Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

namaste fukuoka








鼻笛の日本人が「異邦人」を鼻で吹くという,ぐだぐだ感満載の「ナマステ福岡」の舞台.

たしかに「ナマステ福岡」ですから,別に,「インド」という語はどこにもありませんので,特に,インドにこだわる必要はありません.

直訳すれば「こんにちは福岡」ですし,福岡でありさえすれば何でもあり,という解釈も成り立ちます.

少なくとも,舞台の中身は,インドと関係のないものがかなり多かった印象です.

そして,それは,或る意味,正解なのでしょう.

というのも,バトンならバトンで知り合いがくるでしょうし,フラダンスならフラダンスでまた知り合いがくるでしょうし,また,インドの禁欲的なバラタナーティヤムからはかけ離れたアラブの妖艶なベリーダンスも,全く別のグループの人々がやってくるからです.

つまり,インドに全く関係ない層にインドに触れて貰うという意味では,逆に,インドでなくてもいいのではないか,という戦略も成り立ち得ます.

ともあれ,二日目は絶好の天気で何よりでした.

人出も多かったので,各店の売り上げもよかったでしょう.

面白いのは,前週のネパール祭りとの違い.

ネパール人は,それぞれのコミュニティーがあり,各団体で統率がとれていました.

また,ネパール人自身が参加し,そして,楽しむ祭り,という感じでした.

いっぽう,インド祭りのほうは,インド人は,やる側というよりは,お客さんという立場の人が多い感じでした.

社会階層の違いでしょう.

ネパール人は,語学学校の学生,そして,そこからネパール料理屋や商売などで定着した層.

いっぽうインド人ファミリーは,百道あたりにあるIT系の裕福なホワイトカラー.

遅かれ早かれ用が済めばインドに帰るつもりの人々です.

福岡への根付き方にも違いがあらわれて当然です.

この手の祭りの主催は,学生・若者のエネルギーが必要になりますが,その点で,圧倒的にネパールのほうがマンパワーがある,ということでしょう.

ネパール祭りにネパール人のインド・ネパール料理屋が多数出店していたのは当然ですが,いっぽう,インド祭りのほうでは,インド人の出店数は少なかったように思います.目立つのはスラージと106.むしろ,オーラスやワナッカンといった日本人の店が健闘していたのが特徴的でした.

ネパール祭りにも出ていたインド料理屋のスラージは,ネパール祭りでは閑古鳥,二日目は出店すらしていませんでした(出店放棄?)が,インド祭りでは一転,最も良い場所に出店し,大層にぎわっていました.

インド祭りでは気合いをいれてタンドール釜まで持ち込んできた甲斐があったというものです.

パチャールさんの息子さんも忙しそうに立ち働いていました.



いっぽう、舞台の上からは、素人丸出し,間があきあき,ぐだぐだ,英日ちゃんぽん,絶叫の,耳うるさいだけの司会進行。来年は何とかして欲しいものです.

バラタナーティヤムの踊り手も,文脈に全く関係ない訳の分からない質問を唐突・矢継ぎ早にぶつけられた上に,さらに,親切・丁寧に答えても実は関心など端から無いので司会からは一切フォローもなし,可哀相でした.

いっぽう,ネパール祭りではプロの女性司会がそつなくこなされていました.

やはり,安心感がちがいます.餅は餅屋でしょう.

まあ,インドのカオスを味わうには十分すぎるほど十分でした.

最後はニラさんが踊って皆で踊り倒せば何とか形がついて収まるという,ニラさん頼りの舞台進行になりつつあります.
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  1. 2017/04/17(月) 22:36:13|
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