Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

印仏研1日目

1.生死に流転する身体一古典サーンキヤ体系における輪廻主体考―近藤 隼人(東京大学大学院)

学会事務の近藤さん.

毎年,詳細かつ精確な資料で他を圧倒していますが,今回も,充実の資料でした.

しかし,それも,掲載時には大幅カットでしょう.もったいないことです.

さて,今回は,サーンキヤのいわゆる微細な身体などに関連する概念であるsuuk.sma"sariiraや,li"ngaのお話.

特に,それに関係するvi"se.sa, avi"se.saの話.

vinaavi"se.se.naという合成語をどう切るか,ヴィシェーシャなしでか,あるいは,アヴィシェーシャなしでか,という問題でした.

サーンキヤを知らないとここらへんの話は難しいでしょうが,tanmaatraという微細要素は,地水火風空の五大元素と違って,それ自体としての特徴を欠いているのでアヴィシェーシャと呼ばれることがあります.

輪廻する微細な身体を構成するのは何かという文脈で,このavi"se.saが問題となります.

2.ジャヤデーヴァの言及する"samsargamaryada" 岩崎 陽一(東京大学大学院)

古めのナヴィヤ文献を写本から研究.

初期の用例であるジャヤデーヴァにおける「繋がり・境界によって」という合成語の本来の意図を探るというもの.

どうも,その最初期の用例であるジャヤデーヴァにおいては,あんまりたいしたことは意図していなかったというのが本当のところのようです.

ナヴィヤもまだまだ色々とやることがあります.

ナヴィヤで写本に踏み込んで研究しているのはゲルシュハイマーくらいでしょうから,今後,岩崎さんが突き進んでいけば,いろいろと面白い歴史的事実が分かることでしょう.

3.『ヴィヨーマヴァティー』における時間の知覚説 渡遺 眞儀(東京大学大学院)

刊本が扱いにくいので,ヴィヨーマヴァティーの研究も,重要であるのは間違いないにもかかわらず,あまり進んでいません.

写本を見ながらもう一度,誰かがきれいに校訂し直す必要があります.

時間を知るための認識手段は何なのか.推論なのか,あるいは,知覚なのか.

この手の問題をヴィヨーマヴァティーに探った発表でした.

4.語形論とスポータ理論―認識論における普遍観について― 斉藤 茜(日本学術振興会特別研究員 PD)

聞き手の心に意味を開花させる音声形のスポータ.それは具体的な音響とは異なります.ある種の普遍的なものです.しかし,ティンパニの音にもスポータはありますから,単純に言葉に限られるわけでもありません.その当たりの事情を詳しく分析.


9月19日(土) 午後の部(13:20-16:00)

8.直接知覚(現量)と超能力(神通) 村上 真完(東北大学名誉教授)

一日目の大トリは村上先生.

昭和7年生ですから既に80歳を超えられています.

途中世間話もありの自由自在なお話でした.

お元気で何よりです.

結局時間切れで超能力については割愛.
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  1. 2015/09/21(月) 17:55:30|
  2. 未分類

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