Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

アレッサンドロ・グラヘリ『ニヤーヤマンジャリーの歴史・伝承――スポータ章の批判校訂』

インド学の場合,刊本は多くの誤植にまみれています.

我々も,特に期待してないので,「またか」という具合で,いちいち気にもとめず,誤植は勝手に直します.

インドの印刷所のレベルは(日本人の普通の感覚からすると)驚くほど低いので,はなから期待していないのです.

印刷所だけでなく,編集作業もかなりいい加減だったりすることがうかがえます.

読み手の我々も「インドは暑いから仕方ないか」と寛容の精神を発揮せざるをえません.

「新しい版が出ているな」と思ってよく見てみると,エディターの名前と値段だけを変えて,昔の版を丸パクリ,ということが,別に珍しくもないのが,インド刊本の世界です.

そのような環境で育つと,どうしても,テクスト校訂に求めるスタンダードが低くなってしまいます.

勢い,インド学において,「批判校訂」に期待するレベルは低いものとならざるをえません.

身近にお手本がない状況です.

輪をかけて困るのが,インド哲学の場合です.

インド哲学の場合,「文字に拘泥せず,中身を,アイデアを知りたいのだ」という研究者が多くなります.

いちいち写本から校訂する,などというのは,哲学志向の人間の嗜好には合わないのです.

するとどうなるでしょう.

インド哲学研究者の中で,テクスト校訂に手を染める人はますます少数となります.

結局,いつまで経っても,誤植だらけのいい加減なインド刊本を使い続ける,という苦海に沈み続けることになります.

闇から闇への,タマスの世界です.

また,インドのサンスクリット写本を集める苦労というのは,かなりのものです.

まず,日本には,写本カタログがそろっていない,という不備があります.

図書館が貧弱すぎます.

イギリスであれば,大英図書館やオックスフォードのボードレイアン図書館にサンスクリット写本が山ほどありますので,まず,基礎となる幾つかの写本を複写し,それで,手慣らしをすることができます.

写本研究への敷居が低いのです.

イギリスなら,まだ確実に写本が取れるという保証があるからいいものの,インドだとそうはいきません.

わざわざバスを乗り継いで行っても「複写は駄目」とかいうことは普通にあります.

やる気も失せるというものです.

写本蒐集は,時間もエネルギーも,そして,金もかかるのです.

わたしも,校訂にひとまず十分な量の写本を集めるのに,10年ほどかかりました.

校訂はようやくそれからです.

また,先達が少ないので,どの写本が良本か,という情報もありませんから,まったくランダムにあれこれ集めることになります.

ロスが大きいのです.

馬鹿なデーヴァナーガリー写本を沢山あつめても,一向に読みが直らない,ということになりかねません.




で,本題のニヤーヤマンジャリー.

写本情報を網羅的にまとめた研究書が出ました.

アレッサンドロ・グラヘリによるスポータ章の研究.

ウィーンの個人プロジェクトとして行われたものです.

写本の情報がまとめられているので,至極便利です.

今後は,この情報を頼りに,効率的に進めていくことができます.

前半では,刊本相互の関係,写本相互の関係について,詳しく検討が為されています.

プーナのBORIのシャーラダー写本が重要であることは間違いありませんが,さらに,南インド写本が重要であることが分かります.

今後,ニヤーヤマンジャリーを扱う際に常に参照すべきガイドとなるでしょう.

異読に関しては,意味のある異読のみを挙げていて,無意味な間違いについては,ネットで別に掲載されています.

重要な異読が埋もれてしまわないように,という配慮です.

確かに,アラハバード写本などは,馬鹿な間違いが多いので,いちいち全部記録していたら,間違いの記録だらけになってしまうのは確かです.

沢山写本を扱う際の葛藤です.




誤植や間違いのストレスを感じることなく,安心して読めるテクストというのは,インド哲学では稀です.

今後,この方面の研究が続くことを期待します.




肝心の中身についてですが,スポータというのは,いわゆる「全体としての語」のことです.

つまり,音素という部分に分解されない,ひとまとまりの語,意味を開顕するひとまとまりの言葉がスポータ(蕾)です.

文法学のスポータ論にたいして,音素論のニヤーヤ学派が批判する,という構図になっています.
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  1. 2016/07/21(木) 08:10:00|
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