It is not appropriate.
という文章が
Itisnotappropriate.
と書いてあったら,面食らってしまうことでしょう.
正書法とは,そういうものです.
ある集団の中で常識的に正しいものとして認められているものです.
サンスクリットの正書法,今の場合,ローマナイズされたものに関しても,研究者が常識的に是とする正書法が存在します.
もちろん,ローマナイズされた初期の頃,正書法は一定ではありませんでした.
欧米においては,単語の区切りを設けるという観念が一般的であったのにたいして,あくまでもデーヴァナーガリーを基準に考えるインドでは,語と語とを区切るという考え方は,サンスクリットに関しては,意識する必要はなかったからだと思われます.
というのも,デーヴァナーガリーでは,サンスクリットの文章は,ずらずらと語を連ねて書くからです.
また,語が子音で終わる場合(例えば-m)には,次の語の冒頭の母音(例えばa-)と一字にして(例えばmaとして)表記するからです.
したがってインド人がローマナイズする場合,ずらずらと繋げて書いてある場合も見られます.
いっぽう,本邦において,サンスクリット語のローマナイズは,学問の成り立ちからして,当然,欧米基準です.
したがって,ローマナイズするときは,語と語とを区切るのが一般的です.
たとえデーヴァナーガリーで一字として書かれていても,分かち書きするというのが一般的に学界で認められた正書法です.
しかし,そうでない例も,たまに見られます.
山本伸裕 2011:「龍樹の「空」思想から親鸞の「方便」論へ――「戯論」prapañcaと「智度言」prajñaptiとの差異について――」
『東洋文化研究所紀要』160, 441(196)--496(141)
山本 2011: 485: anirodhamanutpādamanucchedamaśāśvatam/ anekārthamanānārthamanāgamamanirsamam//
文献表を見ると,三枝先生の中論が挙がっていますから,そこから取ってきたものと思われます.
三枝先生のものであれ,あるいは,山本氏のものであれ,これが学会のペーパーに出てきたら,多くの研究者は眉をしかめることでしょう.
正直に,「ローマナイズの仕方を勉強された方がよろしいかと」と言う人も出てくるでしょう.
現在の学界で普通に認められている正書法からは大きく逸脱するからです.
三枝先生のものが不適切であるならば,引用の際には,適宜,訂正するか,あるいは,sicなり原文ママなり,註記をすべきでしょう.
そうでない場合,普通には,引用した本人もそれを是として認めている,ということになってしまいます.
Siderits & Katsura 2013: 13の「正解」を念のために確認しておきましょう.
anirodham anutpādam anucchedam aśāśvatam/ anekārtham anānārtham anāgamam anirg amam//
このように,語と語の間にスペースが必要である,というのが現代の研究者が常識的に認めている正書法です.
また最後を山本氏はanirsamamと書いてますが,正しくは,anirgamamです.
2011年の段階では,S & Kは利用可能ではありませんでしたが,最も信頼すべきものとして,すでにDe Jong 1977は利用可能でした.
Nāgārjuna’s Mūlamadhyamakakārikā Prajñā nāma.
Edited by J. W. de Jong
Revised by Christian Lindtner
The Adyar Library and Research Centre
Second Edition 2004
手元の2004の第二版では,左右見開きで,ローマナイズとデーヴァナーガリーが掲載されています.
そこでは,S & Kと同じように区切られています.
山本氏は,三枝ではなく,信頼度の高いものとして学界で認められていたDe Jong 1977や,その第二版を参照すべきだったと思います.
議論の中身以前の,学界での作法の問題です.
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2016/07/09(土) 11:08:33 |
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