Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

違和感と異読と文の切れ目

「という以上のこの区別が」iti so 'yaṃ vivekaḥ ....

に微妙な違和感があって,斉藤さんと,「なんやろう」と話し合っていましたが,何のことはない,ダンダの位置が悪くて,iti|で切るべきでした.

これに気がついたのも,その前の文章に異読があることに気がついたからでした.

マイソール版にしたがって読むと

idam idam rajataṃ rajatam ity etad uktaṃ bhavati idam anyat rajatam anyat iti so 'yaṃ vivekaḥ

これはこれ,銀は銀,というこのことが言われたことになる.これと銀とは別,という以上のこの区別...

すなわち

idam idam rajataṃ rajatam ity etad uktaṃ bhavati|
idam anyat rajatam anyat iti so 'yaṃ vivekaḥ


しかし,異読に従うと,etadの前のitiが不要.

そうすると, etad uktaṃ bhavati は,前ではなく後ろとつながることになります.

idam idam rajataṃ rajatam|
etad uktaṃ bhavati--- idam anyat rajatam anyat iti|
so 'yaṃ vivekaḥ

すると,so 'yaṃの前で切れることになります.

文頭のso 'yaṃは普通ですので,最初に感じていた違和感も解消されることになります.

やはり,ちょっとした違和感を大事にするのは重要,ということでした.

itiのあるなしで,意外に文の構造が変わってしまう,ということでした.

しょーもないと思えることでも,人とごちゃごちゃ言ってることが,問題解決のきっかけになりますから,やはり,読書会という機会は重要.

また,正しく文の切れ目をつけることは,エディターの重要な仕事です.

出来合のエディションを使っているうちは気がつかないものでしたが,自分で作るようになると,その重要さが身に沁みて分かるようになります.

すらすら読めるように作ってある本と,そうでない本の違いというのは,著者のテクストの難易ではなくして,案外,エディターの親切度合いの違いだったりします.

急所も含めて,きれいに切ってくれているエディションは,やはり,読みやすさが全然ちがいます.

写本でも,急所になるところは,わざわざサンディをちゃんと切ったりしてくれているものがあったりします.

本を写すという作業は,機械的ではない,ということです.
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  1. 2016/03/16(水) 19:02:41|
  2. 未分類

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