Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

PVの章の順序

イェールの読書会では,フランコ教授持参のヤマーリ註原典を皆で読みました.

取り上げたのはPVの章の順序に関わる記述.

PVの章の順序については,まず,フラウワルナーの研究があります.

また,チベット資料に基づく木村誠司,最近では,ヤマーリのチベット訳を用いた小野基,ケルナーによる論文があります.

そのヤマーリのサンスクリット原典を校訂しつつあるのがライプチッヒのグループ.

フランコ教授の指導下,二人が校訂されているところです.

日本からは松岡さんが同時平行で翻訳作業に取り組まれています.

さて,問題となるのは二つ.

1.PVはPSの注釈かどうか.
2.PVの章の順序はいずれが正しいのか.

ということです.

周知のように,それぞれについて,二つの立場が可能です.(自己のための推論,プラマーナシッディ,知覚,他者のための推論)

1-1.PVはPSの注釈である
1-2.PVはPSの注釈ではない
2-1.自推→プラ→知覚→他推
2-2.プラ→知覚→自推→他推

問題の発端は,ダルマキールティです.

PVには,自己のための推論だけに自注があります.

自推→プラ→知覚→他推
自注

他の章には書かれていません.

そして,フラウワルナーが推測したように,この順序でダルマキールティは著わしたのでしょう.

しかし,問題は,この順序が注釈作のPSとずれる,ということです.

PSに従うなら,

プラ→知覚→自推→他推

とならなければなりません.

ダルマキールティに近い注釈家であるデーヴェーンドラブッディやシャーキャブッディは,PVオリジナルと思われる順序に当然したがっています.

そして,ダルマキールティの欠を埋めるように注釈を残しています.

自推→プラ→知覚→他推
自注  デー デー  デー
シャー シャー シャー シャー

デーヴェーンドラブッディは,残り三つの章に.

そして,シャーキャブッディは,全体に更に注釈を書いています.

順序がずれるにもかかわらず,デーヴェーンドラブッディは,PVをPSの注釈だと考えています.

これにたいしてプラジュニャーカラグプタは,章の順序をPSに沿って変えます.

そして,自注以外の残り三つにバーシャを著わします.

プラ→知覚→自推→他推
Bh   Bh   自注  Bh

そのバーシャの上に注釈を著わしたのがジャヤンタであり,また,ジャヤンタを批判しながら別の注釈を著わしたのがヤマーリです.

ジャヤンタは,プラジュニャーカラが意図したであろうこの順序を堅持します.

そして,「デーヴェーンドラは,この順序について間違った」と明言します.

このジャヤンタの見方を批判するのがヤマーリです.

ヤマーリの見解は驚くべきものです.

まず,そもそもPVはPSの注釈ではない,と言い切ります.(仏説への注釈だと言います.)

これにより,PSの章順とPVの章順との食い違いが一気に解消されます.

つまり,PV章の並び順が変なのが問題なしとなるわけです.

そして,その上で,デーヴェーンドラが堅持した順序が本来のものであると主張します.

つまり,

自推→プラ→知覚→他推
自注  Bh  Bh  Bh
    ヤマ ヤマ  ヤマ

となります.

しかし,ヤマーリの問題は,Bhに注釈していることです.

したがって,Bhの注釈先であるプラマーナシッディ冒頭が実際にはPVの冒頭でないことを言い訳しなければならなくなります.

いやはや,ややこしい.

ともあれ,以上のややこしい経緯を頭に入れた上でないと,ヤマーリの言っていることはちんぷんかんぷんとなります.

以上を踏まえた上で,ああでもないこうでもない,デーヴェーンドラブッディはそこまで阿呆ではない,ジャヤンタの言っていることはナンセンスだ,というような議論を展開する箇所が,読書会で取り上げた箇所です.

写本一本,そして,また校訂作業の途上ということもあり,色々な問題が残されているのは明らかでした.

そのままでは素直に読めない箇所も残っています.

いずれにしても,チベット語と引き合わせながら,進めていくのは大変な作業であることは容易に想像がつきます.

ヤマーリの文体は,それほど簡単なものではありません.(例えば,ミーマーンサーの注釈家である読みやすいスチャリタと比べると難渋だと評価できるでしょう.)

いずれにせよ,校訂本が出るのが待たれます.

ディプロマティック・エディションは,既に,2016年に出版されているので,ヤマーリ原典の匂いをかぐことは既に可能です.

PS
PV
Bh
ジャヤンタ註・ヤマーリ註

ジャヤンタ註・ヤマーリ註は,PSから数えれば復復注,ヤマーリの主張にしたがってPVをPS註ではないと見なせば,復註です.

注釈の注釈(あるいは更にその注釈)に心血を注ぐのは,まさに,知的好奇心の賜物でしょう.

同じ構造で言えば,ミーマーンサーでは

JS
SBh
TV
NSudha/Ajita

があります.ニヤーヤスダーや,針貝先生の校訂でも知られるアジターです.

文献(学)の樹海にようこそ,といった感があります.
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  1. 2017/05/20(土) 11:57:46|
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