Pratibhanusarini --- 九州インド哲学ブログ2

On Indian Philosophy and Buddhist Studies

シヴァ教再認識における時間

PVも注釈関係が大概ややこしいので閉口しますが,またまたややこしいのがシャイヴァ一元論の再認識派の文献です.

ウトパラデーヴァは,まず,主宰神再認識詩節を著わします.

そして,その上に,ヴリッティとヴィヴリティとを著わします.

ややこしいので,川尻さんに沿って,註と詳注としておきましょう.

詩節と詳註のそれぞれに,アビナヴァグプタの注釈があります.

IPK   IPV
Vrtti
Vivrti  IPVV

今回の読書会では,イザベルが回収したヴィヴリティを読み合わせしました.

ヴィヴリティは原典が失われていますが,写本や欄外註からの一部回収が可能です.

本当に一部ですが.

そして,トレッラ教授の画期的な研究に続いて,欄外註を駆使した川尻,そして,イザベルの研究が続いています.

また,再構成にあたっては,当然,アビナヴァのプラティーカがヒントになりますので,そちらも根拠資料となります.

後代の文献よろしく,コンパウンドが長かったりしますが,神学文献ですから,意外にすんなり読めます.

最終的にはシヴァ一元なので,大筋を間違うことはありません.

今回は,時間について.

時間というのは,つまり,順序ということで,区別を前提としたものですが,それも,シヴァが現わし出したものに他なりません.

つまり,一者でありながらかつ多様であるというのは,シヴァという認識においてのみ可能なのです.

通常,一と他とは矛盾します.

つまり,別であれば一でありえません.

しかし,認識上においては,ダルマキールティの多様不二一元のプラカーシャ論と同様に,多様でありかつ不二であるということが同居可能です.

この唯識理論を援用しながら,ウトパラとアビナヴァは,シヴァ一元論を時間についても主張します.

ここで重要なのは,別(bheda)といっても,ここでは,あくまでも,現れ(avabhāsa)の別なのであって,オントロジカルに別なわけではないということです.

現象的多様性という区別は一元論と矛盾しないのです.

アビナヴァが,援用資料としてダルマキールティを引いてくるのは面白いところです.

唯識が再認識派のベースになっていることが分かります.
スポンサーサイト
  1. 2017/05/20(土) 12:32:09|
  2. 未分類

プロフィール

Aghora

Author:Aghora

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する