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On Indian Philosophy and Buddhist Studies

方法としての比較思想―知覚論の東西比較をモデルとして

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2015-2016年度科研[挑戦的萌芽]「方法としての比較思想―知覚論の東西比較をモデルとして 」

ワークショップ
知覚の比較哲学
仏教哲学×現象学×分析哲学


2017年3月4日(土曜日)
信州大学人文学部202演習室(松本キャンパス)

〈趣旨〉
 知覚経験は,洋の東西を問わず,哲学的考察の対象とされてきた。とりわけ西洋哲学の伝統のなかで,知覚は,外界に関する私たちの知識を基礎づける要素として考えられる一方で,いかにしてその私秘的な内容が客観的な妥当性をもつのかが問われてもきた。同様の困難は,仏教哲学にもあてはまる。知覚は,私たちの知識の源泉として特権的な位置を与えられるが,知覚の成立には〈自己認識〉(svasaṃvedana)と呼ばれる反省的な意識作用が不可欠とされる。この〈自己認識〉の役割をめぐって,エナクティヴィズムを代表する思想家E・トンプソンは一篇の論考を著し,そこに現象学の議論との接点を見いだした。このトンプソンの論考を踏み台として,「方法としての比較思想」科研の最終年度ワークショップでは,インド仏教を代表する思想家であるディグナーガから現代の哲学者デイヴィドソンまで,あるいは,西田哲学からプラグマティズムまで,時代や地域を横断して展開された知覚の哲学を概観したうえで,それぞれの専門領域の垣根を超えて,共通の問題を討議する空間を構築したいと考えている。


〈プログラム〉

1:30-2:00
発表1:護山真也(信州大学)「自己認識(svasaṃvedana)と主観性――E. Thompson “Self-No-Self? Memory and Reflexive Awareness”の批判的検討」

2:00-2:40
発表2:片岡啓(九州大学)「自己認識の生成・背景・変質」

2:40-3:10
発表3:三代舞(早稲田大学)「ダルマキールティの自己認識論」

3:30-4:10
発表4:小川祐輔(筑波大学)「ディヴィドソニアンからみた分析哲学における自己知論の展開」

4:10-4:50
発表5:呉羽真(京都大学)「デューイの経験の理論の可能性」

4:50-5:30
発表6:三谷尚澄(信州大学)「知覚と言語:西田における場所の論理と日本語文法の交差点」

5:30-6:00
ディスカッション[コメンテーター:藤川直也(首都大学東京)・石村克・眞鍋 智裕(早稲田大学)・中須賀美幸(広島大学)]

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  1. 2017/02/06(月) 07:25:38|
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