Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

信大2日目

ShinshuUniversityweiwe
日曜日の2日目.

トップバッターは,Koji Tanakaさん.

オーストラリア国立大.

論理学の人ですが,最近は,チャンドラキールティとダルマキールティで,ティレマンスとも仕事している方です.

推論のほうとも絡めて,一般的に,比較哲学についてのアプローチの仕方について.

二番手は,パトリック.彼が最近取り組んでいるプラジュニャーカラの知覚と推論の相互依存的関係について.知覚と推論の前後関係に関する記述について,サンスクリットの読みで質問が集中していました.

続いて,護山さんの発表のはずでしたが,時間が押していたこともあり,「休憩!」の会場の声.

予定変更で昼食ランチ休憩.とんかつ屋の弁当.美味でした.

午後は,オーガナイザーの護山さんから.

ダルマキールティが付け加えたabhraantaという限定句をめぐって.

つまり,飛蚊症みたいな,無分別な錯誤した疑似知覚がある,という問題です.

「それ縄だよ」とかとは違って,誰かに指摘されても訂正できず,病気の原因を取り除かない限り直らないという錯誤です.

続いて,co-organizerの三谷さん,

いわば,主語・述語から,動詞中心主義のパラフレーズによる世界分析の方法.

pacyate svayamと似たような例を引いてきていました.小川先生のような文法学者,バルトリハリ研究者がいなかったのが残念です.さらに,そこから,西田の「場」とか「絶対無」まで.本人いわく「一線を越えちゃいました」とのこと.少なくとも,インドの場合,神学まで地続きで一直線なので,そこまで行っても普通で,理解範囲内です.

休憩後,哲学2連荘.

藤川さんは幻覚.無を直接に見るという立場について.無を立てるという立場なので,ダルモッタラの形象虚偽論や,マンダナの言うasatkhyaatiと同じ立場ですが,微妙に違うところもあるようです.藤川さんの説明では,空華のような絶対無も,ここでいうnonexistentに含めるようです.asatkhyaatiで言うasatは,絶対無は含まないはずです.

西村さんは,知覚の非連続性について.最近の科学的知見に基づく理論の整理.経量部の有形象論の中でも,ダルモッタラの形象虚偽論を更に発展させたような立場と見なせます.aakaaraが時間的幅を持つかどうか,ということで,幅を持つということのようです.

最後は,締め.

まずは吉水千鶴子さん.

最後に桂先生.

マティラルから始まって,最近のコセルまで.

哲学者とインド哲学研究者・文献学者の分業・協同を可能にするこういう機会が貴重とのこと.その通りです.

雨もようやく止んでました.グラノフ先生は徒歩で帰宿.

わたしは,西村・藤川・パトリックの四人でタクシー乗り合い.

隣の藤川さんと日本語で細かいところを会話.

色々と勉強になりました.

西村さんのお薦め通り,まずは,フィッシュあたりから勉強します.
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  1. 2015/11/17(火) 06:29:26|
  2. 未分類

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