に執行している人の主張とは独立に)判明することになります.(いずれも未出版資料ばかりなので,写本を集めるところからやり始めることになります.)

続くAjithan P.I.も,同じくケーララの寺院儀礼マニュアル.同じ文献.

質疑応答はかなり盛り上がっていました.

寺院を管理・儀礼を執行するある司祭集団の社会的な位置づけ,他の集団との関係や棲み分け,ある集団自身が主張するアイデンティティーなどなど,興味は尽きません.

しかも,地元のインド人研究者にとっては,自分のカースト集団とも関係してきますから,相当にホットなトピックです.

熱の入った部会でした.




日本語ランチをしていると,空いた席にロシア人女性.体型は標準です.

寿司ロールや貝やエビの海鮮山盛りだけで相当びっくりしましたが,それが終わると,サラダ山盛り,それが終わるとヘビーなステーキ,それが終わると山盛りスウィーツ,といった具合で,ものすごい量を食べていました.私の胃袋だと4回分.ロシア人,侮れません.しかも,がっつくといった風では全くなく,ナイフとフォークで実にお行儀良く綺麗に盛って,綺麗に食べていきはりました.よーたべはりますな.




同時並行で色々と興味ある発表があっても,身体は一つ,聞けなかったのが残念です.

NHKオンデマンドみたいに見逃した番組が見られたらいいのですが.




イタリア人と歓談していると向こうから寄ってくるインド人.

「お前の発表はよかった」

と褒めてくれます.何をやっているのかと質問すると「考古学」とのこと.

歴史の掘り起こし・発掘という点では,やっていることは同じ,通じるところがあったのでしょう!

「アルケオロジー」という単語は全く予想していなかったので最初理解できず,隣にいたイタリア人が聞き取ってくれました.




アジア系で似たような顔や眼鏡をしていると間違えられることも多いようです.

ChとMも同系統.

Chは,しょっちゅう間違えられたそうです.

しかし,こっちは長髪,あっちは全そりの丸禿.

えらい違いです.

張本さんとそんなことを話して笑っていたら,或る知り合いは,おおぼけして,A先生とD先生を取り違えて挨拶,全然分野の違うひとに自分の資料一式を贈呈てしまったそうです.(というか,どうも,初日から完全に取り違えてしまっていたらしい,とのこと.)

A先生も,なぜ,分野の違う人から資料一式を渡されたのか分からなかったことでしょう.

しかし,さすがA先生,少ししてから著書をお返しにくれたそうです.(知り合いも「なぜD先生がA先生の本をくれるのか」とその場では理解できなかったそうですが,後から自分の間違いに気がついたとのこと.)

学会ではよくあることです.

むかし,学会の懇親会で「〇井先生(東大教授),お久しぶりです」と頭を下げている東大の院生を見たことがあります.頭を下げている相手はO川先生(広大教授)でした.
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  1. 2015/07/02(木) 08:34:37|
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