Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

「非存在がある=存在がない」=「排除が表示対象である=表示対象が排除(否定)される」

ジュニャーナシュリーの「形象論」に次の文句が登場します.

JNA 394.18--19: ``apoho vācyaḥ'' iti tattvataḥ ``vācyasyaivāpoho (corr.) niṣedhaḥ'' ity arthaḥ. yathā ``abhāvo bhavati'' iti ``bhāvo na bhavati'' ity arthaḥ.



「アポーハ論」にも同様の文句が登場します.

JNA 232.2--3: yathā ``abhāvo bhavati'' iti ``bhāvo na bhavati'' ity evārthaḥ. tathā ``apohasya vācyatā'' iti ``vācyatāyā evāpohaḥ'' ity arthaḥ.



ジュニャーナシュリーのアポーハ論と言えば,小川先生の最初期の論文があります.問題の箇所は,イントロ冒頭に注意が促されていました.

小川英世 1981: 67:
概念,そして概念の表現としての語の対象は何か。この問題は、経験的真理レヴェルで意味をなすにすぎない。なぜなら、究極的真理レヴェルでは、いかなる存在事象も概念・語の対象ではありえないからである。彼は、「他者の排除が概念・語の対象である」という概念論の一般的定立の意味を転換し、それは概念・語の対象自体の無(排除)を意味すると解釈した①.
① JNA231,21--232,4



さすが小川先生(当時27歳),研究デヴューの最初の最初から,ジュニャーナシュリーの肝をぎゅっと押さえています.こんな論文が今でてきたら腰抜かします.「末恐ろしい」と思うことでしょう.

なお,広大の指導教官であった桂先生は当時37歳です.

時空が交錯する「君の名は」ごっこができるなら,1980年頃の広島も楽しそうです.

小川英世 1981: 「ジュニャーナシュリーミトラの概念論」『哲学』33, 67--80.
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  1. 2017/03/18(土) 14:14:32|
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