Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

唯識の反基礎付け主義

経量部・唯識の有形象認識論は,我々の認識が正しいことの基盤を提供するような説ではありません.

むしろ逆に,我々の認識が誤っていることを言うために主張されているということを忘れてはならないでしょう.

すなわち,唯識無境という教理のために開発された理論です.

したがって,基礎付け主義というより,むしろ,基礎破壊主義とでも呼ぶべき動機に裏打ちされています.

彼等の理論は,我々の真正な知覚を考察するために発達したのではなく,むしろ,我々が真正と思っている通常の知覚が実は根本的に錯誤している,ということを暴露するために編み出されたものなのです.

すなわち,我々を宗教的に覚醒させるための方便なのです.

ヴェーダーンタの知覚理論を神学理論と呼ぶなら,同じように,仏教の知覚理論も,いわば神学のための理論だと言って良いでしょう.

仏教「認識」論というものが,なにか,認識を客観的に捉えた科学的な理論だとするのは早合点です.

彼等が最終的に目指すのは,我々凡人の認識が(我々が通常「真正な知覚」と呼んでいるものまで含めて)誤っている,ということを示すことなのです.
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  1. 2015/11/27(金) 20:16:08|
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