Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

秋本勝:仏教実在論の研究――三世実有説論争――(上)

秋本勝
仏教実在論の研究
――三世実有説論争――
(上)
山喜房佛書林
2016/3/1
12000yen+tax




p. 12
l. 14
問題を>問題が

p. 21
木来>未来

「どうしてそれ(過去、木来のもの)に関してそれ(過去、未来の随眠anuśaya)と」

tatra tena vāのvāが訳出されていないようです

脚注6に引かれるSAでは,tatra tena caとなっています.

さらに,その下に引かれるAKBhでは,tena tasmin saṃprayuktaḥとありますから,何もありません.

迷うところです.難しそうです.

p. 23, n. 12
cakṣurvjñānavad > cakṣurvijñānavad

p. 25
「棒」ですが,vartikāやgulikāやmṛdguḍikāから見ると,球状の玉ではないでしょうか.

p. 26, n. 17
細かいことですが,
”avasthāntarato (na*) dravyāntarataḥ”
の頭の”ですが,
“avasthāntarato (na*) dravyāntarataḥ”
というように,“にしてほしいと思います.気になって仕方ないので.(同様の例はp. 43, n, 78)

その下の
’na’

‘na’
にしていただけたらと思います.
Wordの設定のせいでしょうか.

あと,Word原稿では,よくあることですが,細かいことを言えば,

p. 21, n. 6の
‘nuśayo
のアヴァグラハも
’nuśayo
というように,向きを直してほしものです.(同様の例は他にも多数ありますが,例えば,p. 31, n. 31.また,p. 44, l. 15のyo ‘yamも.)

p. 26, n. 17
pūrvāparā-pekṣayā > pūrvāparāpekṣayā

もともとの原稿で入れていたハイフンが最終版では不要になったのでしょうか.あるいは,改訂したときにずれたのでしょうか.ともあれ,ハイフンを削除.(同様の例はp.43, n. 78のdravyā-ntarataḥ)

p. 28
「そ[れ自身]の本体をもって」
原語は,tenaivātmanāですので,「同一の」「同じその」くらいでしょうか.「それ自身の」だと,tasyaを想定してしまいかねません.

p. 28, n. 23
取果・与果(phaladānaparigraha)
ですが,順番通りを考慮すると,
与果・取果(phaladānapratigrahaṇa)
となるでしょうか.さらに,ここの原文では,parigrahaではなくpratigrahaṇaと出ています.

p. 29,
その存在要素がそれ自身の本体をもって

原文は
sa eva dharmas tenaivātmanā
ですから,
その同じ存在要素が同一の本体をもって
くらいでしょうか.好みの問題かもしれませんが.

p. 30, l. 1
言った]  こと > 言った]こと
不要なスペースが入っています.

p. 30
「論法」
原語は,
vācoyuktiḥ
ですから,「もの言い」「言葉遣い」「言い方」くらいでしょうか.

なお,p. 46, l. 12の原文では
vāco yuktiḥ
と切り離されていますが,vācoyuktiḥというように,一語としてくっつける必要があります.

p. 30, n. 29
dharmān anyac > dharmān nānyac

p. 31
あなたに提示される
原語はtavopasthitamです.なんと訳すべきなのでしょうか.「提示される」は違うような気がします.原意は「近くに立つ」ですから,「あなたに降りかかってくる」とかでしょうか.

p. 31
従って。>従って、

p. 31
過去のものはある(過ぎ去って『ある』)、未来のものはある(まだ来ずに『ある』と言われたのである

過去のものもある(過ぎ去って『ある』)、未来のものもある(まだ来ずに『ある』)と言われたのである

原語にapiがあるので追加.さらに,最後の)を追加.





p. 42, l. 14
anāmataṃ > anāgataṃ

p. 42, l. 23
dharmasyādhvasu,
の最後のコンマは不要ではないでしょうか?


p. 44, l. 20
krrrtvā > kṛtvā

ṛなどは,昔の入力方式から変換したときに,いかにも間違いが生じそうな箇所です.怖いです.

p. 45, l. 1
yady atītam api dravyato ‘sty anāgatam iti|
ですが,「もし過去のものも未来のものも実在するなら、」と訳されていることから分かるように,最後のitiはapiの可能性がないでしょうか.また,最後のダンダは取ったほうがよくないでしょうか.もちろん,ダンダをどう打つかというのは,校訂者の趣味の問題が多分にありますが.また,アヴァグラハの‘ は ’ に変換.

p. 45
l. 4
kāitram > kāritram

l. 4
sabhāgatetvādīnāṃ > sabhāgahetvādīnāṃ

p. 45, l. 12
aītam > atītam

praty-utpannaṃ > pratyutpannaṃ
ハイフン削除

p. 46, l. 23
tasmāt bhūta > tasmād bhūta-
サンディ



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  1. 2016/06/26(日) 10:14:16|
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