Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

火の例は十分ではない

中論3.3において龍樹は「火の例は十分ではない」と言います.ここで想定されている反論者は,月称によれば,次のような論者です.

【問】たとえ視覚器官が[視覚器官]それ自体を見ることはないにしても,火のように他者を見るとすればよい.すなわち,火は,他己を燃やすが自己を燃やさない.同様に,視覚器官は,自分自身をではなく,他者のみを見るとすればよい.



しかしながら,Siderits & Katsura 2013:45は次のように想定反論を説明しています.

The principle of irreflexivity (that an entity cannot operate on itself) does not hold, since there are counterexamples. A fire, while burning its fuel, also burns itself. Hence it has not been proven that vision does not see itself.

(赤字強調は筆者)

しかし,これでは議論がずれてしまいます.

火が火それ自体を燃やすことはないが他を燃やすように,眼は眼それ自体を見ることはないが他を見ることはできるはずだ,というのが反論者の意図するところです.

火が火それ自身を燃やし,かつ,他を燃やすように,眼は眼それ自身を見,かつ,他を見る,と言いたいのではありません.

眼が眼それ自身を見ないということは常識として全ての人が,つまり,反論者も,認めていることです.
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  1. 2016/06/09(木) 07:03:51|
  2. 未分類

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