Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

印哲新年会



クマールさんのマイティーガルにて。

卒論修論も無事提出。

教授からのお言葉は「今の時代はPDFで文献揃えられるので、昔みたいにコピーに膨大な時間を費やし高価な本を買って大量の本を常に抱えてカタツムリ生活しなくても、パソコン一台で身軽に自由に遊牧生活できるから、有意義に時間を使える今の学生は昔の三倍できるはず」というものでした。

教授の学生時代は、コピー機が導入したてのころ。

ある先輩は、(文献を読む暇もないくらいに)朝から晩まで,月に20万もコピーしてたそうです。

私も,基本文献を揃える段階にあった修士の頃は,文学部図書館の無風の書架で雑誌をあさり,汗だらだらたらしながらコピーしたのを想い出します.何冊も合冊で綴じた分厚い雑誌だと,よく押しつけないとコピーの真ん中が真っ黒になるので,力を入れないといけないのも,疲れる原因でした.

文献(複写)蒐集の修行は,その後,写本(複写)蒐集へとつながったので,辛い修行も忍辱波羅蜜に役に立ったと言えば役に立ちましたが,若い時の苦労,なければないに越したことはありません.読みたいと思って即PDFで読める今のほうが,よっぽどいいです.

修証一等と言いますが,果たして,コピー作務も悟りと相即するものなのでしょうか.澤木興道風に言えば「コピーする姿がそのまま尊い仏じゃ」!?
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  1. 2017/01/11(水) 19:03:16|
  2. 未分類

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